創造主が託した物
『私の可愛いエーテリアス……汚れを知らず、一点の曇りもなかったその輝きをよくも――――! よくも穢してくれたな人類!』
その思念はたった一機の光神甲冑から。さらに言えばその内に搭乗するミアス・リューンの初代女王――――リリエリス一人から放たれていた。
金色に輝く月桂樹の葉のような六条の翼をその背に展開し、飛翔する軌跡には次々と草木が生い茂る。
空虚と闇が支配するはずの宇宙空間に舞い降りたリリエリスの光神甲冑――――ロウ・イリディールがそのスマートな体躯を躍らせてトリグラフとバーバヤーガに迫る。
『がっ――――な、なん――――ですかこれはっ!? 頭が――――アアアアアアアッ!?』
『くらり、か――――さんっ! あぐっ…………ううっ……っ!』
『ティオ!? クラリカ!? なんという巨大な敵意だ――――!』
『ハハハハ! あまりにもか弱きかな人類――――その醜悪な蛮勇で我が民を穢すことはできても、エルフの女王であるこの私に触れることなど出来ぬと知るが良い――――! さあ、消えなさい!』
ロウ・イリディールがその背の翼を個別に分離させ、自身の周囲の宇宙空間に一瞬にして巨大な森林地帯を創造してみせる。
それはまるで神話に描かれる神々の天地創造に似ていた。否、事実としてリリエリスは今まさに、万物をその精神力の思い描くままに創造しているのだ。
その圧倒的な敵意はクラリカとティオという二人の強力なパイロットの思念を完全に拘束し、締めつけてその身動きを封じる。
今回はそれが完全に裏目となる。リリエリスの放つ銀河規模の思念波は、クラリカやティオのようなTWを操縦可能な高度な認知力を持った存在の脳波を、容易く掌握してしまったのだ。しかし――――!
『まだだ――――っ! ティオもクラリカも、この俺が傷つけさせはしないっ!』
『ほう――――?』
しかしその時。全てがリリエリスの重圧に飲み込まれた領域に、ボタンゼルドの力強い声が響いた。
同時に身動きの取れない筈のバーバヤーガがその巨体を軋ませ、拘束に抗うようにしてその装甲板を展開。機体中央の
『私の精神領域で動けるとは――――貴様、人類ではないな?』
『俺はボタンゼルド・ラティスレーダー……! 脱出ボタンだッ!』
『ボタンゼルド……? なるほど、貴方が彼の者が話していた創造主の救済装置ですか。まさか自我を持っていたとは――――気味の悪いこと』
『エルフの女王よ! 俺もティオも何度だって言う! もうこのようなことは止めろ! あなた方は戦うための種ではないっ! あなた方エルフを生み出した創造主たちは平和を――――! 争いのない平和な世界こそ完成された世界だと信じていた! ヴェロボーグは、エルフに平和の願いを託していたのだ――――!』
『ふん――――何を今更。その平和を破壊した者こそがあなた方人類でしょう。私の最愛の息子をたぶらかし、堕落させたあの魔女が全ての元凶――――! ええ、私たちは平和に生きましょう。かつてと同じく――――創造主の願い通りに平和に、なにも変わることなく! あなた方を滅ぼして――――!』
その光り輝く片腕を上げ、リリエリスの駆るエルフの神――――ロウ・イリディールが、周囲の生命から吸い上げた破滅の光芒をバーバヤーガとトリグラフめがけて撃ち放つ。
それはかつてバーバヤーガがぎりぎりで跳ね返すことに成功した、アイオーンの奥の手、時空間逆行のエネルギーに似ていた。
『うっ……ぼ、たん……さん……っ!』
『っ! ティオ――――!』
ボタンゼルドの脱出ボタンとしての力は、かつてよりも強化されている。
しかし、実はそれはボタンゼルドがパワーアップしたわけではなく、ボタンゼルドを押すティオの精神の成長によるものだった。
今この時、迫り来るリリエリスの破滅の一撃から脱出ボタンで逃げることは出来ない。ボタンを押すティオの精神は、未だにリリエリスの敵意に拘束されている。故にこの時、ボタンゼルドは――――!
『ならば――――俺がやるしかないっ!
すでに覚悟を決めていたボタンゼルドの叫びと共に、展開されていた魔女の大釜が閃光を発し、その大口を開ける。
リリエリスから放たれたエネルギーの渦が大釜の領域に捉えられ、ぐにゃりとその軌道を変えて、バーバヤーガへと一直線に突き進む。だが――――
『くっ――――!? ティオは、常にこれほどの力の制御を――――っ!』
そのエネルギーは、かつてアイオーンが放った力よりも複雑だった。
無数の生命の思念が混ざり合う混沌のるつぼ。
もしこのときティオの精神が拘束されず、魔女の大釜が万全だったとしても。このロウ・イリディールの一撃を大釜で防ぐことは不可能に近かったであろう。
魔女の大釜が圧倒的エネルギーの渦に耐えきれずに崩壊を始める。
残されたバーバヤーガの装甲板が弾け飛び、光の粒子となって消滅していく。そして――――
『万事、窮すか――――っ!』
『いいや――――ボタン君。よく時間を稼いでくれた。全て君たちのおかげだよ――――』
『なにっ!?』
瞬間、バーバヤーガを飲み込まんとする破滅のエネルギーが、側面から放たれた虹色の輝きによって弾かれ、その軌道を変えて虚空へと消えていく。
同時に、クラリカとティオを拘束していたリリエリスの高圧的な思念も消え去り、解放された二人はどっと汗をかいて荒い呼吸と共に自身の胸を押さえる。
『ら、ラエル!? そのロボに乗っているのは君なのか!?』
『お疲れ様だったね。さすがにミアス・リューンが誇る伝説の光神甲冑を相手に、全くの未解析で挑むのは危険だったからね。悪いけど、こうしてギリギリまで観察させてもらったよ――――』
驚きの声を上げるボタンゼルドの前に、雷のような光輪と一対の光翼を背にした純白の光神甲冑が舞い降りる。
その中から聞こえるラエルノアの声はどこまでも冷静に、しかしボタンゼルドやティオ、クラリカに対する労いの色に満ちていた。
『ラエル……ラエルノア……っ! 我が一族の穢れがよくぞ堂々と――――!』
『やあお祖母様。お元気そうで何よりです――――貴方からの誕生日プレゼントも、確かに頂きました』
『っ!? プレゼント、ですって……? 貴方は何を――――!?』
ラエルノアが操るエルフの機動兵器――――ノア・シエラリス。
壮麗な甲冑を身に纏ったラエルノアは、大仰な動作でわざとらしくリリエリスにお辞儀してみせると、不敵な笑みを浮かべて言い放った。
『今だってこうして頂いていますよ――――貴方が穢れと忌み嫌う欲。貴方から溢れ出す、なんとしてもエルフの変化を止めたいという強い欲を――――ね』
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