黒い神
『チェルノボグ……っ? ストリボグさんが言っていた、お父さんたちと一緒にこの世界を作った――――』
『そしてティオのお父様たちを裏切った最低最悪のクソ野郎のことでしょう!? よく堂々と私たちの前に出てこれたものですねッ!』
『え、えええっ!? なんなんですかその言いようは!? 確かに私はチェルノボグですけども! も、もしかして私の印象――――悪すぎ?』
突如としてリリエリスと入れ替わるように響き渡ったその声は、あっさりと自身がチェルノボグであることを認めると、クラリカから叩き付けられた裏切り者という言葉に驚きの声を上げた。
先ほどまで、確かにリリエリスがそこに居たはず。
エルフの生み出した伝説の人型機動兵器。ミアス・リューンの守護神とも謳われた原初の光神甲冑――――ロウ・イリディール。
しかし今、バーバヤーガ内部からその機体を射貫くように見つめるボタンゼルドにも、もはや女王リリエリスの存在を感じ取ることは出来なかった。
『う、裏切りなんてとんでもないっ! 私はこの宇宙でちゃーんと一生懸命に働きましたよ! ヴェロボーグさんともストリボグさんとも、あの可愛らしいスヴァローグさんとだって協力して、手を取り合って!』
『な……なんなのですか、こいつは――――? 気味が悪い――――っ!』
あるのはただ邪悪。いや、邪悪と呼ぶのは正確ではない。
黒。その存在はただ黒かった。
ボタンゼルドが人の意思を感知するとき、その感覚は色を見ることに近しい。
ティオであれば淡い暖かな色が時々で移り変わり、クラリカやミナトであれば確固たる原色がその色を誇る。
『まあまあ、そう皆さん邪険にしないで下さいよ――――だってほら、今ここに居るエルフの皆さんだって、貴方たちがいつもお世話になってる巨人さんだって、とーっても良く出来ているでしょう? これね、言うほど簡単じゃあないんですよ?』
しかし今、ボタンゼルドには目の前の存在から放たれる黒以外の色を見ることが出来なかった。
漆黒とも呼べぬ、ただぽっかりと空いた黒。
それが目の前の存在だった。
『ちゃーんと作ったんですよ。あ、ちなみになんでエルフの皆さんがこんなに引きこもりの平和ボケになったかわかりますかぁ? 私がね、一生懸命他の皆さんを説得したんですよ。平和こそが最良! 一度の争いも起こさずに繁栄できる種族こそ完璧な種だと思いまーす――――ってね』
『こ、この人――――っ!? あなた、は――――っ!』
嘲笑うように、小馬鹿にするようにして放たれるチェルノボグの言葉。
その言葉を受けたティオが大きな瞳に怒りの色を浮かべ、ぎりと奥歯を噛みした。
『随分と五月蠅い奴だね。この前のスヴァローグといい、創造主というのは皆自慢話が好きなようだ。君はまだ私の質問に答えていない。お祖母様をどうしたんだい? お祖母様は無事なんだろうね?』
『あっと――――これは失礼! 普段はそうでもないのですが、やはり人知れず頑張っている苦労を知って貰える機会が訪れるとつい! 心配することはありません、あなたの大切なお婆ちゃんは今もここに居ますよ!』
チェルノボグの言葉と同時、彼が乗るロウ・イリディールの胸部装甲がパズルのように分解され、大きく解放される。
そこには、美しい聖女然とした小柄な少女が一人、神々しい白銀のドレスを纏って立っていた。しかし――――!
『ですが――――彼女を構成するパラメータは私の意のままです。だからほら――――このように、今の彼女は完全に私そのものです!』
『っ!?』
しかし次の瞬間、その少女の姿から身に纏う衣服まで。その全てが一度その輪郭を虚ろにし、軟体動物のようにうねうねと蠢く不定形の存在となる。
そして一瞬の後、少女の姿は灰色の軍服を身に纏う、はつらつとした印象の、赤い瞳を輝かせた青年の姿に変わっていた。
『ほらこの通り! 彼女は所詮、このシミュレーション世界におけるアバターキャラクターの一つに過ぎない。私たちの力にかかれば、性別や容姿、思考も能力も、愛も恋も想いも何もかも! 全て自由自在なのですよ! うふふ――――それにも関わらず欲がどうだ願いがどうだ、血縁がどうだと、実に滑稽で笑えるショーを楽しませて頂きましたよ、救世主様――――?』
『――――質問の答えになってないよ。今どうなっていようと私には関係ない。お祖母様の存在は無事なのかと聞いている』
『フフ――――またまた、そんなこと言って。頭脳明晰なエルフの救世主様ともあろう者が――――とっくにわかっているんでしょう?』
一度は解放されたロウ・イリディールの胸部装甲が再び閉じていく。
今はチェルノボグとなったリリエリスが、満面の笑みを浮かべてその中に消える。
『もう元には戻せませんねぇ! だって私になってしまいましたから! とても名誉なことですよ? 私がこの宇宙で遊ぶ時のアバターに選ばれるなんて。彼女とはこれまでに何度か接触しましたが、彼女はとても私たちを崇拝していました――――だからパラメーターを掌握するのも容易でしたよ。きっと今頃、涙を流して喜んで――――』
『そうかい――――じゃあもういいよ』
刹那。瞬きよりも短いその瞬間。
辺り一帯に緑色の閃光が走る。
『あ、れ――――?』
満面の笑みのチェルノボグを乗せたまま、ロウ・イリディールは一瞬にして真っ二つに両断された。
さらにそれだけではない。二つに分かれたロウ・イリディールは次の瞬間には粉微塵に切り裂かれ、追撃で放たれた燃えさかる炎の渦に飲まれて跡形もなく消えた。
それら全ての攻撃が終わるまで、一秒とかからなかった。
その破壊を成したのはラエルノア。
ラエルノアの乗る光神甲冑、ノア・シエラリス。
ノア・シエラリスはその両手に緑色の細剣を掲げ、刹那の瞬間でロウ・イリディールごとチェルノボグを確かに滅ぼした。だが――――!
『あーっとと――――ごめんごめん。ちょっと怒らせてしまったかな。そうですよね。誰だって家族がいきなり消えたって言われたら辛いですよね――――だって、私が貴方たちをそういう風に作りましたからぁ――――! フフ、アハハ、アハハハハハハハ!』
だがしかし、チェルノボグの道化じみた声は再度ラエルノアたちの耳に届く。
確かに滅ぼしたはずのロウ・イリディールが一瞬にして再構築され、さらにはバーバヤーガとトリグラフによって破壊されたエルフの騎士たちの残骸もまた再起動を開始したのだ。
『っ――――ラエル! 囲まれていますよ!』
『これ――――他のエルフの皆さんまで、また動き出して――――!?』
目の前にはチェルノボグ。そして周囲には再び動き出したエルフの軍勢。
恐らく、彼らもすでにチェルノボグの支配下なのだろう。
正に絶体絶命の危機。しかしその窮地にあって、ラエルノアは自身の甲冑の中で僅かに俯き、音もなく操縦桿を握る手を震わせていた。
『――――なるほど。確かにそこらの悪党よりも格上のようだね。この私としたことが、怒りで――――思考が纏まらない――――っ』
常に冷静で余裕を絶やさず、その思考を止めることのなかったラエルノア。しかし今、彼女の心はチェルノボグから受けたパフォーマンスによって明確に激昂していた。
それがチェルノボグの策謀であることも、挑発であることもわかっていた。
しかしそれでも、ラエルノアは祖母であるリリエリスと、リリエリスが守ろうとしていた全てを踏みにじった目の前の黒い創造主に対して、怒りを抑えることが出来なかった。
『アハハハハ! どうしました? 様子がおかしいですね。血圧も上がっているようだ。もしよければ、今すぐ創造主である私が診てあげてもよろしいですよ? アハハハハハ!』
『っ!』
止むことなく鳴り響くチェルノボグの嘲笑。
悲しみと怒りに震えるラエルノアは、ついに抑止できずに再びその怒りの矛先をチェルノボグへと向けようとした。けれど――――
(ラエル――――その声を聞いては駄目だ。俺の声が聞こえるか――――?)
(――――ボタン、君?)
だがその時。ラエルノアの脳裏にボタンゼルドの力強い声が響いた。
その声はそのまま彼の熱い思いを乗せてラエルノアに寄り添い、支えた。
(聞いてくれラエル、まだ君のお祖母様は消えてはいない。俺が――――君のお祖母様を脱出させる――――ッ!)
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