第12話 ふんだらばー!
「失礼いたします」
扉をくぐってきたのはプラチナブロンドをした美少年だった。
「おお、アポロン、こちらへ来て挨拶を」
「はい、私はアポロン・レイ・フェブルスと申します。先ほどは大変な失礼をしてしまい誠に申し訳ありませんでした」
美少年がスッと跪き挨拶と謝罪をしてくる。
アポロン君ってさっきの扉バーンの薄汚れた茶髪の子だよね。すごいビフォーアフターしてるんですけど本当に本人?
「アポロンはよく街や外に出かけるので変装が得意なのですわ」
疑問に思っていたらアリスさんが補足してくれた。
なるほどそういうキャラか。
でも今はきちっと決めてるしギャップがすごいな。
「はじめまして、レークシア・レイラインです。先ほどと見違えたので驚きました。皆さんにもお伝えしましたがそう畏まる必要はないですよ」
「しかし……」
「レークシア様はお堅い対応はお嫌いのようですわ。お言葉に甘えましょう」
アリスさんの援護がありがたい。
たぶん私と一番付き合いが長いから色々とフォローしてくれている。
本来は私や辺境伯が主導するべきなのだろうが龍神の一族というのが影響して対応を決めかねているのだろう。
「ありがとうございますアリス様。アポロン様もどうぞお座りになってください」
「はっ! 失礼いたします」
アポロン君が空いた席に座る。
ちょうどいいし話を進めよう。
「あの……皆様にとって龍神というのはどのような存在なのですか?」
私の質問にアリスさんとパパんが顔を見合わせる。
どちらが話すのかと見ていたらパパんが話し始めた。
「龍神様は建国王に加え我らの祖先の命をお救いくださったと伝わっております。さらにはこの地に住むことも認めてくださりまさに国の大恩人なのです」
えぇ……それ嘘じゃない?
誰か他の龍、というかドラゴンと間違えているんじゃ……。
でも龍神の名前と爺さん龍の名前は一致してたし間違いないのか。
「ですのでレークシア様に敬意を払うのは当然のことなのですわ」
勝手に私を吸っていた人がのたまう。
他の人たちもそれに頷いている。
しかしあの爺さん龍は国の恩人にあたるのか……。
それなら私へのもてなしもわかるが血は繋がっていないんだよなあ。龍という同じ立場ではあるけど。
そこんところはっきりさせておこう。
「では私への敬意は間違っています。私はヤヌスアトラス様と同じ龍ではありますが血は繋がっておりませんので」
「え?」
アリスさんが驚いたような顔でつぶやく。
騙してたみたいで申し訳ないがそのまま話を続ける。
「そもそも龍というのがどのような存在なのかはご存知ですか?」
「……いえ、龍神様がご自身を龍と称したとは伝わっておりますが、それが何を意味するのかは存じ上げておりません」
あの爺さんちゃんと説明してないのかよ。
……いや、それとも言っちゃまずいのかな。
まあ別れる時に好きに生きよとか言われたしいいか。
どうせあの龍のことだから単なる説明不足だろうし。
「龍とは星から直接魔力を得られる存在のことで、龍穴と呼ばれる魔力の噴出口を守っています」
「龍穴……ですか?」
「龍穴があるおかげで星の魔力が巡り、生命は魔力を得ているのです」
皆さん私の説明に追いついていないといった表情だ。
実際のところ龍は龍脈の守護者であり、星の守護者であり、生命の守護者でもある。
もし全ての龍脈が閉じて地表の魔力がなくなったら生命は死んでしまうそうだ。
わかりやすくいうと酸素のようなものだな。
「……ではレークシア様も龍神様ということになるのですか?」
「あー、まあそういうことにもなりますかね」
「そんな……そうとも知らず今まで失礼を……申し訳ありません!」
「いえですから──」
そんな謝らないでくださいって。
たしかに私を勝手に撫でたり吸ったりしたのは失礼だと思うけど気にしてないし。むしろもっと撫でてくれても一向に構わない。
そう思いながら頭を下げてくるアリスさんをなだめる。
なんとか落ち着かせてから正面に座る辺境伯に目を向けると真剣な顔をして私に問いかけてきた。
「今のお話によるとレークシア様も龍穴を守る立場だそうですが、それがこの地にいるということは何かあったのですか?」
別になにもないです。私フリーの龍なので。
「何もないはずですよ。それに私はいくつもの偶然が重なって生まれた新参者なので龍穴の守護者ではありません。ヤヌスアトラス様にも好きにしろと言われています」
「……そうですか。ではこの地に訪れたのには何か理由が?」
うーむ、馬鹿正直に魂を消滅させるなんて言ったら一気に変人扱いに変わりそうだ。
どう答えようかと思いながらお茶をいただく。
考えがまとまったところでスッとカップを置いて私は口を開いた。
「私は魂について知りたいのです」
「魂ですか?」
「はい。人間ならなにか知っているのではないかと思い人里に来ました」
──ご存知ありませんか、と視線に力を込めて問いかける。
目隠しでわからないだろうけど。
私の問いにパパんが考え込みながら答える。
「いわゆる肉体と精神と魂が結びつき我々は存在しているという思想はあります。ただそうしたものが実証されているのかは申し訳ありませんが存じ上げません」
「……そうですか」
「──レークシア様はなぜ魂について知りたいのですか?」
辺境伯の答えに落ち込んでいるとアポロン君が私の目を見て聞いてきた。
少年らしい澄んだ瞳に気圧されてしまう。
思わず正直に言ってしまいそうになったがなんとかはぐらかす。
「内緒です」
口元に人差し指を持ってきて口角を上げる。
私の仕草にドキッとしたのかアポロン君は顔を赤くし目を逸らした。
ふっ、甘かったな少年、私の勝ちだ。
一人勝ち誇っているとパパんが私たちのやり取りに微笑みながら口を開いた。
「よろしければ当家で文献などを探してみましょう。その間はぜひ我が家にご滞在ください」
「え? そんなご迷惑では……」
「娘を救っていただいたお礼です。それに龍神様と立場を同じくするお方のお世話をさせていただくのです。これ以上の名誉はありません」
辺境伯の提案はありがたい。
でも滞在となると今まで以上にもてなしされそうだし気が休まないだろうな……。
うーん、どうしよう。
「レークシア様、よろしければ言語についてもお教えいたしますわ」
私の様子を察したのかアリスさんがそんなことを言う。
言語の問題は早めに解決したかったので非常にありがたい。
ここは乗っておくか。
「ありがとうございます。ではご厚意に甘えてしばらくの間お世話になります」
「おお! では賓客としておもてなし──」
「ですが過剰なもてなしは不要です。私は人のような生理現象はありませんので食事もご用意いただかなくて大丈夫です」
「……しかしそれでは」
「お父様」
アリスさんとパパんがアイコンタクトをする。
なにが交わされたのかわからないが辺境伯がわかったといった顔をした。
「承知いたしました。ですがご入用の際はいつでもお気兼ねなくお申し付けください」
「わがままを言ってしまい申し訳ありません。その時はよろしくお願いします」
無事に話の一段落がついた。
貴族の家に滞在することになってしまったが今の私は家なき子だし結果としてはいいだろう。
魂のことも調べてくれるというし何より言葉を教えてくれるのは大きい。渡りに船だ。
一息つきながらお茶を飲んでいるとアポロン君がまた話しかけてきた。
「レークシア様、無礼を承知でお願いがございます。どうか私と一戦交えていただけないでしょうか」
一戦交える? 戦うってこと?
なぜそんな急に……?
展開についていけずティーカップを持ったまま固まる私。
「アポロン! 何を言っているんだ!?」
「そうですよアポロン、いくらレークシア様がご寛大とはいえ失礼ですよ」
パパんとアリスママんがアポロン君を
アポロンママんもそれに同意している。
「父上ならお分かりになるでしょう? フェブルス家の血が騒ぐのです。龍神様と戦える機会などきっと二度と訪れません」
「たしかに言いたいことはわかるがしかし……」
「私は構いませんよ。ただつまらないものになってしまうでしょうが……」
それでもいいのかとアポロン君を見る。
私の返答が気に入らなかったのか勝ち気な表情を返してくる。
ふ、さっき私に負けたのが悔しいのかい少年よ。
「……わかりました。では裏庭を使いましょう」
案内された裏庭は結構な広さで整備もしっかりされていた。
というか鍛錬に使うようなものが置いてあるしそういう用途なのかもしれない。
「どうぞ全力できてください。遠慮はいりませんよ」
「はい、全力でぶつからせていただきます」
少し距離をおいて向かい合う。
キチガイ龍のビームを防げたのだからどんな攻撃がきても大丈夫だろう。
「ではどちらかが降参するか、私が止めた場合はすぐに引き下がってください」
「わかりました」
「はい」
「それでは……開始!」
辺境伯の合図と同時にアポロン君が木剣を手に突撃してくる。
対する私は無手だ。
始まる前に確認されたが武器など扱ったことはないし私は魔法タイプだからいらないと答えた。
──ガッ!
アポロン君が勢いをそのままに木剣で突いてきた。
でも残念、結界があります。
「ぐッ」
衝撃がそのまま伝わったのかアポロン君が痛そうな声をあげる。
不可視の結界だから位置調節ができなかったのだろう。
「全力で大丈夫でしょう?」
首を傾げながら言う。
煽ってるように捉えられたらどうしようと思ったがアポロン君は笑みを浮かべて攻撃を続けた。
──ガッ! ゴッ! ガツ!
どこかに隙間がないのか探しているのだろうか。
そう思っているといきなりバックステップで下がり少年らしい綺麗な声で魔法を唱えた。
「エクスプロージョン!」
私の足元、厳密にいえば結界のすぐ外の地面がドンッと爆発した。
「──結界の範囲を見定めていたのですか? すごいですね」
土煙が晴れてから声を発する。
衝撃で後ろに下げられたかと思ったが私の立つ位置は変わらない。
「くっ、なら! ファイアーストーム!」
再びアポロン君の美声が響く。
魔法が発動すると炎の竜巻が私の体、いや結界を取り巻いて焼き殺そうとする。
おー綺麗だなあ。
熱もなにも感じないので呑気にそんなことを思う。
爺さん龍のビームは音も光もやばかったのでこっちはかわいいものだ。
火がおさまったときの第一声はなにがいいだろうと考えていると早々に魔法が止まる。
「終わりですか?」
「……参りました」
ちょ、もうちょっと頑張ってくれればもっといいセリフが思いついたのに。
それにまだメ○ゾーマが残っているんじゃないの!?
「勝者レークシア様!」
「……ありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました」
お互いに礼をする。
気落ちしているようだしなにか声をかけた方がいいかなと思っていると辺境伯が呼びかけてきた。
「一歩も引かぬとはさすが龍神様ですな。素晴らしい戦いでした。……もしよければ私も一手お願いしても?」
「あ、はい。構いませんよ」
なんか鼻息を荒くするというか熱にあてられたようなパパんにも戦いを申し込まれた。
その様子に思わず受けてしまったが息子さんは放置でいいの?
「では私は実戦用の武器を使用してもよろしいですか?」
「ちょっとあなた!」
「先ほどの戦いを見るに生半可な攻撃では通用しないでしょう。ですので私の全身全霊の一撃を試させていただきたい」
「あ、はい。構いませんよ」
絶対に打ち破ってやるといった表情で見下ろされる。
怖くて思わず受け入れちゃったよ。
私の返事を聞くと執事さんたちに合図して何かを取ってくるよう指示をする。
しばらく待っていると四人がかりで巨大な大剣を持ってきた。
「フン!」
そう言って一人で大剣を持ち上げる。
この人やば。
「では
「うむ、いつでもいいぞ」
「あ、はい。いつでもどうぞ」
アリスさんが何事もなく進行を務める。
普段からこんなデカブツを振り回してるの?
この人やば。
「では……開始!」
「ふんだらばー!!!!」
──ゴアッ!
意味不明な掛け声とともに大剣に魔力が宿りだす。
一気に魔力が流れたのか辺境伯パパんを中心に爆発したかのような衝撃波が発せられる。
改めて確認すると体にも魔力が巡っていて強化していることがわかった。
「この人やば」
三度目のその言葉は口からでていた。
だってマジでやばいんだけど。気迫とか。
「いきますぞー!!!!」
「オ、オウ。カカッテコイ」
体育会系のノリに飲み込まれカタコトの言葉を呟いてしまった。
見た目は神秘的な姿をしてるので柄に合わない。
まあ誰にも聞こえてないようだしいいだろう。
パパん辺境伯が大剣を横に構えてすごい勢いで走り出す。
そのまま横に振り切るのかと思ったらいきなり飛び上がって回転しだした。
「死ねーーー!!!!」
いや殺すなやって!!
──ドゴーン!!!!
ものすごい衝撃が一帯を襲う。
なんか地面が割れた気がするのだが気のせいだろうか。
モウモウと土煙があがるなかそんなことを思う。
とっとと風で飛ばそう。
「風よ」
ビューと魔法の風が吹き煙を晴らしていく。
徐々にあらわになっていくその景色に私は絶句した。
「おお! レークシア様! ご無事ですか!」
私は無事だけど庭が無事じゃないです……。
結界の中は何事もなかったかのようにそのままだが周囲一帯は陥没したりひび割れがあったり酷い有様だ。
一体どれだけの力で叩きつけたんだ……。この人やば。
「すごい威力ですね。驚きました」
「いやはやあの一撃を耐えるとは凄まじい結界ですな。世界は広い」
私より低い位置にいるヤバい人に話しかける。
陥没しているため今度は私が見下ろす形になっている。
というかあんたもよく無事だったな。
あとこれどうやって移動すればよろしいので?
「レークシア様ー! お手は必要ですかー!」
アリスさんが手を振っている。あんたいつの間にそんな離れていたんだ。
それと魔法で飛べるので大丈夫です。
パパんをそのままにすぐさま魔法で飛び上がる。
アリスさんたちのいるところに降り立つと大剣を引きずりながら辺境伯が登ってきた。
「ありがとうございましたレークシア様。全力を出せたのは久しぶりで心が躍りました」
「私もいい経験ができました。ありがとうございます」
パパんがいい笑顔で告げてくる。
私の笑顔は若干ひきつっているけど。
「アポロン、見ただろう。我々の力では到底レークシア様に敵わない。だからそう落ち込むな」
「……わかっています」
「わかってない。たしかに今の力では敵わないがそれなら今まで以上に鍛錬を積み己を鍛えればいいだけのことだ。アポロン、お前はまだ若いんだ」
辺境伯がアポロン君に目線を合わせながら頭を撫でる。
なんやかんやちゃんと息子のことを見ていたのだな。
戦闘狂かと思ったが良いパパんじゃないか。
「はい! 父上!」
「よし! では一勝負いこう!」
「おー!」
やっぱり戦闘狂じゃないか。
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