Falling Angel

平 遊

Falling Angel

いつもと変わらぬ、2DKのアパートの夜。

大学時代からの友人だったヒカルを史郎が口説き落とし、ここでヒカルと史郎が同居を始めて、2年ほどが経っている。

もともと華やかな交友関係で、常に周りに女性を連れ歩いていたヒカルに、何故史郎が心を奪われてしまったのか。

史郎自身、未だによく分かっていない。

ただ、ヒカルの能天気とも言えるような天性の明るさと、ともすれば闇に飲まれそうになる史郎を陽の元に引き戻す力強さに、嫉妬していたのは事実だ。

自分に無い物を、すべて持っている男。

ヒカルは、史郎にとって、そんな男だった。

そして、史郎には分からない事が、もう一つ。

もともとノン気のヒカルが、何故男の自分に口説き落とされてくれたのか。

きっかけは、史郎の冗談交じりの【賭け】だった。


『お前が俺に本気になるか。賭けをしてみないか?俺はもちろん、お前が俺に本気になる方に賭ける』

『ん~・・・・面白そうだな。いいぜ、その賭け、乗った!』


ヒカルが賭けに乗るかどうかを考えた時間など、ほんの数秒足らず。

その決断に、ヒカルは今も納得をしているのかどうか。

史郎は今、専らそれを探っているところだった。

いつかまた、ヒカルが自分を捨て、女の元に帰る時が来てしまうのではないかと、心の中で恐れながら。


お互いに、今では社会人。

大学時代のように、四六時中一緒に過ごすことはできないヒカルと史郎が、同じ時間を過ごせるのは、平日の夜と休日のみ。

それも、お互い仕事に縛られる事の無い平日の夜や休日など、割と限られているものだ。

今も、ヒカルは持ち帰りの仕事だと言って、デスクのPCと向き合い、仕事に追われている。

一方、仕事の持ち帰りはしない主義の史郎は、缶ビールを片手にそんなヒカルの背中を眺めていたのだが、仕事がひと段落したのか、椅子の背もたれに寄りかかり、ボケッとしているヒカルに声を掛けた。


「ヒカル」

「あ~?」


ぼんやりとした瞳で、ヒカルは史郎を見る。

疲れのせいか、暑さのせいか。ほんのりと上気した頬が、妙な色気を醸し出している。


「時にお前、付き合ってる女は、いないのか?」

「へっ?!」


一瞬目を見開いたかと思うと、ヒカルは体を強ばらせ、警戒の目を史郎に向けた。


「・・・・お前、何か企んでるな?」

「随分な言いぐさだな」


軽く肩をすくめると、史郎は手にしていた缶ビールを置いて椅子から立ち上がり、ヒカルの側に立った。


「そういうお前こそ、何を構えているんだ?・・・・ん?」


うっすらと笑いを浮かべながら、ヒカルの顎を捕らえ、頬を近づける。

誘われるように、ヒカルの長い睫がゆっくりと伏せられ・・・・


史郎は、口づけを待ちわびるヒカルの顔を、じっと見つめた。

そこいらの女などよりもはるかに整った綺麗な顔。わずかに開かれた唇は、紅など付けずとも十分に史郎の理性を掻き乱す。

すぐにでも奪ってしまいたい唇から目を逸らし、後頭部に手を掛けて癖のある柔らかな頭を引き寄せると、史郎は耳元で囁いた。


「構えている割には積極的だな、ヒカル。」

「なっ・・・・わっ!」


瞬時に顔を赤くし、突き放そうとするヒカルを押し倒し、史郎は覆い被さるようにして深く口づける。


(渡さない、誰にも)


「っくしょーっ!離せよ、史郎っ!」


暴れるヒカルを組み伏せるのは、至極簡単な事。史郎にとっては手慣れたもの。


「期待してたんだろ?」

「だっ、誰がっ・・・・」


元からはだけられていたシャツをまくり上げ、汗ばんだ肌にそっと手を這わせると、ヒカルの胸の突起は既に固く尖り、小さく息づいている。


「これでよく、そんな事が言えるもんだな」


小さく笑い、史郎は2本の指で、小さな蕾を弄んだ。


「やっ・・・」


体をしならせ、ヒカルはいつものように、史郎の腕から逃れようともがく。

逃れられない事など、わかりきっているくせに。

逃れたいなどとは、思ってもいないくせに。

ただ、感じやすくて、臆病で。

本能的に体が反応してしまうらしい。

・・・・それがより一層、史郎の欲情を煽るとも知らずに。


「だ・・・めっ、やっ・・・しろ、っ・・・・!」


柔らかな髪が小刻みに震え、長めの前髪が快楽と罪悪の間で揺れるヒカルの表情を覆い隠す。

もともと色素の薄い髪の色と相まって、それはまるで・・・・



-金の髪の天使-



(俺はまるで、天使の羽根をもぎ取る悪魔、だな)


自嘲的な笑みが、史郎の頬に広がる。


(天使に憧れる悪魔、か)


ヒカルに触れるたび。

思う様に体を貫く程に。

史郎は嫉妬に狂いそうになる。

一体、何人の女がこの唇に触れたのだろう。

どれだけの女が・・・・この肌を味わったのだろう。


そして。


(お前はこんな顔を、どれだけの奴らに、見せて来たんだ・・・・?)



苦しいほどに、強く首筋にしがみついてくるヒカルをきつく抱き寄せ、史郎は激しくヒカルを突き上げた。

ヒカルの口の端から流れ出ている唾液を舌で舐め取り、そのまま史郎は唇を重ねる。

息苦しさに、逃れようとする頭を抑えつけ、呼気すら奪い取らんばかりに、史郎はヒカルの唇を貪った。


(覚えておけ、お前は俺のものだ。この体も、唇も・・・・心も全て)


悶え喘ぐヒカルの瞳に映っているのは、史郎ただ1人。


(そうだ。俺を見ろ。俺だけ、見ていればいい)


満足げに目を細め、史郎はヒカルを見つめた。


(俺が全部、忘れさせてやる。何もかも、な)

 

「しろ、オレ、もぅ・・・・ぁぁっ!!」


声にならない声を上げ、ヒカルは史郎の前に首筋をさらけ出した。

白濁の液体が、史郎の胸めがけて飛び散る。

ほぼ時を同じくして、ヒカルの中に、史郎の熱い体液が吐き出されていた。



「何でいきなり、あんな事聞いたんだよ?」


汗で額にはりついた前髪を描き上げながら、ヒカルはけだるそうに史郎に尋ねる。


「え?」

「オレに女がいるかどうかなんて」

「あぁ・・・・」


ヒカルに言われるまで、史郎は自分で聞いたことをすっかり忘れていた。

苦笑しながら、ヒカルに背を向け、史郎は答えた。


「会社の同僚に頼まれたんだ。お前に聞いてくれって。何でも、お前に惚れてる物好きな女がいるみたいでな」

「へぇ~。んじゃ、付き合ってみよっかな。なぁ、史郎?」

「お前の好きにすればいいだろう」

「えっ」

「お前が俺なしでいられるんだったらな」


背中越しに、小さく響く舌打ち。


「・・・・っんとに、いい性格してるよな」

「それはどうも」


胸のつかえが、一気に降りたような気分。

同僚に頼まれた時から、いや、それ以前からずっと。

史郎は自分でも気づかぬ内に気にしていたのだ。

ヒカルにとって、自分は一体何なのだろうかと。

そして今。ようやく答えが見えた。

知らず、笑みが零れる。


(この賭け、俺の勝ちだな、ヒカル)


「なぁ」

「何だ?」

「もしオレが、女に本気になったらどうする?」


一瞬、答えに詰まる。

だが、考える前に、口が動いていた。


「そうだな。お前を殺して俺も死ぬ」

「えっ・・・・」

「本気にするな、冗談だ」

「・・・・お前の冗談はちっとも笑えねぇ・・・・」


拗ねたような、ヒカルの声。


(当たり前だ、本気なんだから)


「なぁ」

「何だ、まだ何かあるのか?」

「いや、その、質問の事だけどよ」

「ん?あ、あぁ」

「言っといてくれ。オレにはどうしようもないくらいに、ムカつく恋人がいるってな」

「・・・・伝えておこう」


口元に微笑を浮かべ、背中にヒカルを感じながら、史郎は静かに目を閉じた。



END

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