第20話 龍の侍女

 ──コンコン


「誰だ?」

「レークシアです」

「おお、レークシア様。どうぞ中へ」


 日付が変わりそうな時間に辺境伯の執務室を訪れる。

 かたわらにコレットさんを伴って。


「夜分遅くにすみません。至急お願いしたいことがありまして」

「お願い事? なんなりとお申し付けください」

「彼女……コレットは私がもらいます。よろしいですね」


 ソファに座ったのもつかの間、結婚相手の両親に言うようなセリフを言い放つ。

 少しだけ魔力を放って威圧してるから脅迫だけど。


「か、かしこまりました。そのようにいたします」

「ありがとうございます。今後もこちらに勤めてもらいますが私の侍女だということはお忘れなく」

「は? それはどういう……」

「コレット、説明を」

「は、はい」



 ◇



 ──ガバッ


「起きましたか?」

「れ、レークシア様……申し訳ありませんでした!」


 目が覚めたコレットさんがいきなり謝りだす。

 ベッドの上だからか土下座のような体勢だ。


「いきなり気を失って驚きました。体調は大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です。寝不足と緊張のせいだと思います……」

「そうですか。ではとりあえずこちらに座ってください」


 私の対面のソファを手で示す。

 一瞬ビクッと震えたがおずおずと顔を上げて近づいてきた。


「本当に、本当に申し訳ありませんでした。龍神様に毒を盛るなど到底許されることではありません。いかような罰もお受けいたします」


 私の前に立ち深々と頭を下げる。

 これだけ反省してるということはやはり本心から言っているのだろう。


「謝罪は受け取ります。罰を決めるためにも経緯を話してくれますか?」

「……はい。始まりは一通の手紙でした。差出人は不明でしたがある日私の部屋に置いてあったのです。小瓶と一緒に──」


 ソファに座ってもらいコレットさんの話に耳を傾ける。


 手紙は邸に滞在してる銀灰色の髪の人物に小瓶の中身を飲ませろというものだったそうだ。

 実行しなければ孤児院の子どもを殺すという脅迫もついていたという。

 最初はそんな指示に従うつもりなどなかったがしばらくすると孤児院の子どもが何者かに襲われたことを知る。

 おまけに孤児院の方にもコレットさん宛の手紙が届き嘘ではない事を知らしめられたと。

 誰かに話すのも禁じられていたため何日も何日も思い悩んだそうだ。

 そんなときに私からここを去ると言われてやるしかないと実行に移した……。


「……」

「きっと辺境伯様に伝えればどうにかしてくれました。でも手紙には孤児院の子たちの名前が全員記されていて……」


 涙を浮かべながらコレットさんが語る。

 彼女は孤児院出身で暇があれば今でも顔を出していたそうだ。

 給金の一部を寄付していて子どもたちからもお姉ちゃんお母さんと慕われているという。

 そんな家族が殺されると思うとどうしようもなかったと……。


 ……はあ。

 内心息を吐きつつ私は口を開いた。


「事情はわかりました。私自身はなんの危害も加えられなかったので罰を与える気はありません。しかし──」

「それでは周囲が納得しません。たとえ脅迫されていたとしても龍神様に毒を盛った事実は変わりません」


 そうなのだ。

 龍である私に毒を盛るなどこの国ではどんな事情であれ許されないだろう。

 民衆の前に突き出せば石を投げられるに決まっている。


 今は私とコレットさんを除けば首謀者しか知らないがそんな人物を野放しにしておく訳にはいかない。

 相手を突き止めるためにはコレットさんが名乗り出て捜査に協力する必要がある。


 まだ実行前だと嘘をつくのも手だが肝心の毒はどうしたという話になってしまう。

 重要な証拠品だし捨てたでは通らないだろう。

 それに孤児院にだって警護の人員を置かなくてはならない。


 さてどうしたものか。

 お茶を飲みながら目隠し越しにコレットさんを見つめる。

 涙で赤くなっているが目の下にはクマがあった。

 寝不足で倒れたみたいだしきっと眠れずに思い悩んでいたのだろう。


 ……私がもっと周囲に目を向けていればこうならなかったのかな。

 いや、今だって泣いてる彼女を放って一人でお茶を飲んでいるんだ。

 どうせ知ったところで何もしない。したくない。

 背負いたくないからしないんだ。

 彼女を救う手はあるのに。


 視線を外してお茶を口に含む。

 コレットさんが淹れてくれたお茶の方が美味しいな……。

 て何を考えているんだ私は。

 こんな調子じゃレークシアわたしにどやされてしまう。


 そう思い顔を上げるとそこには夢で見たレークシアわたしのようなコレットさんがいた。


 ……私が背負う必要はない。彼女が背負う罰なんだ。


 そう言い訳をつくり私は声を発した。


「──コレットさん……いいえコレット。あなたに罰を与えます」

「え……は、はい!」

「あなたは今から私のものです。あなたの人生は私……龍であるレークシア・レイラインのものです」

「え?」

「私は私のものに危害が加えられるのを許しません。あなたは生涯にわたり私の侍女です。いいですね?」


 有無を言わせぬ口調で語りかける。

 彼女を守り通すにはこれが一番だ。


 仮に首謀者を捕らえてもコレットさんの人生に毒を盛ったという事実は残り続ける。

 その道の果てはどんな結末か。

 彼女の性格だと家族を置いて逃げる選択もできるかわからない。

 いっそ自死を選んでしまうかもしれないのだ。


 私は生きる苦しみを知っているから自殺を止める気はない。

 でも、それでも生きててほしいとも思う。

 どちらも無責任だけど。


 だから私は彼女に罰を、呪いをかける。

 生きるという呪いを。


「そんな、そんなことはなんの罰にもなりません! それではまるで……」


 ──救いだと?


 あぁ、彼女は私とは違う。

 生きることが救いになるなんて。


 こんな時だというのにそんなことを考えてしまう自分に嫌気がさす。


「辺境伯はまだ起きているようです。落ち着いたら事情を説明しに行きます」


 下を向いて涙を流す彼女にそう言った。

 魔力感知を働かせたところ辺境伯は執務室にいるようだ。

 王太子が来ているから仕事がたまっているのだろうか。

 もしそうなら仕事を増やすようで申し訳ない。

 まあ事が事だけにがんばってくれとしか言えないな。


 そんな風に思いながらコレットさんの分のお茶を創りだした。



 ◇



「……」

「申し訳ありませんでした辺境伯様……!」


 コレットさんの説明が終わった。

 辺境伯はソファに座ったままピクリとも動かない。

 いわゆるゲンドウポーズの格好で。


 ……なかなか様になっているがいい加減なにか言ってくれないかな。

 コレットさんずっと頭を下げたままだよ?

 見てるこっちが辛くなってくるわ。


「先ほども言った通り彼女は私の侍女です。私のものに手を出した者は誰であれ許す気はありません。この意味はお分かりですね?」


 話が進まないので念を押すように言う。

 コレットさんに暴言や暴力を振るう者はたとえ辺境伯でも許さない。

 貴族なら遠回しな言い方でもわかるだろう。


「……まずはコレットの元主もとあるじとして謝罪いたします。私の不手際でレークシア様を危険に晒してしまいました。誠に申し訳ありません」


 ゲンドウポーズを解き膝に手を置いて頭を下げだした。


「謝罪は不要です。私が望むのは私の侍女を脅迫した犯人を明らかにすることです」

「かしこまりました。必ずや犯人を捕らえるとお約束いたします」

「よろしくお願いします」


 一応の話は済んだけど肝心のコレットさんのことはどうなるのだろう。

 まだ頭を下げたまま固まっているけど……。


「コレット、頭を上げなさい。今回のことは私に非がある。ユーノのことがあったのに警戒心が足りなかった。レークシア様が仰るようにお前は脅迫された被害者だ」

「でも! それでも私がやったのは事実です! 私がレークシア様に毒をっ……!」


 涙が落ち着いてから来たのにまた泣き出してしまった。

 まあ気持ちはわかるけど……。

 それより毒のことを言っておかなければコレットさんの立場が悪くなる。


「毒の方は私が処分しておきました。私の侍女に危ないものを持たせて置く気はありませんので」


 対外的にはそういうことにしておくのがいいだろう。

 私に楯突く人はいないし。

 辺境伯なら理解してくれるはずだ。

 ってこの人脳筋じゃん。大丈夫かな。


「そういうことにしておきましょう。コレットには詳しい話を聞くことになりますが口の堅いものに任せます。ご安心ください」


 よかった。ちゃんと伝わったようだね。

 詳しい経緯はごく一部の者にしか伝えないそうなのでコレットさんが誹謗中傷を受けることはなさそうだ。

 まあそのうちどこかから漏れるかもだけど。

 そうなっても私の侍女という立場が守ってくれるはずだ。

 ていうかコレットさんはいつまで頭を下げているつもりだ。


「コレットさん、辺境伯が仰った通りもう頭を上げてください」

「そうだコレット。龍神様の侍女がいつまでもそんな格好でいるな」

「ですが……」

「はあ、先ほども言ったが今回の件は私の責任だ。私がもっと頼りになる主であればよかったのだ」


 疲れを感じさせる表情で辺境伯が言う。

 それを聞いてコレットさんが顔を上げた。


「そんなことはありません! 辺境伯様は孤児である私にもお優しくしてくださいました! 私がもっと冷静になっていれば」

「……では私たちの今後の課題だ。お前は龍神様の侍女になるのだからな」


 辺境伯の言葉にコレットさんが涙をこぼしながらお辞儀を返した。

 これで一件落着かな。

 まだ犯人は残っているけど。


「話は済んだようですので私はこれで失礼します。コレットさんも明日は休んでください。かわいい顔が台無しですよ」

「え?」

「事情聴取もすることになるのだ。お言葉に甘えて仕事は休みなさい」

「……かしこまりました」

「うむ。孤児院には警護の人員を割いておく。今日は安心して眠るといい」


 それなら安心だな。

 私もそこまで面倒を見るつもりはないので任せよう。


 コレットさんのお礼の声を聞きながら私は部屋をあとにした。






「レークシア様」


 部屋に戻る途中で背後から声をかけられる。

 気配がなかったので体がビクッと反応してしまった。

 恥ずかしい気持ちになりつつ後ろを振り返る。


「ルイス殿下?」

「突然お声がけして申し訳ありません。驚かせてしまいました」


 少し笑いながらそう言ってきた。

 わかってるならいきなり声をかけるのはやめてほしい。


「こんな時間にどうかしましたか?」

「レークシア様のお部屋から魔法が発動する気配を感じまして。それだけならまだしもどうやら辺境伯を訪ねているようで何かあったのかと」


 魔法を発動したのを感じ取った?

 それに辺境伯と会っていたことまでわかるとは……。

 王太子だけあって魔法や魔力感知が得意なのかな。

 そう思いながらなんとなしにルイス殿下の魔力を探ってみる。


 ……え? なにも感じない?


 目の前に居るのに彼の魔力反応がない。

 辺境伯やコレットさんのは感じるので感知は問題なくできているはずだ。


「魔力を宿していない……?」


 まさかと思ったことをそのまま呟いてしまう。

 そんな存在がいるのか?


「ああ、レークシア様も魔力感知がお得意なのですね。これでわかりますか?」


 そう言って手につけていた指輪を外した。

 その途端ルイス殿下の魔力を感じる事ができた。


「なんですかそれは?」

「魔力を隠蔽する魔道具です。貴重な品ですがレークシア様に差し上げます」

「え?」

「私よりもレークシア様の方が必要でしょう。その膨大な魔力を隠すのに役立ちますよ」


 殿下が指輪を差し出してくる。

 実は魔力を隠蔽する方法も探していたので非常に助かる。

 暇なときに試行錯誤していたがさっぱりだったのだ。

 これがあれば森へ行ってもスタンピードを起こす心配をしなくていい。


「よろしいのですか?」

「はい。昼間のお詫びも兼ねてますので」


 昼間というと私の部屋に乱入してきたことか。

 まあそう言うのならありがたく貰っておこう。


「ありがとうございます。ではいただきます」


 指輪を受け取り左手の中指にはめる。


「正常に動作してますね。魔力を感じなくなりました」


 自分ではよくわからないが何か膜のようなものが体を覆っている気がする。

 魔法に支障はないのかな。


「光を」


 指先に光を発生させる。

 どうやら問題ないようだ。


「魔法の使用には影響しません。ただし体外の魔法や魔力は相手に気づかれます」 


 あくまで体内の魔力や魔法を隠すだけと。

 それでも十分だ。


「貴重な品をありがとうございます」

「お役に立てたのなら何よりです」


 そのあと最初の質問に戻ったが必要があれば辺境伯が言うだろうとはぐらかした。

 王太子という立場だしたぶん伝わるだろう。

 もう夜も遅いし早々に話を切り上げ部屋に戻った。



 ようやく一息つけるとベッドにボフっと横たわる。

 指輪という収穫はあったが今日は疲れた。

 いっそのこと夜が明ける前に出て行こうかな……。


 ──バン!


「レークシア様!」


 今度はなんだ……。

 ドアの方を見ると寝巻き姿のアリスさんが立っていた。


「どうかしましたか?」

「あぁ……レークシア様の魔力が消えたので何かあったのかと驚きました」


 それは指輪のせいですね。


「ルイス殿下から魔力を隠蔽する魔道具を貰ったのでそのせいですね」

「そうでしたか……。何事もなくよかったですわ」


 ホッとした様子でアリスさんが言う。

 まあ何事があったんですけどね。

 そう内心ツッコミをいれた。


「もう遅いですし戻ってください。急な王都行きで忙しいでしょう」

「そうですわね。ではレークシア様、おやすみなさいませ」


 アリスさんがお辞儀をして部屋から出ていった。

 まったく、騒がしい一日だな。


 そう思ったがさっきまで考えていたことはいつの間にか頭からなくなっていた。


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