第15話 夢

「アポロン君は読むのも教えるのも上手ですね」

「ソ、ソンナコトナイデス」


 うんそうだね。

 めっちゃ棒読みだもんね。

 でもわからないところは教えてくれるしご褒美に頭を撫でてあげようではないか。うりうり。


 私の膝の上に乗っているアポロン君を撫で回す。

 あのあとアポロン君を部屋に誘拐して簡単な絵本を読んでもらうことにした。

 フリーズから再起動するのに手間取ったが今はおとなしくしている。


 ……今ごろアリスさん達は一家団欒を楽しんでいるのかな。


「アポロン君は家族は好きですか?」

「家族ですか? もちろん好きですよ」


 おおう、まっすぐな返答だね。

 あまりに純真だからお姉さんには直視できないよ。


「どんなところが好きですか?」

「父上も母上もユーノ母様もアリス姉様もみんな優しくて好きです。厳しいところもありますが次期領主として向き合ってくれている証なのでそういうところも好きです」


 ぐはっ!

 なんて良い子なんだこの子は。

 私の心にダメージが入ってしまう。


「お母様が二人で仲は悪くならないのですか?」

「そういう家もありますが我が家は大丈夫です。ユーノ母様と母上はもともと仲が良かったので」


 ユーノさんは隣の領を治める貴族の娘さんで、アポロンママんことヴァネッサさんはユーノさんの護衛をしていたらしい。

 ヴァネッサさんは冒険者あがりだがかなり優秀らしく頼りにされていたようだ。

 というか冒険者も実在するの?


「冒険者ですか?」

「冒険者は魔物が蔓延はびこる領域を探索する者のことです。母上たちの出身地である隣の領地は冒険者が多くいます。フェブルス領は国境に接するため武力を持つ者は制限されていますが」


 冒険者は基本的に誰でもなれるのに加えて一攫千金のチャンスがあるため国中の若者が挑戦するらしい。

 国境があるフェブルス領では有事の際に冒険者に暴れられたら困るため立ち入りを制限しているそうだが。

 あとスパイを警戒してるのもあるみたい。


「大きくなったら大変な領地を治めるのですね」

「そうですね……立派な領主になれるようがんばります」

「じゃあ応援しますね」


 頑張り屋さんはもっと撫でてあげよう。うりうり。


「レークシア様はご家族はいらっしゃらないのですか?」


 撫でていた手が止まる。

 またしても答えづらい質問をしてきたな……。


「いるにはいますね。でも私のことは知らないでしょう」

「え?」

「家族といえば先ほどユーノ様を魔法で癒しておきました。完治してるはずですのでよければあとでお見舞いに行ってあげてください」

「え!? ありがとうございます! みんな心配していたので嬉しいです」


 よし、話を逸らすのに成功したな。

 今回も私の勝ちだ。


 ──コンコン


「レークシア様いらっしゃいますか? アリスです」


 まずい! アポロン君をおもちゃにしているのがバレる!


「少しお待ちを……どうぞ」

「失礼いたします。……アポロン?」


 アポロン君を膝からおろして部屋に通す。

 いいか少年、なにも言うんじゃないぞ。わかったらそこでフリーズしていなさい。


「姉上、ユーノ母様の件はご存知ですか?」

「ええ、その場に居ましたがレークシア様が一瞬で治してくださいました。今ヴァネッサ様とお会いになっていますから訪ねてみては?」


 アポロン君が私を見る。

 下手なことを言う前に行ってしまいなさい。ゴー。

 そんな意味を込めて頷いておく。


「では失礼いたします」


 アポロン君がお辞儀をする。

 いってらっしゃーい。もう変なお姉さんに捕まるんじゃないよー。

 なんとなく手を振ってあげたら顔を少し赤くして出ていった。

 かわいい反応をするじゃないか。また捕まえよう。


「……アポロンと仲良くなったのですか?」

「え!? そうですね……おもし、弟みたいな感じですかね」


 危ない危ない。

 いくら面白いからといっても裸の付き合いまでしたのがバレたらどうなることやら。


「なにか失礼はございませんでしたか?」

「大丈夫ですよ。今も絵本を読んでもらって字を教えてくれました。それよりユーノ様の方はよろしいのですか?」

「おかげさまで快調のようですが今日は大事をとって休むそうです。ですのでアポロンに代わって私がお教えいたしますわ」


 キリッとアリスさんが戻ってきた。

 どことなくムッとしているというか、さっきより気合が入っている気がする。

 もしかしてアポロン君に対抗心でも燃やしているのかな。

 まあ教えてくれるのはありがたいしお勉強を始めよう。


「よろしくお願いします」


 唸れ私の脳! 龍の威厳を見せつけてやる!




「ふう、今日はここまでにいたしましょう」

「ありがとうございました」

「いえいえ、レークシア様は覚えがいいのでこちらも楽ですわ」


 ふっふ、そりゃそうだろう。なんせ魔法で脳をフル回転させているからね。

 まあ前から使っている魔法なのだが。

 こうすることで複数の魔法を同時に発動できる優れものです。


「失礼いたします、ハーブティーでございます」

「あ、ありがとうございます……え!?」

「どうかなさいましたか?」


 一体いつから居たんだセバス!?

 なんの気配もしなかったぞ!


「いつからそこに……?」

「ずっと控えておりましたが?」


 ずっと?

 まさかアポロン君を拉致って絵本を読ませていたのも見ていたのか?

 どうしよう、怖くて聞けないんですけど……。


「そろそろ夕食の時間ですね。わたくしは失礼いたしますがよろしいですか?」

「あ、はい。大丈夫です」

「ではお先に失礼いたします。あとのことは頼みますねセバス」

「はっ」


 アリスさんが教材などを持って出て行った。

 部屋には私とセバスの二人っきりだ。気まずい。

 嫌な汗が流れるなかお茶をいただく。

 ここはもういいから出て行ってもらおうかな。そうしよう。


「セバス様、私のことはいいですからどうぞお休みになってください。ずっと控えているのは大変でしょう?」

「どうぞセバスとお呼びください。……ではお言葉に甘えて少しお休みをいただきます。ですがその前にメイド候補を連れて参ってもよろしいでしょうか?」

「構いませんが……そもそも私の世話をする必要はないですよ? 食事も摂りませんし服も魔法で用意できますから」


 部屋の掃除やベッドメイキングぐらいしか使用人の仕事はないだろう。

 それだって魔法でできるから必要不可欠というわけではないし。

 なにより人に見られるのは好きじゃない。


「確かにそのようですがお客人のお世話をしない訳にはまいりません。フェブルス辺境伯の名に傷がついてしまいます」

「そうですか……」


 貴族って面倒だな。

 まあ面子というのが大事なのはわかるけど息苦しいものは変わらない。

 そんな私の様子を見抜いたのかセバスが提案をしてきた。


「わたくしどもがお邪魔でしたら部屋の外で控えております。どうかそれでご納得いただきたく」

「わかりました。そうしていただけるとこちらも気が楽です」


 セバスが綺麗に腰を折って言う。

 それくらいの距離感がお互いちょうどいいだろう。


 そうしてセバスが部屋をあとにしてしばらく、何人かのメイドさんを連れてきた。


「この者たちが候補になります。お手数ですが言葉が交わせるか確認をお願いいたします」


 目の前に並んだメイドさんたちが一人ずつ自己紹介していく。


「──このお二人の言葉は伝わります」

「コレットとスカーレットですね。ではこの者たちに交代して控えさせます。ご用の際はベルを鳴らしてください」

「わかりました。お二人ともよろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いたします」

「龍神様にお仕えできることを光栄に思います。どうぞお気兼ねなくお声がけくださいませ」


 コレットさんは若干おどおどしているがスカーレットさんは綺麗なお辞儀を返してくれた。

 貴族に仕えるだけあってか二人とも綺麗だ。

 ……まあそんなに長い付き合いにはならないだろうしテキトーに覚えておこう。


 頷いてそれとなく退出するよう促す。

 仕事柄かこちらの意図をきちんと汲みとって部屋から出ていってくれた。


「……はあ、疲れた」


 一人になってホッと息を吐く。

 勉強で頭を使ったからか肉体的にも疲れた。

 お風呂に入ってスッキリしたいけど面倒だ。

 今日はもうやることもないし休もう。


 そう思いベッドに滑り込み丸くなった。



 ◇



 ──あれ? ここはどこだ?


 いつの間にか真っ黒い空間に私はいた。

 横たわっていたはずのベッドもなにも無い。

 ただただ黒い景色が続いている。

 光源がないのかと思ったが私の姿ははっきりと見えている不思議空間だ。


 ──あ、夢か


『ごきげんよう、わたし』


 夢だと気づいたとたん少女のようなあどけなさを残した綺麗な声が聞こえた。

 どこから聞こえたのかと周りを見渡すと目の前に女神……レークシアがいた。

 私ってこんな神々しいんだ……。


「ごきげんよう、わたし」


 若干驚きつつも同じ言葉を返す。

 私もレークシアだし。


『私らしい返しですね。鏡のつもりですか?』

「私らしい返しですね。鏡のつもりですか?」

『真似しないでください』

「真似しないでください」


 ふ、先に喋り出したお前の負けだ偽物め。

 潔く降参するがよい……あ、今度は動きで勝負か、負けないぞ。


 目の前のレークシアが手を振ったりステップを踏んだりするので私も真似をする。

 最初は簡単な動きだったが徐々に複雑な動きになってきた。

 く、ずるいぞ! 私はお前の動きを覚えなきゃなんだ! こんなの後攻が不利じゃん!

 ってそんなキモい動きをその姿でするな! 神々しさが失われる!


『どうやら私の勝ちですね』

「あんな動きをする方が負けだと思います」

『……』


 ふ、やはり私の勝ちだな。

 お前は試合には勝ったのだろうが勝負には負けたんだよ。

 さあ、潔く負けを認めるがよい。


「それで、なんのご用ですか?」


 お互い表情はあまり動かないがどことなくドヤ感やぐぬぬ感がわかる。

 可哀想だしこのくらいにしておこう。

 それに明晰夢なんて初めての経験だし自分が夢に出てくるのも同様だ。

 たぶん何か意味があるのではないかと思う。

 ……というかなんで私は夢で小学生みたいなことをしてるんだろう。

 こんなしょうもない事をやり出す時点で私の負けじゃん。悲しくなってきたわ。


 自身の馬鹿さ加減に打ちのめされていると神々しさを取り戻したレークシアが話しかけてきた。


『── わたしは幸せですか?』

「……」


 急なシリアスな質問に言い淀んでしまう。

 先ほどまでのおちゃらけた雰囲気はもう無い。

 それは自分がよくわかる。


『── わたしは幸せですか?』

「……どうでしょうね。幸せといえば幸せですね。私たちの夢が叶うかもしれないのですから」


 再度問いかけてきた質問に答える。

 魂を消し去るという望みが叶えられるかもしれないのだ。

 それが幸せじゃなかったらわたしに顔向けできない。


『──随分と楽しそうですが?』

「そう見えますか? たしかに楽しんでいる部分はありますが……」


 私だってこんな願いを持つ前は異世界に転生して悠々自適に暮らしたいと思った事はある。

 だから魔法がある世界に転生して浮かれていないわけではない。

 でも転生なんて事実があるとわかった以上わたしの望みを叶えたい。


『──あんなに仲良くなって迷いは生じませんか?』


 レークシアが不安とも悲しみともとれる表情をする。

 私たちが本当に知りたいのはこれなのだろう。

 よくあるでしょう? 生きづらかった人が恋人とかを得て幸せになる話。


「安心してください。私には家族も恋人も、大切な人もつくる気はありません。だからわたしの願いに迷いは生じない」


 決意を固めるよう私はわたしに言った。


『……でも心の底ではそれを望んでいるでしょう?』


 今まで気づかないふりをしていた事実を突きつけられる。

 アポロン君をおもちゃにしているのも結局はそれ……愛情の裏返しのようなものなのだろう。

 父に抱きついて泣いてたのだってそうだ。

 口ではそんなものはいらないと言っても心ではそれを望んでいる。


「あまり見ないようにしているのですけどね」


 そう言いながら視線を外して右手で左腕を掴む。

 必要以上に人と仲良くならないよう距離をとっているつもりなのだ。

 だから人に関わるものはあまり触れないようにしている。

 たぶん以前の私ならもう少し街や人に目を向けていたはずだ。


『──向こうから来るから?』


 それもあるだろう。

 アリスさんに泣きつかれたのには驚いた。

 いつの間にそんな心配されるような仲になったのだろうか。

 私たちの足枷にならないで欲しいものだ。


 そう思いながらわたしを見ると私と同じように目線を下に向け右手で左腕を掴んでいる姿があった。


 鏡のようなその姿を見た途端、私は彼女わたしを抱きしめずにはいられなかった。


「大丈夫ですよ。私はあなたわたしを見捨てません」

『……そうならないといいですね』


 お互い抱きしめあい目を瞑る。


 次に目を開けた時には私はベッドにいた。


「……お風呂に入ろう」


 そう呟いて部屋に備え付けられている浴室に一人で向かった。


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