エルフの姫は脱出ボタンと踊る
「え? ええ!? ええーーーーーー!?」
「チッ! なんなのですかこのボタン野郎は……!?」
「はわわわ……ま、参りました……」
爆音の響くエーテリアスの私室。
当初はラエルノアとエーテリアスによる親子水入らずのロボットバトルが展開されていたその場所も、今となっては
「む……? 気付けば俺ばかり遊んでいるような気がするのだが……そろそろ誰かに代わった方が……」
あまりにも強すぎるボタンゼルドの前に、エーテリアスは勿論、太陽系連合でも一二を争うエースであるクラリカとティオすらも、一撃の有効打を入れることすらかなわずに無惨な敗北を喫していた。
「
「馬鹿な!? 俺は誓ってそのようなことはしていない!」
「なら何故この太陽系連合トップエースのクラリカ・アルターノヴァがここまで一方的に
「おやおや、あのクラリカがここまで熱くなるとはね。君の気持ちも理解できるけど、パパが怖がるから少し抑えてもらえると助かるよ」
「はわわ……お、恐ろしいです……! 助けて下さいラエル……っ」
怒髪天をつく勢いで怒り狂うクラリカの剣幕に、ガクブルとなってラエルノアにしがみつくエーテリアス。
エーテリアスの身長はティオと同じくらいと相当に小柄で、その金色の柔らかな癖毛と青い瞳からなる容姿は確かに整ってはいるものの、まだまだあどけなさの残る少年然としたものだった。
そんなエーテリアスが涙を浮かべて必死にラエルにしがみつく姿は、もはやどちらが親で子なのか全くわからない有様である。
「はっ!? ん、んん…………失礼。これはお恥ずかしいところをお見せしました。エーテリアス様の御前でこのような振る舞いを見せたこと、どうかお許し下さい」
「い、いえ……いいのです。私もつい怖がりすぎてしまいました……地球人類の持つ心の力はとても強い。私たちエルフには、それがとても刺激的なのです」
「この宮殿の中にいる限り、思ったことがそのまま周囲に伝達されるシステムは有効のままだ。今はこうしてリラックスしているけど、咄嗟の時にへましないように気をつけるんだよ」
先ほどまでの堅苦しい式典の反動か、すっかり弛緩した雰囲気となっているエーテリアスの私室。
そこには数々のゲーム機以外にも、いかにも子供が喜びそうな地球から送られたオモチャ類や、ピカピカと点滅する謎のライトなどまでもが雑多にぶら下がっていた。
知らない者が見れば、その部屋はエルフの王の私室ではなく、幼い子供の秘密基地にでも見えたことだろう。
「フフ……ではボタン君、最後に私と手合わせしてもらいたいのだけれど、いいかな?」
「うむ! ラエルとはまだ戦っていなかったな! 望むところだ!」
「頑張って下さいラエル! パパが応援していますよっ!」
「ありがとうパパ。まあ、流石に彼に勝つのは難しいかもしれないけどね」
そしてその戦いの最後。それまでじっと外野からその様子を見るばかりだったラエルノアが、いよいよという様子でボタンゼルドの隣の操縦席へと座った。
「(あの、クラリカさん……ラエル艦長はお強いんですか? 遊んでみた感じ、このゲームって
「(――――見ていればわかりますよ、ティオ)」
ラエルノアの席のすぐ後ろにしがみつき、ハラハラした様子で応援するエーテリアスと、そのさらに後方で二人の戦いを見つめるティオとクラリカ。
クラリカはティオの問いに静かに答えると、その眼鏡の奥の大きな瞳をギラリと輝かせ、立ったまま腕を組む古式ゆかしい観戦者のポーズを取り、開戦の時を待った。そして――――
「むっ!? この動きは――――!?」
「フフ……未来視が外れたかな? なら、次はこちらからいかせてもらうよ――――!」
一同が見つめる巨大なモニターの中でボタンゼルドの駆る青白のロボットと、ラエルノアの駆る漆黒のロボットが激しく交錯する。
「え!? ええええ!? す、凄い――――ボタンさんも凄いですけど、ラエル艦長も凄いですよ!? 僕なんて戦闘開始から二十秒も保たなかったのに!」
「相変わらず化け物じみた強さですねぇ。 ――――いいですかティオ、貴方が乗っているバーバヤーガは、元々ラエルが自身の専用機として設計した機体なのです。つまり、ラエルはパイロットとしての腕も超一流なのですよ……」
「そうだったんですか……!? で、でも……それにしたって……!」
その双方が見せる圧倒的テクニックに、ティオは思わず驚きの声を上げる。
ボタンゼルドの神域の攻撃は徐々にラエルノアの機体にダメージを与え始めるが、ラエルノアもまた決して致命的な一撃は受けないように立ち回り、僅かな隙を突いてボタンゼルドの装甲を抉り取っていく。
「見事だラエル! まさか君がこれほどとはっ!」
「アハハハハッ! 楽しい――――とても楽しいよボタン君! 思っていた通りだ! 君とこうして戦うのは最高に楽しい――――! 本気を出した私の前では、ミナトですら相手にならないというのにッ!」
「うわあ……! こんなに楽しそうなラエルを見たのはいつぶりでしょうか? ラエルの心が沸き立っているのが私にも伝わってきます……っ」
「す……すごい…………」
その二人の戦いはゲームという枠を越え、まるで現実世界で情熱的に交わり合う舞踏のようにすら見えた。
「ならば――――ッ!」
「フフ……ッ! まだ終わらせないよ――――!」
互いが互いの動きを高め合い、何百手先までの動きと感情の機微を読み合う。
人知の計りを越えた領域に到達している者同士にしか見ることの出来ない景色。
それを今、ボタンゼルドとラエルノアは確かに見ていた。
見ているように、ティオには感じられた。
「レベルが違いすぎます…………この私にも、二人の挙動が何を意図しているのかが掴みきれません。それなのに、ボタンゼルドとラエルだけはお互いの思考を完全に把握している――――マインドリンクも無く、エルフのシステムも全く追いつけていないのに――――」
「ボタンさんの、気持ち……」
そしてその時。
二人の戦いをじっと見つめていたティオの胸に、ズキンと大きな痛みが走った。
「僕は……バーバヤーガの中で繋がっていないと……ボタンさんのこと……」
「……? ティオ?」
「え……? あっ! そ、そうでした……! 全部聞こえちゃうのに……!?」
思わず形にしてしまったその想いに、ティオは慌てて顔を振る。
自分でもよくわからないまま、必死にその思いを抑えようとするティオ。
だが抑えようとして抑えられるのならティオとて苦労はしていない。あふれ出る気持ちはティオの小さな胸の中で形を成し、今にもその場にいる全員に伝達されようとする。
しかしその瞬間、そんなティオに助けの手が差し伸べられた。
『Time over!』
「む……!? 時間切れか……!」
「ふぅ……楽しかったよボタン君。今回は君の勝ちのようだね」
戦闘時間一杯となり、より大きなダメージを受けていたラエルノアの機体が、がっくりと膝をついてうなだれる映像が流れる。
操縦席から立ち上がったラエルノアはボタンゼルドの伸びきった手を取って握手すると、珍しく興奮気味に上気した様子で頬を染め、にっこりと笑みを浮かべた。
「ゲームとはいえ、TWの操縦で私に勝ったのは274年間生きてきてボタン君が初めてだよ。とても素敵な誕生日プレゼントを頂いたね――――ありがとう」
「初めてだと!? 道理で強いわけだ――――俺の方こそとても楽しかった! ありがとう!」
そう言って互いに健闘をたたえ合う二人。
ラエルノアはそのままボタンゼルドの手を取って自身の手のひらの上に乗せると、今もその両目をキラキラと輝かせ、興奮冷めやらぬ様子のエーテリアスへと向き直ってみせる。
「さて、ゲームも一段落したところで、改めてパパに紹介したい人がいるんだけれど――――」
「そうでした。事前にラエルが送ってくれた手紙の中に、そう書かれていましたね!」
用件を切り出したラエルノアの言葉に、エーテリアスも居住まいを正して大きく頷く。
「この私の手の上に乗っている彼――――彼はボタンゼルド・ラティスレーダー。創造主ヴェロボーグの残した、全てを救う脱出ボタンだよ」
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