完成したからこそ


 それは正に青天の霹靂へきれきだった。


 美しく穏やかな町並みの中、大勢の観光客が行き交うイアの街。

 その上層部に位置するカフェテラスで、一発どころではなく無数の発砲音が響いたのだ。


 突然の出来事に響く人々の悲鳴。


 老若男女、全ての人が逃げ惑い、足を取られて転ぶ者、身を屈めて神に祈る者など多様な反応を示していた。


 しかし無慈悲なる銃声は止むことはない。

 それは小火器のみならず、複数の手榴弾、グレネード弾の使用にまで及んだ。


 連続した銃声が止み、そこから一拍おいて無数の爆炎が炸裂。

 鮮烈な赤い炎と共に黒煙を高々と立ち昇らせる。


 もうもうと立ちこめる黒煙。

 そしてそれらをかいくぐるようにして、周囲の景色を湾曲させるなにかが現れる。

 

 その何か――――それは自身が存在する空間の映像をリアルタイムで周囲に投影することで、自身の姿を不可視にするステルス迷彩を纏った戦闘集団だった。


『目標への攻撃実行を確認。これより生存確認を行う』


『了解』


 一つ、二つ、三つと増えていく

 それらはカフェテラスを円状に包囲しながらじりじりと進む。


 そして――――。


「あははー――――何が狙いかはわからないけど、よりによってに回されるなんてかわいそーな人たち!」


『まさかっ!?』


 木材が焼けるバチバチという音の中に響く、実に楽しそうな少女の声。

 集団のリーダーらしき人影はその手を上げ、他のメンバーに再度の一斉攻撃の合図を送ろうとする。しかし――――!


「だっしゃーーーー!」


『ひでぶっ!?』


『ぼびれっ!?』


『たわらばっ!?』


『だびでっ!?』


 瞬間。立ちこめる黒煙を一瞬で吹き飛ばし、辺り一帯に凄まじい突風を巻き起こして青い閃光が奔った。


 ステルス迷彩を備え、一体で千人の兵士に匹敵するとされる最新型のパワードスーツを身に纏った集団が、次々と全身に電流を帯びて痙攣。意識を失って倒れていく。


 巻き起こる突風によって辺り一帯の炎が吹き消され、黒煙も残骸も何もかもが遙か彼方へとはじき飛ばされる。


 一瞬にして見晴らしが良くなった元カフェテラスの残骸。


 瞬時に決着がついたその場には、勇者の力を発動して亜光速機動から通常空間に復帰したミナトと、自身も含む周囲の人々全てを緑色の障壁で保護していたユーリーが立っていた。


「ありがとうございます。助かりましたよ、ユーリー、ミナト。ちゃんとようですね」


「クラリカに感謝しろよ、で勘弁しといてやったぜ!」


「あわわ……っ!? な、ななな、なんなんですかこの人たちっ!? なんでいきなりこんなことを!?」


「んー……ティオは嫌かもだけど、んじゃないかなー? どう考えてもと思うんだよねー?」


 その身に虹にも似た輝きを灯したままのミナトが油断なく周囲を警戒し、ユーリーは自身の障壁で保護した観光客や民間人、カフェの従業員ににこやかな笑みを向けて避難するように伝える。


「なるほど……しかし、それでもミナトが倒したこの者たちの装備……俺から見ても相当に高価な物に見えるが……」


 ボタンゼルドは一度ティオの腕の中から地面へと降り立つと、倒れ伏す襲撃者たちの装備をしげしげと見つめて呟いた。


「ええ、でしょうね。この方たちは恐らくです。ほら、以前太陽系に戻ってきて早々にラースタチカを襲った――――覚えてらっしゃいますか?」


「独立派……地球から、他の文明の影響を排除しようとしているっていう人たち……」


「キア、先にラースタチカに戻れるか? 俺の回線をラエルに繋ごうとしたら、うんともすんとも言わなくてさ。ちょっと行って、この状況をラエルに伝えてくれっ!」


「わかりました、ミナト。327秒で戻ります」


 指輪状の通信機をコンコンと指さしたミナトは、ユーリーの隣に立つキアにラースタチカへの救援を要請するように依頼した。


 キアは即座に頷き、そのまま地面に顔から倒れ込むようにして飛び込と、瞬間的に展開した亜空間領域に突入。数千キロ離れたラースタチカへと一瞬にして転移する。


「はてさて――――ラースタチカへの回線も封鎖されてるとなると、いよいよこの程度で済むとは思えませんね。ボタンゼルド……ティオに怪我などさせたら承知しませんよ……!」


「無論だ! しかしクラリカ、ティオもそうだが、君とてユーリーやミナトのように強くはないだろう!? 俺は爆発程度で死にはしない、ティオと二人で俺の後ろに――――」


「ハッ! この木星帝国第三皇女、クラリカ・アルターノヴァを舐めて貰っては困りますよ。既に私を中心とした半径500m圏内は――――」


「ひゃっ!?」


 瞬間、イアの街各所に雷鳴に似た爆音が轟いた。

 突然の爆音にティオはボタンゼルドをぎゅっと抱きしめ、短い悲鳴を上げた。


「――――とまあこのように、既に私のナノマシンによって掌握済みです。まだ街中に潜む、軽く半死半生になってもらいました」


「あわわ……っ!? そうなんですか!?」


「なんと……!? いつの間にそのようなことを!?」


「フフ……この程度の騒ぎは木星帝国では日常茶飯事。は皇族に生まれた者の嗜みなのですよ。さあ皆さん、このまま街中にいては追撃の際に被害が拡大します。早々にイアを出て、海岸沿いに島の北側を目指しましょう!」


 その落雷を発生させた張本人、クラリカは眼鏡のレンズをギラリと輝かせて狩人の笑みを浮かべると、威風堂々とした立ち姿で全員に指示を飛ばす。


「おっけー! 街から出たら変身してみんなをラースタチカまで連れて行くね!」


「わかった!」


「ありがとなユーリー! 助かるぜ!」


 クラリカの指示を受け、一斉に走り出すボタンゼルドたち。

 純白の壁面に塗り込められた細く見通しの悪い道を駆け抜け、散発的に現れる独立派の襲撃者を事も無げに制圧し、やがてイアの街の北端へと到達。


 土塊と岩塊が転がる荒涼とした斜面に、美しいエーゲ海の日差しが降り注ぐ。


「この辺りでいいでしょう、ここまでくれば――――」


「いや……まだだクラリカ! 何かデカいのが来るぞ!」


「大きい敵意……僕にもわかります、ボタンさん……っ!」


 だがその時。


 ようやくイアの街を出た一行の目の前で、果てなく広がる青空が突如として


 それは


 ミナトやクラリカ、ティオが自らのTWを呼び出す際に行われる、超質量を転送するための技術だ。


 今、ティオやミナトは誰もTWを呼んではいない。

 つまり、これから目の前に現れるのは――――!


『どうやらギリギリ間に合ったみたいだねぇ……? 各機、向こうには。一番厄介なルミナスの相手はアタシがやるから、お前らは残りを始末しな』


 蒼穹を切り裂き、指揮官機らしき濃紺の巨大な人型が降り立つ。


 そしてその機体に続き、全長300mから700mまでの特徴的な形状のTWが、一同の眼前にゆっくりと降り立った――――。



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