燃え上がるエルフの園


『なんと愚かな――――大人しく捕縛されていれば、無益な血を流すこともなかったでしょうに。見なさい、我が愛しきエルフの子らよ。欲に汚れたエルフが迎える悲劇の結末を――――!』


『弓矢隊前へ――――エーテリアス様、及びラエルノア様への直接の攻撃は控えよ。しかし野蛮なる。我らがリューンの園を汚す賊を討て』


 巨木の宮殿に広がる美しいエルフの花園。

 それは全くもって戦場には相応しくない、どこまでも清浄で幻想的な園だった。


 しかし今。その園には数百の巨大な甲冑がずらりと並び、たとえその美しい花々は無傷でも、その巨大な足から逃れられぬ無数の雑草や小さな生物たちは確実に踏みにじられ、その命の灯を消していた。


 ミアス・リューンの初代女王リリエリス。


 彼女は未だに気付いていない。

 自らが引き起こしたこの争いが、いかに自らが築き上げたエルフの文化に反した行いであるのかを。


 彼女は未だに気付いていない。

 忌み嫌い、汚れと嫌悪する我が子エーテリアスが生み出した希望――――ラエルノアの輝きに、すでに自分自身が途轍もなく影響されてしまっていることに。


『弓矢隊前へ』


『弓矢隊前へ』


 一糸乱れぬ動きで整列し、その光り輝く弓に一本の樹木を番えるエルフの騎士。


 かつてグノーシスの誇る悪魔――――アルコーンすら容易く撃ち抜いて見せたエルフの弓。

 それが今狙うのは、まっすぐにこの宮殿へと迫る二機のTWタイタンズ・ウェポン――――トリグラフとバーバヤーガ。


祈りヴィエ感謝するセンティオ我らの光は常に万物と共にルシル・サライ・リューン


 エルフの弓兵は星々に祈りの言葉を捧げると、その番えた弓を容赦なく撃ち放つ。

 放たれた樹木の矢は一瞬にして燃え上がってその場から消滅。


 エルフの矢は高度に洗練された時空間跳躍能力を持っている。

 その矢はエルフに牙を剥く敵対者の周囲へと寸分違わず転移し、次の瞬間には槍山のように串刺しにしてしまうのだ。


 かつてグノーシスのアルコーンがそうであったように、トリグラフとバーバヤーガの周囲にも一瞬にして無数の矢が出現し、着弾まではコンマ秒の猶予すら存在しない。遙かに劣る技術力しか持たぬTWでは、到底回避は不可能――――そのはずだった。


『いやはや、いやはや! まあまあまあッ! ミアス・リューンのエルフ様におかれましては、いついかなる時でも馬鹿の一つ覚えのように! 同盟国である我々といたしましても、常日頃からその矢が我らに向けられる可能性は考慮しておりました! ――――ティオ!』

 

『はい! 魔女の大釜ヴェージマ・ペチカは起動していますっ! 空間湾曲蒐集くうかんわんきょくしゅうしゅうフィールド、トランスコントロール! ――――ボタンさん!』


『任せろ――――! エルフの放った矢。その数は決して多くはない――――…………ッ!』


 瞬間、トリグラフとバーバヤーガの周囲に一斉に出現したエルフの矢。それら全てが蜘蛛の巣に絡め取られたようにその場でピタリと動きを止め、眩い閃光と共に四散する。


『っ? 我らの神聖なる矢が』


『我らの根源たる木々の力が』


『ただの時空間湾曲で止められる力ではないはず――――なぜだ?』


 その信じがたい光景を目にしたエルフの騎士たちに動揺が走る。


 それもそのはず。エルフが得意とするこの弓兵による先制攻撃は、今までエルフが戦ったことのあるどのような文明も無傷で防ぎきることは出来ず、多くの損害を敵対者に与える無慈悲なる一撃だったのだ。


 まさか、それをの太陽系連合の機体が労せず防ぐなど――――


『凄いですボタンさんっ! 今のは僕じゃ絶対に無理でした――――!』


『凄いのは君もだティオ! 俺が捉えた全ての矢の出現地点にピンポイントで大釜の力を収束させていた! また腕を上げたな!』


 一斉に放たれた千を超える矢の全てをボタンゼルドが感知し、それを受けたティオが、すでに広域展開していた魔女の大釜ヴェージマ・ペチカの湾曲フィールドをそれぞれの矢の周囲に収束。


 ブラックホールに匹敵するほどの時空間の壁となったバーバヤーガの収束空間は、見事エルフの放つ天上の一撃すら防ぐまでに至った。


『ティオには俺よりも遙かに繊細で穏やかなエネルギーのコントロール能力がある。互いに一人では出来ないことも、二人なら出来る! この調子でいくぞ!』


『えへへ……ボタンさん……』


『ちょっとちょっとちょっと!? いきなり変な空気展開しないで頂けますかね!? 謀殺しますよこのボタン野郎ッ!?』


 気を抜けば即座に展開されるラブ時空に、クラリカはその両目をつり上げて激怒の叫びを上げる。

 そしてその怒りが燃え上がるままにその四本の腕に携えた長いロッドを左右に開くと、バチバチと周囲の空間にプラズマ放射のフィールドを描き出す。


чёрт!くそが! 先ほどまで爆発寸前だった怒りが、しましたよッッ! この私の怒り――――ですが、どうぞお受け取り下さいねぇ!? エルフの皆さんッ!?』


 トリグラフ内部、パイロットシートに座るクラリカの両目に広大な戦場全ての情報が映し出され、それが即座にクラリカの脳内で超光速演算されていく。


 1ミクロンに満たない砂粒から、続けて攻撃を仕掛けようとするエルフの騎士たちの指先の動き。さらにはその心に映るエルフらしかならぬ動揺まで。


 かつてない怒りによってアドレナリン全開となったクラリカには、今や戦場の全ての情報が見えていた。


穿てПронзитеトリグラフ! Триглав! 我が眼にВсе映る全てを滅ぼせッ! сгоревшие!

 

 刹那、バーバヤーガとトリグラフの前に立ち塞がるリリエリスの宮殿艦隊が無数の閃光を受けて大きく揺らぐ。


 しかもそれだけではない。その場に集う光神甲冑を纏うエルフの騎士たちまでもが、次々と大小様々な閃光に飲まれ、少なくないダメージを受けていたのだ。


『な、なにが――――我が宮殿には、も立ち入れぬはず。なぜ、内部にまで攻撃が――――』


『だから言ったじゃないですかぁ――――私たち人類は、たとえ同盟国だからといって100%信じるなどということはしないのです。ええそうですよ――――この300年、あなた方のテクノロジーは大いに研究させて頂きました。あなた方を仮想敵としたシミュレーションも、数え切れないほど――――!』


 次々と炎に飲まれるエルフの園。


 よく目をこらして見れば、そのエルフの園や周囲の宙域全体に、人間の髪の毛よりも小さなことに気づけただろう。


 そう。たった今トリグラフがこの戦場へと持ち込んだのは、その全てがクラリカの意に従う数兆――――数京にも及ぶ数の指向性ナノマシン。


 それを辺り一帯に散布し、クラリカが望むままの物理現象を自在に発生させる、


 それは、極小であるが故にエルフの宮殿が展開する障壁をすり抜ける。


 貴婦人のドレスのように膨らんだトリグラフの下半身には大量のナノマシンが搭載され、高速で機動しながらこの宙域一帯にそれを散布し続けていたのだ。


『精神障壁に大きく依存したあなた方エルフの防御システムは、敵意なき攻撃に対して――――グノーシスのような未知の存在ならばまだしも、我々人類はあなた方エルフのことをのですよ!』


『おのれ、野蛮で狡猾な猿どもめ――――騎兵隊前へ』


『騎兵隊前へ』


『騎兵隊前へ』


 その防御機構を突破され、大きく隊列を崩すエルフの軍勢。

 しかし彼らの心はその程度で大きく揺らぐことはない。


 弓が効かず、距離を置けばただ攻撃を受けるのみと悟ったエルフたちは、即座に自身の領分である近接突撃へと戦術を切り替える。


『来ますよティオ! ボタンゼルド! 小手調べはここまでです!』


『いいだろう! 火力は君に任せる! ティオ、俺たちはとにかくトリグラフとクラリカを守り抜くぞ!』


『はいっ! やります――――二人でやりましょう、ボタンさんっ!』


 数十の宮殿からトリグラフとバーバヤーガめがけて伸びるエルフの道。


 いくら加速しても追いすがり、逃れることができないエルフの道を確認したボタンゼルドとティオは、バーバヤーガをトリグラフの前方へと進める。


 美しい蝶や小動物の幻影を引き連れて迫るエルフの騎兵突撃。

 バーバヤーガは禍々しい両手を広げ、その眼前に立ち塞がるのであった――――。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る