歓待の夜


 静かで美しく、しかしどこか寂しさを感じさせる楽曲が流れる。

 瑞々しい樹木で構成されたホールの中に青と白の光が灯り、その場に集った一同の影を大きく背後に映し出していた。


「…………」


「…………」


「うむむ……確かに美しい音色だが……あまりにも寂しすぎないか? 今日はラエルの誕生祝いでは……」


「ちょ……っ! 聞こえてます! 思いっきり聞こえてますよボタンさんの声!?」


「むむ、んほんおほん………………いやはや、いつ聞いてもミアス・リューンの音色は心に染み入りますねぇ……ボタンゼルドもいずれこの音色の良さが分かるようになりますよ。ほほほ……」


「そういうものか……」


 すでに、その楽曲が流れ始めて三十分以上が経過していた。


 しかしその場に集った大勢のエルフたちはただじっと目を閉じて無言を貫き、時折漏れ出るボタンゼルドのうめき声だけがその音色以外の唯一の音だった。


「フフ……さすがにね。いいかいボタン君、何か言葉を発したくなったら、その言語イメージがといい。慣れれば普段と同じような感覚で話せるようになるよ」


「なるほど……? やってみよう!」


「うぅ……これじゃパーティーっていうより、勉強とか訓練をしてるような感じですよぅ……」


 すでにエルフとの会席には慣れていると豪語するクラリカはともかく、ティオとボタンゼルドはこの脳内思考ダダ漏れの状況に相当に困惑していた。


 もとより他人に自分の思考を隠すつもりが一切ないボタンゼルドはまだしも、ティオは思考を無心に保つので精一杯で、とても美しい楽曲を楽しむどころではなかった。


「その通りだよティオ。この席は彼らエルフの。波紋ひとつない水面のように、常に精神を平静に保つ――――彼らエルフからすれば、今日は祝い事の場だからこそこんな静かで穏やかな曲にんだ」


「そ、そうだったんですか!?」


「つまり、もし彼らに歓迎の気持ちがなければ、になっていたということか……あまり考えたくないな」


「そういうことだね。まあ、こういうことはエルフに限らずどこにでも良くある価値観の違いというものさ。少なくとも、彼らが私たちを歓迎してくれているのは間違いない――――」


 どこか貼り付けたような笑みを浮かべたまま、諭すようにこの席の意味を説明するラエルノア。ボタンゼルドとティオは驚きつつもなるほどと頷くと、再び精神鍛錬へと突入した。


「――――本当に、こうして君の誕生を祝うことが出来て嬉しいです。貴方は、とても活力と好奇心に満ち溢れているから、私たちエルフでは追いつくのが大変です」


「ありがとうございます――――お父様。私もこうしてお父様と同じ時を刻むことが出来て嬉しいです。そして、先のグノーシスとの大戦ではアーレンダルの力を貸し与えて下さいました。心からの感謝を捧げます――――」


「いいえ、私は何もしていません。貴方のその美しい気持ちはぜひアーレンダルに伝えてあげて下さい。彼はいつも、貴方のことを案じています」


「はい、そのように――――」


 楽曲の終わり際、ラエルノアの父にしてエルフの王であるエーテリアスは静かにその思いを述べると、静かに手を掲げて席の終わりを周囲へと伝達する。


「我が娘ラエルノア――――貴方の274度目の光を刻む音色は捧げられました。この場にいる皆と刻んだ音色は、この星々が終わるその時まで消えることはありません。そして、ここからは貴方の大切なご友人と共に、互いに積み重ねた刻を語り合いましょう――――」


「はい、お父様――――」


 エーテリアスはそう言うと、ボタンゼルドたちと共に最前列に座っていたラエルノアに向かって自ら手をさしのべ、広間の奥から続く通路へと同行を促す。


 ラエルノアはその誘いに静かに頷くと、他の三人にもついてくるように短く告げる。そしてエーテリアスの小さな手を取って静かに、しかし完璧なエルフの姫としての優雅すぎる振る舞いと笑みを残してその広間を後にした――――。



 ――――――

 ――――

 ――



 それから少し後。


 巨大な空間投影式のモニターに映し出される映像の中で、二機のロボットが激しい戦いを繰り広げていた。

 互いに譲らぬ互角の攻防はしかし、やがて無骨なシルエットを持つ黒い機体が、細身の白い機体を叩き潰して決着となる。


『You lose!』


「わーーーーっ!? また私の負けですっ! なかなか腕を上げましたねラエル!?」


「フフフ……の腕が衰えたんじゃないかな? どうせエルフの中にはロクな練習相手もいなかっただろうしね」


「も、もう一度っ! もう一度やりましょう! 私が最も得意とする機体は実は別にいるのですーっ!」


「おや、それは初耳だね――――なら、パパのお手並み拝見といこうか」


 その画面の前。純白のドレス姿のまま、二つのレバーと三つのフットペダルが用意された小型の椅子に座って余裕の笑みを浮かべるラエルノア。

 その横にはエルフの王であるエーテリアスがラエルノアと同様の椅子に座り、両手で顔を覆って敗北にむせび泣いていた。


「え? ちょ……なんですかこれはっ!?」


「げ、ゲーム……です、よね?」


 ラエルノアと共にボタンゼルド一行が通されたのは、宮殿の奥にあるだった。


 そこは一見すると先ほどの広間と変わらぬ樹木に覆われた空間だったが、一同の前でエーテリアスがうむうむと念じると、突如としていくつものゲーム機と、それを操作するための本格的なコントロール機器がわらわらと現れ、あっという間に地球人類にも馴染み深いへと早変わりしてしまったのだ。


『You lose!』


「うわーーーーん! 勝てないです! 何で勝てないのですか!?」


「パパは動きが素直すぎるのさ。勝つためにはね」


「駄目ですっ! 私はエルフの王っ! そんなことは出来ませんっ!」


「なら、パパはこのまま私に蹂躙されるしかないね! アハハハハハ!」


「アーーーーッ!?」


 ボタンゼルドたちの目があることも全く気にせず、親子仲良く対戦ゲームに興じるラエルノアとエーテリアス。


 あまりにも意外すぎるエルフの王とその姫の姿に、クラリカは驚愕に目を見開き、ティオは困惑の表情を浮かべていた。しかし――――


「うむうむっ! やはり親子とはこうでなくてはな! ラエルよ! 次は俺にもやらせてくれ!」


 しかしただ一人。ボタンゼルドだけはその光景を見て満足げに大きく頷くと、ティオの肩から颯爽と飛び降り、その二人の間に笑みを浮かべて飛び込んでいくのであった――――。


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