ヒビカパーティの初陣 withネロケミ
真っ黒なスライム魔法使いのネロケミの案内で、王城の中を歩いていく。
ナタタイシはお城の装飾や調度品などをけっこうじっくり見ている。博物館的な場所は興味ないのかと思ってたけど、本人曰く「一応仏に仕える身だからな、教養は深めときてぇんだよ」だそう。そういやあんた仏だったな…
ドクロは何度か来たことがあるようで、ナタタイシに城の成り立ちや美術品の解説をしている。このパーティに入るまでは何やってたんだろう。学芸員でもしてたのかな?ってレベルの知識量で、ナタタイシが真剣にメモを取り始めた。
イシスはネロケミちゃんの体をむにむにするのに忙しい様子。ネロケミちゃん自身も「まっさーじがきもちいいですぅ…」とご満悦、それを見てイシスはさらにご満悦。なんだこの幸せループ。
で、当のネロケミちゃんはというと。
「ヒビカさんっ、好きな元素はなんですか?」
「んー…悩むなぁ…めちゃくちゃレアなイリジウムとかかなぁ…」
「すごい…!しぶいです…!」
「そういうネロケミちゃんはどれが好きなの?」
「えと、銅です!すごいいっぱい色が変わるので…」
「あぁー!確かに銅いいよねぇ…単体と酸化物と錯体と硫化物と…全部違うもんね…」
「じゃあじゃあ、好きな反応はなんですかっ?」
「反応?!わお…えっと…せーので言おっか?」
「はい!せーの…」
「「テルミット反応!」」
「やった!そろった!」
「ヒビカさんとおそろいですっ!」
「…二人とも、すごい楽しそうね…」
私…ヒビカと、化学談義に花を咲かせていた。イシス、置いてけぼりにしてごめんな。今度テルミット反応、見せてあげるからさ。
「あっ!みなさぁん!ここの階段を上がるとエンプレス様のお部屋ですよぉ!」
少し間延びした声で、遅れていたドクロとナタタイシにも聞こえるように叫ぶネロケミちゃん。
「ネロケミちゃん、ありがとう!助かったよ!」
「ヒビカさんたちのお役に立てて光栄です!」
「じゃあ行くか?嬢ちゃんたち。」
「はいっ!私が先に行きますから、少しお待ちいただいていいですか?」
確かに、よく考えたら私たちエンプレスに何にも伝えてなかったもんな。門番とか今まで一人も出会わなかったし、このお城セキュリティどうなってるんだろう…
待つこと数分。ネロケミちゃんが階段をとてとてと降りてきた。かわいい。
「あの、お入りいただいて大丈夫です!」
よし、ついにエンプレスとご対面。ぜんっぜん緊張しないなぁ~。
階段を上がって、しばらく進むとハートを模した華やかな扉が見えた。そこにネロケミちゃんが歩いていき、ノックを二回。一言二言話すと、扉が内側から開けられた。
「行きましょうみなさん!」
ネロケミちゃんに続いてお部屋へ入る。と、次の瞬間。
ギュンッ。
……?
「あっぶねぇ……ヒビカ、大丈夫かぁ?」
火尖鎗で、振り下ろされた剣を受け止めるナタタイシが目に映る。剣の持ち主は、本来盾を持つべき手で扉を押さえている。
「う、うん……うかつだったよ、プレイヤーも攻撃対象なんだね…」
まさかプレイヤー自身を狙うとは思っていなかった。ナタタイシがいなかったらあのまま斬られていたと思うとぞっとする…
「アナタがヒビカね?初めまして。あたしは赤のエンプレスよ!」
部屋の扉から続く赤いカーペットの先に、一段上がったところがある。そこにある玉座に座っていたのが、赤のエンプレス。豚の耳を持つが、顔はザ・美少女。紅い髪を頭の上でハート形に固めていて、手には魔法少女のような、先端がハート形のかわいらしい杖が。
「ええ、ヒビカと申します。エンプレス様に折り入ってご報告したいことがございまして…」
「わかってるわ、その子から聞いたもの。でもその前に一つ、腕試しをしない?」
ネロケミちゃんにはサルファさんのこともお話ししているから、道中何があったか、なんで王城に来たかは全部お話ししている。きっとエンプレスにも伝えてくれたんだろう。
それはおいといて…戦闘イベント!来ましたよ!!ようやく!!!
この前のレヴィアタンは正直弱くて手ごたえがなかったから、今回は骨のある騎士団が相手なんだと思うと…いやぁ、血が滾るねぇ…
「望むところですよ!人数的には4対4でちょうどいいですし」
部屋の中には、さっき剣を振り下ろしてきた騎士…よくみたら聖騎士クフリンだった。それと、エンプレスの玉座の隣にいるジェネラル・バルト、バルトと反対側にいる重装騎士クラン、クフリンと対になる扉を持っていた黄金の騎士アーサー。計四体のモンスターがいた。クフリンとアーサーは扉から手を放し、盾に持ち変える。
「四体?ヒビカ、もしかしてその子も含めてるの?」
「ん?当然ですよ?ネロケミちゃんも戦えますもん、ね!」
「は、はいっ…さっき聞いたときはびっくりしたけど、がんばりますっ!」
こちらの陣営は、ネロケミちゃん、イシス、ナタタイシ、終焉の騎士ドクロ。ネロケミちゃんにはさっき、エンプレスが勝負を挑んできたら参加してもらうことを話しておいたのだ。使える技も聞いておいたが、なかなかどうして、優秀な技ばっかりだった。
「よしよし。ネロケミちゃん、勝ったら私のパーティに入れてあげるね!一緒に強くなろうね!」
「は、はいっ!」
「ほう…我々騎士団を前にしてもその余裕なのか。」
「当然ですよバルトさん、私が見込んだ子たちのチームで負けるなんてありえませんから!」
「ならばその自信もろとも、打ち砕いてくれよう!アーサー!クフリン!クラン!それぞれナタタイシ、イシス、ドクロを担当しろ!」
「「「了解した!」」」
「私は君と戦うことにしよう、小さな勇者さん。」
「は、はいっ!」
なるほど、1on1の布陣か。騎士団とはいえ、裏を突いて違うモンスターへ攻撃するという、裏をかいた戦法を取るかもしれないし、鵜吞みにはしないようにしよう。
「ありがとう、バルト!騎士団総員、かかれぇ!!」
エンプレスの掛け声で、一斉に敵陣が攻撃を仕掛けてくる。エンプレスの応援のおかげか、けっこう勢いがある。
じゃあ、こちらも攻めようか。
「ナタタイシ!混天綾でアーサーを捕縛して!ドクロは盾にチョップ!イシスは暗黒司祭に変化して、ハイクラス・サラマンダぁ!」
「あいよぉ!!!準備はいいかぁ、騎士団の皆様よぉ!!!」
「ハハッ、ようやく暴れられるぜ…!ぶったぎってやらぁぁぁ!!!」
「降りなさい…迷える魂…!」
ナタタイシには初手混天綾で、一番火力の出るアーサーを捕縛させた。本人は腕を組んで仁王立ちの格好。風火二輪を出さなくても戦えるよう、サルファの背中の上でこっそり教えておいたのだ。でも、さすがは黄金の騎士といったところか。盾でうまく拘束を防いで、黄金の意地を発動。それでも無視できないダメージが通ってしまったようだ。
そして、ドクロに狙うように指示したクランの盾は実は結構厄介なのだ。シールドアタックは、そこそこ火力がある上に使用後一度だけ再行動でき、さらに被ダメージを軽減させるというそこそこ壊れた技だから、ドクロに盾を破壊してもらうことにした。さっき私がクフリンの剣で狙われたことからの推測だけど、本来狙えなかったたぶん武器の破壊もできるんじゃないだろうか。前の世界では、本体がダメージを受けても一向に武器も装備も壊れなかった。まして、現実世界のプレイヤーに攻撃が届くなんてありえない。でも、今さっき、そのプレイヤーに攻撃が届いたのだから…あの大盾が壊せない道理はないはず。ドクロのソウルチョップ(自傷ダメージを受けるがかなり火力の高い単体攻撃)に先立ち、クランはシールドアタックを発動。それでもチョップの威力が勝り、盾を持ったまま弾き飛ばされてしまう。
イシスには、隠し玉である「変化のタグイェル」を使ってもらった。二ターンの間、クラス☆☆☆以下のモンスター一体に変化できるというもの。変化系の技の中では珍しく、EX技の使用が可能で、そのポテンシャルは高い。☆☆☆☆が召喚できないというデメリットを打ち消しても、かなりのおつりがくるメリットだ。それで変化したのが、暗黒司祭ジョンガリ。☆☆☆モンスターの中で、Atが最も高い。その値、84。ほかに☆☆☆モンスターで84のAtを持つものは、イムホテプ、暗黒騎士エッジ、悪魔剣士パズズがいる。ではなぜジョンガリを選んだかというと…
「さぁ!暴れるがいい!!焔の渦よぉぉぉぉ!!!」
「んな…!?なんて火力だ…!このっ、邪魔だぁぁ…!!」
「そうは問屋が卸さねぇぜぇ?も一発喰らいなぁぁ!!」
「あが…っ…みんな、護れなくて…ごめん、ね…」
「クランっ!!この狗め…でやぁぁ!!」
「ふんっ、当たるかそんなもの!」
そう、4体のうち、唯一全体攻撃が使えるからだ。これにより、アーサーは次の混天綾で確定退場圏内のHPにされてしまい、致死ダメージに等しかったソウルチョップをぎりぎり耐えたクランが退場。一気に相手の戦力が落ちた。また、イシスほどではないがジョンガリは素早いため、魔法発動からでも余裕でクフリンの剣をかわせる。
…というか、攻撃ってかわせるんだ。正直ジョンガリはここで被弾すると思ってたから、ネロケミちゃんに回復してもらおうと思ってたんだけど…
「ほう…いきなり劣勢にさせられたか。君のご友人はかなりのやり手だな?」
「はいっ!私も負けてませんからねっ!」
味方がやられて少し動揺しているが…一呼吸で顔を元に戻したバルト。そんな彼は自身に自信満々に立ち向かうネロケミちゃんが少し気になったようで。
「ふむ?だが、そのひ弱な体で私の剣は…さぞこたえように!」
容赦なくバルトの剣がネロケミちゃんへ。あのモーションは会心の一撃か。騎士団魂だろうか、格下の相手にも全力を尽くしているようだ。
でもね、甘いな。At68の会心程度じゃ、ネロケミちゃんは倒れないよ。
「これは…!?」
「緩衝溶液、調整成功ですっ!」
さあ、ネロケミちゃん。見せてあげようか。化学の恐ろしさを。
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