神の子


『ついでに、私がわざわざ貴方のお婆ちゃんを掌握してまでこんな騒動を起こした理由を教えてあげましょうか? 完成された種が見つかるまで暇だったからです。なので皆さんに初対面で印象に残るご挨拶をしにきたわけですよ! どうですか? 少しは私のこと――――覚えてくれましたか? ハハハハ!』


 チェルノボグは笑う。

 黒い神の舌はいつまでも、まるでタップダンスを踊るかのように滑らかに、軽快に回り続ける。


 チェルノボグが浮かぶ宇宙空間の背後で、神々しいエルフの宮殿が焼け落ちていく。


 先ほどまでそこで消火活動を行っていた非戦闘員のエルフまでもがその手に弓を持ち、ラエルノアやティオやボタンゼルド、クラリカへとまるで人形のように攻撃をしかけていた。


『ああ! でも安心してくれていいですよ! さすがにいくつもの複雑な要素を持つ、生命体のパラメータを完全に掌握するのには時間がかかるのです。だから突然あなた方が私になったりはしません! まあ、逆に言えば貴方のお婆ちゃんがってことなんですけどねぇ!』


 笑いながら、今はチェルノボグと化したリリエリスの専用甲冑――――ロウ・イリディールの流麗なフォルムが禍々しく、不定形に変化していく。


 血に濡れたような赤と黒と白が混ざり合い、その頭部からはウサギのような耳が映え、背面の月桂樹の葉は枯れ落ちて筋だけの触手状の物体へと変化。

 頭部の兜が割れ、巨大な赤い二つの目玉があらぬ方向に焦点を向けて突き出されたその姿は、まるで趣味の悪いギャグコミックのキャラクターのよう。


『ちょっと威厳たっぷりに私が創造主の一人だって話したら、それだけで目をキラキラさせて信じてくれましたよ。それで言ってあげたんです。あなた方だと。一点の穢れもない、全ての欲を捨て去った姿こそが、私たち創造主が願ったエルフのあるべき姿なんですってね――――きっと彼女は普段から今のエルフの姿に心を痛めていたのでしょう。まるで縋るように、私の言葉に耳を傾けて――――』


『ああ――――もういいよ。私たちが打ち合わせをしている間、ありがとう』


『おや?』


 だがその時。その突き出されたロウ・イリディールの異形の両目は、緑光の輝きによって根元から切断された。


 再び切り抜かれたその刃。ラエルノアが駆るノア・シエラリスの細剣がチェルノボグの言葉を断ち切ったのだ。


『君の役目はここで終わりだ。もう死んで良いよ』


『酷いなぁ! さっきも私の言葉を遮って! 残念ですけど、この機体のパラメーターだって掌握済みなんですよ。だからいくら傷つけたって、――――あれ?』


『どうしたんだい? 体調でも優れないのかな――――?』


『いやぁ……あはは! それっ! 再構築! 再構築――――できない!? なんで!?』


 失われた両目を必死に生やそうと試みるチェルノボグ。しかしそれは叶わない。先ほど粉微塵になった状態からでも一瞬で復元されたその力は、なんど試みても発動しなかった。そして――――


『さあ――――お仕置きの時間だ』


『あひっ!?』


 焦るチェルノボグに、ラエルノアが仕掛ける。光速とほぼ同速度に一瞬で達したラエルノアのノア・シエラリスが、光の粒子で残像を描きながらチェルノボグに迫る。


 チェルノボグは悲鳴を上げて再構築を諦め、自身もドロドロに解けた不気味な長剣を引き抜くと、一瞬で加速して直上へと飛翔。どっとその全身から汗を吹き出しながら大声で叫ぶ。


『な、なんで!? パラメーター操作権限が――――管理者コマンドが使用不能――――!? おかしい! 私より上の権限を持つのはこの宇宙ではただ一人、ヴェロボーグさんだけの筈なのに!? 彼はもう消え去ったのでは――――』


『違うぞチェルノボグ! ヴェロボーグは消えてなどいない――――! 彼の残した意思は、今もここにある!』


『ヴェロボーグの意思!?』


 ノア・シエラリスの豪雨のような攻撃をなんとか退けつつも、自らの身に起こった異常に気付くチェルノボグ。


 そのチェルノボグが視線を向けた先――――そこには見る見るうちに元素が集まり、自身の力と同様に傷一つない姿に再構築されていくバーバヤーガの姿があった。


『そんな馬鹿な!? あ、貴方は単なるのはず――――! それも緊急用の――――なんの権限も与えられていない筈の貴方が、私からパラメータの操作権限を剥奪したと!?』


――――っ! お父さんの思いを! ラエル艦長や、大勢のエルフの皆さんの思いを踏みにじったあなたを――――僕は、絶対に許せないっっ!』


『ひええっ!? そ、そこまで怒らなくてもいいじゃないですかっ!? ほらほらほら! も攻撃して! 私を守りなさい! 創造主がピンチですよ!?』


 チェルノボグの権限を奪った者。それは今正に目の前で行われた暴虐によって憤怒を露わにしたティオだった。


 ティオはその全身に金色の輝きを薄らと纏い、その亜麻色の髪をぞわりと浮かびあがらせると、自らの敵意と怒りをチェルノボグへと注ぎ込む。


 そしてそのティオの姿に全てを悟ったチェルノボグは、バーバヤーガとトリグラフを包囲し、さらには今も巨木の宮殿に控えるエルフの騎士たちに攻撃するよう指示を発する。


『ティオ! 敵意が来る!』


『はいっ――――ボタンさん! 魔女の大釜ヴェージマ・ペチカは起動しています! 空間湾曲蒐集くうかんわんきょくしゅうしゅうフィールド、コンバージェンス!』


 チェルノボグの指示を受け、次々と動き出すエルフの騎士と、さらにはそれに追従するエルフの宮殿戦艦。

 

 戦艦から無数の主砲がトリグラフやバーバヤーガ、ノア・シエラリスめがけて放たれ、エルフの弓から放たれた閃光の矢が幾千もの雨となって襲いかかる。しかしそれら全ては届かない。


 かつてない怒りによって極限まで高められたティオの空間認識力は、ボタンゼルドの未来視と完全にリンク。

 星すら砕く宮殿戦艦の主砲も、雨あられと降り注ぐエルフの矢も、その全てを飲み込み、かき消していく。そして――――!


『フフ――――普段の日向のようなティオも素敵ですが、怒った貴方も痺れるほど素敵ですよ! ――――さあ、決めますよПоехалиトリグラフ!』Триглав!


 そしてバーバヤーガによって守られ、十分にその力を高める猶予を与えられたトリグラフが、その四本の腕に構えたロッドを頭上へと掲げる。


 それは一瞬にして周囲一帯全てを閃熱の炎で焼き尽くし、さらにはエルフの宮殿戦艦の主砲のみを正確に内部から爆破させる。


『くそくそくそっ! なーんて役立たずッ! こんなんじゃ確かにあの優しいヴェロボーグさんでも失望するわけですよ! 三十億年前に生み出してから、今日までまるで成長していない! なんて出来損ないのゴミ虫ども――――あ、でも私がそう作ったんでした! ひえー!』


『言いたいことはそれだけかい――――? なら、次は私の怒りの発散に付き合って貰うよ――――!』


 罵詈雑言をエルフへと浴びせかけるチェルノボグ。その異形へとめがけ、一条の閃光と化した星の光ノア・シエラリスが奔った。





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