過去へ

 僕は、明日死ぬ……。

 これは恐らく確実だろう。

 不審者、通り魔、事故……将又はたまた自殺か?

 通り魔、事故に関しては家の中に引き篭もってれば、それが起こる可能性は無い。

 僕は白いベッドの上で仰向けになりながら、そんなことをやけに冷静に考えていた。


 しかし、この日の記憶が自分には全くもってない。

 こんなんで、死を回避なんて出来るのだろうか?

 そう思案していると、突然に、


「出来ますよ。きっと。……命尽きても、またやり直させてあげますから」


 僕の枕元から、聞き覚えのある声がした。

 身体を右に回しながら、その場所に目をやる。


「あぁ。君か」


 そこにいたのは天の門番の女性だった。

 御丁寧に正座で、その場所にちょこんといる。


「私ですよ! ついていくっていいましたよね? 忘れたんですか?」


 彼女は、明るい声の調子でそう言う。


「忘れて無いよ。……というか改めて、何回もやり直せるって、天の門番である君がやっていい事なの? 本当に過去にきてしまったけど」


 僕のその質問に、彼女は呆れたように溜息を吐きこう答える。


「だから。先に言った通り、あなたの心残りがあるからですって。……もう。信じてくださいよ」


 彼女は、正座のまま上目遣いでこちらを見つめた。


 ……しかし、整った容姿である。

 黒く、クリっとした丸い目。

 細く、艶やかな腕。

 天井の明かりに照らされている、白い輝きを帯びた緑の黒髪。

 彼女の体は、とにかくどこを取っても、整っているの一言だった。

 でも、まぁ。天の門番が、美しく無かったらそれはそれで、少し嫌かもしれないが。


 閑話休題。

 とにかく、彼女のこちらを見る目は嘘偽りを感じられないくらいの、真っ直ぐとした目つきだったのだ。


「……うん。生き返らせてくれるっていう行為に、いちゃもんつけるのは良く無いよな。わかった。信じるよ、門番さん」

「それでいいのですよ! ……でも、門番さんって呼ばれるのは、少し抵抗あるかもなぁー。……ちらっ」


 彼女は、両手で顔面を覆い、指の隙間から目を覗かせる仕草をしてみせた。


 何やってんのこの人。

 いや、天の門番なのだから人では無いのだけれど。


「じゃあ、なんて呼べばいいの?」

「えーっとですね。……私名前が無いので、あなたが私に名前を付けてください!」

「いや、でも急にそんなこと──」


 ──ドンドン!


 会話に割り入るように、突如どこからか何かを叩く音が鳴った。

 あまりにも唐突すぎるその音に、僕の肩はビクッと震えた。


 ──ドンドン!


 再び叩かれた事により、音の出所を理解した。

 部屋のドアが叩かれていたのだ。


「もしかして、不審者?」


 ここで殺されるかもしれないと考えた僕は、ベッドから身体を起こし、無意識に横でじっとしている彼女に問うた。


「んー。不審者だとしたら、こんな鍵もかかってない部屋、なんの考えも無しに突撃してくると思いますよ?」

「……言われてみればそうかもな。……じゃあ、家の人か誰かか?」

「そう考えるのが妥当でしょうね」


 声のボリュームを一段階下げ、彼女に問う。


「一応、返事くらいしてみる……?」

「えぇ。それくらいは大丈夫なんじゃ無いでしょうか」


 彼女のその返事とほぼ同時に僕は生唾を飲み込み、ドアの方へこう言い放った。


「な、なんでしょうか?」


 そういうと、間髪いれずに、


「あ、入っても大丈夫ですか?」


 返事が返ってきた。

 年寄りの女性の声だった。

 母だろうか。

 僕はそれを確信し、問い返す。


「母さん?」


 少し間を開けて、母は答える。


「…………えぇ。そうよ。……入ってもいいかしら?」

「いいよ」


 僕がそう答えると、引き戸をガラガラと開け中に母が入ってきた。

 白い服をまとった、穏やかな印象を放つおばさんであった。


 母がいるならここは安全なのではなかろうか。

 外へ出ず、今日はここにいれば死ぬと言うことは無い……はず。

 そもそも、母は僕が記憶を失くしているということを知っているのだろうか。

 しかし、先決は死なないことだ。

 今後のことはそれから考えよう。


「……今日の調子はどうだい?」


 まず、母が優しい口調でこう尋ねてきた。

 この質問をするということは、僕の体調は悪かったということだろうか。

 しかし。今日はもう体調が悪いことにして、一日中寝て過ごすというのが最善策では無いだろうか。


「あまり優れないかも。今日はもう寝てていい?」

「そう。そうしたいならそうしていいよ。……おやすみ」

「あ、あと、家の戸締りを確認してて貰っていい?」


 念には念をと、母に戸締りの確認を要求する。

 不審者などの侵入を防ぐためだ。


「……。分かったわ。じゃあ、おやすみなさいね」


 そう言って母は、足早にその部屋から出て行った。

 それを確認した僕は、


「なぁ。門番さんの存在には気づいてなかったぽいけど、やっぱ僕にしか見えないの?」


 正座でその場に居続ける彼女に問うた。


「まぁ、霊感の強い人には見えるんじゃ無いですかね? ……そんなことより。寝るんですよね?」

「死なない方法としては、ベストかなって。……ここは家だし。母もいるし」

「頭いいですね! じゃ、おやすみです」

「君めっちゃ、軽いな。天の門番なんだよね?」

「あなたの意志には逆らえませんから! あなたの未来を決めるのはあなた自身です!」

「おぉ。いいこと言うね。……じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさーい」


 その言葉に、頷き。

 僕は布団にもぐり、目を瞑る。

 死ぬかもしれない未来に僕は少し怯えつつ、僕は眠りについた。


 次に気づいた時には、そこはあの天の世界だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る