第6話 憧 admire


 夏休みと夏季合宿も終わり、私は一年生のリーダーになった。

 私とナッツ以外の一年生は皆、中学からの流れで新体操部に入ったようで、一年のガチ勢は私とナッツだけのよう。


 そして今月から毎週水曜日に、フォーラという化粧品会社から特別コーチが四人も来る。

 しかも今日がその初日。その四人のうち二人は、この学校の卒業生らしい。残りの2人は監督と同期と言っていた。優しい人たちだったら良いな。


「本田と中山!」

「はい!」

 監督が笑顔で呼ぶ時って、嫌な予感しかしない。


「今日からコーチが来るけど、お前たちが案内をやってくれ。一人はお前たちの出身中学らしいから、頼んだぞ。」

「はい!」


 あぁ、やっぱり…。

 私はナッツと顔を見合わせて、お互いに苦笑いをしていた。



 そして三時半を過ぎた頃、新体操部のホールに特別コーチが来た。

 四人とも怖そうな感じだ。私とナッツは足早に駆け寄りコーチ達に挨拶をする。


「こんにちは! 本日より、よろしくお願い致します!」

 私の挨拶の後、他の部員達も「お願い致します!」と声を張り上げる。

 圧倒される、四人のお姉様たち。

「相変わらず凄いね。こちらこそ宜しくね。」

 一人のコーチがそう言うと同時に監督も話しかけてきた。

「みんな久しぶりだな。忙しいのに悪いね。荷物を置いたら自己紹介をしてくれ。」

「はーい。」


 コーチ達の、だらけた感じの返事に、私は安堵感が芽生える。学校を卒業し、社会人となれば監督と社会的立場は同じなのかな?


 その後、コーチ達は一列に並び、一人、また一人と自己紹介をしてくれた。

 最初に登場した時の怖そうな雰囲気はどこへやら、皆、笑顔で自己紹介をしてくれている。

 きっと残暑の中、駅から歩いて来たために意識が朦朧としていたのだろう。

 自己紹介をしている時の顔はとても優しそうだ。

 そして四人のうち、最後に自己紹介をするコーチが一歩前へ出た。

 小柄で明るい髪。ジャージのサイズはおそらくSサイズだろう。なのに肩が落ち、裾もまくっている。

 可愛らしい女性だ。そして手にはリボンを持っている。私と同じだ。この人は特に優しそうで、ラッキー!


「初めまして、成瀬なるせ 美梨みりです。小さいからで覚えてね。私はリボンと少しだけクラブかな。よろしくね。」

 

 成瀬?

 私はナッツと顔を見合わせた!

 

「はーい! それじゃ、みんな各自別れてコーチの指示に従え!」


 監督が手をパチンと叩き、各自所定の位置へと散った。

 私は監督に言われたとおり、コーチ達を各種目別に案内をする。


「成瀬コーチはこちらです。」

「はーい。」

 呑気な声で返事をする成瀬コーチ。

 か、軽い…。


 指導が始まると、ボールの方では笑い声が聞こえる。

 コーチが豪快に転んだみたいだ。ボールのコーチは普段はデスクワークをしているらしい。そのせいか、感覚をつかめないでいるのかも知れない。


「あなたの名前は?」

「あ! すみません申し遅れました、本田です!」

「あはは。本田ちゃんは社会人みたいな喋り方だね?」


 か、可愛らしい…。

 成瀬コーチは可愛らしい喋り方ですね?

 

「それじゃ、本田ちゃんと君、名前は?」

「中山です!」

「中山ちゃんね、オッケー。それじゃみんな二人づつ、順番に自分の中の13mでステップしていって!」

 *新体操のステージ:13m×13m

「はい!」


 皆が一同に返事をすると、コーチはニコッとする。

 元気の良い返事は、コーチ的にツボみたいだ。

 そして、私とナッツが最初にスタートをした。


「ああ、中山ちゃん。それじゃリボンが床についちゃうよ? もうちょっと手首と腕をフニフニしなきゃ。」


 フ、フニフニって…。


「私がやってみせるね。」


 成瀬コーチがスタート位置に立ち、ステップを始める。

 小柄な身体からは想像できないほどのジャンプの高さとリボンの動きに、私たちは圧倒された。


「オッケー? それじゃ、本田ちゃん達からもう一回!」

「はい!」

「スタート! コラ〜二人とも、もっとフニフニィ! はい次ぃ!」


 コーチ、フニフニの意味がわからないです…。



 休憩時間…。


「成瀬コーチは今でもトレーニングをしているんですか?」

 ナッツがコーチに聞いた。が、その質問に答えるでもなく、ナッツと私を交互に見る成瀬コーチ。

「ナッツとタマコちゃんは私と会ったことがある? 二人とも何だか見覚えが…。」


 そこまで言うと、何かを思い出したような顔をする成瀬コーチ。

 すると突然立ち上がる。

 同時に私の手を掴み、そのままホールの入り口まで私は連れていかれた。

 周りに誰もいないことを確認すると、成瀬コーチは私の両肩に手を置き笑顔で話し始めた。

 

「タマコちゃんってさ、中学の卒業式の後に、ヒーロ…ひろしに告られてなかった?」

「えっ?」


 やっぱり…。


 成瀬のお姉さんだ…。


「会いたいです…。」

「ん?」


「成瀬に…会いたいです…。」


 私の両目からは溢れるように涙がこぼれ落ちた…。





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