混迷の行く末
「
エーゲ海を眼下に望む小高い山腹沿い。鮮やかな緑と鮮烈なオレンジの閃光が瞬き、その光を突き抜けて翡翠色の長い髪をなびかせた光の巨人――――ルミナスカレンに変身したユーリーが飛翔する。
ユーリーの出現を見て取った五機の所属不明TWは即座に散開。
大気圏内とは思えぬ軽快な機動性で宙を舞うと、飛び込んできたユーリーに対して指揮官機らしき濃紺のTWが立ち塞がる。
『ハハッ! 待っていたよユーリー・ファン! 火星華僑でのあんたの伝説、一度確かめたいと思っていたところさねッ!』
『へぇー? 私のこと知ってるって事はぁ、君も裏の人間っぽいねー? もしかして、どっかで私にボコボコにされちゃった口かな?』
ユーリーを相手取る形となった濃紺のTW。
巨大なロングコートを思わせる外殻に包まれたその姿は、卵やその身を閉じたクラゲに似ていた。
『アタシはリサ・シカガミ。ホウライ星系ではこれでも有名人でねぇ! このアタシに目をつけられて、今も息をしてる奴はこの宇宙にいやしないのさ!』
『あっそー? でもそれって大したことじゃないと思うなー! だって私もそうだからねー!』
リサと名乗った女性の声がユーリーの耳に届く。しかしそれと同時、ユーリーは凄まじい加速と共に、有無を言わせぬ跳び蹴りを眼前のTWへと繰り出した。
『いいねぇ! 裂けろ――――ヴァースキ!』
『おおー!?』
だがしかし、赤熱の炎を纏って繰り出されたユーリーの跳び蹴りは突如として展開された眼前のTW――――ヴァースキの外部装甲によって弾かれる。
先ほどまで機体全てを覆っていたヴァースキの外部装甲は機体の肩口を基点として全方位をカバーするように九つに展開。
その全てがまるで意思を持つかのように流麗かつ柔軟な動作で可動し、放たれたユーリーの一撃を、まるで武術の達人かと見紛う見事な受け技でいなしていたのだ。
『あーあー、いるよねーそういうTW。腕とか足とかを増やして手数で攻めるって感じのさー! いかにも雑魚って感じの!』
『雑魚かどうか、試してみるかい? 言っておくがね――――ルミナスじゃなけりゃお前なんてとっくにアタシに殺されてんのさ――――ッ!』
刹那、眼下の海上に巨大な衝撃波を残してユーリーとヴァースキが飛翔する。
全長300mのユーリーと全長370mほどのヴァースキ。
二体の巨人は目にもとまらぬ蹴打の嵐を繰り返しながら交錯し、僅かでも離れれば互いの拳から閃光と共に光弾を放って攻撃を継続した。
そしてそれと同じ頃、地上に残されたボタンゼルドたちは――――
「す、凄い……っ!? あの腕が一杯あるTW、凄く強いですよっ!? ユーリーさんがあの一機相手にかかりっきりになっちゃって……!」
「TWはパイロットの技量に大きく依存するとは聞いていたが……まさかユーリーと互角に近接戦闘を行えるほどの者が存在するとは……!」
「いやはや……これは予想外ですね。並のTWならユーリーだけで五機全てを倒せるかと思ったのですが……普通に四機こちらに残ってしまいましたねぇ……」
遙か上空で激突するユーリーとTWヴァースキの激しい戦闘に、思わず目を細めるティオとボタンゼルド。
しかしクラリカの言う通り、本来であればユーリー一人で五機のTW全てを倒す予定だったのだ。
敵側の指揮官リサの思惑通り、ヴァースキとのタイマンを強いられたユーリー。
激しい攻防を繰り広げる二者を尻目に、残された四機のTWは悠々とティオやボタンゼルドの姿をセンサーに捉えていた。
「はわわ……! ど、どうしましょう!? ラースタチカに連絡できないんじゃ、僕たちのTWは呼べませんよ!?」
「フッフッフ……大丈夫ですよティオ。ラースタチカでも一番の武闘派として名高いユーリーの存在は独立派も警戒していたようですが、こちらにはまだ生身でユーリーよりも手強いミナトがいるのです! さあミナト、出番――――!」
颯爽と身を翻しながら後方へと振り返るクラリカ。しかし確かに先ほどまでそこに居たはずのミナトは、いつの間にやら忽然と消えていた。
「って、いなーーーーーい!? あのブルシット勇者、どこにもいないじゃないですか!? このクソ肝心な時に!?」
「はわーーーーー!? ど、どどどど、どうしましょうどうしましょう!? このままじゃ僕たちみんなペチャンコにされて、死、しししんじゃいますよぉぉぉおお!?」
勇者として無敵の力を持ちながらも、自分の意思で異世界への転移を制御できないミナトは、いつ突然この世界から消えるかわからない。
ボタンゼルドが来てからはあまり肝心な時に消えることはなかったのだが、ついに今という最悪のタイミングで消え去ってしまったのだ。
「こうなれば仕方ない! ユーリーを置いていくことになるが、一度俺を押してこの場から脱出するのだ! 今の俺とティオならば、クラリカを連れて三人でラースタチカにも戻れるはずだ!」
「そ、そうでした! わかりましたボタンさんっ! じゃあ急いで脱出を――――」
「――――お待ち下さい。お二人のTWをお持ちしました」
だがその時である。慌てふためく三人の背後の空間が突如として大きく開き、そこから青い肌の少女、キアがその顔だけを突き出して三人に声をかけた。
「キアさんっ!?」
「327秒です。亜空間ドックの座標は合わせてあります。ミナトは――――また、行ってしまったのですね――――」
予告した秒数ぴったり。
回線妨害を受けたラースタチカから、見事三機のTWを連れて帰還したキア。
しかしキアはその場にミナトが居ないことを察すると、ティオやボタンゼルドが見たこともないような悲しみの表情をその顔に浮かべた。
「感謝しますよキア。ボタンゼルドの言うように脱出しても良かったのですが……やはり敵に背を向けて逃げるのは、私の性に合いませんので――――ッ!」
クラリカは即断する。迫り来る四機のTWを向こうに回し、クラリカはその細腕を天に掲げてその言葉を叫ぶ――――!
その言葉と同時。既に完璧にクラリカに座標を合わせていた彼女専用のTW――――LN.09AD_トリグラフの巨大な影が閃光と共にエーゲ海の直上に光臨。
トリグラフが発する輝きに溶け込むように飲み込まれたクラリカは、数秒とかからずにトリグラフのコックピットへと着座する。
「うむっ! そういうことならばティオ! 俺たちも行くぞっ!」
「わ、わかりましたボタンさん! キアさんもありがとうございました! ここは危ないですから、キアさんも安全なところへ!」
「はい。ティオ、ボタンゼルド――――二人も気をつけて」
トリグラフの出現から僅かに遅れ、互いに頷き合ったティオとボタンゼルドは共に手を繋ぎ、二人でその手を天へと掲げる。
「冬が来ます! 敵が来ます! 全てを殺す寒さが来ます!」
「
ぴったりと息のあった二人の声が天に響く。
その声は亜空間で眠りにつく魔女の炉心に炎をくべ、決して尽きることのない灼熱の炎と共に、機械仕掛けの魔女――――LN.07D_バーバヤーガの巨体を通常空間へと顕現させる。
「さあ、ここからは――――!」
「――――僕たちが相手ですっ!」
クラリカと同様に閃光の中に消える二人の影。
バーバヤーガのコックピットへと転送されたティオはすぐに座席の感触を確かめると、前方にセットされた左右の操縦桿を引き絞った。
エーゲ海の美しい海を挟み、四機のTWと対峙する
全ての宇宙を救うための旅路を目前に控えたタイミングでの襲撃。
その混乱の出口は、まだ見えていなかった。
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