完璧にはほど遠く


『騎兵隊、突撃』


『騎兵隊、突撃』


 縦横無尽、光すら赤く赤熱する亜光速の機動を続けるトリグラフとバーバヤーガ。


 バーバヤーガは脚部そのものとなっている巨大な一基のスラスターを全開に、全身のバーニアを小刻みに吹かせる。

 バーバヤーガよりも機動性に劣るトリグラフも、広域散布したナノマシンの作り出す、加速用の重力偏向トンネルを経由することでより高速の次元へと到達する。


 この加速領域へと突入したティオやクラリカ、ミナトなどのTWパイロットは、すでにその


 機体各部のセンサーから送られる戦術予測と、数秒先までの相対位置を瞬間的に脳内で取り込み、思考を自身が認識するよりも早く機体制御へと追従する。


 それはつまり、ボタンゼルドが常日頃から行っている未来視に近い世界を、全てのTWパイロットも保有しているということ。しかし――――!


『ちっ! と同じく何十年も解析してはいましたが、このの原理はさっぱりです! ミナトのクルースニクならまだしも、私たちの機体では最大加速でも振り切れませんねッ!』


 しかし今、エルフの宮殿から無数に伸びた紫色の光の道はトリグラフとバーバヤーガの機動を完全に捉え、二機の描く光の軌跡にぴったりと蛇のように食らいついていた。


 一度道が敷かれれば、次に来るのはその道を用いて駆け抜ける者共だ。


 見れば、巨大な騎馬に跨がったエルフの騎士たちが続々と宮殿から舞い降り、光り輝く蝶や小動物の群れと共に一瞬にして二機の後方へと音もなく迫る。


『――――俺もかつて、これと似たような兵器を相手にしたことがある! 恐らく、この不可思議な道は彼らエルフが正確に追従する仕組みだろう!』


『クラリカさんはそのまま前に出て下さい! バーバヤーガでトリグラフへの道を塞ぎます!』


『ええ、了解ですよティオ――――どうか無事で!』


 その言葉を合図に、互いの位置を入れ替えてトリグラフの後方へと下がるバーバヤーガ。アーレンダルとの決闘でその身を覆う装甲板を半ば失ったその姿は、もはや魔女と言うよりもボロを纏った乞食か――――もしくは死神のようにすら見えた。


『ティオ――――! ここで待っていてもあの突撃を止めることは出来ない! 軍団の突撃を止める唯一の術は――――!』


『っ――――はいっ!』


 瞬間、トリグラフの後方へ陣取り、その向きを変えて迫り来るエルフへと正面を向いたバーバヤーガ。ボタンゼルドの思考を共有したティオは操縦桿を汗ばむ手で握りしめ、ゴクリとその細く白い喉を鳴らす。


 しかし迷いは一瞬。


 ティオは即座に覚悟を決めると、左右の操縦桿を双方共に前倒し、一番右側に位置するフットペダルを踏み込んでメインスラスターを全開にする。


 バーバヤーガの巨大なスラスターに青白い炎の輪が何重にも描かれ、一呼吸後に爆発。それは一条の流星となってエルフの騎馬隊へと逆突撃を敢行する。


『っ!? 馬鹿な、我がミアス・リューンの突撃に正面から』


『怯むな、エルフの同胞たち。剣を掲げよ』


『賊を討て』


 亜光速で飛翔したトリグラフとバーバヤーガに追いすがり、無数のエルフの道が一つになって重なる。


 その一つとなった巨大な道の中央。流星となったバーバヤーガは互いの相対速度差によって理論上は超光速となった超加速の中で、針山のように掲げられたエルフの剣を


 しかもそれと同時、バーバヤーガは自らの全身に備えられた反物質ミサイルをもはや対象も指定せずにエルフのど真ん中で一斉に発射。


 バーバヤーガは自身そのものを炸裂する巨大な炎塊としてエルフの軍勢を一気に突っ切ると、今度は完全に無防備な後方――――へと再度同じ攻撃を繰り出す。


『馬鹿な、我が剣が当たらぬ』


『まさか、この敵にはのでは』


『そんなはずはない。我が感覚はたしかに奴を捉えている』


『ああ――――兄弟が倒れる。我が愛馬が消える――――』


 それはあまりにも脆く、破滅的で、幻想的な光景だった。


 まるで実体がないかのように、バーバヤーガへと突き立てられた


 同時に騎士たちの渦中で無数の青と白の閃光が炸裂し、見目麗しいエルフの光神甲冑が力なく倒れ、愛馬の下敷きとなって光の道から転げ落ちていく――――。


 勢いをなくし、傷つくままに漆黒の宇宙に漂うエルフの騎士たちを心配するように、輝きを纏った蝶や小動物たちが、彼らの周囲に寄り添った。そして――――


『――――先ほどの矢を受けた時、あなた方エルフの敵意は理解した。俺たち人類が持つそれよりも遙かにまっすぐで、疑うことを知らない――――この道もそうだ。など――――心苦しいが、あなた方はあまりにも――――』


『もう退いて下さい! こんなことをして何になるって言うんですか!? 僕にもわかりました――――ボタンさんの言うとおり、エルフの皆さんはんです!』


 バーバヤーガのコックピット内部。ティオとリンクし、自らの圧倒的操縦能力をもってエルフの攻撃を全て凌ぎきったボタンゼルド。


 しかし彼の表情に笑みはない。


 それはまるで、ゲームのを、圧倒的知識と技術でのような感覚。


 


 これほどまでに発達した技術を持ち、三十億年にも及ぶ繁栄を謳歌し続けてきた銀河の守護者たるエルフたちの、そのあまりにも未熟な戦術と戦いに対する思考回路。


 物心ついた時から地獄のような戦場で生き抜いてきたボタンゼルドは元より、正しくは人類ではないティオから見ても、彼らということは手に取るようにわかった。


『戦うにしたって、皆さんならこんな戦い方しなくたって良いはずです! エルフの皆さんは、ずっと今まで仲良くしてたんじゃないんですか!? なら、そんながあるはずです! なんで――――なんでこんなことを――――っ!』


『ティオ……あなた……』


 ミアス・リューンが誇るエルフの騎馬突撃。

 それはたった一機のTWの前に脆くも崩れ去った。


 ティオは未だにリリエリスの指示に従って攻撃を続ける騎士たちを捌きながら、巨木の宮殿で怒りに燃えるリリエリスに向かって必死に呼びかけた。


 その叫びを聞いたクラリカは、すでに準備を終えていた広域一斉攻撃を踏みとどまり、構えていた四本のロッドの動きを止める。


『わかったんです――――! お父さんがどんな気持ちで皆さんを作ったのか! お父さんだけじゃない――――他の創造主の皆さんが、どんな願いを皆さんに託していたのか――――!』


『創造主……? この人類は何を言っている?』


 その両目に涙すら浮かべ、エルフの騎士たちの残骸の中で尚も必死の機動を続けるティオ。一機一機の力は強くとも、その素直すぎる攻撃は同じエルフのはずのアーレンダルの物とは比べるべくもなかった。


『お願いだから止めて下さい! これ以上戦っても――――!』


『黙れ――――!』


 だがしかし、ティオのその願いはエルフの先王に届くことはなかった。


『黙りなさい、汚れに満ちた劣等種。私たちエルフは創造主によってを受けて作られた。平穏も闘争も、共にエルフの輝きの元に行われる――――!』


『――――っ!?』


『うあ……っ』


『ぐっ!? これは――――この女性の放つ敵意!?』


 その瞬間、先王リリエリスを中心とした空間がぐにゃりと湾曲する。


 リリエリスが纏う始原にして究極の光神甲冑――――ロウ・イリディールがついにその身を巨木の宮殿から翻して飛翔する。


 ロウ・イリディールを纏ったリリエリスの飛翔した空間には、次々と元素が集約して岩が生まれ、土が生まれ、有機物が生まれ、瞬く間に美しい花園と木々が生い茂る森が創造された。


『これ以上我らを惑わすな劣等種――――! 我らは何者とも交わらず、気高く生き続ける! たとえその先に待つのが滅びであろうと、我らは最後まで汚れることなく完璧なままで消え去るのです! それこそが、我らエルフの存在理由――――! 滅び去れ――――エルフを汚す野蛮な者よ!』


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