導かれた答え
「そうだったんですね……ラエル艦長のご家族が仲直りできて、本当に良かったです」
「ありがとう、ティオ。でもまだまだこれからさ。お祖母様も、パパも、エルフも――――そして私もね」
ラースタチカ内部、ラエルノアの私室。
最早お馴染みとなった白いテーブルと白い椅子。
そこには白衣を纏ったラエルノアと、ダークベージュの民族衣装にライトベージュのハーフパンツという出で立ちのティオが座っていた。
「ラエル艦長も?」
「そうさ。私だって人並みに傷つくこともあれば、落ち込むこともある――――私が今こうしてラースタチカに信頼できるメンバーだけを集めて旅をしているのも、太陽系やミアス・リューンに私の居場所はないと感じたからなんだ」
ラエルノアはそう言って、テーブルの上に置かれた白磁のティーカップを口元に運ぶと、どこかすっきりとした笑みを浮かべた。
「今から丁度二百年前――――太陽系がマージオークの大艦隊に襲われたことがあった。その数は艦船だけでも五億隻。マージオークの機動兵器まで合わせれば、数十億の大戦力だったはずだ」
「ええっ!? この前のグノーシスだけじゃなくて、オークの皆さんにも襲われたことがあったんですか!?」
「そう――――それまでミアス・リューンで家族と一緒に暮らしていた私は、その時に太陽系連合を救うため、アーレンダルや私に付き従う僅かなエルフの手勢を連れて救援に向かった――――その頃の私は相当に純粋でね。ママの故郷である太陽系の危機を、放ってはおけなかったんだ」
微笑みながら、どこか懐かしむようにそう語るラエルノア。
ティオはティーカップの持ち手に指をかけたまま、その大きな両目を興味深そうに輝かせて耳を傾ける。
「色々あったけど、なんとか太陽系はオークとの戦いに勝った。私は太陽系を救った救世主として持て囃され、そのまま太陽系連合の連合総長になったりもした」
「た、太陽系連合総長……!? それって、この前のイルカさん――――カビーヤさんと同じ!? 太陽系の一番偉い人……ってことですよね!?」
「そうさ。でも結果は散々だったんだ――――私にとって、太陽系はとても居心地が良かった。人類は自分の欲求に素直で、願いを叶えるためにいつだって懸命だった。だから私も、そんな人類のために出来ることをしようとしたつもりだったんだけど――――」
ラエルノアはそのまま、ティオに自らが辿った足跡を語った。
ラエルノアが太陽系連合総長に就任した後、太陽圏がラエルノアを救世主として崇拝する勢力と、異種族が頂点に立つことを良しとしない勢力に分かれたこと。
その亀裂を発端として無数の勢力争いが起き、ラエルノアはそれらの内乱を結局武力によって制圧することしかできなかったこと。
そして――――その当時ラエルノアが行った数々の決断による禍根や、ラエルノアを救世の女神として崇拝する勢力は、今も根強く存在し続けていることを。
「たとえ私が人類全体にとって良かれと思って下した判断も、それによって潰える欲望や願いは必ず存在する。この前の独立派なんかもそうだけど、私はできればどんな欲望も否定したくはないんだ。だから、私は仲間や友人たちを連れ、他者の欲望に関わることを止めた――――」
「ラエル艦長にそんなことがあったなんて……」
ラエルノアの辛かったであろう過去を思いやり、きゅっとその両手を膝上に揃えて神妙な表情となるティオ。
しかし当のラエルノアは優雅に紅茶を楽しみながら、浮かべた笑みもそのままに続ける。
「でもねティオ。さっきも言った通り、これからはまた少しずつミアス・リューンや太陽系にも顔を出してみようかと思っているんだ。全てのエルフや、全人類を救うなんて大それた事じゃなく――――大切な友人や、家族の力になるためにね」
「わぁ……! とってもいい考えだと思いますっ!」
目の前のティオに向かい、吹っ切れたような笑みを浮かべるラエルノア。
ティオもその丸く柔らかな顔に満面の笑みを浮かべ、何度も力強く頷いた。
「うむっ! 俺もそう思うぞ! その時には俺も必ず力になろう!」
「あっ! お疲れ様ですボタンさんっ!」
そしてその時、日課となっている木々を駆け抜けるトレーニングを終えたボタンゼルドが、そのびよんびよんと伸び縮みする腕をしならせてくるくると回転しつつ二人の足下へと着地する。
「やあボタン君、今日はもういいのかい?」
「ああ! 俺も大分この体に慣れてきた! もしかしたら人間だった頃よりもパワーアップしているかもしれんっ!」
「あははっ! 確かに、生身でそんな動きはなかなか出来ないからね」
いつものように泥だらけとなって戻ってきたボタンゼルド。
ラエルノアは普段通りボタンゼルドの体をタオルで拭こうとするが、横で二人のやりとりをもじもじと見つめるティオの視線に気付くと笑みを浮かべ、手に持ったタオルをティオへと手渡した。
「フフ……今までは私が彼の体を拭いていたのだけど、これからは恋人であるティオの役目かな?」
「あっ……はいっ! ぼ、僕が! ボタンさんのことは僕が拭きますっ!」
「何度も言っているが、俺は自分で拭けるのだが!?」
半ばひっつかむようにして、ボタンゼルドの体をむぎゅと抱き上げたティオ。
ティオはそのまま、ラエルノアから受け取ったタオルでごしごしとボタンゼルドのボタンボディに付着した泥を落としていく。
そんな二人の姿に、ラエルノアはどこまでも優しい笑みを浮かべていた。
「私だって全てはこれから――――たとえどんなに何もかもを理解したような気になっていても、結局は自分の足下すら見えていないのだからね――――ティオ、ボタン君。せっかく晴れて結ばれた二人には悪いけど、ラースタチカは数日の内に出航する。なにか太陽系でやり残したことがあるのなら、ちゃんと済ませておくんだよ」
「えっ!? それって――――」
「なんだとっ!? まさか――――ティオの父上が言っていた完成された種が見つかったのか!?」
「ああ、見つかった。指定された場所へ行ってみなければまだわからないけど――――恐らく、これこそがヴェロボーグの言っていた完成された種――――その答えだ」
――――――
――――
――
「ええ、勿論見つかりました。ちゃーんと見つけてきましたよ、完成された種。だから言ったでしょう? 全て私に任せておけば良いと――――」
巨大な青い太陽が輝く宇宙空間。
そこに佇む一隻の宇宙船のブリッジから、道化じみた軽薄な声が響く。
「それより、外に出たスヴァローグさんに邪魔されないよう気をつけて下さいよ? せっかく私がここで頑張っても、あなた方がしくじれば台無しですからねぇ! では、私はそろそろ門に向かいますのでこれで――――!」
まるで一人芝居のように響く声。それはやがて止み、辺りには地鳴りような一定の重い音と、黒髪に赤い瞳の青年――――チェルノボグが刻む歩みの音だけとなる。
「フフフ――――私の読み通り。ヴェロボーグさん、やはり貴方はとても優秀なお方だ――――この私ですら長年たどり着けなかった完成された種の条件――――それをとっくの昔に見つけた上で、更に脱出ボタンまで創造して見せたのですから――――」
漆黒の闇の中、チェルノボグの姿が青い太陽の光の影へと入り、闇と同化するように消える。暗い暗い黒の中、チェルノボグの赤く輝く双眸だけが、らんらんと輝いていた。
「でも――――最後に願いを叶えるのはこの私。もっとも欲深き者はこの私! 貴方が認めてくれたこの私の欲――――ちゃーんと叶えさせて貰いますよ。ねぇ、ヴェロボーグさん――――?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます