参謀ヒビカ
「…もしアレだったら…パンドラに何とかしてもらいましょうか…?」
「…本当はそれが一番ありがたいわ。ただ、シルバードラゴンさんには空を飛んでてほしくて…」
「というと…見張りと牽制を兼ねてますね?」
「さすがね…正解よ」
存在自体が伝説なドラゴン、シルバードラゴン。それがバビロア王国の城付近を飛行していたら、さすがのメソタニア王国も手出しできまい。それに万一、ムシュフシュをまた召喚…はできないから、その幼体を召喚して襲わせたり、ムシュフシュを回収しにテアマトがやってきたりしたら、咆哮でも何でも使って城内の私たちに知らせてくれればいい。これが一石n鳥か。もちろん、nには任意の自然数が入る。
「じゃあ、サルファさんにはその旨を伝えておきますね!さてと、休みたいし服も変えたいけど…メソタニア王国側がいつ来るかわかりませんし、ちゃちゃっと作戦会議でもしますか?」
みんなうなずいた。ネロケミちゃんは、一拍遅れてからぶんぶんと高速で頭を振る。もちろん、イシスの腕の中で。
「じゃあ…クラン、地図はある?」
「はい、こちらに!」
部屋のカーテンを一枚はぎとり、カーペットの上に広げるクラン。何をしているのかと思ったら…なるほど、裏地がかなり精緻な地図になっている。こういう保管方法、いいな。地図はおそらくこういう世界では高価なものだから、ふつうは宝物庫に置くものだが…こうしてエンプレスの部屋の家具の一部にしておけば、この部屋だけセキュリティを固めればよく、効率的だ。
「さて…まだメソタニアは動いてないのよね。で、攻め入るとすれば…ここの二か所かしら?」
メソタニア王国とバビロア王国は、ドラゴンが多く生息する山岳地帯で隔てられており、行き来するには二か所の峡谷を通るしかない。でも。
「…面倒だから、って理由で山をぶった切るかもしれませんよ?そうなったらやばいですよね…」
「ネルガルならやりかねんな。あの大剣は、悔しいが…私の聖剣よりも破壊力が高いからな。」
クフリンさん、どうやらネルガルと一戦交えたことがある様子。バルトさんがうなずいているので、どうやらバルトさんも戦ったことがあるようだ。
「山をぶった切るなんて…そんな剣、さすがに聞いたことないわ…」
女神でもしらない剣か。これは脅威…
といいたいけど、数千年寝てた女神だから知らなくて当然だった。
「だから、戦うとしたら…王国と山岳地帯の間の、この平原が一番いいですね…」
「そうだな…む?ヒビカ殿、『戦うとしたら』というのはどういうことだ?」
おっ、アーサーさん鋭いね。
こう見えても私、実は策士なんだよ?どやっ。
「それは今からお話し…しようと思いましたが、その前に一つ収穫があったみたいですね!」
「…?」
「ッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」
「!?」
「サルファさんいい仕事するねー!」
「そこはぐっじょぶって言えばいいじゃろう…何じゃ仕事って…」
さっき軽く事情を伝え、見張ってもらっていたサルファさんが何か仕留めたっぽい。鳴き声からして…
「この声…まさかテアマトか?!」
「正解ですアーサーさん!」
「なるほど、確かにこれで、こちらに交渉材料ができたな…テアマトを質にとり、侵攻を止め不可侵条約を結ぶことに同意すれば返す、とでもいえば戦う必要はなくなるな!」
「バルトさんも補足ありがとうございます!」
そう、さっき言ったとおりにテアマトがムシュフシュを回収しに来たのだ。これで、狂王はテアマトに乗れなくなるから、人質ならぬテアマト質作戦がとれるはず。
だけど…穴がある作戦なのだ。これ。
「ですが、それでは不十分では…?テアマトの幼体を強引に成長させて、テアマトにしてしまえば、質に取る意味がなくなってしまいますし…」
そう、パンドラとのやり取りの中で「同じモンスターは一体しかいない」ことになったのだが、狂王マルドクはテアマトとマルドクがセットで一体なのだ。だから、クランさんの言ったように、むりやりテアマトの幼体、マトをクラスチェンジさせてテアマトにし、直ちにマルドクに引き渡せば狂王になってしまう。つまり。
「うん、どのみち戦闘は避けられないんですよね…」
「うーん…アタシとしては戦闘はなるべく避けたいんだけど…」
「…ねぇ、ならこっちから攻めるのはダメなの?」
「だよな?襲ってきた証拠も揃ってっし…やり返す大義名分はあんだろ?」
女神と仏も意見を言う。字面だけ見るとすごいことになってるが、言い方を変えると駄女神とヤンキーなので、大したことは無いね!うん!
「だが…そうしたら負けたときにかなり不利にならないか?相手が、こちら側が攻め込むのを予期して山岳の向こうで罠を仕掛けていたらどうする?」
「アーサーさん、無粋ですね…罠ごとぶちこわしゃいいんですよ!」
「 」
騎士団総員、ぽかん。エンプレスもぽかん。ネロケミちゃんもぽかん。
どうだ、驚いたか。これが私のワイルド極まりない思考回路なのだ!
「向こうだってこっちに攻めてくるときは山をぶった切るんですから、こっちから攻める時も罠ごとぶちこわせばいいんじゃないですか?」
「……そんなこと思いつくのね……」
「向こうの参謀もさすがに予測していないのではないか?」
「参謀エンリルですねっ、頭脳勝負なら勝つ自信はあります!」
ネロケミちゃんに負けるエンリル…ちょっと見てみたいかも。
「おっと…こちらには優秀な参謀が二人もいるときた、これは負ける気がしないなぁ?」
「えへへ♪」
「…ほんとに戦争の作戦会議とは思えない和やかさよね…」
エンプレス、同意見だよものすごく。たぶんネロケミちゃんのいる所なら、修羅の前でも煉獄の階段でもほのぼのすると思う。
「じゃあ、決行日はいつにしましょう?さすがに休みたいので明日の朝とかがいいんですけど…」
「…そうね、じゃあ明日の朝方に平原に集合とかでいいかしら?」
騎士団総員、頷く。こちらのパーティもみんなうなずく。
「じゃあ、解散でいいですか?」
「そうね!今日はゆっくり休んでちょうだい!」
その夜。お布団の中でうとうとしていると、ネロケミちゃんから声がかかる。
「あのっ、ひびかさん!」
「どしたのー?」
「明日のことなんですけど!その…」
「その?」
「あの…いっぱいがんばったら、ほめてください…」
「ほめるだけ?いいけど…イシスにも言ったら?」
「その…言おうと思ったら、もう寝ちゃってて…」
…あっ、ほんとだ。隣のベッドからいびきが聞こえる。
時刻は夜10時。隣の部屋ではドクロとナタタイシが晩酌をしながら生い立ち話をしているようだ。時折楽しげに笑う声がする。
イシスはというと、会議中ひとしきりネロケミちゃんを撫でまわしていたが、解散してお部屋に戻ってきたらすぐ「ドラゴン酔いしたから早めに寝るわ…明日は早めに起こして…」と言って、倒れこむように寝てしまった。ドラゴン酔い…乗り物酔いみたいなものだろうか。そういうのこの世界にもあるんだね。
そしてネロケミちゃんは、解散したあとすぐエンプレスのところへ行った。お世話になったお礼を言いに行ったんだそう。一時間くらいたってからお部屋へ戻ってきて、私の布団に潜り込んできたのだ。もちろん白衣と帽子はつけたまま。それで、しばらく化学談義のつづきをして…気が付いたらこんな時間に。三時間くらいしゃべってたかなぁ。
そして、いま気が付いた。
「ほんとにおなかすかないんだ…」
そう。食欲も睡眠欲もない。布団に入れば少し眠気は感じるけど、耐えがたい睡魔というほどでもない。ほんとに便利な世界だ。
「戦争ね…なんか、まだゲーム感覚が抜けないや…こっちの世界じゃ命がけだってのにね……ん?ありゃりゃ…」
ネロケミちゃん、寝ちゃってた。しかも私のうでにずしっとのしかかってる。結構重たい。これが命の重さなのかなぁ…
「よしよし、今日はよく頑張ったね…おやすみ。」
なでなでしてあげる。「んゆう…」と声が出るネロケミちゃん。まだ子供なんだよなあ…それなのに戦争って聞いても物おじせずに「私もがんばります!」なんて、ふつう言えないよ…強い子…
じゃあ、ネロケミちゃんと、この国のためにも…ヒビカさんの本気を出さなきゃね。
「さぁて、明日はどうやって勝とうかなぁ…」
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