第二話 道化の糸

順風満帆とはいかず


「そうでしたか……ティオがそんな悩みを。まあ……それをきっちり受け止めたというのなら、今回は良くやったと褒めて差し上げますよ、ボタンゼルド……っ!」


「わかるぜ……ティオのその気持ち! 俺も今は慣れたけどさ、異世界に跳びまくってた最初の頃は頭がおかしくなりそうだったからな……!」


「えーーっ!? ティオはともかく、ミナトにもそんな事あったの? いがーい!」


「……大丈夫ですか、ティオ? お望みなら、私が手を握ります」


「ありがとうございます皆さん……! でも、その……その後いっぱいボタンさんにので……えへへ……」


「うむ! ティオとも相談して、こうして皆にも話を聞いて貰ったのはやはり正解だった! ありがとう! 感謝する!」


 真夏の太陽の日差しが燦々と降り注ぐカフェテラス。赤いタイルが敷き詰められた路上に置かれた純白の椅子とテーブルに、同じく白い大きな日除けがしっかりと張り出している。


 一人テーブルの上に立って気勢を上げたボタンゼルドは、テーブルに置かれた白い皿に盛られたサンドイッチを手に取ると、実に幸せそうな笑みを浮かべてもしゃもしゃとそれを頬張った――――



 ここは旧ギリシャ領、エーゲ海に浮かぶサントリーニ島にあるイアの街。

 


 一同が座るテラス席からはどこまでも続く青い海と青い空が一望でき、かなりの急勾配となっている崖沿いには、カラフルな屋根を持つ白い壁面の建物がぎっしりと並んでいる。


 始まりの地を目指すラースタチカの出航は間近に迫っていた。

 そしてそれと同時に、亜空間ドックを利用した太陽系統合軍の再建も完了の目処がたちつつある。


 ラエルノアがここ数十年で開発した新技術が提供されたことで、新造される艦船及びTWの性能は飛躍的に向上。グノーシス相手に喫した無様も、今再び戦えば、全く同じ結果というわけにはいかないだろう。


 ボタンゼルドたちラースタチカのメインクルーは、それら最後の戦いへの旅立ちを控え、こうして残された時間で休息を楽しんでいた。


「でもでもー! なんだかわくわくするよねー! いつもは私たちが沢山の敵に囲まれる側だったけど、今回は私たちの方が大艦隊だもんねー!」


「太陽系統合軍艦隊だけでも200万隻。TWの再建が遅れているのが気になりますが、TWはそもそもパイロットを早々に用意するのが難しいですからねぇ……」


 動きやすいように仕立てられたチャイナドレスに身を包んだユーリーが、自身の座る椅子をだらしなく後ろにギコギコと倒しながらオレンジジュースを口に運ぶ。

 

 優雅に口元に手を当てて思案げな表情を浮かべる銀髪の少女―――クラリカは、城を基調としたシャツに青いロングスカートという姿で、青いフレームの眼鏡をくいと持ち上げて見せる。


「マージオーク艦隊の皆さんは、僕たちと戦ってくれたゲッシュさん以外にも大勢かけつけてくれるそうです。なんでも、太陽系連合と仲の良いオークの皆さんが結構いるとかで……!」


「ルミナスのみんなの中にも、もう先に目的地に向かってるのがいるみたい。そっちの様子を確認するチームと、私たちと一緒にいくチームに分かれるんだって。くらい来るって言ってたよー!」


「る、ルミナス人三十万だとっ!? ユーリーみてぇのがそんなに来たら流石の俺でもヤバいぜ! っていうかルミナス人ってそんなに居たのかよ!?」


「ミナトってさ、ほんっとーにバトル脳だよねー? ルミナスのみんなは味方だっていってるのに、いっつも戦うことばっかり考えてるんだもん!」


「そりゃお前もだろがっ!」


 テーブルの上に置かれた魚介のソテーやフライドポテト、クラッカーなどを次々と口に放り込みつつ驚きの声を上げるミナト。


 こんな時だというのに、ミナトは相変わらず中世の冒険者のような革製のベストと白いチュニック。そこに焦茶の麻ズボンとという完璧な勇者スタイルである。しかし不思議とギリシャの町並みには溶け込んでいた。


「だが、たとえ俺たちが多勢だったとしても安心はできない。ティオの父上と同じ創造主のチェルノボグは、必ず俺たちを妨害しようとするだろう。ストリボグ殿の話では、この宇宙の外にもということだしな!」


「チェルノボグさんが所属してるっていう、人たちのことですよね……この宇宙の中でどんなに皆が集まっても、その人たちに何かされたら、僕たちは……」


「いいえ……彼らへの対処は我らが神がしてくれます。私は、我らが神を信じています……」


 かつてない大艦隊が動員される今回の作戦。

 しかしいかにこの宇宙で大戦力が集まろうと、宇宙の外から妨害を受けてしまえばそれを防ぐ術はない。


 それについて不安を吐露するティオに、無表情のままミナトの隣に座るキアが静かに呟く。


「え? それって、もしかしてスヴァローグさんのことですか……?」


「はい……私は、我らが神を信じています」


「そうだな…………実はあいつ、この前キアにんだよ」


「な、なんですって!?」


「うんうん、そうだったよね! あの時は私も少しだけびっくりしちゃった!」


 キアの言葉に呼応する形で発せられたミナトのその言葉。

 創造主スヴァローグからコンタクトがあったという事実に、クラリカは想わず身を乗り出して驚きの声を上げた。


「別に、大したことじゃねえよ……ただとか、酷いことされてねぇかとか、そういうのをさ」


「うん……なんかさ、凄くキアのこと心配してたよ。不思議だよね、あの時は自分から見捨てるみたいなことしてたのに」


「そうだったんですか……そんなことが……」


 僅かに肩をすくめてそう言うミナトに、ユーリーもどこか思うところがあるようにして補足する。二人と並んで座るキアもまた何かを考えるように、しかしかつてよりもはっきりとした思いを乗せて口を開いた。


「私は…………とても嬉しかった、です。出来ることなら、また、我らが神とかつてのようにお話をしたい……私が、皆さんから得た知識を、聞いて貰いたい……」


「だな……俺ももう今更あいつをどうこうしようとは思わねぇ。なんかさ、そういう気じゃ無くなっちまった」


「どんな奴でも、やっぱりキアのパパやママみたいなものだもんねー」


「うむ……その通りだ! スヴァローグ殿が外の世界で頑張ってくれているのならば、俺たちはこの世界での責務を果たさなければな!」


「はいっ! 僕も頑張ります!」


 かつてのスヴァローグからは信じられないような、しかし確かに彼も変わったのだと思えるミナトやユーリーのその話に、ボタンゼルドは大きく笑みを浮かべて両腕を上げる。


 それは正に順風満帆。後は各自がやるべき事に最善を尽くすのみ。

 そう思えるだけの力強さに満ちた光景だった。



 だが、しかし――――



「っ……!? 全員伏せろッ!」


「えっ!?」



 その時である。


 空と海。二つの青に囲まれた美しい純白の街に、平穏を切り裂く銃声が響いた。


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