第11話 フェブルス辺境伯

「かわいい……もふもふ」

「お嬢様! 私にも撫でさせてください!」


 ガタゴトと揺れる馬車の中で女子たちのかしましい声が響く。

 アリスさんの膝の上に乗りされるがままに撫でられているのは私だ。


 昨日はいろんな人と会って疲れたので今日は猫の姿になって無言を貫いている。

 この姿なら畏まられることも減るだろうと思ったが効果が出すぎている気がする……。

 まあ猫なので多少ふてぶてしい態度をとってもいいだろう。


「もふもふ……綺麗な毛並み」

「柔らかくて触り心地が最高です」


 私の髪色と同じ銀灰色の毛を撫で回される。

 いわゆる長毛種の猫をイメージしたのでモフモフ度合いは段違いだ。


「くあっ」

「あくびをしましたよお嬢様!」

「ほんと? わたくしも見たいわ!」


 撫でられるのって気持ちいい……と思っていたらあくびがでた。

 いかんいかん、また魔物が出たら大変だから起きていないと。

 でも気持ちいいよぅ……。


「眠っているようですよお嬢様」

「うー、わたくしもお顔を見たいわ」

「では次は私の膝に乗ってもらいましょう」


 まだ寝てない。

 前にいった脳の一部をローテーションで休める魔法を試しているのだ。

 なんだか微睡んでいるようでなかなか心地が良い。

 これなら意識も一応あるし魔法にも支障はないので疲れたらこれで休もう。


「本当はいろいろお話をしたかったですがこれも悪くないですね」

「そうですね……あ、足を出しましたよ」

「肉球……ぷにぷに」


 そんな感じで何事もなく馬車は進んでいき日が傾くころに領都に着いた。




「レークシア様の魔法はすごいですね。予定よりかなり早く到着できました」

「ええ、ありがとうございますレークシア様」


 私の横顔をカリカリ撫でながらアリスさんが言う。

 お礼を言うならその手を止めたらどうかね。まあ気持ちいいからいいけど。


 返事代わりにアリスさんの腕に尻尾を絡める。

 ここに来るまでのあいだ馬車を浮かせる魔法を使っていたのだ。

 おかげで移動速度が上がり振動も軽減されたのでゆっくり微睡めた。


 ちなみに今は馬車は浮かせてない。

 さすがに人通りが多いところで馬車が浮いてたら目立つだろう。


 アリスさんの膝から立ち上がり背中を持ち上げるように伸びをする。

 領都に入り辺境伯の住まいに向かっている最中だが外が気になる。

 ちょっと窓から覗いてみよう。


 窓の下に魔法で透明な足場を創り出して飛び乗る。

 うへぇ、人だらけだ。


 視界にはアリスさん達がそうだったように西洋風の人と街並みが広がっている。

 外国には行ったことがないので新鮮だ。異世界だけど。


 この人の多さは疲れそうだなあと思っているとすぐ横からアリスさんの声が響いた。


「フェブルス領で一番の都ですの。レークシア様もごゆるりとご滞在ください」


 いやだから疲れそう……まあこの姿なら街をぶらつくのも悪くないか。

 考えを改め真横にあるアリスさんの顔にすりすりする。


「あ、ずるいですお嬢様! 私にもすりすりを!」

「すりすり……すーはーすーはー」


 正気を失ったアリスさんが私の体に顔を埋めて吸い出した。

 あ……なんか変な気分になってくる……。


 邸宅に着くまでのあいだ二人にめちゃくちゃ吸われた。



「到着しました」


 エルザさんがキリッとした顔で言う。さっきまでだらけきった顔で私のことを吸っていたくせに。

 そんな素振りを少しも見せずにスッと馬車から降りて手を差し出してきた。


「ありがとう」


 私を吸ってほくほく顔のアリスさんに抱かれて一緒に降りる。

 最初に目に入ったのはいかにも執事といった出立ちの初老の人だった。

 きっとこの人はセバスに違いない。


「お帰りなさいませお嬢様」

「ただいま戻りました。お出迎えありがとうセバス」


 異世界セバスはここにいたのか……。

 生セバスが拝めるなんて今日はいい日だ。転生した甲斐がある。転生なんてごめんだが。


「旦那様がお待ちです。……して、手紙にあったお方はどちらに?」

「ふふ、大丈夫です。お父様を驚かせたいからこのまま行きましょう」

「かしこまりました」


 このセバス、できる。

 なぜなら私にも言葉が理解できるのだ!


 先触れは出していると聞いてたがまさか言葉に魔力を込めてくれるとは……。

 やはりセバスは有能執事、有能執事はセバスなんだな。

 セバスという概念に思いを馳せていると玄関にたどり着き扉がひとりでに開いた。


 眼前にズラッと並んだ執事やメイドさん達が飛び込んでくる。

 その中央には筋肉質で精悍な顔立ちをした人と、女性が二人並んでいる。


「お父様! ただいま戻りましたわ!」

「おかえりアリス、無事で何よりだ」


 アリスさんが早足で駆け寄り軽く抱きつく。

 フェブルス辺境伯も笑いながら応じている。

 それに挟まれる私。


「アリスったら、もう子どもじゃないのだから甘えるのは程々にね」

「わかっておりますわお母様。それより体調は大丈夫なのですか?」

「今日は大丈夫よ。それに龍神様のご親族を迎えるのに休んでなどいられないわ」

「見たところ一人のようだが彼のお方はどちらに?」

「ふふ、じゃーん! こちらがレークシア様です!」


 そう言って私の脇に手を入れプラーンと前に突き出す。

 なんかアリスさん上機嫌だな。変なものでも吸ったんじゃないか。


 この場にいる全員の視線が私に集中する。

 みなさんキョトンといった表情だったが徐々に憐れみの視線に変わる。

 視線の先はもちろんアリスさんです。


「アリス……そんなに今回の任務が辛かったのか。気づいてやれないなんて父親失格だ……」

「ごめんなさいねアリス……わたくしの体調が悪いばっかりに……」

「私ももっと見てあげられていれば……」

「え? 待ってください! 本当にレークシア様なんです!」

「大丈夫だよアリス、たとえ嘘でも誰も責めないから」

「嘘じゃないです! レークシア様も何かおっしゃってください!」

「にゃーん」


 なんか面白そうだししばらくこのままでいようかな。

 辺境伯や二人の夫人に優しくされてるのをしばし眺める。

 さすがにかわいそうになってきたところでエルザさんが声を発した。


「レークシア様、お戯れも程々にしていただけると助かります」

「そうですレークシア様!」

『すみません、面白かったもので』


 若干涙目になったアリスさん草。

 これが愉悦か……。


 私の声が響いたのをきっかけにみなさん静まり返る。

 さすがに猫のままだと締まらない。人の姿に戻ろう。

 体をよじりアリスさんの手から離れる。


 トンっと床に降り立った瞬間、猫である私の体を濃密な魔力が取り巻き覆い隠す。

 はじめは小さいそれだったが徐々に大きさを増し人の背丈ほどになっていく。

 一瞬とも永遠ともとれる時間のなか、魔力の嵐がおさまった場所に私は立っていた。


「はじめまして、私がレークシア・レイラインです」


 微笑みながら挨拶したけどポカーンとした顔が並んでいる。

 でもさっきまで無かった武器を持っている人もいるし反応はできているようだ。

 というか戦闘メイドですか!?


「このお方がレークシア様です。嘘じゃないとわかっていただけましたか!」

「あ……ああ、いや驚いてしまい申し訳ない。私はアズラス・レイ・フェブルス、アリスの父で辺境伯を賜っております」


 そう言ってアリスパパが跪いてくる。

 さっきは驚きながらも奥様方を庇っていたし、アリスさんとのやり取りからも家族仲の良さが窺える。

 きっといい父ちゃんなのだろう。

 だからみんなして跪くのやめてください。


「アリス様にも言いましたがあまり畏まらないでください。逆に居心地が悪いです」

「しかし……」

「お父様、レークシア様がそうおっしゃっているのですから従うべきですわ」


 ナイス援護だアリスさん。勝手に私を吸っていただけある。

 さあアリスパパん、共に立ちあがろう。

 膝をつくと同時に手を取って無理やり立ち上がらせる。


「お二人は奥方様ですか? ぜひお立ちした姿を拝見したいです」

「ユーノ、ヴァネッサ、ご挨拶を」

「お初にお目にかかります。アリスの母、ユーノ・レイ・フェブルスでございます」

「同じくヴァネッサ・レイ・フェブルスです」

「よろしくお願いしますね。皆様もお立ちになってください」

「みな整列を……それと武器はしまいなさい」


 辺境伯の後押しで使用人の人たちも立ち上がってくれた。

 武器を出したことを辺境伯が平謝りしてきたので優秀な人たちだと褒めながら場を収めることになったが……。

 ってそこに武器をしまうのか。さすが戦闘メイド&執事だ。

 感心しながらチラッとセバスを見たら不動の姿勢で控えていた。やはりセバスはやりおる。


「お父様、アポロンはどうしましたの?」

「アポロンは──」

「父上! 何事ですか!?」


 バーンと玄関の扉が開き茶髪の薄汚れた少年が入ってきた。


「アポロン! 今日はどこにも行くなと言っただろう。それよりその格好では失礼だ。すぐに着替えを、セバス」

「はっ」


 アポロン君が「え? え?」と呟きながらセバスに連行されていった。

 さすがセバス、手際があざやかだ。


「愚息が申し訳ありません。きちんと叱っておきますのでご容赦を」

「息子に代わり母である私が謝罪を。申し訳ありません」


 パパんとヴァネッサさんが謝ってくる。

 別にあの歳の子どもなんてあんなものだろう。

 多分まだ十歳にもなってないくらいの子だ。


「子どもは元気がなによりです。気にしてませんので謝罪は結構ですよ」

「寛大なお心に感謝します」


 親三人組が揃ってお辞儀をしてくる。

 奥さんが二人だとギスギスしそうなものだがそんな感じもしない。

 貴族だしもっとお堅い雰囲気かと思っていたがそうでもないようだ。


「お父様、ご挨拶も済んだことですしお部屋にご案内いたしましょう」

「うむ、どうぞこちらへ」

「ありがとうございます……え?」

「どうかしましたか?」


 備え付けられていた鏡を見て驚く。

 ……私の目、蛇みたいになっている。


 瞳孔が縦になっていていわゆる蛇目や猫目と呼ばれるものに変わっていた。

 あとなんか髪が若干光っている気がする。


「あの、私の目いつからこうでした?」

「はじめてお会いした時からそうでしたよ? でも村に近づいてからは私たちと同じになっていました」


 アリスさんに確かめたらそんな回答が返ってきた。

 思い当たるのはあれしかない。

 試しに龍脈との接続を切ってみる。

 ……うん、髪も瞳も戻った。

 やはり龍脈が原因か。


 龍脈に繋ぎ直し改めて鏡を見る。

 ……なんか人外感がある。容姿も相まって浮世離れ感がすごい。

 あと目のせいでちょっと怖い印象もあるな。


 でも龍脈からの魔力供給を止めるのは……。

 そうだ、隠しちゃえばいいじゃん。

 そう思い黒い布を創り出し目元を覆う。

 うん、さらに浮世離れしたがこっちの方が神秘的でいいや。


「お待たせしました」

「いえ……しかし足元は大丈夫でしょうか?」

「魔法で見えるようにしてますのでご心配なく」


 アリスパパが気遣わしげに聞いてきたが問題ない。魔法があります。


「おお、さすがですな……ではこちらへ」


 そうして通されたのは応接室、いや貴賓室かな。

 成金貴族にありがちな金が大量にあしらわれているというわけでもなく落ち着いた雰囲気だ。

 この邸自体は玄関前に噴水があったりと豪華だが内装は質実剛健といった感じがする。


 さてここで問題です。

 私は一体どこに座ればいいのでしょうか?

 上座とか下座とかどうだったっけ……。

 あ、でもここ異世界だし文化が違うか。


「レークシア様どうぞこちらへ」


 ちょっと迷っていたらアリスママのユーノさんが優しく導いてくれた。

 その席がどういう立ち位置なのかわからないけど素直に従っておこう。


「ありがとうございます」


 おー、ふわふわだあ。

 おそるおそる座ったら深く沈み込んでいった。

 さすが貴族、高級品っぽい。

 なんだか楽しくなってほんの少しだけ浮き沈みを繰り返す。

 なんか静かだなと顔を上げると皆さん立ったままこちらを見ていた。


「あ……すみません一人で座ってしまって」


 立ち上がりながら謝っておく。

 というかさっきの行動じっくりと見られたのか……恥ずかしいんですけど!?

 皆さんの優しげな表情が余計に気恥ずかしさを誘う。


「滅相もない。どうぞお座りください」

「でも……」

「お父様、レークシア様はこちらの文化に詳しくありませんわ」

「これは失礼致しました。たとえ家主といえど目上の方がお出での際は許可があるまで着席しないことになっておるのです」


 なるほど、そういうマナーがあるのか。

 でもそれって私の方が立場が上ってことになってるよね。


「とりあえず座りましょう」

「ははっ」


 釈然としない感じがするがひとまず皆さんにも座ってもらう。

 ……で、なにを話すのだ。

 助け舟を求めてアリスさんの方を向く。


「お父様」

「うむ。まずは娘を救っていただいたこと誠にありがとうございます。こうして無事に再会できたのもレークシア様のおかげです。さらには龍神様のご一族を迎えられるという栄誉を賜り感謝の念に堪えません」


 立ち上がって礼をしながらそんなことを言われた。

 奥さんもアリスさんもそれに倣ってる。

 いや座った意味……ってなにか返さなきゃ。


「アリス様の件はもともと私が原因のようなところもあります。むしろこちらが謝罪をしなければなりません。アリス様を危険に晒してしまい申し訳ありませんでした」


 流れに乗って私も立ち上がってお辞儀をしておく。

 アリスさんは私を咎めないと言ってくれたけど親御さんになにも言わないというのは通らないだろう。


「どうか頭をお上げください! たとえ原因がそうだとしてもこうして娘は生きておりレークシア様と出会えたのです。むしろこの結びつきに感謝したいくらいです」

「……優しいお言葉をありがとうございます。そう言っていただけて心が軽くなりました」


 どうやらアリスパパもママも私を責める気はないようだ。

 地味に怖かったからよかった。


 そうして安堵していると扉がノックされてメイドさんがお茶や軽食を持ってきた。

 また着席の応酬が始まるのかと身構えていたがどちらともなく座ることができた。


「我が領で採れたハーブティーです。天然物に比べると効能は及びませんが味は深みを増しております」


 そう言ってお茶に先に手をつけこちらにも勧めてきた。

 たぶん毒見の意味もあったのだろう。

 なんやかんや色々と形式にのっとっているのだな。疲れるわ。


「美味しいです。昨日村で飲んだお茶よりも味が際立っています」

「あれは天然物でしたので発酵させてないのですわ」


 なるほどと頷きながらお茶をいただく。

 いいかげん私への過剰なもてなしはやめてもらおうかな……。

 でもどう切り出せばいいんだろう。


 ──コンコン


 悩んでいると再び扉がノックされた。


「失礼いたします」


 入ってきたのはプラチナブロンドをした美少年だった。


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