第三話 全てを道連れに
拳の理由
青い地球の輝きを眼下に、二条の光芒が漆黒の宇宙を駆ける。
それは既に成層圏を遙かに抜け、間もなく地球の重力圏すら離れる位置まで上昇したユーリー。そして独立派のTW部隊を指揮する女性、リサ・シカガミの操る九頭竜型TW――――ヴァースキ。
二者の攻防は轟く雷鳴のように激しく、しかしその実態は研ぎ澄まされた戦闘技術に裏打ちされた正確無比な拳の撃ち合い。
『ハイハイハイッ! ハイヤーッ!』
『甘いねぇ! 翡翠の悪魔もすっかりヤキが回ったんじゃないかい!?』
ユーリーがその燃えさかる拳を突き出せばヴァースキが受け、ヴァースキがその九つに分かれたマニュピレータを繰り出せばユーリーが受ける。
いつ終わるとも知れぬ亜光速の超近接戦闘。
二者は自身の周囲に展開した拳と蹴り足による絶対制空権を重ね合わせながら、互いに一歩も下がらず加速飛翔を継続する。
『アハハッ! 君なかなかやるねー!? 私とここまで打ち合える人ってなかなかいないよー!』
『この程度で満足してもらっちゃ困るねぇ――――! アンタの動き、そしてルミナスとしての能力は全部解析済みなんだよッ!』
だがその時。九つに分かれていたヴァースキの無限マニュピレータが一瞬にして一つとなり、一個の巨大質量を形成してユーリーの体を横薙ぎに叩き抜ける。
『――――ッ!』
『くたばりなッ!』
体勢を崩して側面に弾かれたユーリー。ヴァースキは凄まじい加速で弾かれたユーリーの先へと回り込むと、九つの頭部全てで正円を描くような奇妙な構えから螺旋状の凄絶な突撃を繰り出した。しかし――――!
『なーんちゃって! 待ってたよー、君がそうやって大振りするのをさー!』
『流した――――ッ?』
『翠鷹鎖天爪! ハイヤーッ!』
突き出されたヴァースキの必殺の一撃。しかしユーリーはあえてその一撃を誘い、ヴァースキの螺旋回転する巨大な拳に手を添えて無重力反転。
まるで高空から獲物に襲いかかる鷹のような動きで、ヴァースキの無防備な背面後頭部へと致命の一撃を叩き込む。
『ぐっ!? アタシとしたことが――――!』
ユーリーの一撃を受けたヴァースキの装甲が大きくひしゃげ、粉々なった超硬質材がユーリーの放つ膨大なエネルギーによって即座に蒸発する。更に――――!
『まだまだ――――ッ! 緑翔燕旋腿ッ! 狼脚輪転ッ! 神槍雷砲掌――――!』
『がッ! ぐっ! あああッ!?』
一度我が身へと引き寄せた戦闘の趨勢を逃すユーリーではない。
ユーリーは体勢を崩したヴァースキの、TWとしての致命箇所を正確に狙い撃つ一撃を次々と叩き込むと、ヴァースキが持つ戦闘力を一瞬にしてそぎ落としていく。
『まだ、終わっちゃいない――――!』
しかしヴァースキとリサは尚も動く。
追撃の手を止めようとしないユーリーめがけ、健在な九頭竜の頭部を振り向ける。
『させると思うー? タイプチェンジ――――カレンレッド!』
だがユーリーはここで即座にその身に力を溜め、全身の色を銀と緑の二色から赤とオレンジのラインへと変化。
迫り来るヴァースキのマニュピレータの幾つかを、圧倒的なパワーで粉砕する。
『なっ!? なんだい、その姿は……!?』
『アハハー! 私がいつまでも火星にいた頃のままの強さだと思ってたのー? ラースタチカにはね……私にすごーくぴったりな組み手相手がいるんだよ! タイプチェンジ――――カレンブルー!』
『ころころと……ふざけてんじゃないよッ!』
九つのマニュピレータのうち、三つを瞬時に破壊されたヴァースキは下がる。
それはヴァースキがこの戦いで初めて取った退避行動だった。
『私たち裏の住人に次はない。もちろん知ってるよね――――?』
『後ろッ!?』
しかしユーリーはそれを逃さない。自身の姿を瞬時に赤から青へと切り替えると、先ほどまでとは比べものにならない超光速の機動でヴァースキの退路へと飛翔。
『穿ち抜け――――ヴァースキィィ!』
『無駄だよ――――君の動き、普通のミナトよりとっても遅いもん』
退路を塞がれ、ヴァースキは半ばやけくそ気味にユーリーめがけて無数の拳を繰り出す。しかしその攻撃をユーリーは全て紙一重の見切りで回避。
もはや拳で受ける必要すらないという絶人の速度に、ヴァースキのコックピットに座るリサもついに恐怖を覚える。
『さーてと、私もそろそろ飽きてきたし。殺っちゃっていいかなー? ファイナルフォーム――――イグニッション!』
満身創痍となったヴァースキの眼前。その全身から翡翠色の炎を燃え上がらせたユーリーが、極大のエネルギーを自身の胸部へと収束させる。
最終フォームとなったユーリーの翡翠色の髪は神々しくたなびき、その銀色の全身には一点の穢れもないエメラルドグリーンの輝きが流れていた。
『っ! この……クソ忌々しい……ルミナスがぁぁぁぁ……ッ!』
『アハハッ! 雑魚っぽくていい遺言ー! それじゃ――――
閃光。そして炸裂。
ユーリーのファイナルフォーム。カレン・イグナイテッドから放たれたトライイドラディウム光線の輝きは、直撃したヴァースキを木っ端微塵に消し飛ばし、宇宙の藻屑にすらなることを許さずに消滅させる。
それは地球を照らす太陽よりも明るく輝き、地球上からでも視認可能な翡翠色の輝きを漆黒の宇宙に咲かせた。
『ほーらね。ミナトがいきなり消えたって、私もみんなも全然へーき!』
目の前で爆発四散させたヴァースキの閃光。
閃光の中で翡翠色の髪をなびかせたユーリーは、上下左右の区別もない宇宙空間で見事な残心を決める。そして――――
『――――だから早くまた戻ってきなよ。この宇宙のみんなは勇者に助けて貰わなくたって、ちゃんと生きてるんだからさ――――』
ユーリーは閃光の中から瞬時にリサの乗るコックピットブロックだけを正確に抜き出すと、きっと今も自分たちを心配しているであろう異世界の勇者に向かい、安心させるようにそう呟いた――――。
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