エルフの庭
ミアス・リューン。
それは天の川銀河の中心部にほど近い領域を支配する、地球文明よりも数十億年以上も古い歴史を持つ超高度文明の呼称である。
ミアス・リューンにはエルフと呼ばれる洗練された精神性を持つ種族が暮らし、争いを好まず、自然と調和した穏やかな暮らしを送っている。
彼らは天の川銀河のみならず、おとめ座超銀河団全てにおいても屈指の技術力を誇る。しかし無益な殺戮を好まぬその性質から、他の文明を表立って支配することはしない。
彼らエルフが表立って直接交渉の場を設け、正式に国交を開いた国はルミナスエンパイア以外では太陽系連合の人類のみ。
彼らが人類に対して手をさしのべ、技術供与まで行った理由。
それは今なお、エルフたちと太陽系連合の限られた人物にしか知られてはいない。
「これは、なんと凄まじい……! この巨大な宮殿が戦艦だというのか!?」
「あわわわ……! 昔話に出てくるお城みたいです……っ!」
見上げるほどの巨大な木々が、広大な宇宙空間の中に忽然とそびえ立つ。
その木々の間には壮麗な乳白色の壁面と、銀色の縁取りが施された宮殿が樹木とほとんど一体化して建造されていた。
そしてその宮殿から離れた、宇宙空間に浮遊する大地の一角。
静かにエンジンを停止したシャトルから、ボタンゼルドを先頭にラースタチカの面々がその場に姿を現す。
「いいかい二人とも。くれぐれも私が事前に説明したことを忘れてはいけないよ」
シャトルから降り立った一同の服装は、それぞれ今回の場に相応しいようにコーディネートされていた。
ラエルノアは長い髪を後頭部でアップスタイルに纏め、普段の白衣ではなく純白のロングドレスに身を包んでいる。
ボタンゼルドは円盤状のボディ下半分に赤い蝶ネクタイを接着剤で貼り付け、そんな彼をひっしと胸に抱くティオもまた、普段の彼女とは雰囲気の違う、華やかで明るいライトイエローのドレス姿となっていた。
「重々承知しておりますよ。エルフの皆様方との会席は初めてではありませんので」
「エルフの宮殿に入ったら嘘をつくことができない――――ですよね?」
最後に目の覚めるような鮮やかなブルーの衣装を着こなしたクラリカが下船すると、シャトルが着陸した辺り一帯の樹木が自ら動き出し、先ほどまで存在していなかった樹木のトンネルと通路が形作られる。
そこからはまっすぐに伸びた編み込まれた草木のカーペットが宮殿内部へと続き、その左右には瞬きすらせずに等間隔に並ぶエルフの衛兵たちが、今も不動の姿勢で直立していた。
「そう――――ミアス・リューンのエルフは、王族の前で嘘偽りを口にすることを最も重い罪に定めている。それを強制的に防止するため、脳内の神経伝達がそのまま言語として周囲に発信されるシステムが張り巡らされているんだ」
「それってつまり、僕たちが頭の中で何かを考えた瞬間に周りにいる人にそれが伝わるっていうことですよね? 僕とボタンさんの思考が、バーバヤーガの中で繋がっている時みたいな……?」
「さすがにそれほど深い思考や、他人の過去まで読み取ったりはしないよ。けれど、言葉に出そうと考えるほどに固めた思考は全て伝わってしまうだろうね。慣れるまでは、下手なことは考えないことさ」
「ううむ…………確かにそういうことであれば、ミナトやユーリーは連れてこれないな……あっという間に喧嘩になってしまいそうだ!」
「今はキアのこともあるからね。あの三人はとても仲良くやっているみたいだけど、もしミナトだけを連れ出したりすれば、キアはきっと勝手に私たちについてきてしまうだろう」
「そ、そうですね……キアさん、絶対にミナトさんから離れないですもんね……」
「いやはや……あれではもはやカルガモかペンギンの親子のようですよ。ミナトもよくあれで平気でいられますねぇ……?」
一同はここにはいないミナトたち三人の現状について語りつつも、迎えにやってきたエルフの一団に先導され、宮殿へと続く草木のカーペットの上を進んでいく。
見渡す限りの美しい花園と、その中をゆらゆらと飛ぶ青や紫、緑色の蝶の群れ――――それは、はっきりと意識しなくてはここが宇宙空間のど真ん中であることを忘れ去ってしまうような幻想的な光景だった。
「相変わらずとんでもない精神力ですねぇ……これでも私は全人類最高峰の浸透次元認知力を持っていると自負していますが、これほどの巨大な領域を完全に区切るほどの出力が果たして出せるかどうか――――」
「そういえば、太陽系連合の技術も元はエルフから与えられた物なのだな。たしか、人や生物の持つ精神の力を源にするのだったか――――ということは、クラリカもやろうと思えばこの巨大な宮殿を動かせるのか?」
「はてさて……やってみなければわかりませんが、まあ無理でしょう。出来て一時間――――もしかしたら数分といったところでしょうか」
「クラリカさんでもそうなんて……やっぱりエルフの皆さんは本当に凄いんですね……」
「瞬間的な出力なら人類の方が上さ。ただし、エルフは人類が出せる最大出力の90%程の精神エネルギーを安定して維持し続けることが出来る。まだまだ人類がエルフに追いつくには時間がかかるだろうね」
宮殿への道すがら、すれ違うエルフたちはみな一様にラエルノアに対して深々と頭を垂れ、呟くように『メア・ラ・リューン』という言葉を捧げた。
不思議に思ったボタンゼルドがそれについてラエルノアに尋ねると、彼女は静かに首を左右に振り、その言葉がエルフたちにとって『救世主』を意味していることを教えてくれた。そうして――――
「我らが君――――星辰の姫をお連れしました」
一同が通された先。
そこは壮麗ではあるものの、どこか質素な木々に囲まれた広間だった。
その広間には数人の護衛と共に、ゆったりとしたベージュの着衣を纏った一人の少年が静かに待っていた。
「ああ、ああ――――! ラエルノア。ラエルノア・ノア・ローミオン。私たちの最愛の娘――――よく戻りました。
「
「お、おお……!? 二人がなんと言っているのかさっぱりわからんッッ!?」
満面の笑みを浮かべて一同に歩み寄るその少年に向かい、片膝をついて頭を下げるラエルノア。
二人の交わした会話の意味が全くわからなかったボタンゼルドは、すでにこの場では思ったことが周囲に筒抜けであることも忘れ、そう叫ぶのであった――――。
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