第13話 性癖歪ませお姉さん
ああ、気持ちいい……。
やっぱり風呂は命の洗濯だね。
銭湯のような軽く泳げそうな広さの浴槽に浸かりリラックスする。
あのあと魔法でお庭を直してあげたりしながら滞在する部屋に案内された。
本当は離れに案内したかったようだが現在改修中のためしばらくは本館で過ごすことになった。
部屋にも湯船はあったがこちらも自由に使っていいそうだ。
使用人用は別にあるし、フェブルス一家以外はここを使うことはないという。
今は真夜中なのでアリスさんたちも来ない。
だから目隠しも外してすっぽんぽんでお風呂を満喫している。
「はあ、疲れた」
やはり人と会うのは疲れる。
しかも相手が貴族だとなおさらだ。
いくら私の方が立場が上といっても慣れてないからなあ。
どうやら夕食も豪勢に振る舞うつもりだったようだが固辞させてもらった。
会話どころか食事マナーにも気遣いながらなんてやってられない。きっと味もよくわからないだろう。
……それになにかを食べる気にならないのだ。
生まれてこのかた緊張状態が続いているし、食べ物を口にすると自分の中の何かが変わってしまうような気がする。
まあ精神的なものだろうけど。
だから食事に関しては必要がないことを念押ししておいた。
もしすでに作っているようなら使用人の皆さんに振る舞うようにもお願いした。もったいないですし。
「あー、死にたい」
もはや空虚と成り果てたその言葉を口にする。
前世でもただの口癖となっていた部分はある。
さすがに人前で言うのはまずいと思ったので眠いとかに言い換えてたけど。
おかげで寝起きの第一声が眠いになってしまったが……。
ぼーっとしていると体の力が抜けていきそのまま頭がお湯に浸かってしまった。
魔法があることをいいことに肺の空気を全て吐き出し沈んでいく。
きっと髪が広がっているが結界があるので汚れもダメージも気にしなくていい。
湖の冷たい水は破滅的な感じがしたがお風呂のお湯も悪くない。
そうして飽きるまで水面を眺めていたとき──
「大丈夫ですか!?」
バシャバシャと誰かが浴槽に入ってきた。
小さな手が私の体を持ち上げようと必死に動く。
いい気分だったので体にうまく力が入らない。
それでもなんとか起き上がってその人物を見る。
「……アポロン君?」
必死の形相をしたアポロン君が私を見ていた。
「レークシア様! 大丈夫ですか!?」
「あ、はい。大丈夫です」
寝ぼけ眼で答える。
私の声を聞いて安心したのか安堵の顔に変わった。
「特訓から帰ってきたところですが驚きました。髪が浴槽いっぱいに広がっているのでお化けかと思いましたよ……」
失礼な、誰がお化けだ。
そう思ったが浴槽に広がる髪を見てこりゃそう思うわなと考えを改めた。
謝るためにアポロン君を見ると少し汚れていることに気づく。
こんな夜更けに特訓帰りって大丈夫なの?
「驚かしてごめんなさい。でも私は窒息しないので平気ですよ?」
「え? そうなのですか?」
「はい」
頷きながら返事をすると美少年のパチクリとした顔が目に映った。
「……申し訳ありませんでした。どうやらお邪魔してしまったようですね……ってなんで裸なんですか!?」
アポロン君が顔を両手で覆う。
そりゃお風呂は裸で入るものでしょう。何を言ってるんだ。
それに君も裸じゃないか。
目の前にぶら下がる小さいアポロンくんを見ながら答える。
「この時間なら一人だと思ったもので。それに君も裸ですよ?」
「え、あ! すすすすみません!」
早口になりながら顔を覆っていた手でポロンしていたアポロンくんをアポロン君が隠した。
両手で覆っていたのを両手で隠したら目を覆うものがなくなるでしょうに。
「私の裸……見たいのですか?」
「ち、違うんです! 誤解です!」
自分の過ちに気づいたのか片手で目を覆い、片手でアポロンくんを隠した。
やばい、愉悦の香りがする。
「……一緒に入りますか?」
「え!? いえこれで失礼します!」
そう言いながらアポロン君が浴槽を上がろうとする。
すかさず無駄に魔法を使ってアポロン君の背中に抱きつき耳元で囁いた。
「驚かせてしまったお詫びに体を洗ってあげますよ?」
「え……あ……」
おっぱいを押し付けてるせいかアポロン君がフリーズした。
大丈夫、安心して。私はただの性癖歪ませお姉さんだよ。
「はい体を洗いましょうね」
「え……あ……」
顔真っ赤にしたアポロン君草。
これが愉悦かあ……。
「じゃあ頭からお湯をかけるね」
力が抜けたのか座り込んでいるアポロン君の頭上に魔法でシャワーのお湯を出す。
浴槽の中で洗うのはどうかと思ったがあとで魔法で綺麗にすれば問題ないでしょう。
両手はまだ隠すために塞がっているようなので耳に人差し指を入れて水が入らないようにしてあげた。
「え……あ……」
なんかアポロン君の頭から湯気が出ている気がする。
まあお湯をかけてるからかな。きっとそうだ。
「まずは髪を洗おっか」
無駄に魔力を使いシャンプーを創り出す。
優しく頭を撫でるようにして泡泡にする。
十分に汚れを浮かせたあとお湯で流してあげた。
「げほっげほ」
「あ、ごめんね。息を止めるよう言わなきゃだったね」
「い、いえ……それよりもう上がります!」
「まだ体を洗ってないよ?」
立ち上がって逃げようとするアポロン君に再び抱きつく。
そのままボディソープを創り出し胸やお腹を洗ってあげる。
「あ……あたって……」
うーん? なにがあたってるんだろうねぇ?
もっと押し付けちゃおうかなぁ?
……でも残念、次は背中を洗おうね。
体を離し背中を撫で撫でして汚れを落としていく。
脇に手を入れたら「ひゃ……」と声をあげた。
やばい、めっちゃ楽しい。
純真な少年を弄ぶのおもしろ。
内心めっちゃニヤつきながら
「──まだ洗ってないところがあるね?」
「こ、ここは自分で洗います!」
そう言って背中を向けて下を洗い出した。
必死そうに洗ってて草。
洗い終わったタイミングで再び抱きつき耳元で囁く。
「綺麗になったしこのまま温まろっか」
「え……あ……」
再度フリーズしたアポロン君を抱いたままお湯に浸かる。
「ほら、もう目隠しはしなくていいんだよ?」
優しく手をとって目隠しをやめさせようとする。
ガチガチに固まっていたが耳に息を吹きかけたら手が動いてワロタ。
「あ……泡泡だ……」
かなり泡立たせたので泡風呂状態になっているのだ。
これならお湯の中は見えないので大丈夫だろう。
「こんな時間まで特訓していたのですか?」
「……はい。昼間の興奮を抑えきれなくて」
「頑張るのはいいことですがちゃんと寝ないと体が大きくならないですよ」
なんとなく頭を撫で撫でしてあげたらまた固まりだした。
早く再起動しなさいアポロン君。
「ア、アノ……レークシア様の瞳……綺麗です」
あれ? バグったか?
いきなり何を言ってるんだこの子は?
そう思ったが私の瞳はいま蛇目みたいになっているのを思い出す。
「怖くないですか? これからは隠すつもりなのですが」
「たしかに人と違って怖いかもしれません。でも僕は綺麗だと思います」
お、おう。これはあれか?
わたし口説かれているのか?
この歳でこんなセリフを言えるなんて将来が心配だ。
ここは大人の私が導いてあげなければ。
「じゃあ二人きりの時は目隠しを外してあげましょうか?」
「え……あ……」
耳元で囁いたらまたフリーズした。アポロン君は耳が弱いようだ。
再起動を促すために吐息を吐いたりしたらビクビクなってマジでおもろい。
「熱くないですか?」
「あ……熱いです」
後ろから顔を覗き込んだら真っ赤っ赤になってた。
なんでだろうなあ?
お湯の温度はそんなに高くないのになあ?
「少し温度を下げるね」
魔法でお湯の温度を下げる。たぶん効果はないけど。
そうして抱きついたままゆらゆら揺れているとアポロン君が声を発した。
「昼間の質問……もう一度してもいいですか?」
「質問?」
何かあったっけと疑問に思っているとアポロン君が続きを話す。
「魂についてです」
今その話をしますか……。
というかなんでまた聞いてくるんだ。
私に負けたのがそんなに悔しいのか。
「知りたいのですか?」
「……その、不安なんです」
「不安?」
「僕、街に出かけるのが好きで色々な人と話をするんです。その中に行商人の兄ちゃんが居るのですが、この前会ったらひどい怪我をしててあいつらを殺してやる、魂まで消し去ってやるって言ってたんです」
アポロン君の話によるとその行商人の人は盗賊に襲われて最愛の奥さんを亡くしたようだ。
幸い本人は助かったが以前の人当たりのいい性格は様変わりしてしまったらしい。
何か手助けしようとしたがその人は
「そうですか……」
「だからレークシア様のことが心配なんです」
「……お気持ちは嬉しいですが大丈夫ですよ」
──私は自身の魂を消したいだけですから。
気づいた時にはその言葉を呟いていた。
まずいと思い誤魔化すためにアポロン君の肩に顎を置き顔をすりすりする。
表情はわからないが「え?」という声が聞こえた。
ちっ、フリーズしないか。
追求される前に逃げよう。そうしよう。
「先に上がりますね。ゆっくり温まってください」
少年よ、ここは君の勝ちだ。
魔法でお湯を綺麗にしてから私はお風呂場を後にした。
◇
──チュンチュン
朝だ。
鳥の鳴き声が合わさるとセンシティブな表現になるが別に何もない。
天蓋付きのベッドで一人丸くなっている。
あー恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!
なんで私はあんなことをしてしまったんだ。
たしかにめっちゃ愉悦だったけど思い返すと恥ず過ぎる。
それに魂のこともなんで言っちゃったんだ。
絶対なんか言われるわ。
あんな事をしでかした後だし顔も合わせづらい。
あー、マジどうしよう。
布団をかぶり目隠しに手を当て身悶えていると扉がノックされた。
「レークシア様、お目覚めですか?」
この声はセバスだな。
辺境伯一家以外はまだセバスしか言葉に魔力を込められないので私の世話をしてくれることになったのだ。
昨日は他にできる人がいないか確認をしたが今日も進捗がないかの確認を頼まれている。
それより返事をしなくては……まあ無視してもいいか。
何も答えずにいると扉から魔力反応が遠ざかっていった。
起きてるとお風呂の記憶がリフレインするし魔法で頭を休ませよう。
──コンコン
「レークシア様? ご気分が優れないのですか? 入らせていただきますよ?」
「……」
「失礼いたします」
──ガチャ
「……」
「レークシア様? ベッドにいるのですか? 開けますよ?」
「……」
「あ、眠っているのですか? もうすぐお昼になりますよ?」
「……」
「レークシアさまー……レークシア様? レークシア様!? 大丈夫ですか!? 誰か! レークシア様が!」
「どうかなさいましたか!?」
「ああセバス! レークシア様が息をしてないの!」
「な、すぐに医者を!」
うーん、うるさいなあ。今いい気分なんだ。もう少し寝かせてくれ。
「アリス! 何があった!?」
「お父様! レークシア様が息を……!」
「なに!? すぐに人工呼吸を!」
「はい!」
……ってちょっと待て!
私は生きとるわ!
──ガバッ
「生きてますよ?」
「あ……れーくしあさま……よかった、よかったですぅ」
なんか泣き出したアリスさんに抱きつかれた。
ようわからんが撫で撫でしてあげよう。
「ご無事で何よりです。安心いたしました」
「えーと、ご心配をおかけしました?」
パパんにも心配をかけてしまったようだ。
というか何があったの?
「コホン、フェブルス卿? 私の力は必要ですかな?」
「カストロ司祭……ここは婦女子の部屋だ。すぐに出ていってくれ」
「これは失礼を。どうやら緊急のようでしたので。……しかしその方は目が不自由そうですな。よければ神の奇跡でお治しいたしますよ?」
「結構だ、すぐにお引き取りを。誰か、カストロ司祭がお帰りだ!」
「……かしこまりました。では気が変わりましたらいつでもお呼びください。奥様もお治しいたしますので」
白い修道服のようなものを着た人が胸の前で水平に手を合わせて部屋から出ていった。
よくわからないが険悪な雰囲気がする。
言葉に魔力がこもっていればもう少しわかるのだが。
「申し訳ありません。あの者は教会の司祭でして、昨日の騒動を聞きに来訪していたのです」
教会といえばアリスさんも少し触れていたな。あと騒動ってあんたのふんだらばーだろ。
と、今は泣きじゃくっているアリスさんの方が気になる。
おーよしよし、泣くんじゃないよ。
「あの、何があったのですか?」
「アリスによるとレークシア様の呼吸が止まっていたそうなのです」
呼吸が?
そういや魔法で酸素を供給していたから息を止めてたんだっけ。
アポロン君に引き続きアリスさんも驚かせてしまったのか。申し訳ねえ。
「魔法で代替していたので誤解させてしまったようですね。申し訳ありません」
「亡くなられたのかと思って心配したんですよぉ」
いやほんと申し訳ない。
しかしこんなに泣くほど心配するなんて……。複雑な想いだ。
気を紛らわせるためにアリスさんの頭を撫でているとあることに気づく。
「髪、下ろしてるんですね。綺麗ですよ」
「うぅ、ありがとうございますぅ」
そうして泣き止むまでアリスさんの髪を撫でてあげた。
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