第18話 王太子

「こちらがレークシア様がお求めの資料です。他にも探しておりますが……正直に申しますとあまりかんばしくないのが現状です」


 目の前に座る辺境伯が申し訳なさそうに言う。

 テーブルの上には本や紙の束が置かれている。

 全て私が頼んだ魂に関する資料だ。


「私一人ではこんなに集められなかったはずです。ありがとうございます」

「頭をお上げください!」


 頭を下げながらお礼を言ったらめっちゃ恐縮された。

 私にとっては喉から手が出るほど欲しい情報なのだ。

 頭の一つや二つ下げるに決まっている。


「では早速読ませていただきます」

「──レークシア様、もう一つお伝えしたいことが……」


 本に手を伸ばさそうとしたら遮られた。

 用があるなら早く言ってくれ!

 私はこれが読みたいんだ!


「なんでしょう?」

「まずは謝罪を。実は勝手ながらレークシア様が当家にいらっしゃることを王にお伝えしておるのです。私の立場上お伝えしない訳にもいかず……誠に申し訳ありません」


 今度は辺境伯が頭を下げる。

 私に断りもなく伝えたのはどうかと思うけど立場上仕方ないというのはわかるので別にいい。

 それにどうやら各地に王と繋がっている者はいるので早晩そうばん伝わっていたとのことだ。


「事情はわかりますし構いません」

寛大かんだいなお言葉ありがとうございます。……そしてこれが本題なのですが、王太子殿下がこちらに参るそうなのです」


 王太子?

 それって王族……いや王太子ということは次期国王が来るってこと?

 なんのために?

 ってどうせ私に会いにくるのだろう。

 建国王は爺さん龍に助けられたというしその子孫としてお礼がしたいとかかな。


「私に会いに来るのですか?」

「そのようです。しかしレークシア様がお会いになりたくなければそれに従うとのことです」


 王族とか貴族とかめんどくさそうだし極力会いたくない。

 というか人に会いたくない。

 でもわざわざ来るんだし会った方がいいのかな……。

 ここはパパんの意見を聞こう。


「お会いした方がいいと思いますか?」

「……王太子殿下を含め王家の方は聡明そうめいです。レークシア様に失礼なことはなさらないでしょう。それにこの資料に関しても王家の協力が得られればさらに集まるはずです。無論お会いしなくとも協力してくださるとは思いますが」


 たしかに王家なら辺境伯より権力があるから魂に関する資料も集まりやすそうではある。

 協力を求めるなら直接会わないのは失礼だよな……。

 だがやはりめんどくさそう。

 とりあえずこの資料に目を通したいから保留で。


「しばらく考えさせてください」

「かしこまりました。では到着するころにまたお伺いいたします」


 辺境伯が部屋から出ていく。

 さあ読むぞー!




「なるほど、わからん」


 軽く目を通したが専門用語とか難しい言い回しが多くてよくわからない。

 なんか魂の重さは21グラムだと書かれたものがあったけど信憑性がないものだった。

 ……それに私が求める魂の消滅に関する記述は見当たらない。


「レークシア様、進捗はいかがですか?」


 ため息を吐こうとしたらアリスさんがやってきた。

 翻訳を頼みたいし手伝ってもらおう。


「わからない単語などがあってかんばしくないです。それにどうやら私が知りたい情報はないようです」

「そうですか……。ですがわからないところに何か書かれているかもしれません。わたくしがお手伝いいたしますわ」

「よろしくお願いします」


 それから何日もの間アリスさんと読み進めたがやはり私の求めるものはなかった。

 ……こうなったら王太子に頼むしかないか。


「あの、ずっとお聞きしたかったのですがよろしいでしょうか?」


 会いたくないなあと考えてたらアリスさんがおずおずと聞いてきた。


「なんでしょうか?」

「レークシア様は魂に関するどのようなことをお知りになりたいのですか? それがわかればわたくしももう少しお力になれるのですが……」


 そういえばまだ言ってなかったか。

 ずっと手伝ってくれていたのに申し訳ない。

 さすがにここまで手詰まりだと言った方がいいか……。


「私は魂を消滅させる方法を探しています」

「魂を消滅……ですか? そういった記述はありませんでしたね」


 何か言われるかと思ったが特に気にした様子もなく自然な受け答えだ。

 今も資料に目を通して探してくれている。

 こんなことなら最初から言った方がよかったのかな。


「……やはり王太子殿下にお会いして頼んでみます」

「そういえばそろそろ到着するころですわね。王都なら大きい図書館もございますし王家の支援があれば今より多くの情報が手に入りますね」


 そうか、王都に行く必要があるのか。

 あまりこの地を離れたくないのだが仕方ないか。

 ……いや、頼めばここまで運んでくれるかな。

 いずれにしても王太子には会わなくてはならないな。


「辺境伯に伝えていただけますか?」

「かしこまりましたわ」


 アリスさんが部屋から出ていった。

 それを機に疲れがどっと体を襲う。


「……はあ」


 溜まっていた息を吐き出す。


 魂を消滅させる方法など本当にあるのだろうか。

 魔法なんてものがあるし人間なら何かしら掴んでそうだと信じてたがこの分だと……。

 こんなことなら星の滅びまで寝て過ごした方がいい……。


 そんなことを考え散らばった資料を片付けることもなく私はベッドに横になった。



 ◇



「レークシア様、起きてください。王太子殿下がお見えになりましたわ」


 どこかから声が聞こえる。

 水の中にいるかのようにくぐもって聞こえるがこの声には聞き覚えがある。


「レークシア様ー、お疲れなのですか?」


 なんだか前にも似たようなやり取りをした気がする。

 たしかあの時は呼吸をしていなくてちょっとした騒ぎになったんだっけ。

 今も呼吸を止めてるがまた心配させたら悪いし普通に息を吸おう。


「あ……ふふ、レークシア様ったら」


 横向きになりスースーと寝息をたてていたら耳元の髪を撫でられた感触がした。

 顔にかかって邪魔だったのでありがたい。

 ……それになんだが気持ちよかった。


 もっと撫でてもらいたくなり寝ぼけながら手を差し出す。

 少し間があったが温かい手が握られる。

 撫でてはくれなかったがこれもいい。

 手の温かさで胸も温かくなった気がする。


「レークシア様かわいい……」


 ──コンコン


「お嬢様、レークシア様のご様子はいかがですか?」

「……いいところでしたのに」


 何か呟いたかと思ったら手が離れて人の気配が消えていった。

 温もりがなくなった手の冷たさを感じているうちに私の目は覚めた。


 ……とりあえず誰か呼ぼう。

 そう思いベッド横の机に置いてある鈴を鳴らす。

 これを使うのは初めてだな。


「失礼いたします」


 セバス、スカーレットさん、コレットさんの使用人組が部屋に入ってきた。

 同時に天蓋付きのベッドから降りカーテンを開けて相対する。


「王太子殿下がお見えになったのですか?」

「はい。今は辺境伯とお会いになっております」

「レークシア様、よろしければお体をお清めいたします」


 澄んだ顔のスカーレットさんが言う。

 何日間眠っていたのかわからないが少し寝汗もかいてるしお風呂には入ったほうがいいか。

 でも一人で入ろう。


「一人で入れるので大丈夫です」

「しかし……」

「かしこまりました。王太子殿下はレークシア様に全面的に合わせるとのことです。どうぞごゆるりとご準備ください」


 スカーレットさんの言葉を遮りセバスがお辞儀をして退出する。

 あとの二人は部屋に待機するみたいだ。

 ……スカーレットさんはどことなく不服そうな感じがする。

 待たせるのも悪いしぱぱっと済まそう。


 部屋にある浴室に行き魔法でお湯を創り湯船を満たす。

 汚れも魔法で綺麗にできるが王子に会うのだからボディソープでしっかりと洗う。

 ……そういえば貴族の女性は香油なんかを塗るのかな。

 もしかしてスカーレットさんが手伝おうとしたのはそのためか。


 今からでも頼んだ方がいいのだろうか。

 いや、今でも十分以上に綺麗だ。

 シミ一つないなめらかな肌だし匂いに関しては結界を纏っているから感じないだろうし。

 うん、大丈夫だ。


 お風呂から上がり振袖に中華風ドレスといういつもの出立ちになる。

 鏡を確認したがやはり女神のようだった。自分で言うのもなんだが。

 最後に黒の目隠しをして完成だ。


「お待たせしました」

「お綺麗ですレークシア様。よろしければ最後におぐしの方をお整えいたします」


 澄んだ顔で再びスカーレットさんが言う。

 気のせいかさっきより前のめりな感じがする。

 どうやら仕事を奪ってしまったようだし頼んでみよう。


「よろしくお願いします」

「かしこまりました。どうぞこちらにお座りください」


 衣装台の椅子に案内され言われた通り座る。

 どんなことをするかと思ったが普通に櫛で梳かすようだ。


「目隠しは外した方がいいですか?」

「……そうしていただけるとやりやすいですがこのままでも大丈夫です」


 ふむ、私の蛇目を見た反応も知りたいし外してみるか。

 そう思い目隠しを外す。


「──怖いですか?」


 鏡越しにスカーレットさんを見つめる。

 彼女は表情があまり動かないが少し動揺しているような気がする。


「怖いなどと……龍神様の名にふさわしい全てを見通すかのような瞳です」


 動揺など感じさせずに普段の澄んだ顔で言う。

 でもそれっぽく言ってるけど結局は怖いってことじゃない?

 疑問に思いつつコレットさんに視線を移したらおどおどした様子で視線を逸らされた。


 ……やっぱり目隠しした方がよさげだ。

 そう結論づけ目を瞑る。

 私の髪は地面をるほど長いのでしばらくかかりそうだし。

 そうしてされるがままにしているとコレットさんが声を発した。


「あの、何か焦げ臭くないですか?」

「……本当ですね。厨房でしょうか?」


 焦げ臭い?

 スカーレットさんも感じるようだが私は結界を張っているからよくわからない。


 ──コンコン


「失礼いたします。レークシア様、街の複数箇所で火事が発生した模様です。おそらく大丈夫でしょうが避難する事態もあり得ますのでご準備の方をお願いいたします」


 少し急いだ様子のセバスが告げる。

 それを聞いてメイドの二人も髪を梳かすのやめた。


 街の様子が気になり窓に視線を移すとたしかに煙が立ち上っている。

 庭の木に目をやると今日は風が強そうなのがわかった。

 これでは飛び火する危険性が高い。

 ……そうだ。


「雨でも降らしましょうか?」

「は?」


 判断を仰ぐためにセバスに聞いたらキョトンとした顔で返される。

 セバスのそんな顔が見れるとは貴重じゃないか。


「そのようなことが可能なのですか?」


 声の方に視線をやるとスカーレットさんが驚いた様子で立っていた。


「はい。ですが勝手にやっていいのでしょうか?」

「……雨が降れば延焼の被害を減らせます。ぜひともお願いいたします」


 セバスに視線で問いかけたらお辞儀をしながらそう言われた。

 万能執事のセバスがいいと言うのだからいいのだろう。


 という訳で部屋のバルコニーに出てありったけの魔力を空に放つ。

 上空に魔力が満ちていくにつれ雷の時のような振動が空気を伝わってくる。

 十分に魔力が行き渡ったと判断し魔法を発動させるべく意識を集中する。


『──雲よ、雨となり地に降らせ』


 魔法の発動とともに空に雲が出現しポタポタと雨が降ってくる。

 それがまたたく間にどしゃ降りとなり街を雨が包み込んだ。

 嵐にしては悪いので風上に結界を配置して風は弱めている。

 これで大丈夫だろう。


「──レークシア様! 何事ですか!?」


 部屋のドアが勢いよく開きアリスさんをはじめとした面々が入ってきた。

 一人知らない人もいる。


「火事が発生したようなので雨を降らせておきました」

「雨を?」


 全員の視線が私の背後に向く。

 やはり勝手にやったのはまずかったかな。


「……ご迷惑でしたか?」

「い、いえそのようなことはございませんわ。ちょっとびっくりしましたが……ねえお父様」

「ええ、凄まじい魔力に驚きましたがおかげで火が広がることはないでしょう。領主としてお礼をいたします」


 辺境伯がお辞儀をする。

 領主がそう言うなら大丈夫そうだ。

 もう避難する必要もないだろう。


「王太子殿下もいらっしゃるようですし良かったです」


 私の言葉に知らない人……銀髪で怜悧れいりな顔つきの人が反応する。

 銀髪は王家特有の色だと聞いたしこの人が王太子なのだろう。


「突然のご訪問お詫びいたします。私はファスティス王国の王太子、ルイス=テニエル・レイ・ファスティスと申します。龍神様にお目通りでき感謝の念に堪えません」


 王太子が一歩前に出て跪きながら挨拶してきた。

 何回もこうなるとさすがに慣れてきてしまった自分がいる。


「はじめまして。私はレークシア・レイラインです。龍神と呼ばれてはおりますがこの国でまつられている龍神様とは別人なのをご留意ください」

「承知しております。しかし先ほどの天にとどろく魔力……天候をも変えるそのお力に触れ今も震えが止まりません。加えて女神と称するべきその美貌、新たな龍神様にまみえる機会をいただいたことにただただ感謝いたします」


 ……なんか今まで以上に平身低頭といった感じだが大丈夫なのだろうか。

 あんたいずれは国の頂点に立つんでしょ。

 いくら龍神とはいえ中身一般人の小娘にかしこまりすぎじゃ……。


 困った視線をアリスさんとパパんに向け助けを求める。


「王太子殿下、レークシア様がお困りのようです」

「ああ……申し訳ありません。あまりの衝撃に我を忘れておりました」


 そうみたいだね。

 とりあえず王太子だけ跪いている空間はおかしいから立ってほしい。


「おっほん。予定と違いましたがひとまずご挨拶は済みました。レークシア様、ここでは手狭なので部屋を変えさせていただきます。ご準備が整いしだいお越しいただけると幸いです」

「わかりました」

「では王太子殿下、こちらへ」

「うむ」


 私とメイド組を残して部屋から退出していく。

 パパんが言うようにひとまず挨拶は済んだ。

 あとは魂に関する資料集めを頼めば終わりだな。


 ……あ、目隠ししてなかった。


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