AIにそだてられた子 ll

荒井 文法

プロローグ

 真っ黒の中に女の子がひとり膝を抱えて浮かんでいた。

 眩しく輝くような白い素肌と、真っ黒な暗闇のコントラストに目が眩みそうだった。

 同じようなものを、僕は見たことがある。そんな気がする。


 ……月だ。

 触れると皮膚が切れそうなほど凛とした三日月。


 三日月のように浮かんでいる女の子、その子の瞳がひとつ僕を見つめている。その瞳や素肌の上に、細い黒い線が何本も揺らめいている。目を凝らすと、女の子の長い髪が揺らめいているのだと分かった。

 僕から見えているのは、女の子の左側だけ。右側の様子はまったく分からない。もしかしたら、右半分はサイボーグで、スケルトン・ボディになっているかもしれない。そんなアニメを見たような気もする。


 女の子の左腕が、鼻や口や頬を隠しているので、僕は彼女の瞳と眉だけを見る。無表情の対極、全ての感情を湛えている、そんな表情に見えた。目は口ほどに物を言う、なんて言葉があったっけ。いくらなんでも目は物を言わないよな、と、無粋なことを考えていた僕だったけれど、その考えは改めたほうが良さそうだ。今の彼女の目は明らかに口よりも沢山の情報を僕に伝えてくれている。まるで、脳に直接情報を流し込まれているような感覚だった。

 あまり彼女を見つめていてはいけない。何故だかそんな自戒が湧き出てきた。だけど、その自戒の是非を判別する根拠は何もなかったので、彼女の視線と僕の視線はぶつかったままだった。


 周りがだんだん白くなっていく。

 視界の外側から、灰色のグラデーションをゆっくり通過して、完全な白に。

 揺らめいていた細長くて艶やかな黒髪をしっかり認識できるようになったのも束の間、女の子はその白に溶けていった。

 彼女がまだそこにいるのではないかと思い、目を凝らす。


 反転、黒。


 汗が滲んで。


「起きちゃった?」


 暗闇の中、リーディーの声がした。


 ……ああ……僕は……寝ていたんだっけ……。


 自分が瞼を開けているのか閉じているのか分からないくらいの闇に包まれている。どうやら、いつもなら熟睡している時間帯に目が覚めてしまったようだ。


「……うん」


 僕はそう答えるのがやっとだった。意識が朦朧としている。こんなにも眠いのに、なぜ僕は起きてしまったのだろう?


「気分、悪い?」

「……女の子を……見たんだ……半分だけ」


 リーディーの心配そうな問いかけには答えず、自分がさっき見たものを伝えた。自分以外の人間に会ったという信じられない事実を一刻も早くリーディーに伝えなければ、と考えて。


「夢の話?」


 夢じゃない、と言いかけて、自分の言おうとしていることのおかしさに気付いた。僕は何を言おうとしているのか、そうか、これが寝惚けているという状態なのか。

 そう理解してもなお、さっき僕が見た女の子は現実だったという感覚は一向に消えなかった。もう一度寝て眠気を無くせば、きっと笑い話になるだろう、そんなようなことをぼんやり考えて、開いているのか閉じているのか分からない瞼を閉じることにした。


「……夢だったかも」


 最後の気力を振り絞ってリーディーに答えた。

 寝ているのに、随分いろんなことを考えてしまったような気がする。

 もう一度眠れば、今度は女の子と話すことができるだろうか。

 女の子の『もう半分』を見ることができるだろうか。


「おやすみ」

 リーディーの声。頭を撫でられる。

「不思議……」

 リーディーが呟いた言葉は、僕の鼓膜を振動させて、そのエネルギーの全てを使い果たしたみたいだ。

 彼女の言葉の意味が、僕の脳に届けられることはなかった。

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