第17話 街へ

「あの、レークシア様……よろしければ街へお出かけいたしませんか?」


 変な夢を見てから数週間、部屋から一歩も出ずに勉強に明け暮れていたらアリスさんにそんなことを言われた。


「街ですか?」

「ここのところずっと部屋にいらしてばかりですよね? すでに日常会話は問題ないですし一緒に行きませんか?」


 たしかに言葉はもうほとんど覚えたので街へ行ってもいいだろう。

 でもあんな夢を見てしまったからあまり行きたくない。

 それに街に行ってもすることがないのだ。


 そう思い断るためにアリスさんの顔を見ると心配そうな表情でこちらを窺っていた。

 ……まあすることはないけどしないといけないこともないし行ってみるか。


「わかりました。行ってみましょう」

「よかったですわ! それでは支度をしてまいります!」


 パアッと花が咲いたような表情に変わりアリスさんが部屋を出て行った。


 はあ、こんな調子だとまた夢を見そうだ。

 今度はボロクソ言われるのかな。


 …… 女神レークシアに罵倒されるならいいのでは?


 いやなに考えてるんや。自分に罵倒されて興奮する奴があるか。

 そんなバカなことを考え気を紛らわしているとアリスさんの準備が整い出かけることとなった。




「どこに向かうのですか?」

「……すみません、何も考えていませんでしたわ。レークシア様はどこか行きたい場所はありますか?」


 護衛のエルザさんとセバスが居る馬車内でアリスさんに話しかける。

 てっきり行きたいところがあるから誘われたのかと思ってたよ。

 こっちは欲しいものもないしこの街に何があるのかわからないから任せよう。


「特にはありません。アリス様にお任せします」

「責任重大ですわね……」


 そう呟いてしばし考え込んでいる。

 その様子を傍に窓に流れる街の景色を眺める。

 人間はエルフとドワーフのハーフらしいが街をいく人たちを見ると前世となんら変わらない。


「僭越ながら申し上げます。レークシア様はあまりお召し物をお持ちでないようですので服飾店に参るのはどうでしょう?」

「そうですわね。邸に呼ぶより品揃えも豊富ですし実物があった方がご趣味に合うものが見つかりそうですね。ひとまずそこへ参りましょう」


 セバスの提案にアリスさんが乗っかる。

 まあたしかにずっと同じ格好だもんな。ちゃんと魔法で綺麗にしてるけど。

 でも服なら創り出せるからいらないんだよなあ。

 ぶっちゃけ服以外の品も魔力のゴリ押しで創り出せるから買う必要はない。

 ……スマホは創れないけど。


「服なら魔法で創れるので大丈夫ですよ」

「そうおっしゃらずにぜひともプレゼントさせてください。助けてくださったお礼も兼ねてますので」


 お礼ならこの前たっぷりと貰いましたよ。

 辺境伯から狼の代金を貰ったときに妻と娘を救っていただいたからとかなりの額を上乗せされたのだ。

 断ろうにもでっかい袋にひとまとめにされてたので取り出すこともできずにそのまま受け取らされた。

 マジで欲しいものもないから使いきれる気がしない。どうしよう。


「では代金は自分で払います」

「……わたくしからのプレゼントは受け取って貰えませんか?」


 く、ウルウルした瞳でそんなことを言うな! 断れないだろうが!


「……お言葉に甘えます」

「嬉しいですわ!」


 パッと表情が切り替わり笑顔になる。

 なんかいいように弄ばれている気がする。

 勉強にもずっと付き合ってもらったので私の扱い方に慣れたのだろうか。


 やっぱり夢でボロクソ言われそうだなあと思いながら馬車に揺られた。


「着きましたわ。フェブルス家で贔屓にしているお店です。きっとレークシア様のお気に召すものがありますわ」


 ガラスのショーケースにスーツとドレスを着たマネキンがいる。

 店内に入ると落ち着いた雰囲気でゆっくりとできそうだった。


「これはこれはアリス様、いらっしゃいませ。わざわざ当店にまで足を運んでくださるとは何かお急ぎですかな?」

「ご無沙汰しておりますわ。今日はこのお方の衣服をお願いしたく参りましたの。奥様はいらっしゃって?」

「かしこまりました。ただいま呼んで参りますのでそちらにお掛けしてお待ちください」


 綺麗なスーツに身を包んだ店主がお辞儀をして裏へと引っ込んでいった。

 店内を見回すと紳士服や婦人服など色々ある。

 でも壁にはズラッと生地が並んでいるのでオーダーメイドが主流の店なのだろう。

 さすが貴族ご用達の店だ。


「まあアリス様、呼んでくださればいつでも参りますのに」

「いつも助かっていますわ。今日はこのお方の衣服をお願いしたいのですが実物があった方が選びやすいと思いましたの」

「……これは失礼をいたしました。私のデザイナー人生にかけて最高の品に仕上げてみせます」


 さほど時間がかからず奥様が来たと思ったらアリスさんと近い距離感で話しだした。

 と思ったら急に畏まった態度になった。

 私のことを見てそうなったってことは私が原因よね。

 ここでも畏まられるのか……。


「よろしくお願いしますわ」

「ではまず採寸をさせていただきます」


 奥様の案内で試着室に通される。

 私の目隠しが原因で手を繋がれて先導されそうになったりしたけど。

 まあこんな格好をしている私が悪い。

 これがないと蛇目を晒すことになるから外す気はないが。


 そんなことを考えていたら奥様がメジャーを手に採寸を開始した。

 裸になった方がいいのかと思ったけど大丈夫なのかな。

 ……まあ相手はプロだし任せるか。


 採寸が終わり試着室を出るとアリスさんと店主が談義していた。


「最近はこちらの品が流行りでございます。北部と南部の特色を合わせたようなデザインのため中央では一番人気ですね」

「たしかにいい品ですわね。政治的に考えたらレークシア様にはこのデザインがいいのかしら……」


 二人が眺めているのは昔の貴族が着てそうなドレスだった。

 しかしあまりダボついておらず現代風なアレンジがなされたいる。

 これならいくぶんか動きやすそうだがこんなのを着るとしたらパーティーぐらいだろう。

 そんなとこ行きたくないわな。

 そう思っていると奥様がアリスさんに話しかけた。


「アリス様、採寸の方は終わりました」

「ご苦労様ですわ。レークシア様もお疲れ様です。早速ですがこちらのドレスはいかがですか?」

「えー、まあいいと思います……」

「ではこちらの品はどうですか?」


 私の反応がよろしくないのかその後も色々なドレスを出してくる。

 なんでも国の南部の方ではふんわりとした華やかなドレスが主流で、フェブルス領がある北部ではさっぱりとした動きやすいドレスが人気らしい。

 現代人の感覚からすれば北部のドレスの方がいいけどなんでドレスを買うことになっているんだ。


「お嬢様、今レークシア様がお召しになられているデザインでドレスを作られてはいかがでしょう?」

「それはいいですわ! レークシア様らしいですし他の貴族に何か言われる筋合いもないですわね」


 またしてもセバスの提案にアリスさんが乗っかる。

 だからなんでドレスを作ることになるんだ。

 普段着的なものを買いに来たのではないのか。

 そうツッコミたかったが奥様も乗り気になってしまったのでしぶしぶ作ることに……。


「ありがとうございました」

「仮縫いができましたら館の方へ参ります」


 店主と奥様に見送られて店をあとにする。

 結局どれくらい居たのだろうか。

 アリスさんと奥様が盛り上がって紙に色々なデザイン案を書いていったので時間がかかった。

 最後には何着も作ろうとしていたので丁重にお断りして一着だけにしてもらったけど。

 生地合わせなんかもしたから疲れたよ。

 ほとんどは二人があーだこーだ言ってるだけだったが……。


「レークシア様もお疲れのようですしお茶にいたしましょう」

「いつもの店に使いを出しております。ごゆっくりいただけるかと」


 セバスが御者に指示を出す。

 行きつけのカフェに向かうみたいだ。

 大通りを外れた道に入っていき少し入り組んだ道を進む。

 奥に行くにつれ木造の家が多くなってきた。


「北部は木材が豊富に採れるのでこういった家が多いのですわ。大通りなどは見栄えのために石造りの家が建ち並んでおりますが」


 不思議そうに眺めていたらアリスさんが説明してくれた。

 北部領は木や植物の成長が早く林業や木材産業が盛んらしい。

 その代わり通常の穀物は育ちづらいためそのほとんどを南部や南の国から仕入れてきてるとのことだ。


 食料を握られていて大丈夫かと思ったが北部は薬草の産地という重要な役割があるので心配ないそうだ。

 仮に南部と揉めても王領でも食料、薬草、塩の全てを生産しているため調整役として機能してくれるみたい。

 この国では貴族間のパワーバランスをとるのが王の大事な役目だそうだ。


 そんな説明を受けていると目的地であるカフェに着いた。

 木造の落ち着いた雰囲気の外観だ。

 店内も木目調で心が和らぐ感じがする。


「いらっしゃいませ。個室の準備ができております。奥の部屋へどうぞ」


 使いを出していたためかスムーズに個室に通される。

 家具も木を使ったもので温かみのある部屋だ。


「やはりこの店は落ち着きますわ。レークシア様は邸とどちらがお好みですか?」

「こちらの方は懐かしみがありますね。逆に言えばあちらは新鮮です」


 思った通りに答える。

 たぶん日本人のほとんどは同じ答えになりそうだ。


 雑談をしているとアリスさんおすすめの品が届く。

 どんな飲み物かわからなかったがコーヒーのような味だった。

 でも苦味はそこそこでチョコのような風味も感じられる飲み物だ。

 コーヒーは苦手だったがこれなら飲める。


「お口に合いますか?」

「美味しいです」


 気づくとカップの半分以上がなくなっていた。

 それに気づいたアリスさんがおかわりを頼んでくれる。

 二杯目は砂糖やミルクをいれて甘くして飲んだ。


「そうですわ。森の魔物の件ですが報告がありました。巧妙に隠されてたそうですが人がいた痕跡があったそうです」


 私の父……ゼルテスさんの報告をもとに探索したら痕跡が見つかったらしい。

 辺境伯をはじめとした重鎮はお隣の帝国か教会……ヒューマノ神聖教国の仕業だろうと当たりをつけているそうだ。


「帝国ですか?」

「東にある大河を挟んで帝国がありますの。かの国は海に面していないので塩を得るために我が国に侵略しようとしているのです」


 今は岩塩が豊富に採れるため小競り合い程度で済んでいるが近い将来に大規模な戦争が起こると踏んでいるとのことだ。

 普通に交易できないのか聞いたら今の皇帝は好戦派なため難しいと言われた。

 でも帝国は色々な部族や小国が併合された国で一枚岩ではないらしい。


「戦争にならないといいですね」

「そうですわね……」


 それくらいしか言えることはない。

 そりゃこの力があれば国の一つや二つ簡単に消せるだろうがそんな大虐殺をする気はない。

 母やあの子のために村を守るくらいはするがそれ以上はしないと思う。

 あまり人と関わりたくないし。


 そんなことを思いながらチョココーヒーを飲んでいるとアリスさんがおずおずと話しかけてきた。


「……あの、レークシア様はアポロンのことが好きなのですか?」

「ごほっごほ」


 いきなりなんだその質問は! 意味がわからぬ。

 ってまさかあの少年お風呂でのことを言ったのか!? 言ってしまったのか!?


「変なことを聞いてしまい申し訳ありません。アポロンは否定しておりましたがちょっと気になったもので……」


 つまりアポロン君は口を割っていないのか? どうなんだ?

 ……うーむ、あとで問い詰めなくてはならないな。

 と、それより返事だ。ここは断言しておいた方が良さそうだな。


「以前にも言った通り弟のような感じです。異性としては見ておりません。それに私は恋人や伴侶を得る気はありません」

「……申し訳ありません。差し出がましいことを申しました」


 実際そうした相手をつくる気はないのでキッパリとした口調で言う。

 アリスさんもまずいことを聞いたと思ったのか畏まって返してきた。

 戦争のこともそうだけど深入りしすぎて兵器のように扱われたらたまったものではない。

 距離感は保っておきたいのが心情だ。


「一息つけましたしそろそろ行きませんか?」

「そ、そうですわね」


 空気を悪くしてしまったのでそろそろお暇しよう。

 お代を出そうとしたけどすでにセバスが払っていると言われてしまい結局今日は一銭も払うことはなかった。

 あのお金いつ使えばいいんだ……?


「お嬢様、せっかくでございますし最後に龍神寺にお参りしてはいかがでしょう?」

「龍神寺……そうですわね。……いえやはりやめたほうが」


 場の空気をよくするためかセバスがまた提案をする。

 アリスさんも助かったといった感じだったが今回は乗り気じゃないようだ。


「私は構いませんよ?」

「よいのですか?」

「はい、興味もありますし」


 何を心配しているのかと思ったがあれか。

 私が爺さん龍のことを崇めていないと言ったのを気にしているのかな。

 あとは私のことも龍神として遇しているのもあるか。

 いずれにしろ龍神寺が気になるのは事実だし行ってみたい。


 そうして着いたのは木で建てられた厳かな感じの建物だった。


「ここが龍神寺ですわ」

「……寺ですね」


 うん、寺だわ。

 まあところどころ日本の寺とは違うけど大体一緒だ。

 聞くところによると宗教みたいな戒律もなく本当にただただ日々の感謝を捧げる場所のようだ。

 いちおう冠婚葬祭を行うのが寺で、それ以外はやしろと呼ぶらしい。


 お堂の中に入るとでっかい木彫りのドラゴンが鎮座していた。


「龍神様をかたどった像ですわ。一本の木を彫ったものでこれだけの大きさはそうそうありませんわ」


 これだけの太さの木だと樹齢何年なのだろう。

 軽く千年はいきそうだ。

 ……しかしこの雰囲気といい懐かしいな。


 前世を思い出していたら自然と神社のお参りの仕草をしていた。

 二礼二拍手一礼。


 ──願い事は決まっている。


 しばし手を合わせて願う。

 前世も含めてこんなに強く願ったことはないだろう。

 最後の一礼を終えて振り返るとアリスさんたちがこちらを見ていた。

 ……なんか恥ずかしいな。


「すみません……作法が違いますよね」

「とても美しい所作でしたわ。お参りの仕方も決まっておりませんのでみな自由にしてますの」


 そう言ってアリスさんが私と同じ動作でお参りをする。

 それに倣ってセバスとエルザさんも続いた。

 なんともいえない気持ちになりながら寺を見て回ることに。

 異世界の寺でも清浄な雰囲気は変わらないな。


「──レシア! もう帰るわよ!」

「あ、お母さんだ! じゃあ先に帰るね! また明日!」


 私を呼んだのかと声の方を見たら母親と子どもが手を繋いで帰るところだった。

 どうやら寺に併設された広場でたくさんの子どもが遊んでいるみたいだ。

 でももう夕方なので親が迎えにくる子どもが多い。

 子を呼ぶ親の声が響くたびに広場は寂しくなっていく。

 ……あの子は帰らないのかな。


 最後の子はなかなか迎えが来ないのか一人地面に絵を描いている。

 声をかける勇気はないが何かあってはとそれとなく見守る。

 しばらくするとその子に近づいていく女性が現れた。


「なに描いてるの?」

「お母さん!」


 子どもが顔をあげ嬉しそうな声をあげる。

 その感情をあらわすかのようにその子は母親に抱きついた。


「ふふ、もう遅いから帰るわよ」

「うん!」


 親子が楽しそうに話しながら帰っていく。仲良く手を繋いで。


「家か……」


 静かになった広場でぽつりと呟く。

 ……私には帰る場所はあるのだろうか。


「みんな無事に帰りましたわね。わたくしたちも帰りましょうか」


 振り返るとアリスさんが微笑みながら立っていた。


「……そうですね」


 ──私の家ではないけど。


 帰りの馬車の中からも帰宅途中であろう人たちがたくさん見えた。

 家でも買おうかなと思いながらその日はベッドに丸くなった。


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