僕の未来にさよならを

沢谷 暖日

さよなら未来

 夢の中へと入った。

 そう思えてしまうくらいに、その場所は美しくかった。

 そこはまるで、綿飴の様にふわふわとしていて、まるで御伽話の世界の中へ飛び込んでしまったようであった。


 足が軽くて、頭の中が曖昧で。

 背中に羽が生えたように、身体が軽い。


 しかし、理解はしていた。

 ここは天国であり、僕は今程死んでしまったということを。

 死因は、よく分からない。

 それどころか、僕が死ぬ前に何をやっていたかでさえも、何も思い出すことが出来ないのだ。


 これからどうなるのだろうか?

 生まれ変わる? それとも存在が消失?


 そんな心の中の疑問に答えるように、


「生まれ変わりでも、消失でもないですよ。あなたの場合、強いて言うなら……やり直しと言うべきでしょうか」


 突然に一つの少女の声が、どこからか飛んできた。

 そして次の瞬間に、目の前に人の輪郭がぼんやりと浮かび上がり、やがてそれはとなった。

 可愛らしい、少女の。


「だ……だれ?」


 その姿を見、僕は自然とその少女に聞き返す。

 少女は一つ溜息を吐き、こう答える。


「誰か……ですか。分かりにくく言うなら、天の門番的な立ち位置の人ですかね」


 そこはわかりやすく言って欲しいところではあるが、つまりどういうことだ?

 天使ということだろうか。

 僕は再び問うた。


「どういうこと? あまり話が掴めないんだけど……」

「じゃあ、私が最終的に言いたいことを言いますね。……君は生き返りたいですか? 死ぬ前に戻って、過去をやり直したいですか?」


 少女は、いとも容易くそう言ってのけた。

 そんなのどう考えたって、現実的じゃない。

 人が生き返るだなんて、まるで妄想の中、ファンタジーじゃないか。

 だが、正直そんなこと言われたってピンとこない。

 何故、生き返らせてくれるのか。

 だったら、世の中何人も生き返ってる事になるじゃないか。


 しばらくの間、僕は黙り込んだ。

 そんな様子を見てか、少女はこう僕に問うた。


「何か疑問でもあります?」


 首を縦に振った。


「んじゃあ、疑問点を言ってみてください」

「……じゃあ、まず。……なんで、僕? 他に死んだ人もこうやって生き返らせてるの?」

「あなただけですよ。……理由としては、忘れているかもしれないけれどあなたは、現実世界に大きな心残りがあってですね。それが、余りにも哀れだからです!」

「え……それだけ? ……え?」

「そうです!」


 拍子抜けした。

 もう少し、というよりもっと、大きな理由だと思っていた。

 心残り……。それをどうにかさせるために、この少女は僕を生き返らせてくれるのか。

 心残りなんて誰にでもあると思うが、僕の心残りはそんなにも大きいものなのか?


 正直、生き返りたいわけでもない。

 だが、生き返って損することは無いだろうと、僕はこの少女の良心に従うことにした。


「じゃあ、僕を生き返らせてよ」


「わかりました! じゃあ、君が死ぬ一日前に戻してあげます」

「でも、また死んだら?」

「生き返らせるから大丈夫ですよ。死なないように、付いていってもあげますから」

「いや、あなた門番なんですよね? 仕事放棄して大丈夫なんですか?」

「…………。他の門番に頼みますから大丈夫なんじゃないですかねー?」


 少し返事までに間が空いた様な気がしたが、きのせいだろうか。


「では、行きましょうか」


 そう言って少女は、僕の方へと歩みを進めた。

 数メートルの距離を、とてもゆっくりと。

 やがて、僕の身体と少女の体が触れ合いそうになった時──


 転瞬の間に、僕の身体から軽さが消えた。

 現実世界へと戻ってきていたのだ。


 僕はベッドの上で横になっていた。

 天井の電気がやけに眩しい。


 また僕が死ぬ可能性があると考えると、正直怖い。

 これで死んで、またあの夢の様な世界に入って、そして現実世界に戻って、また死んで、またまた夢の様な世界に入る。

 自分の未来をなんとかしようとせずに、それをこれからも、ずっと、永遠に繰り返すのだとしたら。

 これは、きっと奈落への入口なのだろう。


 頭の中でそう思った訳では無い。

 心のどこかで、そう感じていた。

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