第10話 父娘


 今回の騒動の魔物がすでに食べられているかもしれない件。

 ラノベタイトルみたいになったがそういうことだ。


「龍神様が召し上がったのですか?」

「うろ覚えですけど……。でも白光の日の夜でした」

「記載された日にちによると時系列的には矛盾しません」

「では本当に……」


 でもあの時の精神状態はかなりやばかったから自信がない。

 ここは当の本龍に確認するのが一番か……。

 仕方ない、星の滅びまで使うつもりはなかったが連絡してみよう。


「今ヤヌスアトラス様に確認してみます」

「え?」


 私を繋ぐ魔力線は全部で四本ある。

 一つ目は私を龍たらしめる龍脈との繋がり。

 二つ目と三つ目は母とあの子との繋がり。

 では四つ目は? そう、キチガイ龍と繋がっています。不本意だけど。


 爺さん龍と別れるときにこれがあればいつでも話せると繋いでおくことになったのだ。

 絶対に使うまいと思ったがこんなに早く出番が来るとは……。


 ちなみに今は龍脈との接続は切っている。

 また私が原因で魔物の大移動が起きたら死ぬ。精神的に。


 しぶしぶと爺さん龍と繋がる魔力線に意識を向け念話の魔法を発動する。


『もしもし、ヤヌスアト──』

『ピーちゃんがんばれ! あと少し! もう少しじゃー!』

『……ヤヌスアトラス様?』

『む? その声はレークシアか? いま山鳥のピーちゃんが卵を産んどるんじゃ。お主も応援せい』


 なにをやっているんだこの龍は……。

 そりゃ出産や産卵は大変だけどさ……。


『あの、少しお聞きしたいこと──』

『ピーちゃんの兄弟姉妹はそれはそれは美味くてのう。こうしてお産を応援しているのじゃ』

『……』

『美味いといえばお主のために飼ってきたあの牛も美味かったのう。異様に強い魔力を宿しておったがまた食べたいわい』

『聞きたいことは聞けたのでこれで失礼しますね』

『む? なんじゃもう少し話──』


 とっとと念話の魔法を切る。

 聞きもしないのに知りたいことをべらべら話してくれた。

 やっぱりあの龍どうかしてるんじゃないかな。


「ヤヌスアトラス様に念話で確認しましたがやはり牛だったそうです」

「念話ですか? えーと、では当の魔物は討伐済みの可能性が高いのですね」

「しかし確認と蠱毒の調査もしなくてはなりません」

「ええ、騎士団にはもう一度森に入ってもらうことになるかもしれませんね……」


 そういえば報告では森の深層や奥深くと言っていたけど爺さん龍はどこで狩ったのだろう。

 さっきは一方的に切ってしまったし崇められている理由も知りたい。もう一度念話してみよう。


『もしもし、ヤヌスアト──』

『おおー! ピーちゃんがんばったのう! みな無事に産まれてよかったわい!』

『……』

『ではこのピヨ助とピヨ丸は大きくなったら我が食べるからのう。今から楽しみじゃわい』

『えぇ……』


 絶句しながら切ってしまった。

 将来食べる獲物に名前をつけるとかキチガイ通り越してサイコパスじゃん……。

 やっぱりあの龍どうかしてるんじゃないかな。頭が。


「ひとまず事態の把握はできましたし伝達事項や民の慰労を行いしだい帰還しましょう。……どうかしましたかレークシア様?」

「え!? いえなんでもないです!」


 どんな様子だったか自分でもわからないが心配させてしまったようだ。

 なんもかんもあの龍が悪い。


「レークシア様、よろしければ領都までご一緒していただけませんか? 助けていただいたお礼もしたいですし、父であるフェブルス辺境伯もお会いしたいはずです」


 私の様子を伺いながらアリスさんが尋ねてくる。


 人の多いところは好きじゃないが魂を消滅させる方法を探すには避けては通れない道だ。

 それにアリスさんの後ろ盾があれば動きやすそうでもある。

 龍というのが人にとってどんな存在かも知りたいしいい機会だ。ここはお言葉に甘えよう。


「ぜひご同行させてください」

「ありがとうございます! みな喜びますわ!」


 断られるのか心配そうにしていたが私の返事を聞いて喜んでいる。

 信仰の対象である龍神の一族を迎えられるとなればその反応も当然か。


 次の予定も決まったことだしやることをやっておこう。


「このあとの具体的なスケジュールを教えてもらえますか?」

「村での用事を済ませたら日が落ちる前に砦に戻ります。そこで一晩休息をとり領都へ向けて出発するつもりです」

「では私はしばらく別行動をします。あとから追いつきますので先に行っていてください」


 そういって私は部屋をあとにする。

 後ろから私を呼ぶ声が聞こえるがすたすたと外に出て魔法で飛び上がる。

 ひとまず母たちのいる村へ行こう。


 そう思い魔力線をたどり移動を開始した。




 空から村を見下ろす。

 狼たちのような魔物が襲撃していないか心配だったがこれといった変化はなさそうだ。

 二人の魔力も家から感じる。

 少し透視の魔法で覗いてみよう。


 魔法を発動すると母があの子のおしめを変えている最中だった。

 どうやらあの子は女の子らしい。

 思わぬ収穫と二人の無事に安堵する。


「よかった……」

「こんにちは」

「きゃ!」


 背後から聞こえた声に体をビクッとさせながら振り向く。

 いきなりの事態に身構えるがそこにいたのは銀髪の走り去った人、たしかゼルテスさんと呼ばれていた人がいた。


「ごめんごめん。驚かせちゃったね」


 敵意はないといった感じで両手をあげてひらひらとしている。

 ……ここ空の上なんですけど。

 あと言葉わかりません。


「あの……言葉に魔力を宿していただけますか? なんと言っているのかわからないので……」


 若干怯えつつ手短に言う。

 ちゃんと伝わるか不安だったが彼の口にした言葉はすぐに私に伝わってきた。


「よくわからないけどこれでいいのかな?」

「……はい、大丈夫です。ちゃんと伝わってます」


 首を傾げつつも一瞬でものにするなんてすごい。

 あとここ空の上なんですけど(二回目)。


「君はさっきアリス様と一緒にいた子だよね? こんなところでどうしたの? なにかあった?」

「えっと、魔物の襲撃がないか確認しているところです」


 こんなところ(空の上)でどうしたのはこっちのセリフなんですけど。

 それと涼しい顔して浮いてるが飛行魔法って高度な魔法なんじゃないの?


「そっか、いい子だね。えらいえらい」

「あぅ」


 そう言って私の頭をぽんぽんと撫でてきた。


 ……なぜだろう、振りかぶろうという気持ちが湧いてこない。


「あ、急にごめんね。君を見ているとなぜかこうしたくなっちゃって」

「……ぁ」


 ──こんなこと妻以外にはしたことないのになあ、と呟きながら彼は手を引っ込めた。


 もう少し撫でてもらいたかった……。

 今日初めて会った人なのになぜかそう思った。


「そうだ、よかったら家に来ない? 妻が臨月なんだけどもしかしたらもう産まれているかもしれないんだ」

「え?」

「妻も子どももきっと喜ぶよ」


 妻が臨月? もしかして……。

 いや、偶然だろう。きっとそうだ。

 そう思いつつも確認のため母たちのいる家を指さす。


「あの、おうちってあの家のことですか?」

「そうだよ。よくわかったね」


 ……うそ、じゃあこの人が、私の父親……?


 動悸が激しくなるなか彼、ゼルテスさんの顔を見つめる。

 ……似ている。

 母のかわいい顔立ちと違い澄んだ顔をしている。私のように。


「あ……の、奥様と子どもの名前は……なんです、か?」


 緊張してしまい言葉が途切れ途切れになってしまう。

 そんな私の様子を不思議そうにしつつもゼルテスさんは笑顔で答えてくれた。


「妻はレティシア。世界一かわいい僕の素敵なお嫁さんだよ。子どもは男の子ならアルテス、女の子ならディアナにするつもり」

「ディアナ……」


 そうか、あの子の名前はディアナ……。

 それに母はレティシアというのか……。


「……大丈夫? 辛そうな顔だよ?」

「い……え、大丈夫です。きっと奥様もお子様も元気ですよ」


 涙を堪えながら微笑む。

 これでいいんだ。

 私のことなんか気づかないで三人で幸せになった方がいい。


 心の中で暴れる気持ちを必死に押し込む。……あぁ、だめ。これ以上ここにいられない。


 この場を去るため一声かけようと思った瞬間──父が私を抱きしめてくれた……。


「……嫌だったらごめんね? 自分でもわからないけどこうするのが正解だと思うんだ」

「ぁ……」


 優しく囁きながら私の体をぎゅっと抱きしめ髪を撫でてくれる。

 親愛の籠ったその手によって我慢していた涙は溢れ心は叫びをあげる。

 彼の服を涙でぐちょぐちょにしてしまっているがゼルテスさんは何もいわずに背中をさすってくれた。


「そういえば名前を言ってなかったね。僕はゼルテス。君の名前は?」

「……れー、くしあ」

「レークシアか。じゃあクシャナって呼んでもいいかい?」

「うん……」


 そうしてしばらくのあいだ私を抱きしめながら「クシャナは美人さんだね」や「クシャナは魔法がうまいね」と褒めてくれた。

 私はその度に顔をぐりぐり押しつけ嗚咽を漏らした。


「僕の子どももクシャナみたいな子に育ってくれると嬉しいな」

「……うん」



 涙もおさまり落ち着いてくる頃になるといつの間にか私も父を抱きしめていることに気づく。

 なんだか居た堪れない気持ちになりおずおずと体を離した。


「もういいのかい?」


 優しげな声に俯きながらコクリと頷く。

 恥ずかしくて顔も見られない……。

 私の様子が可笑しいのかゼルテスさんが含み笑いをしながら頭をぽんぽんしてくる。


「……ありがとうございます」

「どういたしまして。僕の胸だったらいつでも貸すよ?」


 首を横に振ろうと思ったが気づいたときには再びコクリと頷いていた。

 それを見てゼルテスさんがふふっと笑う。


 やっぱりもうムリ! 私帰る!

 どこに!?


「もう失礼します!」


 恥ずかしさが限界突破しピューと飛び去る。

 背後から「またねー! クシャナー!」と呼ぶ声が聞こえた。


 私は心の中で返事をした。



 ◇



 すっかり夜がふける時間になってしまった。


 父の前から飛び去ったあと森との境界線をたどるように移動し魔物がいないか確認していたのだ。

 等間隔といった感じで村があったがどこも問題なさそうだったので一安心だ。

 魔物の分布もこれという偏りは見られなかったし一応の落ち着きを取り戻せたと思う。


 砦の屋上に座り込み地平線に目をやる。

 夜の冷たさを肌に感じるが先ほどのことを思い出し顔が火照ってしまう。

 しかし同時に心は喪失感を感じ徐々に気持ちも冷めていく。


 感情に振り回されないよう心を無にしようとするが、夜の帳が下りても激しい芝居は続いている。

 心を酷く刺激する劇から目を逸らすため私は思考に没頭した。


 まさかあの人が父親だとは……。

 私を森に捨てたイケオジが父だと思っていたがそっちは祖父なのだろうか。

 そういえばアリスさんが分家で親戚と言っていたし父も貴族になるのかな。

 ……つまり私も貴族の一員でアリスさんの親戚?

 元婚約者とも言ってたしなんか気まずいな……。


「レークシア様? そこにいらっしゃるのですか?」

「……!?」


 またしても背後から声がした。

 さすがに空の上ほどの衝撃はなく体がピクッと反応しただけだったが。

 思えば今日一日ずっと背中から始まっているな。狼しかり、父親しかり。


 くだらないことを考えつつ透明化の魔法を解く。

 砦というだけあって警邏の人がいるので姿を見えなくしていたのだ。


「やはりレークシア様だったのですね。魔力を感じたのでもしやと思いましたの。それにわたくしに魔力をくっつけていますよね?」

「えっと、ごめんなさい。いま外しますね」


 そう言ってアリスさんに繋いだ魔力線を消す。

 気づく人は気づくのだな。

 ……ということは父も気づいていながらそのままにしているのかな。


 別れ際に父にも魔力線を繋いだのだが変に思われていないだろうか……。


「あ……そのままでもよかったですのに……」

「……? なにか言いました?」

「いえ、なんでもありませんわ」


 なにか呟いた気がするのだが考え事をしていて聞き逃してしまった。

 難聴系主人公は重要なことを聞き逃すが私とアリスさんなら大丈夫だろう。恋愛フラグも立ってないし。

 立ってないよね?


「あ、こんな夜更けに起こしてしまってすみません」

「お気になさらないでください。それよりお部屋の準備もできていますし食事もご用意できますがいかがいたしましょう?」

「……お気遣いは嬉しいですが私は食事も睡眠も不要なので構わないでください」


 少し冷たい言い方になってしまったがこうでもしないと歓待されそうだ。

 それに食欲がわかないんだ。放っておいてくれ。


「どこかスッキリしたお顔でしたのにまた曇らせてしまいました……申し訳ありません」


 ペコリとお辞儀したアリスさんをよそに自分の顔を触ってしまう。

 そんなに表情に出ていたのだろうか。

 それにスッキリした顔って……。


「大丈夫ですよ。アリス様のせいではありません」

「しかし──」

「アリス様は休んでください。私はその辺で時間を潰してきますので」


 そう言って透明化と飛行の魔法を発動して私は夜に消えていった。

 背後の手を伸ばす気配に気づかないふりをして……。


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