うねりの矛先
「す、すすす、すみませんでしたあああああ!」
「俺としたことが! 大変申し訳ないことをした!」
ボタンゼルドへの想いをついに自覚したティオの、世紀の大告白が太陽系全域に響き渡ってから僅かに後。
その動きを止めたバーバヤーガのコックピットの内部に、互いに顔を真っ赤にして自身の行いをアーレンダルに謝罪するティオとボタンゼルドの姿があった。
『ぷ……ぷはっははははっ! そういうことだったのか――――いや、どうかそう畏まらず。こちらこそ、我々のシステムがお二人の心を拡散させてしまったことを許して欲しい』
一時その戦いを止め、ようやく正気に戻った二人にアーレンダルは爽やかな笑い声と共にそう声をかけた。
『だが、やはり太陽系の人類は強烈な感情をお持ちだ。まさか精神感応を超え、私の心まで乱されるとは――――ラエルもきっと、あなた方の持つそのような感情の輝きに魅力を感じているのでしょう――――』
「うむむ……アーレンダル殿は良くても俺とティオはとんでもない恥ずかしさで顔から火が出そうだ! これほどの羞恥を感じたのは子供の頃以来かもしれん!」
「あわわ……ぼ、僕もそうです……! 本当にすみませんでした……っ!」
『フフ……そんなことはありませんよ。私も、今のお二人のお言葉から勇気を頂きました。では、そろそろ決闘の続きを行ってもよろしいか?』
「もちろんだ! こうして時間を与えてくれたこと、感謝する!」
互いに心が落ち着いたことを確認し合うと、アーレンダルは再びその手に流麗な長剣を取り、バーバヤーガはその両手を大きく広げ、青白い炎をその身に纏う。
『ならば――――改めて!』
「は、はい――――!」
瞬間、再びアーレンダルの駆る巨大な甲冑が飛翔する。
エルフの扱う全長300m前後の人型機動兵器、
しかし、由緒ある魂の願いをかけた決闘では、甲冑の持つそれらの力全てを使うことは出来ない。
時空を超えて相手を射貫く弓も、ようやくクルースニクで実現可能となった短距離無制限時空跳躍も、アーレンダルはこの決闘の場で行使することはできない。故に――――
『はあああああああ――――ッ!』
「ティオ――――!」
「はい、ボタンさんっ!」
アーレンダルの甲冑が振り下ろす刃をバーバヤーガは余裕を持って躱し、距離を取るように後方へと滑るように飛翔する。
その心を乱されていないアーレンダルの一撃は恐ろしく鋭く、バーバヤーガのビームクローでつばぜり合いを演じることは不可能。
ビームクローごと機体を両断され、即座に戦闘不能となるバーバヤーガの姿がティオとボタンゼルドの脳裏に未来視となって浮かび上がっていた。
『――――どうやら、あのラエルが自分の代理を任せただけのことはあるようだ! 先ほどの一幕も、この私を前にしてあなた方二人に確かな余裕があったということ――――!』
「決してアーレンダル殿を侮っていたわけではない! 何度も言うが、俺にもティオにも余裕がなくてだな!」
『お二人を責めているのではありません! 私は嬉しいのです――――我々ミアス・リューンにも、太陽系人類にもラエルの敵は多い。そんな彼女の傍に、あなた方のような強い力を持った存在があってくれることが、私にはなにより嬉しいのです!』
「っ!? ラエルに敵が多いのはわかるが……まさか?」
「で、でも! ラエル艦長は、太陽系はともかくエルフの皆さんからは救世主って呼ばれてましたよ…………!?」
漆黒の宇宙空間の中、緑光の尾を引いて飛翔するアーレンダルと、青い流星となって飛ぶバーバヤーガ。
二つの光芒は絡み合う蛇のように互いに絡みつき、無数の閃光と剣戟の交錯を続けながら、決闘場の端から端までの数百キロメートルを一瞬で行き来し、大きな弧を描くようにして更に加速する。
『お二人もエーテリアス様から聞き及んでいるでしょう。ラエルが生まれたことで生じた、我々エルフに起きた大きなうねりを――――!』
「君たちエルフの衰亡を止めたという変化のことだなっ!? 先ほどまではわからなかったが今ならわかるぞ! それはつまりラエルの誕生を機に、アーレンダル殿のような変化に富んだ人々が現れたと言うことなのだろう?」
「僕から見ても、アーレンダルさんはとても情熱的で、ラエル艦長への想いもまっすぐで――――僕たちと何も変わらないように見えますっ!」
バーバヤーガのコックピット内部。
ティオはボタンゼルドとより深く深く繋がると、歴戦のパイロットですら舌を巻くような正確な動作で左右の操縦桿を引き絞り、足下のフットペダルでバーバヤーガの各部出力を完全に掌握。
一瞬の隙を突いて渦を巻くようにアーレンダルの背後を取ると、肩口から体当たりを仕掛けてアーレンダルの甲冑に大きな衝撃を与える。
『ぐ――――っ!? お見事ッ! しかし――――お二人は大きな思い違いをしている! 私がこのような気性であることと、ラエルが誕生したことにはなんの関係もない――――私は確かにラエルと幼き日々を過ごし、今も思い焦がれています。しかしそのような些事でエルフ全体の滅びが止まることなどあるわけがない!』
「本当にそうなんですか……!? 一つ一つの変化は小さくても、もしかしたらそれがいつのまにか大勢の皆さんに広がったりしたのかもっ!」
「ラエルと過ごしたことで今の君があるのならば、ラエルが無関係と言うことはないだろう!?」
『我々エルフの衰亡は確かに止まりました。エーテリアス様はラエルが生まれた事による大きなうねりの力のお陰だと仰る――――しかし、もしそのうねりがラエルに対して牙を剥く物であれば!?』
「うねりが、ラエルに牙を――――!?」
「っ! ボタンさんっ!」
だがその刹那、アーレンダルはバーバヤーガに弾かれた衝撃を受け流しつつ上方へと加速。その研ぎ澄まされた精神の力で凄まじいエネルギーを放出すると、完全に物理法則を無視した直角な機動でバーバヤーガへと
凄まじい衝撃と共に直下の虚空へと弾かれるバーバヤーガ。
継ぎ接ぎだらけの装甲板が弾け飛び、そのやせ細った機体部分を露出させる。
『私はラエルを救いたいのですッ! 彼女は自らの意思であなた方太陽系人類の力になることを選んだ。その判断に私は何も言うことはない――――しかし、結局彼女はその太陽系からも迫害され、世捨て人じみた宇宙の放浪者となり果てた末に、幸せを掴むことは出来なかった――――!』
「アーレンダルさん――――あなたはっ!?」
「ならば君はラエルを妻とし、ミアス・リューンに連れ帰るのが目的なのか!?」
直上から一直線に急降下するアーレンダル。それはまさに一筋の流星そのもの。
バーバヤーガはなんとか体勢を立て直すが、その一撃を躱すには僅かに遅い。
『それももはや叶いませぬ――――ミアス・リューンは変わりました。今のミアス・リューンにラエルが帰還すれば、やがてラエルは彼女を疎ましく思う勢力によってその命を奪われるでしょう――――もはや、彼女に安息の地など存在しない――――っ!』
「そ、そんなっ!? エルフの皆さんが、ラエル艦長を……!? まさか!?」
「なるほど――――アーレンダル殿の心、確かに理解した! しかし――――!」
バーバヤーガめがけ光の矢となって突撃するアーレンダル。しかしその瞬間、バーバヤーガの機体中央に備えられた紫色の結晶体が眩いばかりの閃光を放つ。
それはバーバヤーガに備わる特殊兵装――――
突如として展開された魔女の大釜による空間湾曲領域は、バーバヤーガに迫るアーレンダルの一撃を間一髪のところで逸らしきり、見事受け流すことに成功する。
『っ!? 馬鹿な……これほどの時空間湾曲はあなた方には不可能なはず――――!?』
「これもラエルが造ったのだ――――アーレンダル殿。君の言うとおり、俺たちは決してラエルを見捨てたりはしない! なぜなら俺たちにとって彼女は大切な友であり――――!」
「――――何度も助けて貰った恩人なんです! ラエル艦長が安心できる場所がこの宇宙のどこにもないのなら、僕たちがその場所に――――!」
刹那、コンマのズレでアーレンダルの一撃を躱したバーバヤーガのビームクローが閃光を放つ。
「――――なってみせる!」
「――――なってみせます!」
一閃。
瞬いた閃光は、その決闘を見守る全ての者の瞳に宇宙を翔る流星のように映った。
『み、見事――――! 我が剣――――あと一手およば――――』
駆け抜けたバーバヤーガの後方で、アーレンダルの甲冑の剣を握った右腕が切断されて虚空へと消える。
それは決闘の終結を意味する――――はずだった。
「っ!? アラート――――ボタンさんっ!」
「なんだとっ!?」
それは、一体どこから放たれた光だったか。
突如として決闘場を正確に撃ち抜いた正円の光は、瞬く間にバーバヤーガとアーレンダルを飲み込み、虚空の中に消した――――。
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