杜撰すぎる襲撃


『さあ! よろしいですか、ティオ! ボタンゼルド!』


『はいっ! 前衛は僕たちが!』


 独立派の狙いはティオやクラリカを害すること。

 敵側の狙いが明確である以上、地上の被害拡大は防ぎたい。


 亜空間から現実空間への降臨と同時。

 トリグラフとバーバヤーガは即座に炉心出力を最大に。メインスラスターから圧縮されたエネルギーを放出。


 直下の海面に巨大な波紋と衝撃を放ちながら飛翔し、リサの指示によってティオたちに迫っていた残る四機のTWを地上から引き離す。


『逃がすか! 地球を穢す害虫共め!』


『たとえ同じ人類であろうと、異星人を受け入れる者は皆殺しだ!』


『ほっほーう! それはそれは随分と威勢の良いことで! ところであなた方――――木星帝国第三皇女、クラリカ・アルターノヴァと知っての狼藉ですか? 事と次第によっては、私の祖国があなた方を見逃しはしませんよ?』


 そしてクラリカの想定通り、トリグラフとバーバヤーガを追って高空へと飛び立った四機の独立派TW。


 全てが同種の炉心を搭載している証の青白い炎が空を焼き、合計で六条の閃光が僅か数十秒で成層圏に到達する。


『命乞いとは情けない奴め! 我々は全員そのようなこと百も承知だ!』


『そうだそうだーっ! なにが木星帝国だ、偉そうに! 地球に住んでいないのなら、お前らだって異星人と同じだ!』


『ちょ、ちょっと待ってくれ!? 俺はぞ!? 木星には家族も居るんだ! 祖国の皇女に危害を加えたなんて知られたら、全員に送られちまう……!』


『私も聞いてませんっ! じゃなかったんですか!? 木星に住んでいるだけで異星人扱いなんて、酷すぎると思いますっ!』


『おやおや、まあまあ……早速このテロリストの皆さん。せっかくTWを操縦可能な程度には優秀だというのに、嘆かわしいことですねぇ……』


 飛翔加速を続けるトリグラフから放たれたクラリカの一喝。

 それは、四機のTWを操縦する独立派のパイロットたちに異なる反応を及ぼした。


『ボタンさん……なんだか、この人たちの敵意の色って……』


『うむ……どうやら、独立派というのは俺が思っていた以上にのようだ。彼らの敵意や心の揺れ幅を見るに、恐らく太陽系連合以上に一枚岩ではないのだろう』


『そういうことです! 彼ら独立派は言うなればとてもゆるーい思想共同体のようなもの。過激派もいれば穏健派もいますし、どこまでを異星人の範囲とするかの線引きも人それぞれ。おかげで彼ら独立派はどこにでもいますが、その中心になり得る指導力に欠ける――――!』


 まだTWによる直接の戦闘前にも関わらず、自身の一喝のみによって敵側に動揺を引き起こしてみせるクラリカ。


 苛烈で知られる木星帝国の第三皇女は、そのような隙を逃しはしない。


『ほらほらどうしましたッ!? そんなバラバラの連携で、このトリグラフを――――!』


 全ての機体が十分に地上から離れたことを見て取ったクラリカ。


 彼女は即座にコックピット内部で左右の操縦桿を互い違いに引き絞ると、フットベダルを全力で踏み込み、漆黒の宇宙空間を背景追いすがる四機へと向き直る。


『――――倒せると思わないことですっ!』


 トリグラフがこの戦場へと持ち込んだ兵装はタイプA。

 エルフ内乱時と同様の、貴婦人のドレスじみた膨らんだ下半身に四本のロッド。


 ほとんど鋭角の機動で直下の四機へと突撃したトリグラフは、先ほど――――先陣を切っていた深紅の人型TWと、全長700mにも及ぶ巨大な濃緑のTWへと肉薄。


 トリグラフの円筒形に近い機体形状を生かして二機の中心に滑り込むと、二機のパイロットが反応するよりも速くにその場で高速旋回。


 トリグラフと同サイズの深紅のTWのみならず、はるかに巨大な濃緑のTWも軽々と弾き飛ばして見せたのだ。


『ぐわあああああ――――!?』


『くそ――――! め――――!』


『ハッ! どうやら、そちらのお二人は容赦はしません。で、残るお二人はどうするんですかねぇ……? 私はなので、今ならまだにして差し上げても宜しいのですよ……?(ギラリ)』


 自らがはじき飛ばした二機のTWの追撃をバーバヤーガに任せると、トリグラフはその三つの顔に備えられた、六個ものセンサーアイをギラリと輝かせてそう尋ねた。

 

『うぐっ!? お、お許し下さい、我らが皇女……っ! 俺はただ……祖国の統治が異星文明に脅かされていると聞かされてっ!』


『私の敵はです……れっきとした地球人類である貴方と戦う理由はありません……投降します』


『よろしい――――両名の投降を受け入れましょう』


 残された黄土色のTWと、純白の装甲に黄色のラインが引かれた細身のTW。

 二機はクラリカの言葉を受けて両手を挙げると、あっけなく投降の意思を示す。


 元より、TWパイロットには誰でもなれるわけではない。


 いかに独立派の規模が大きいとはいえ、狂信的な独立の願いを持つ者全てがTWを操縦可能なわけではない以上、その士気には個人ごとに大きな差が存在しても無理はない。しかし――――


『お二人が素直に下ってくれて安心しましたよ。では早速ですが、今回のこのを教えて頂けますか? 地上でのあなた方のテロ攻撃で、イアの街の住民には負傷者も出ています。司法取引の材料は、一つでも多い方が良いと思いますよ……?』


『わかりました…………』


 しかしクラリカは、この余りにも杜撰ずさんな、しかしそれにしてはこの襲撃に一抹の胸騒ぎを感じていた。


『す、すごい……っ! やっぱりクラリカさんは凄いですっ! まだ全然戦ってないのに、あちらのお二人の敵意をあっというまに押さえ込んで――――!』


『まだだティオ! あちらは終わったが、こちらは終わっていないぞ! どうやら、この二人ののようだからな!』


『当たり前だッ! あのような地球人類への忠誠を持たぬ軟弱者どもを連れてきたのが間違いだった!』


『地球人ばんざーい! 地球ばんざーい! 全ての命よ地球に還れ!』


『っ!? こ、こわい……! なんだか、この人たちとっても怖いですっ!?』


 トリグラフに弾かれた二機に追撃を仕掛けるバーバヤーガ。

 すでにダメージを負いながらも全く衰えない士気を見せつける二者に、ティオはぞくりと背筋を震わせる。


『ティオ……欲と願いを持つ人同士の戦いというものは、容易く人の心を塗り固めるものなのだ。だが――――ッ!』


 瞬間。ボタンゼルドは恐怖に萎縮するティオから、バーバヤーガの


 そして機械仕掛けの魔女――――バーバヤーガを瞬く間に再加速させると、未だ態勢整わぬ二機めがけて無数の反物質ミサイルを斉射。


 二機は備えられた防御シールドでミサイルの直撃を防ぐが、次の瞬間二機の目の前にビームクローを伸ばしたバーバヤーガが爆炎を突き抜けて出現する。


『ちょ、直撃だと――――!?』


『ば……化け、もの――――っ』


『――――を怯えさせた報いは受けてもらう。お前たちの処遇は、としよう』


 その四肢とメインスラスター部を正確に切断され、中破する二機の閃光は背後。


 眩い閃光をその背に纏い。ボタンゼルドの駆るバーバヤーガは、禍々しい異形を漆黒の宇宙に浮かび上がらせたのだった――――。


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