第7話 再 anew
アグリジェントの
明日から念願の夏休み。この日をどんなに待ち焦がれた事か。
それは一緒に働く皆も同じだったようだ。
今夜は日本で言うところの納会な訳だ。と言っても、ただ、飲んで食べてのドンチャン騒ぎ。
ライブが終わると、マリーさん達が打ち上げをやっていたが、その時よりも騒がしい。
食堂での皆の楽しそうな顔を見ると、俺も楽しい気分になる。そして俺の気分を盛り上げる一番の要因は夕飯だ。
タダ飯だ! うぇーい!
なぜこんなに嬉しいかって?
イタリアの食文化って、日本人には厳しいからである。
俺の住むメンフィーにはコンビニがない為、と言うよりも、そもそもこの国にはコンビニはないようだ。それどころか、各専門のリストランテもない。
日本で言うところの、ラーメン屋や牛丼屋。いわゆるサクッと食べられるお店。そういうお店はトラットリアと呼ばれるところだが、どこのお店も同じようなメニューで、俺の求める醤油を使った料理が無い。日本人の俺にとっては厳しい国なのである。
朝食に関して言うと、ここら辺に住む人は朝から激甘のヌテッラと呼ばれるスプレットを食べている。ヌテッラ本体が甘い食感なのに、さらにジャムやバタークリームなどで、甘さをマシマシしている。
飲み物もそうだ。日本人が好む緑茶や麦茶などの無糖の飲み物は基本的に摂取しない。エスプレッソをカプチーノにし、そこに砂糖を入れている。ここでも甘さをマシマシだ。まさにイタリア人の人口の約99%は甘い飲み物を好んでいる。
ちなみにだが、俺が毎朝行くトラットリアではパニーニとエスプレッソ(もちろんブラック)を頼んでいる。
これは通常、ランチタイムのメニューだ。このお店のオーナーのイアンさんが、俺にだけ特別に提供をしてくれている。
イアンさんは名前のとおり、イタリア人ではない。イギリスのグラストンベリーという街から来たそうだ。
その事もあってか、「俺もだけど、日本人にこっちのメシはキツいだろ?」と言い、パニーニを提供してくれている。
イアンさんは優しいオッサンだ。
余談だが、イアンさんの移住した理由は、奥さんの事が大好きすぎて、このシチリアまで追いかけてきたらしい。うらやましい話っすな…。
そんな事よりも、俺は明日からどうしようかな…。
休みは二週間もあるし、一度、日本に帰りたいけど、帰ってもやる事ないし、みんなは何をして過ごすんだ?
「ヘイ! フィーロ! お前に電話だ!」
ゲッ!?
マリーさんか?
迎えに来いか?
俺は恐る恐る、受話器をにぎった。
「Pront. Io sono firo. 」
「あの…。」
ん? 日本語かな? 小さい声だな…。
「Pront? Mi scusi,ma la sento lontano?」
「プ、プロント?」
「Pront.」
🇯🇵
九月中旬の土曜日。
学校は休みだけど、ほとんどの運動部は午前中だけ活動をする。
私たちの新体操部の場合は、朝9時から2時まで。今日のような活動日の場合、昼食後の1時間はミーティングとなる。
ミーティングの内容はと言うと、部長からのダメ出しや、監督からのダメ出しを頂き、反省会をする。
そして今日は特別コーチの、成瀬コーチも出席してくれた。
恥ずかしながら先日の私の大号泣から、成瀬コーチとは仲良くしてもらっている。しかもラインの交換もし、ほぼ毎日のように会話をさせて頂いている。
会話の内容は勿論、コーチの弟、浩くん。私の初恋の人。
「浩の早とちりでごめんねー。」と言っていたが、どう考えてもハッキリと物言いをしなかった私が悪い。
その事を成瀬コーチに言うと、「タマコちゃんは悪くないよー。」と言ってくれる。
だけど…。
そして今日は、ミーティングの後に成瀬と連絡をとってくれるらしい。
昨夜、コーチとのラインが盛り上がり、成瀬に電話をする事になった。コーチから「私の家に来る?」と言われたが、さすがにそこまでお世話になる訳にいかず、学校で電話をする事にした。
「コレクトコールでも良いって言ってくれてるから、監督の部屋から電話をしよう!」
いやいや!
それはまずいですよ!?
「監督には出て行ってもらうよー。監督って顔に似合わず、胸キュンオバサンなんだよー。訳を言えば大丈夫。」
美梨さん、マイペースですね…。
でも、ミーティングが終わって2時。もしかしたら2時半かも知れない。イタリアとの時差は約7時間、向こうは夜の10時頃。大丈夫かな…。
そんな夜中に電話をして嫌われないかな…。
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