もういない娘に
柔らかな陽光が差し込む広々とした病室。そこは地球上でも限られた者しか処置を受けることが出来ない、最先端の医療施設だ。
見れば、たった今ラエルノアとリリエリスが話す病室には多種多様な草木や花々が満ち溢れ、まるでラースタチカのラエルノアの私室のように、水路を清流がさらさらと通り抜けていた。
「お体の調子はどうですか? お祖母様――――」
「ありがとう、ラエル――――平気ですよ」
地球上では見ることのないしなやかで艶のある、加工されていない樹木で編まれた寝台の上。
金色の髪をなびかせた一人の少女――――先代エルフの女王リリエリスが、白衣を纏ったラエルノアの言葉に静かに微笑む。
地球圏近傍で突如勃発したミアス・リューンのクーデターは、多くの犠牲を出すことなく、無事に鎮圧された。
双方の激突によって大損害を受けた先王派閥の宮殿戦艦や、エルフの騎士たちにも死者はなく――――否、正確には死者は出ていたのだろうが、なぜか全てが終わった後に傷を負っていた者は一人としておらず、被災した樹木も再生を始めていた。
クーデターに参加した先王派閥の人員は一時捕縛されたものの、皆一様に脱力したように弱々しく、あれほどの激しい気勢を上げていた者たちとは思えない様子だった。
「私は、大きな咎を犯しました――――ミアス・リューンのしきたりを優先すると言いながら、先王である私自らがその掟を破ってしまった。いかなる罰も受けるつもりです」
「母上――――先ほども言った通り、私は母上に罰を与えるつもりはありません。ミアス・リューンの行く末を、誰よりも案じていた母上を追い詰めたのは私の咎です」
その青い瞳に後悔の色を浮かべ、懺悔するように呟くリリエリス。
ラエルノアと共に彼女を見舞っていたエルフの王、エーテリアスは、自身にそのような考えがないことを伝える。
「それに、お祖母様の存在や思想は、ミアス・リューンに起きている大きな変化に戸惑うエルフたちにとっての拠り所でもあるんだ。そのお祖母様を公に罰したりすれば、それこそミアス・リューンの保守派と改革派の亀裂は修復不可能になってしまうよ」
「しかし――――」
「母上――――どうか愚かな私をお許し下さい。今でこそ、様々なデータからエルフの衰亡が止まりつつあることは分かり始めています。ですが、それまでの私は一日も早くこの状況を打開しようと、余りにも性急に過ぎていました」
エーテリアスはそう言ってリリエリスの白く小さな手を握る。
そして母の瞳を見つめ、力強く頷いた。
「私は、ミアス・リューンとそこに住むエルフ全てを愛しています。たとえ創造主からいかように罵られようと、失望されて見放されようと、それでもこの長い年月を穏やかに暮らし続けたエルフの民を――――私は誇りに思っています」
「エーテリアス……」
「私もお父様と同じ考えですよ、お祖母様。私は今まで多くの文明をこの目で見てきました。そして、そのどれ一つとして完璧で欠点のない種などありませんでした。しかし同時に、どのような文明にも優れた部分や、好ましく思える部分が存在するのです」
目線を合わせ、リリエリスの手を握りしめるエーテリアス。
ラエルノアもそんな父の肩越しに笑みを浮かべ、祖母を安心させるように頷いた。
だがその時――――
そんな二人の笑みに、リリエリスは何かを思い出したかのように両目を見開く。
「――――そう、でした。貴方たちの言うとおりでした。私は――――以前にも同じように、あの方にそう言われたというのに――――」
「お祖母様……?」
ぽつ、ぽつと――――
エーテリアスの手を握るリリエリスの手の甲に、涙が零れる。
「あの方――――ラエルの母であり、エーテリアスの妻であるフラヴィ様は――――その命が星に還ろうという少し前。私に――――そう言ってくれたのです。ミアス・リューンが好きだと。穏やかで、争わないための努力を惜しまないエルフを、愛していると――――」
「お母様が……そんなことを……」
ミアス・リューン建国から三十億年。
あらゆる景色を見てきた女王リリエリスは、涙を流しながらそう呟く。
生前のフラヴィとリリエリスの仲は、決して良好ではなかった。
表立って嫌悪を示すようなことはなかったが、リリエリスには最後までフラヴィの――――というよりも、太陽系人類の思考が理解できなかった。
しかし――――。
『お義母様……どうか、多くをお話し下さい。私が語りきれなかった分まで…………私が愛するエーテリアスとラエルノアと……そして、ミアス・リューンの人々に。尽きることなく言葉をかけてあげて下さい…………そうすれば、きっと全て上手くいきますよ――――』
「――――あの時の私には、フラヴィ様の言葉の意味がわかりませんでした。言葉を発さずとも互いの思考が理解できるエルフにとって、口やかましく語り合うことになんの意味があるのかと…………そのようなことをせずとも、全てのエルフの思いは最初から…………一つで、あろうと――――っ」
リリエリスはその小さな肩を震わせて述懐すると、深い後悔をその瞳に浮かべる。
「ああ、フラヴィ…………っ。太陽系で生まれた、エルフではない私の娘……っ。私は……今こそ貴方と話したい! 今のこの私の思いを、貴方に聞いて欲しい……っ。どうすれば良いのかと……っ! 貴方は……きっと答えを知っていたはずなのに……っ!」
「お祖母様――――」
大粒の涙を零しながら、もういないフラヴィを呼ぶリリエリス。
そんな祖母の姿を見たラエルノアは、すでに父が握るその手に更に自分の手を重ねると、静かに寄り添った。
「私がいます…………これからも、沢山お話しましょう。お母様と出来なかった、お話の分まで…………」
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