最終章 

第一話 遙かなる旅の果て

その記憶は誰の


「時空間連続体生成プロセス完了――――空間領域の低温下を確認。エネルギーのプラズマ化も収まって、あと少しでこの宇宙にも物質が生まれ始めるだろう」


「そうなれば、いよいよ私たちの出番というわけですね。私たちの世界を救うための長い長い研鑽と究明の旅――――この身が引き締まる思いですよ!」


 広大な白い平面が続く果てなき空間。

 白い床から生えるようにして突き出された用途不明の端末を間に、二人の青年が立っていた。


 穏やかな光をその焦茶色の瞳に宿し、ゆったりとした民族衣装を纏った亜麻色の長い髪を一纏めにした青年――――ヴェロボーグ。


 そしてもう一方。白いシャツにベージュのスラックス、そしてベルトと同色の茶色の革靴を履いた、かっちりとした印象の黒髪の青年――――チェルノボグ。


 二人は端末に映し出される無数のデータを次々と読み取り、互いに言葉を交わしながら、素早く的確に追加のコマンドを入力していく。


 端末の向こう側に映る広大な黒。そこにやがて光が生まれ、輝きを放ち、それらがさらに集まって、より大きな光となる。

 その輝きはヴェロボーグとチェルノボグの横顔を照らし、穏やかに染めた。


「これでよし……とりあえず、最初はストリボグが言うように、単純な思考回路と最低限の欲求を持った文明を作ってみようと思うんだ。まずは僕たちが生命の創造プロセスに慣れないと、どうしようもないからね」


「さすが、ストリボグさんは頼りになりますね! 勿論、私もその方針に従いますよ!」


「でも、最初は何も思考しないってストリボグは言ってたんだ。けどそれを聞いたスヴァローグが、だから止めようって聞かなくてね」


「ははっ、それもスヴァローグさんらしいですねぇ。私は好きですよ、彼のそういうところ」


「うん、僕もそう思うよ」


 一段落ついた宇宙創造のプロセスを終え、ヴェロボーグは肩の力を抜いて端末から離れる。そんなヴェロボーグにチェルノボグはにこやかな笑みを向けていた。だが――――


「ところで――――ヴェロボーグさんはどのようにお考えですか? という存在について」


「ん――――そうだね。とても難しい課題だと思うよ。正直こればかりは僕にもさっぱりなんだ」


 だがその時。チェルノボグは不意にその笑みを消すと、真剣な口調でヴェロボーグにそう尋ねた。

 ヴェロボーグはチェルノボグの眼差しを横目でちらと見留めつつも、その手を虚空にかざし、別データの表示されたホログラムを展開する。


「私たち四人の中で最も優秀な成績を収めていたのは貴方です。私たちの中でだけではありません、貴方は滅び行く我々の世界が最後に生み出した超存在――――それほどに優れた貴方なら、既に何か掴んでいるのではないかと思ったのですが――――」


「僕のことを買い被りすぎだよ。それに、僕は勉強が出来るとか、頭の回転が速いとか、力が強いかなんて、優劣の尺度としてはあまりにも不適切だと思っていてね」


「ほう――――?」


「もっと――――もっと根源的な何かがあるはず。言ってしまえば、僕たちはみんななんだ。そんな狭い尺度に当てはめて良い存在じゃないはず――――この宇宙にエネルギーが満ちて、ついには自ら思考するようになった理由が、どこかに――――」


 ヴェロボーグはチェルノボグの問いに答えつつも、次々とホログラムを浮かべては消し、浮かべては消して思考を巡らせる。


 チェルノボグはそんな彼の姿を、興味深げに見つめていた。しかし――――。


「ああ、でもねチェルノボグ――――」


「はい? なんでしょうか?」


 突如、ヴェロボーグは思い出したように思索を止め、今度はまっすぐにチェルノボグのことを見つめる。


「僕は、。君ほど強い欲と願いを持った人を僕は見たことがない。たとえ君がその心の底で――――僕は、君のその願いがいつか叶うように祈っているよ」


「――――これはまた、語る方だ。だから貴方は油断ならない」


 全てを見透かしたかのようなヴェロボーグのその言葉に、チェルノボグの笑みの仮面が一瞬だけ剥がれかける。


「簡単にそのようなことを言う物じゃありませんよ――――もし私が途轍もない極悪人のろくでなしだったらどうするのです? そんな人間の欲でも貴方は応援できるというのですか?」


「そうだよ。さっきの優劣の話と同じさ――――本来、欲求に善悪も優劣もない。強い願いが、ただのエネルギーである僕たちが何者なのかを教えてくれる――――」


「――――覚えておきますよヴェロボーグさん。そして――――。恥ずかしながら、誰かからそのように言って頂いた経験に乏しい物で――――」


 チェルノボグはそう言うと、剥がれた表情を隠すようにヴェロボーグに背を向けて広大な空間を歩き出す。


「はは、ならチェルノボグもくれると嬉しいな。たとえ僕と君の願いの結末が、それでも相手の願いが叶うように祈ることは出来るはずだからね」


「もちろん! それならお安いご用ですとも! ヴェロボーグさんの願い――――いつか叶うように私も祈らせて頂きますよっ!」


 そう言って白い地平に消えていくチェルノボグ。

 残されたヴェロボーグは、いつまでもその背中を見つめ続けていた――――。


 

 ――――――

 ――――

 ――



「あ、れ――――?」


 目を覚ます。

 そこは薄い青色のライトに照らされたラースタチカの私室。


 見れば、まだ起きるには相当に早い時間だった。


 亜麻色の髪に、まだあどけなさの残る容姿の少女――――ティオは、僅かにその身を起こして自身の胸に手を当てた。


「あんなの知らない……僕は、あんな場所に居なかったはずなのに……」


 ティオはそう呟くと、今は同じベッドで一緒に眠るようになった円盤生物――――ボタンゼルドのオモチャのような手にそっと触れる。


『貴方はヴェロボーグの子供でも何でもない。か弱く未熟な――――それが貴方なのですよ』


「僕は……」


 ティオの柔らかな耳の奥に、チェルノボグが残した言葉が蘇る。ティオは自らの内に沸き上がる不安を打ち消すように、その桃色の下唇を少しだけ噛んだ――――。

 

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