第六話 交わる想い
想いはもはや止まらず
半径百キロメートルほどの宇宙空間。
ぐるりと円を描くようにその空間を見下ろすエルフの宮殿戦艦には、まばらだが複数のエルフたちの影が見える。
数十億年ぶりに行われる魂の願いを賭けた決闘。
しかもそれは彼らの王たるエーテリアスの娘、救世主ラエルノアの婚姻を賭けた戦いだというのだ。
その場を見守るエルフの視線は様々だ。
想いを吐露し、あまつさえ魂の願いを行使してまでラエルノアに近づいたアーレンダルを蔑む者や嘆く者。
アーレンダルのその行為に何かしらの感銘を受けたのか、じっとその姿を見つめ続ける者。
エルフたちが様々な思いを胸に見つめる中、アーレンダルが駆る濃紺の人型機動兵器――
『
バーバヤーガと僅かに距離を置いて滞空するアーレンダルが乗る甲冑が、その言葉と共に頭を下げる。
『ご存じの通り、この決闘は互いに血を流すことを禁じています。しかしだからと言って手を抜く必要はありません。どうかラエルノアの代理として、その役目に恥じぬ戦いを果たされますように』
『う、うむ! 丁寧に挨拶頂き感謝する! 俺の名はボタンゼルド・ラティスレーダー! そしてもう一人いるのだが…………』
『……?』
アーレンダルの前口上に、バーバヤーガからボタンゼルドの力強い声が響く。しかしどうしたことだろう。もう一人と続いたボタンゼルドの言葉はそこで途切れ、そこからはただ沈黙が続くのみ。
その様子に、これから刃を交えるアーレンダルだけでなく、周囲でその光景を見つめるエルフの間からもどうしたのかとざわめきが起こり始める。
そしてその戦場からほど近い、円形の待機場からその様子を見つめるラエルノアとクラリカは――――。
「恨みますよラエル……なぜわざわざあんなことをしたのです。貴方らしくもない……」
「フフ……なぜかって?」
その銀色の瞳に諦めの色を浮かべ、ジト目でラエルノアを非難するクラリカ。
ラエルノアはそんなクラリカの視線もどこ吹く風。なにやら感慨深げに呟くと、笑みを浮かべてバーバヤーガの背中を見つめる。
「正直なところ、ティオに申し訳なくなってしまったんだよ。彼女の感情の答えは彼女自身で見つけろと私が言ったにも関わらず、結果的にそれで私ばかりが良い思いをし続けることになってしまった」
「それ……まさか、貴方……?」
「勘違いしないで欲しいのは、一ヶ月前にそう言ったときの私には本当に他意はなかったんだ。ただ、その後ボタン君と話していく内に、私としたことがすっかり彼と打ち解けてしまってね――――これだから人の心や感情というのは面白い。興味が尽きないよ」
ラエルノアはそう言って、クラリカに悪戯っぽい視線を向けて首を傾げた。
「君がどう思っているかは知らないけど、私はこう見えてティオもボタン君も、もちろんクラリカ――――君のことだって大切に考えているつもりなんだ。だからこそ、一人だけ無自覚なままのティオの前で彼とより深い交流を持つのはフェアじゃないと思ってね」
「はぁ……普段は平然と卑劣極まりない判断をするくせに、そういう部分の思考は子供みたいなんですから…………もし私なら当然そのようなことは気にせず、無自覚なままのティオを一呑みに……ッ!」
「――――しなかっただろう? 君がその気なら一ヶ月もあればやれたはずさ」
「ぐぐ…………私はまだ諦めませんよ。まだまだこれからも、私の時は続くのですからッ!」
「フフ……そうさ。だからこれからもよろしく頼むよ。クラリカ・アルターノヴァ」
むぐぐと押し黙るクラリカを横目に、ラエルノアは実にすがすがしい笑みと共にバーバヤーガへと再び視線を戻す。
機械仕掛けの魔女の中でようやくその気持ちに気付き、向き合っているであろう大切な仲間のことを想いながら――――。
そして――――。
『好き…………』
『っ!?』
そうして暫く続いた無言の静寂。それを打ち破ったのは、その場にいる全員の脳内に届いた呟くような可愛らしい想いの吐露だった。
すでに決闘開始の合図は終わっている。
アーレンダルはいつでも目の前のバーバヤーガに攻撃を仕掛けることができる。だが――――。
『い、今のは……私たちエルフの精神感応……? 一体誰の……? だが――――!』
突如として響いた謎の独白にその精神の安定を乱されるアーレンダル。
しかし彼は甲冑内部のコックピットで混乱を振り払うように息をつくと、精神の力を練り上げて眼前のバーバヤーガへと剣を向ける。
『私は十分に待ちました。しかし変わらず動きはなく、返答もない。そしてすでに戦いは始まっている――――! ラエルノアへの想いを示すため、どうかお恨みなさいますな!』
もはや隠すつもりも、抑えるつもりもない。
想いよ全てのエルフに届けとばかりに叫ぶアーレンダル。
同時に、アーレンダルの駆る甲冑が緑色の光を纏って加速。
周囲に美しい緑光の輝きを放ちながら、動く様子のないバーバヤーガへと迫る。しかし――――!
『好き、です――――』
瞬間。それまでピクリとも動かなかったバーバヤーガの眼光が赤く輝く。
バーバヤーガの継ぎ接ぎだらけの装甲が展開され、脚部メインスラスターが炎輪を形成、全身のバーニアが青白い炎を吹き出す。
『大好きだったんです――――僕が女の子になったあの時よりも、ずっと前から――――貴方のことが!』
『っ!? ――――!?!?』
だがしかし! ついに動き始めたかと警戒したアーレンダルの思考に、突如としてバーバヤーガから放たれた凄まじい熱量の感情が叩き込まれる。
『ボタンさんのことが好きなんです――――少しも離れて欲しくない――――いないと寂しいんです――――お願いですから、これからも僕と一緒に――――!』
『これは――――!? 声はこの機体から!? き、君たち!? 君たちは一体その機体の中で何をしているのですか!? 私たちは神聖な決闘を――――!』
アーレンダルが振り下ろした刃を紙一重で回避するバーバヤーガ。
バーバヤーガはそのままくるくるとワルツでも踊るかのようにその場で高速回転すると、おもむろに伸ばしたビームクローでついでのようにアーレンダルの甲冑を切り裂く。
『ぐっ!? 速い! まさか、今のは私の攻撃を誘うための演技――――!?』
『もしかして迷惑…………でしょうか? 僕……自分でもこんなに誰かのことを好きになったことがなくて……それで…………っ!』
かと思えば、バーバヤーガは突然フラフラと見当違いの方向へと飛んでいき、ふにゃふにゃとおぼつかない動きで左右に揺れ始める。
剣での攻撃を回避され、あまつさえ反撃まで許したアーレンダルは即座に甲冑左手の甲の部分をバーバヤーガめがけて掲げ、展開した腕の先端から即座に無数の光弾を撃ち放つ。
しかしバーバヤーガには当たらない。
あっちへフラフラ、こっちへフラフラと不規則な機動を繰り返し、アーレンダルの光弾を全て回避してみせたのだ。
『動きが読めない……!? いくらラエルノアが自ら造った兵器とは言っても、動かしているのは地球人類の筈なのに――――!』
『う、うむ……突然のことでとても驚いたが、ティオの気持ちはよく分かった。そして決して迷惑などではない――――しかし本当に良いのか? 今の俺は見ての通り脱出ボタンなのだが……!?』
『そんなのっ! そんなことどうでもいいんです――――! こうしてボタンさんと繋がって、一緒におしゃべりしたり、おいしい物を食べたり、手を握ったりできれば、それで――――!』
『ちょっと私の話を聞いてくれるかな君たち!?』
あまりにもあんまりな扱いに悲痛な叫びを上げるアーレンダル。
しかしそんな彼の叫びもむなしく、どうやら途轍もない事になっているらしいバーバヤーガのコックピットからは、恐るべき勢いの桃色の波動が周囲で見守るエルフの宮殿すら貫通し、宇宙全体に広がっていくのであった――――。
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