第七話 彼女が遺した物
その想いは今も
「……本当に良かったのですか? 何度でもお尋ねしますが、貴方の判断は取り返しのつかない大きな変化をミアス・リューンに起こすでしょう。いくら自国民を救うためとはいえ、あまりにも急進的な決断だと言わざるを得ませんね」
美しい輝きが差し込む清浄な空間。
柔らかで暖かな日差しに照らされた銀色の髪の女性――――フラヴィが、かつてよりもより優しい微笑みを浮かべてそう呟いた。
草木で編まれた質素な椅子に腰掛ける彼女の腕の中には、すやすやと眠りにつく可愛らしい赤子が抱かれている。
「なら、私は何度でもこう言います。私は決して、滅び行くミアス・リューンのために貴方を伴侶としたのではありません。私は一人の命として貴方に惹かれ、恋をし、たとえ僅かな時であっても共に過ごしたいと願いました――――」
「――――それはわかります。けれど、貴方やこの子よりもずっと早くにこの舞台から退場することになる私には、これから先に訪れる、貴方たちが本当に辛い時に寄り添ってあげることができません。私には、それがとても心苦しいのですよ――――」
フラヴィ――――今はフラヴィ・ノア・ローミオンとなった彼女は、その笑みに一抹の寂しさを交えながら、かつてよりも遙かに熱い思いをその瞳に宿すようになった最愛の少年――――エルフの王エーテリアスに語りかけた。
この時、すでにフラヴィにはわかっていた。
これからミアス・リューンのエルフたちに降りかかるであろう多くの困難が。
最愛の夫であるエーテリアスと、最愛の娘であるラエルノアを待つ苦難の未来が。
その誕生時から一度たりとも自分たちの欲を否定せず、争いすら良しとしてその命脈を保ち続けてきた人類。
対して植物のように平穏に、決して争うことなく、変化せずに生きてきたエルフ。
両者には、変化と争いに対する適応力に雲泥の違いがあった。
そんなエルフに起こる初めての大きなうねりは、人類が今まで体験してきたどのような物よりも大きく、過激で、あるいは全ての破局すら招きかねない物になるだろう。
しかし、その時にはフラヴィはもういない。
いかに遺伝子操作を施して延命しようと、人類は不老不死になることはできない。
不老不死の肉体を持つ最愛の二人が苦しみ、悲しみの涙を流す時。フラヴィはきっともうそこにはいないだろう。
結果として、その変化の発端となることを受け入れた当事者たるフラヴィには、それが酷く無責任なことのように思えたのだ。
「そうですね。きっとエルフにとっての本当の困難は、これから先の千年、万年と経った果てにこそ訪れるでしょう」
「――――貴方を支えてあげたかった。ずっと貴方の傍で、私たちが二人で蒔いた因果の責任を果たしたかった。そしてこの子に――――ラエルノアにその先の世界を見て欲しい――――今は、それが私の欲です」
「フラヴィ……」
かつて、エーテリアスと出会った頃の外交官としてのフラヴィであれば、一顧だにしなかったであろう感傷の言葉。しかし今のエーテリアスは知っている。
全人類の命運を背負って現れた外交官としてのフラヴィも、最愛の家族の行く末を想い、妻として、母親としてその心を痛めるフラヴィも。そのどちらも彼女の持つ人としての心の輝きであることを。
そしてなにより、エーテリアスはそんな彼女の心の揺らぎと強さ、そして優しさとにこそ恋をし、今も深く愛しているのだと言うことを。
「愛していますフラヴィ。たとえ貴方の肉体が失われ、星々の輝きの一つになっても。私が生きた数十億年もの生の中で、貴方と過ごす事が出来たこの一瞬こそが最も輝きに満ちていたと、私は最後の刻までそう思い続けることでしょう」
エーテリアスはそう言ってフラヴィの頬に口づけ、そして彼女の腕の中で眠るラエルノアの額にそっとその手を当てた。
「私はもう知っています。私と貴方の出会いは幸運――――全て、貴方が言っていた通りでした。 ――――なぜなら、こうしてラエルノアという素晴らしい輝きを、私たちはすでにこの目で見ているからです。これ以上の幸運なんて、私たち二人にはありませんよ」
「……そう、そうですね。私も、ずっとそう信じています。初めてエーテリアスと会ったあの日から、ずっと――――」
――――――
――――
――
ラエルノアは知っている。
母が、父が。どのような思いで自らを愛し、この宇宙に生み出してくれたのか。
すでに母の面影は遠い。
最愛の母はその願いを二人に託し、一足先に舞台を去った。
しかしそれでも、彼女がその願いを忘れることはない。
母は人類のさらなる歩みを願い、父はエルフの新たなる一歩を願った。
その願いの帰結こそが、今ここにある自分なのだということを、ラエルノアは決して忘れることはない。
「フフ――――そうさ。ママの願いも、パパの願いも私にはよく分かる。だからこそ――――!」
眩いばかりの純白の光芒。その先に流麗な巨人の影が浮かび上がる。
待機場に立つラエルノアの姿が変化する無数の彩りに飲まれ、浮遊する。
「だからこそ私はこの戦いを、お祖母様の願いを祝福するよ! カビにまみれた隠者気取りのエルフたち! しかしよくぞその一歩を踏み出した! 私たち家族の願いは――――今もこうして生きているッ!」
瞬間、ついにその巨大な影が全貌を現す。
美しく輝く光翼を下方へと展開し、背面上方へは雷のような軌跡を描く四条の光輪が伸びる。
女性的な細身のフォルムは純白の装甲で塗り込められ、それらは黄金の縁取りによって区切られていた。
星辰の姫、ラエルノア・ノア・ローミオン専用光神甲冑――――
『さあ――――お祖母様。今から貴方のかわいい孫が、貴方からの最高の誕生日プレゼントを受け取りに行きますよ――――クククッ! ハハハハハハッ!』
ノア・シエラリス内部のコックピットから、ラエルノアの高笑いが戦場に響く。
それはすでに放たれた戦火を切り裂き、どこどこまでをも射貫いた――――。
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