第3話 惜 Close


 受験生とは

*試験を受ける学生・生徒。特に、入学試験を受ける学生・生徒のこと。




      ◇




 俺、成瀬 浩は三年生となり、晴れて受験生となりました。


 そんな俺は受験生にもかかわらず、毎週、土曜日になると下北沢にあるライブハウスに通っていた。とあるインディーズバンドに夢中になっていたのだ。

 それは二年生の二学期半ば頃からで、毎週、土曜日は笹塚に住む姉さんの家に泊めてもらい、サタデーナイトフィーバーをしていた訳だ。そりゃもうフィバるわけよ。

 しかし中学生の俺の場合、笹塚までは姉さんの彼氏が迎えにきてくれるが、笹塚から下北沢に行くには徒歩になってしまう。電車を使うにはお金がかかるからだ。

 そして俺は、そのライブハウスで知り合った人たちから、、またはと呼ばれていた。浩だからフィーロって…。大人はセンスがあって泣けてくる…。

 実際、周りの人達は皆、成人した男性と女性で、その中での俺はひときわ目立つ最年少だったわけだ。

 なかでも、リーダー的存在のマリーと呼ばれる男性に、俺は特に可愛がられていた。

 ちなみにマリーさんはシチリア島出身のイタリア人だ。実家はワイン農家を営んでいると言う。

 俺が、「実家が商売をやっているとか、羨ましいですよ。」と言うと。

「それじゃ、お前は俺の下で働けば?」と言ってきた。

 いや、そう意味じゃ無いですから…。



 そして、ある日の三者面談…。


 母親とともに入る教室。母さんと共に担任に挨拶をし、着席すると同時に言われる、担任からの思いがけない言葉。

「先日、先方の高校から浩くんに対し、特待生としていかがなものかと書類が届きました。」

 担任の嬉しそうな表情から出る言葉に対し、俺は…。

「あっ、俺は高校には行きませんから。」

 と即答をする。


 バチン!!

 (頭を平手打ちされた音。)

「まったく浩は。先生、冗談ですよ。」


 俺が母親に頭を平手打ちをされた光景を見て、頬骨あたりをピクピクとさせる担任。

 そして思い出したように、担任は俺に言う。

「ねぇ成瀬くん。就職に関して言わせてもらうとね、中卒で就職をすると、就職先でも肩身が狭い思いをするよ。これは偏見じゃ無く、一般論としてだけどね。芸術高校に行けばその先の未来も広がると思うんだけどな。」

 それ、見たことか! と言わんばかりに母さんも加わった。

「浩、姉さんや友達に自慢してやりなよ。特待生なんてすごい事なんだよ。」


 なんなんだ? 俺に友達がいないことをディスっているのか? 俺の気持ちは後回しかよ。

 それに、どうせ先生は自分の教え子から特待生を出したいだけだろ?


「わかりました。このことに関しては少し考えさせて下さい。今週中にお返事いたします。」

 とりあえず無難な返事をし、その場を切り抜けた。

 そして教室を出ると、中山が父親と待機をしている。

「あれ? 成瀬さん? しばらくです。」


 母さんと中山父は知り合いか?

「その節はお世話になりました。」

 その節? 母さんよ、どの節だ?

「いえいえ。成瀬さんには生前、大変お世話になりましたので…。」

 中山父と母さんが頭を下げているのを見て、俺もとりあえずお辞儀をした。

「浩くん、お父さんに似てイケメンになったな。でも 夏菜なつなはダメだよ。」

 中山父が俺の肩をポン、と叩いた。

「やめてよお父さん! 成瀬ごめんね!」

 そう言って、中山親子は教室に入った。


 その後、俺は母さんと別れ、部活に向かう事にした。



 部室に居たのはいつものメンバーで、二人の新入部員と以前からいる4人の後輩。と副部の岩城だ。


「部長こんにちは。」

 声をそろえて言う後輩たち。

「こんにちは。君たちはいつもきているのかな? 偉いね。」


 恥ずかしそうに頷く後輩たち。可愛い奴らだ。


「成瀬も毎日、出てきなさいよ。部長なんだから。」

「へいへい。明日も来ますよ。」


 俺の一言に盛り上がる後輩たち。

 すると、盛り上がる中の一人の二年生男子が俺に話しかけてきた。

「部長、水ハリを一緒にやってもらえませんか? うまくできなくて…。」

「は? お前、二年生だろ? 教えてもらってないのか?」

 俺はそう言って岩城を見る。

「ああ、私は色紙に水墨画だからそういう事はやらない。てか、知らない。」

 当然のように言う岩城。


「それじゃ、できない奴は一緒にやるから。半ギリと板を持ってきな。」


*半ギリ:この部での用紙サイズはB1


「はーい!」と一番に来たのは岩城だった。


「お前は副部長だろ!」

「いいじゃん、教えてよ。成瀬の水張りは綺麗だからさ。」


 こいつは…。


 その後、俺は皆にテープの貼り方から、2回目の水張り工程を教えていた。すると、部室の扉が開く。

「岩城いるー?」

 能天気な声で、同じクラスの中山が入って来た。

「あれ? 成瀬がいる、珍しいね。」

「ナッツどした?」

「三面が終わってさ、部に行くのが面倒だから遊びに来た。」


 ああ。確かに俺の後が中山だったからな。新体操部の最後の片付けの頃まで、ここにいる気か…。中山らしいな。


「ねえ成瀬。聞くのを忘れていたんだけど、Skyclawlersスカイクロラーズってバンド知ってる?」

「えっ? 知っているけど?」

「へへーん。成瀬が観客にいるところが、テレビで映っていたよ。」


 ががーん…。

 確かに先々週だったかな? どっかのテレビ局が来ていたな…。

 こんな偶然ってあるのか…。


「成瀬って、下北沢によく行くの? 大人だねぇ。」

「あっ中山。誰にも言わないでくれるか? って言うか、ここにいるみんなも、今の話は聞かなかったことにしてくれるかな?」


 美術部員は皆一同に不思議そうな顔をしていた。

 テレビに映った事は名誉な事かも知れない。が、俺とマリーさんたちとの関係を 今は知られたくなかった。


 


 

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