その力は無限


『さあ、どうしたんだい創造主様? いつまでも逃げ回っていないで、そろそろこの私と遊んで貰いたいものだね――――!』


『あははーっ! そうしたいのは山々なんですが、私はかつて皆さんを作り出すときももっぱら頭脳労働担当でして! 泥や土にまみれるような力仕事は専門ではないのですよ!』


 二条の光芒となり、青い地球を眼下に臨む宇宙空間で交錯するチェルノボグのロウ・イリディールとラエルノアのノア・シエラリス。


 すでに本来の壮麗で美しい姿とはかけ離れた異形となったロウ・イリディールは、その身からどす黒い体液のような粒子をまき散らしながら、迫り来るラエルノアの攻撃をギリギリで躱し、受け流す。


 しかしそれにも限界がある。


 ラエルノアは先ほどからまるでチェルノボグをいたぶるように、徐々にロウ・イリディールの装甲を焼き焦がしていく。


『『しかししかし! 管理者権限を奪われた今となってはそうも言っていられませんね――――いいでしょう。私もただでは済みませんが、せっかく頂いた、存分に使わせて頂くとしましょうか!』』


 瞬間、叫ぶチェルノボグの声に


 一度は崩れかけたロウ・イリディールの輝きが再点火され、莫大なエネルギーを一気に放出する。


『『ハハハハ! やはり彼女専用に作られているだけあって、こちらの体のほうがよく馴染みますねぇ! たとえ新規のパラメータ権限は奪われても、すでに私が保有しているパラメータは私の物ですから!』』


『へぇ…………? まさかこの期に及んでさらに私の怒りに油を注ぐなんてね。どうやら、


『『フフ……戦いというものは、のですよ。なんて、どこぞのサブカルチャーの世界でもあるまいし――――ねぇ? !』』


 突如として息を吹き返したかのようなロウ・イリディールは、それまでとは別次元の加速と機動性をもって追いすがるラエルノアのノア・シエラリスの背後へと回り込むと、その手に握る長剣で斬りかかる。


 しかしラエルノアは即座に反応。前方に飛び込むようにして機体を一回転させると、跳ね上げたノア・シエラリスのに光刃を発生させ、振り下ろされたチェルノボグの刃をはじき飛ばす。


『『アハッ――――まだ逃がしませんよぉ!』』


『逃げるだって? 笑わせないでくれるかな』


 だがチェルノボグの攻撃は終わらない。次の瞬間には無防備なノア・シエラリスの背中めがけ、黒い弾丸を自身の虚空から何の前触れもなく連続して発射。


 ラエルノアはノア・シエラリスが背負う雷状の光輪から、青白い雷鳴のようなフィールドを展開してその弾丸の連射を防ぎきってすぐさま加速上昇。


 漆黒の宇宙空間に大きく緑光の虹を描きだすと、亜空間から巨大なボウガンを取り出し、眼下のチェルノボグへと撃ち放った。


『『ハッハーー! さすがにこのロボットはだけありますねぇ! ミルクもオムツも勉強も! 勿論ぜーんぶ私たちが最初から用意してあげていました! 可愛い可愛いエルフの皆さんのためにね!』』


『なるほど――――お祖母様が乗るロウ・イリディールはミアス・リューンの建国神話にすら存在する機体だ。まさか神話の通り、だったとはね』


 チェルノボグは自身へと襲いかかるラエルノアのボウガンの矢を、ロウ・イリディールを防御する精神障壁で叩き落とすと、さらに連続して放たれる矢の雨の中を防御もせずに突撃する。


『『その通り! それに比べて貴方の乗るそのロボットはでしょう? それじゃあ私たちが与えたこのロウ・イリディールには勝てませんよ! 三十億年経っても一歩も前に進まなかったゴミ虫共! 結局は自分たちでは何も出来ない失敗作なんですよッ!』』


『さて――――それはどうかな?』


 どす黒い粒子を纏い至近へと迫るチェルノボグに、ラエルノアはボウガンを捨てて二刀の細剣へと持ち変えると、すぐさま自身もチェルノボグめがけて加速。


 丁度互いの中央で二機の光神甲冑はプラズマの放射を放って激突すると、次の瞬間には双方目にもとまらぬ不規則で鋭角な機動で光速の剣戟へと移行する。


 エルフが誇る二機の光神甲冑は、その全ての面においてあらゆるTWを上回り、単体での戦闘であればルミナスエンパイアの光の巨人すら手も足も出ないであろう。


 かつてスヴァローグの乗るアイオーンと戦った際も、もしラエルノアがノア・シエラリスに搭乗していれば全く違う戦況になっていたはずだ。


 それほどまでに、この二機の人型機動兵器が持つ戦力は大きかった。しかし――――!


『『あぐっ!? ぐ、この――――!』』


『はああああああ――――ッ!』


『『あがっ! な、なんで!? ロウ・イリディールが、押され――――』』


 しかし拮抗はそこまでだった。


 互いにあらゆる物理法則を超えた機動を実現しながらも、まるで底なしに出力を上げ続けるラエルノアのノア・シエラリスに対し、常に一定の最大出力を放出し続けるロウ・イリディールは徐々に力負け、速度負けしはじめ、その身を削り取られていく。


『このノア・シエラリスは――――お祖母様とパパ――――そして元気だった頃のママが私のためを思い、一から建造に参加していた機体なんだ。それがどういう意味か、わかるかな――――?』


『『な、何を訳の分からないことを――――! 技術者でもない貴方の家族が建造に参加したからといってなんだというのですか!? それでロボットが強くなるとでも!? はっ! バカバカしい――――!』』


『光神甲冑は太陽系連合のTWと同じで――――人とエルフの間に生まれた私のために、私の気性と素養を全て考慮して作られたノア・シエラリス――――


『『は――――?』』


 刹那、ノア・シエラリスの剣を受け止めようとした、ロウ・イリディールの禍々しい長剣が


 ラエルノアの魂の力が高まれば高まるほど、それに呼応してどこまでも強化されるよう無限のキャパシティを備えて設計された機体――――それこそが、ノア・シエラリスだけが持つ真の力だったのだ。


 ノア・シエラリスを包む緑光は更に更にその輝きを増していき、それはラエルノアの怒りを体現したかのようにロウ・イリディール内部のチェルノボグを焼いた。


『君はまだ理解していないようだから教えてあげるよ――――私の名はラエルノア・ノア・ローミオン。太陽系人類の母とエルフの王の間に生まれ、この宇宙でただ一人のハーフエルフ――――』


『『――――ヒッ!?』』


 その長剣を失い、怯えるように背中を見せて逃げるチェルノボグ。


 ノア・シエラリス内部のコックピット。ラエルノアは全身に緑光の輝きを纏わせ、逃走を試みるチェルノボグのどす黒い輝きをその両目で射貫く。


『『や、やめなさい――――! 貴方のお婆ちゃんが死にますよ! そ、そうです! ! でもここで私を殺したら戻せませんよ! だから私を殺すのは――――!』』


『もう君の声は聞き飽きた――――お祖母様の事は気にせず、存分に死ぬと良い』



 一閃。



 情けなく背を向けたロウ・イリディールの四肢と頭部が、緑光の閃熱によって一切のタイムラグなしに両断される。さらに――――!


『いくよ――――! ボタン君!』


『ああ――――! 待っていたぞ、ラエル!』


 そして僅かな間を置いて最後に放たれたコックピットへの一撃。


 それは狙い違わずチェルノボグの肉体を刺し貫き、それと同時に辺り一帯を包む閃光が、その場にいる全ての者の視界を覆い尽くしたのだった――――。

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