第19話 ど、毒だってー(棒)

 髪の手入れも終わったので目隠しをしてセバスの案内に従い移動する。

 王太子が来ているためかいつもより人が多い気がする。

 部屋の前にも護衛がいるし。


「レークシア様がお越しになりました」

「開けてくれ」


 護衛の人が中へと確認を取り通される。

 部屋にはフェブルス一家と王太子が待っていた。

 ……ってなんでみんな立ってんの。


「ご足労いただきありがとうございます。どうぞこちらへ」


 辺境伯に席へと導かれる。

 座っていいものか悩んだがこれってあれか。目上の者が合図しないと一生座れないマナーゲームか。

 やっぱりこの場では私が合図しないとなのかな。王太子が居るけど。


 そう思いながら王太子を見ると目礼を返された。


「……どうぞお座りください」


 私の合図にみんな座りだす。

 一拍置いてから私も座った。


「改めまして、私がファスティス王国の王太子です。どうぞルイスとお呼びください」

「ルイス殿下ですね。私のことはレークシアとお呼びください」


 どう切り出したらいいかわからなかったから王太子の自己紹介はありがたい。

 呼び方もルイス=テニエルってどう呼べばいいのか悩んでたから助かった。


「先ほどは申し訳ありません。レークシア様の部屋に押し入ってしまいご不快な思いをさせてしまいました」


 そう言いながら立ち上がって頭を下げてくる。

 婦女子の部屋、しかも身だしなみを整えている最中に入ってくるなど貴族だと大問題に発展しかねないだろう。

 まあ私はそこまで気にしないし別にいい。


「頭をお上げください。もともと私が原因のようですしお気になさらないでください」


 なんか似たようなやり取りをした気がするなあ。

 そんな風に思いながら長ったらしい王太子の挨拶を聞く。

 私が許可した内容を辺境伯から聞いたとのことで大体のことは把握しているらしい。


「では龍神様は今もご健在なのですね」

「はい」


 王太子の質問に頷く。

 どうせ今ごろ山鳥の卵が孵るのをストーカーしながら見守っているんじゃないかな。知らんけど。


「このようなことを頼むのは失礼かと存じますが、龍神様にお会いになる機会がございましたらぜひとも我らの感謝をお伝えください」

「わかりました。伝えておきます」


 一応この国と爺さん龍の関わりは絵本で読んだ。

 なんでも新天地を求めていた建国王一行が魔物の群れに襲われ絶体絶命のピンチに陥ったらしい。

 そこに黒きドラゴンである龍神が舞い降り魔物を蹴散らしたと描かれていた。

 ドラゴンに助けを求めたところ森を魔法で更地にし住むことを認めてくれたと。

 そうして今のこの国、ファスティス王国は栄えましたとさ。めでたしめでたし。


 簡単にまとめるとそんな内容だ。

 気になって王太子に確認したら事実だと言われた。

 絶対嘘だ! 私は信じないぞ!

 キチガイ龍に会ったら真実を明らかにしてやる!


「レークシア様は魂に関する情報をお求めと伺いました。龍神様に報いるのは王家の悲願でもあります。王太子としてご支援することをお約束いたします」


 私の目を見ながら王太子が言う。

 目隠しをいいことにジーッと見るがこの人もイケメンだね。

 私の父は天然っぽい印象だったけど王太子は冷たい貴公子然とした印象だ。

 辺境伯は熱血漢だし乙女ゲームみたいだな。

 ……美少年アポロン君も将来は辺境伯みたいになるのかな。


「ありがとうございます。私に出来ることでしたら可能な限り力をお貸しします」


 さすがに貰いっぱなしは悪いので出来ることはするつもりだ。

 資料を集めるのだってお金がかかるだろうし。

 ユーノさんを治してあげたりさっきの雨を降らせたりと私なりに返しているつもりなのだ。


「滅相もございません……と言いたいところですが実は一つお願いがございます」

「なんでしょう?」

「……国王である私の父が病気なのです。今はまだ動けていますがもってあと数年だと診断されています」


 王が病気か……それは一大事だね。

 私なら治せるだろうしそれぐらいならお安いご用だ。

 王都まで行かなくてはならないだろうが仕方ない。


 そう考えていたら辺境伯が声を発した。


「ご病気ということはポーション破りですか?」

「そうだ。体調が優れないところポーションを飲んだら苦しみだしてな……。診断の結果あまり進行していないことはわかったが一年もすれば王としての務めを果たすのは難しいだろうと」


 深刻な雰囲気が部屋を包み込む。

 でも私が知りたいのはポーション破りだ。

 ポーションってファンタジー作品に出てくる回復アイテムだよね。


「ポーションは病気や怪我を治すことのできる薬ですわ。フェブルス領のような魔力の濃い場所でしか育たない薬草を原料にしておりますの」

「ポーション破りはそんなポーションが効かない……いえ、ポーションを飲むと逆に病状が悪化する病気のことです」


 アリスさんが私の様子に気づいたのか説明してくれた。

 それに続き王太子も補足してくれる。

 ポーションというのがどれくらい万能なのかわからないが治癒魔法では悪化しないのかな。


「治癒魔法は大丈夫なのですか?」

「おそらく大丈夫です。教会がポーション破りでも完治させたと宣伝しておりますので」


 それなら平気か。

 まあ魔法のイメージ次第でどうとでもなりそうだし大丈夫だろう。


「ではお引き受けします」

「ありがとうございます。私は明日か明後日にでも王都に引き返す予定です。レークシア様もご一緒されますか?」


 どうするか。

 ここでやることもないし一緒に行くのも手だ。

 ……待てよ。そもそも一緒に行く必要があるか?

 私なら魔法でひとっ飛びだし馬車でゆらゆら揺られていくこともない。

 王太子が王都に着くころに到着すればいいだけだ。


「レークシア様、わたくしも一緒に参りますわ」


 みんなの視線がアリスさんに集中する。

 何を言ってるんだこの子は。

 そう思ったが先日も魂に関する文献を翻訳してくれたな。

 アリスさんが居てくれれば心強いし助かるのは事実だ。

 でもこればっかりは私の一存で決められない。

 ちゃんと親御さんの許可をだね……。


「いいんじゃないか。王都にはお祖父様とお祖母様もいるし会って来なさい。アポロンも行くか?」


 おう、軽いなアリスパパん。

 まあアリスさん達の祖父祖母が居るならそうもなるか。

 それでアポロン君も行くのかい?


「お邪魔でなければご一緒したいです」

「よろしいですかな?」

「私は構わない。フェブルス家の者はみな武に秀でているからな」


 辺境伯の質問に王太子が答える。

 あとは私の返答待ちだ。

 ちょっと言いづらいけど言うしかない。

 ……それに行く前にやりたいこともある。


「私はやることがあるので先に行って待っていてくれますか?」

「やることですか?」

「それが済んだら飛んで行きますので」


 アリスさんに向かって言う。

 図々しいお願いだとは思うがここは聞いてもらいたい。

 たまには一人になりたいし。


「かしこまりました。以前のように致すのですか?」

「そのつもりです」


 前に魔力線を繋いだ時のことを覚えてくれていたのだな。

 今回もアリスさんに繋いで目印にするつもりだ。


「……私にもわかるように説明していただけますか?」


 ルイス殿下が困ったような顔で聞いてきた。

 やべ、王太子なのに蚊帳の外にしてしまった。


「も、申し訳ありません。先ほどの遮るような発言に加え王太子殿下を差し置いてしまうなど……」

「構わないよ。アリス嬢はレークシア様と仲がいいのだね」


 アリスさんが謝るが王太子は気にしないでくれと微笑みながら言う。

 そんなに仲がいいかとアリスさんと顔を見合わせる。

 恐縮したような感じだが照れたような顔をされた。

 ……とりあえず説明をしよう。


「魔力の糸を繋いでおくのでそれを辿って行きます。案内なども不要ですのでご心配なく」

「なるほど……。しかし王都までかなりの距離があります。魔力の方は大丈夫ですか?」

「問題ありません」

「……愚問でした。さすがは龍神様です」


 その後スケジュールを詰めたりして用も済んだと私は退散することに。

 このままいたら爺さん龍の話を聞かせてくれとなりそうだったし。

 それに王太子はアリスパパんに用があるそうだ。

 政治的な話とは距離をとりたいしちょうどいい。




「……ふぅ」

「お疲れのようですね。お茶のご用意をいたします」


 部屋に戻りソファで息を吐く。

 声をかけてきたのはスカーレットさんだ。

 今は王太子が来ているので家令であるセバスは忙しくしているみたい。


「お願いします。それと明後日にはここを出ていきます。今までありがとうございました」


 軽く頭を下げながら言うとメイド二人が固まった。

 王太子とアリスさんたちは明後日に出発するそうなので私もそれに合わせて出ていくつもりだ。


「わ、私お茶を淹れて参ります」


 コレットさんの方が先に動き出し部屋から出て行った。

 スカーレットさんもすぐに気を取り直したがお茶を淹れる役目はコレットさんに取られてしまったようだ。

 キッとした目でドアを睨んでいる。


「んん、ではわたくしはマッサージをいたします。どうぞ横になってくださいませ」

「え?」


 いきなりマッサージって……なんか目力がすごいな。

 まあ緊張で少し凝っているしありがたく受けてみるか。

 そう思いベッドにうつ伏せになって体を揉まれる。

 手慣れているのかすごい上手だ。

 気持ちよくて眠くなってきた。


「力加減はこれくらいでよろしいですか?」

「はい……気持ちいいです」

「最後にご奉仕できてよかったです」


 顔は見えないが気配で嬉しそうにしているのがわかる。

 もっと頼りにしてあげた方が良かったのかな……。

 そんな風に思っているとコレットさんがカートを押して入ってきた。

 スカーレットさんのお茶も飲んだことがあるけどコレットさんが淹れるお茶は特に美味しかった。

 セバスに勝るとも劣らない腕前だ。


「お、お茶を淹れて参りましたがあとの方がよろしいでしょうか?」

「いえ、喉が渇いているのでいただきます」


 脱力した体に力をいれて起き出す。

 スカーレットさんには悪いが喉が渇いているのは事実だ。

 王太子との会合でもお茶を出されたけど緊張で飲めなかったからね。


「ど、どうぞ」


 震えた手でお茶を出される。

 コレットさんは普段からそんな感じだが今日は一段と震えている気がする。

 いつも親しみを込めてお礼を言っているが緊張はなかなか解けないようだ。

 ってなんか顔色が悪いな。具合でも悪いのだろうか。


「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です。お気になさらずに」


 そうは言ってもなあ。

 治癒魔法をかけてあげようかと思ったが辺境伯からみだりに使わないように言われているし……。

 ユーノさんが元気になったからおそらく気付いているとは思うが確認するわけにもいかない。


「具合が悪いのなら休んでください」

「いえそんな……」

わたくしがいますから大丈夫ですよ」

「……では休ませていただきます」


 スカーレットさんの説得で気が変わったようだ。

 実際人手は足りてるし休んだ方がいい。

 一言ねぎらいの言葉をかけてコレットさんが部屋から出ていくのを見守った。


 さて……。

 テーブルにはコレットさんが淹れてくれたお茶が残っている。

 喉を潤すためにカップを口にする。

 うん、お茶は美味しいね。

 学校の給食の牛乳くらい美味しい。

 なんであんなに美味しいのか疑問だったけどあれって単純に喉が渇いていたからかな。


「レークシア様、よろしければ続きをいたします」

「そうですね……ではお願いします」


 元気な様子のスカーレットさんに提案される。

 一息つけたのでもう少しマッサージされよう。

 どことなく圧も感じるし。


 そうしてもう一度ベッドに横になりされるがままになる。

 起きてようと思ったが眠気に耐えられそうになかったので私は眠りについた。

 コレットさんのことなどすっかり忘れて──。






「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 小さく謝る声が聞こえる。

 誰だろう? 何かあったのかな?


 そんな疑問が浮かぶが寝ぼけているので頭が働かない。

 もう夜になったのか部屋も暗い。

 ん? 目隠ししてるからかな?

 ……とりあえず視界を確保しよう。

 魔法を発動するのは面倒だったので目隠しを外した。


「……コレットさん?」

「っ!?」


 ベッド脇にコレットさんが座りこんでいた。

 驚いている顔だが目には涙が浮かんでいる。

 どうしたんだろう?


「どうかしましたか?」

「ぁ……レークシア様……ご無事ですか……?」

「無事ですけど……」

「よかった……よかったですぅ……」


 安堵した様子で涙を流している。

 マジで何があったんだ?

 もしかしてまた呼吸を止めてたかな?


「何かあったのですか?」

「ごめ……なさい……わたし、お茶に……」


 そこまで言った途端さらに涙が溢れて号泣しだした。

 えーと、とりあえず泣き止んでほしい。じゃないと話がわからん。


 コレットさんの背中を撫でて泣き止むのを待つ。

 けれど背中をさするたびにごめんなさいと謝って一向におさまらない。

 防音の魔法をかけてるけどさすがに誰か呼ぼうかな……。

 いっそのこと精神が落ち着くよう魔法をかけるか。


『──の者に平静をもたらせ』


 コレットさんに向けて魔法を発動する。

 するとすぐに効果が表れたのか泣き声がおさまってきた。


「あ……わたし……」

「落ち着きましたか?」


 優しく声をかけるが青ざめて怯えた表情をしている。

 先を促すわけにもいかず下を向く彼女の背中をさすり続ける。

 しばらくの間そうしているとポツリと呟いた。


「申し訳ありません……私、お茶に毒を入れてしまったのです……」


 な、なんだってー。お茶に毒だと。

 それは一大事だー。私死んじゃうー。


 まあ別になんともないけど。


「魔法で無効化できるので大丈夫ですよ?」

「え……?」


 毒の話を聞いてからというもの何かを口にした時は自分に治癒魔法をかけているのだ。

 だからなんともないよ?


「でも息を……」

「それも魔法ですね」


 どうやら今回も勘違いさせてしまったようだ。

 三回目ともなると逆に四回目もやってみたくなるな。

 相手からしたらはた迷惑にもほどがあるが。


「じゃあ本当に大丈夫なのですか……?」

「いつも通り美味しいお茶でしたよ」

「あぁ……本当によかった……」


 そう呟いてガクッと気を失った。

 まさか毒で自殺を!?

 いかん! 治癒魔法を……って眠ってるだけだね。

 びっくりさせないでくれよまったく。


 そう思いながらコレットさんを抱えてベッドに移した。

 あれだけ謝っていたということは彼女の意志ではないのだろう。

 とりあえず起きてから経緯を聞こうかな。


 魔法で創り出したお茶を飲みながら彼女が目を覚ますのを私は待った。


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