二人の姫は高らかに笑う
『ここまでです、我が子エーテリアス。先王リリエリスの名において、ミアス・リューンを堕落させた咎で貴方を捕縛します』
整然と立ち並ぶ
それこそエルフの王族のみが纏うことを許され、中でも始原の女王であるリリエリスのみが持つ伝説の光神甲冑――――ロウ・イリディール。
それはつまり、先王リリエリス自らが光神甲冑を身に纏い、この戦場へと降り立ったことを意味していた。
『どうするラエル? 今のティオと俺ならばバーバヤーガごと脱出できる。あれほどの大軍勢が相手でも、時間を稼ぐことができるかもしれん!』
『私もまだ戦える――――! 頼むラエル、ここは私に任せ君はエーテリアス様とこの場を離れてくれ!』
「おやおや……お二人ともなにを寝ぼけたことを言っているのやら――――この際なのではっきり言わせて頂きますけどねぇ……私は先ほどからずっとフラストレーションが貯まりに貯まって爆発寸前なのですよッッ! ラエル――――私は今ここで! やらせて頂きますよッ!」
「ああ、わかっているよクラリカ。私も君を止めるつもりはない。これはれっきとしたお祖母様によるクーデターだ。僅かでも時間を稼いでくれれば、太陽系に待機する他のエルフ艦隊も駆けつけてくれるだろう」
「ハッ! 時間稼ぎなどと! そのような端役にこのクラリカ・アルターノヴァが収まるわけないでしょう――――!」
各機体内部からラエルノアたちに撤退を促すボタンゼルドとアーレンダル。
しかしすでに思い人のイチャラブを目の前でこれでもかと見せつけられ、更にはこの上なく偉そうな先王エルフにまで好き勝手言われた木星帝国第三皇女、クラリカにもはや我慢や撤退などという二文字はすでに存在していなかったのだ――――!
「
クラリカが叫び、その細い腕を天上へと掲げる。
その叫びは漆黒の宇宙にぽっかりと大穴を開け、そこから一体の巨大な人型を降臨させる。
「ウェポンマウントは
『お、おお……! クラリカから途轍もないプレッシャーを感じる! だがなぜか俺に敵意が向けられている気がするのだが!?』
「戦場では流れ弾に十分に気をつけることです、ボタンゼルド。今の私ならばバーバヤーガのコックピット――――そのさらに貴方が位置するソケットだけを正確に撃ち抜くことすら造作もないこと――――!」
「は、はわわわ……! クラリカさんがとっても怖いこと言ってますよぅ……!?」
その場に降臨したトリグラフから伸びる光芒に導かれ、クラリカの意識が三顔に四本腕の軍神――――LN.09AD_トリグラフのメインシステムとリンクする。
トリグラフはラースタチカに搭載された
グノーシスとの初遭遇で披露した全長2000mに及ぶ大砲は、最大射程数万光年をという超長距離射撃と、圧倒的な単体火力を持つ。
太陽系での決戦で使用した巨大なキノコ状の装備は太陽系全土を一斉に焼き滅ぼすことが出来る超高域殲滅力を持っていた。
そして今。トリグラフはその四つの腕に杖とも剣ともつかぬ長く伸びたアンテナのような物を持ち、その下半身はまるで中世の貴婦人が身に纏うドレスのように膨らんでいた。
『さあ――――行きますよ、ティオ! ボタンゼルド! それに手負いのエルフさん! 反逆者は皆殺しと相場が決まっておりますからねぇ――――ッ!』
『ぶふぉッ!? な、何を言っているのだ貴方は!? 我らエルフはそのような野蛮なことは決して……っ!』
『おやおや……エルフの皆さんは相変わらず随分と甘いことですねぇ……ククッ! クフフフフフッ! アーハハハハハハハ!』
あまりにも見事な高笑いを響かせ、トリグラフの巨体が一筋の光芒となって天上に現れた先王の艦隊めがけて飛翔する。
『うわぁ…………』
『はっ!? 気圧されている場合ではないぞティオ! 俺たちもクラリカに続くのだっ!』
『そ、そうでしたっ!?』
あまりにもあんまりなクラリカの凄まじい勢いに、完全に意識を持って行かれていたティオとボタンゼルド。
しかしそれも一瞬のこと。すぐさま気を切り替えた二人もまた、決闘で負ったダメージを押してトリグラフの残した光の尾に続いた。
『な、なんという決断の早さだ……そして、この窮地にあってもその心は怖じ気づくどころか更に強く輝いて……これが、人類の心なのですね……』
「そうですよ、アーレンダル。かつて私が焦がれ、今も私に多くの輝きを与えてくれている、彼らの持つ心の力です――――」
二つの光を見上げながら、アーレンダルは静かに呟いた。
彼の言葉に同調したエーテリアスもまた、深く感じ入るようにその瞳を閉じる。
「フフ……だけど、今回のこれで私は少し安心したよ。どうやらパパとママが願っていたエルフと人類の共存共栄は、順調に進んでいるようだね」
「はい……私もそう思いますよ、ラエル」
『エーテリアス様と王妃様の願いが、順調に……? しかし私には、とてもそのようには……』
不意に発せられたラエルノアのその言葉に、アーレンダルはコックピットの中で怪訝な表情を浮かべて疑問を口にする。
しかしラエルノアはどこか清々しさすら感じさせる晴れやかな笑みを浮かべ、周囲に瞬く無数の星々の輝きを見つめた。
「だってそうじゃないか――――ミアス・リューンは過去三十億年の間、一度も同族で争うこともなく、当然こんなクーデターじみた事態だって起きなかった。それを最初の王であるお祖母様が自ら率先してやっているんだ。これは私の予想を遙かに超えて、エルフの進化は急速に進んでいるということだよ」
「王である私が自らの欲求――――フラヴィと共にありたいという願いのままに行動し、その結果としてラエルが生まれた。それは多くのエルフにとって、自らの内にある欲求を否応なく自覚し、見つめさせることになりました――――」
『そうです! その結果エーテリアス様の治世に不満の声を上げる勢力が現れ、意見が違う者同士で口論になり、今ではエルフ同士で血が流れることすらあるのですっ! 私はお二人のお考えこそ正しいと信じています。しかし、今のこの混乱はエルフにとってとても望ましい事態では――――!』
かつて、まるで植物のように穏やかに。三十億年変わることなく平穏に生きてきたミアス・リューンのエルフたち。しかしそんなエルフたちの現状をアーレンダルは憂い、嘆いていたのだ。しかし――――!
「いいやアーレンダル。君がどう思おうと、私というエルフの変化を止めるために自分の欲望を露わにしたお祖母様を蔑むことも、嘆くこともしない。さすがは偉大なるエルフの女王さ。見事な欲望だよ――――!」
エーテリアスとアーレンダルが見つめる中、ラエルノアがゆっくりとその一歩を待機場の前に進める。
「行くのですね、ラエル」
「ああ――――パパにはいつも迷惑ばかりかけてしまっているからね。たまには私にも娘らしいことをさせてもらうよ」
ラエルノアはそう言って背後の父を一度だけ振り向くと、可憐な少女然とした美しい笑みを浮かべる。
そして再び正面。先王リリエリスの待つ宙域を見据えると、静かに――――しかしはっきりとその音を発した。
「
エルフの用いる音で放たれたラエルノアの祈り。
その祈りは確かに全ての星々に届き、そして遙か彼方に離れた天の川銀河中心宙域から、彼女のために創造されたエルフの刃――――星辰の姫ラエルノアが搭乗する
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