第9話 わたしがやりました

「お嬢様、レークシア様、到着しました」


 目的地に着いたそうだ。

 ここに来るまでの間にエルザ・オサガリクダサイ=オンナキシさんも言葉に魔力を込められるようになったので助かる。


 アリスさんに続いて降りようとしたら先に降りていたオサガリクダサイ=オンナキシさんに手を差し伸べられた。

 警戒するような視線も和らいでいるし素直にエスコートされよう。


「ありがとうございます」


 お礼を言うと目礼を返してくれた。

 勝手に変な名前をつけてしまって申し訳ない。


 心の中でエルザさんに詫びつつ周囲を見渡す。

 母たちが居たような集落だ。もしかしたら隣の集落とかかな?


「アリス様!」

「ゼルテス! なぜここに?」

「応援要請があったからね。それより妻が臨月で一刻も早く帰りたいんだ。戦力は足りているようだしここは任せてもいいかな?」

「それはおめでたいわ! ここはいいから側にいてあげて」

「ありがとう! 僕の調査結果は報告済みだから! じゃあ!」


 ……なんか銀髪のイケメンが走り去っていった。

 いきなりアリスさんに話しかけたと思ったらもういなくなっているなんてスピード感やばいな。

 というかすでに後ろ姿も見えない。魔法でも使っているのかな。


 軽く土埃がたっている道を眺めているとアリスさんが話しかけてきた。


「彼はファブルス家の分家の方でわたくしの親戚です。昔は婚約者でもありましたの」

「婚約者?」

「弟が産まれる前は彼を婿養子に迎えようとしていたのです。実力も性格も申し分ないですし、何よりあの髪ですから」


 銀髪は王家特有のもので箔があるらしい。

 ファブルス家は建国にも尽力し、その後も功績を積み上げてきたので王族が降嫁することがあるとのことだ。

 そのため王家の血が濃く彼が生まれたのだという。


「アリス様! お出迎えもせず申し訳ありません!」

「構いませんよ。急に押しかけたのはこちらですもの」


 イケメンが走り去った訳を聞こうとしたら今度はおじさんが話しかけてきた。

 畏まった態度だし村長とかかな。

 何度か言葉を交わしあうと先導するように歩き出した。


「どうぞレークシア様もこちらに。村長宅で詳しい話を伺います」


 頷いてアリスさんたちのあとを追う。

 案内されたのは母がいた建物と同じような家でそこの応接室に通された。

 私とアリスさんがソファーに座りエルザさんが後ろに控える。

 それでいいのかオサガリクダサイ=オンナキシさん……!


「改めまして、はるばるお越しくださりありがとうございます。アリス様がお見えになられたと知ればみな喜ぶでしょう」

「民の危機に立ち上がるのは当然のことです。ましてや今回は前代未聞の出来事。現場で裁量権を持った者がいた方が立ち回りやすいはずです」


 社交辞令的なやり取りかと思ったけど言ってることはちゃんとしてる。

 貴族というと傲慢な人を想像してしまうがアリスさんのファブルス家は有能貴族一家の立ち位置になりそうだ。


「それでこちらのお方は……?」

「このお方はレークシア・レイ──」

「レークシアです。ただのレークシアです。よろしくお願いします」


 私の話になったので少し圧をかけるように微笑んで名乗る。

 また跪かれたりしたら面倒だ。

 ここはただのレークシアとして通させてもらおう。


「……はい、このお方はレークシア様です。訳あって身分は明かせませんがさる高貴なお方です。決して失礼のないようにお願いいたします」

「かしこまりました。なにもないところではありますが最大級の礼をもっておもてなしいたします」

「え? いえですから……」


 ──コンコン


「失礼します。お茶をお持ちしました」


 丁寧すぎる私の扱いに抗議しようとしたらドアがノックされた。

 アリスさんが目配せするとエルザさんが扉を開いて確認をする。

 問題がなかったのか女性が入ってきてお茶を置いていった。


「レークシア様、失礼いたします」


 なにを失礼するのかと思ったらエルザさんが私の前に置かれたお茶を口に含んだ。

 そんなに喉が渇いてたの?

 コクリと喉を鳴らすと口をつけたところを和紙のようなもので拭ってお茶が戻ってくる。

 同じ動作をアリスさんのお茶にもしている。


「問題ありません。どうぞお飲みください」


 ……毒見とか初めて見たわ。

 所作も綺麗で見惚れちゃったよ。


「ありがとうエルザ。いただくわ」

「あ、ありがとうございます」


 若干ポカーンとしつつお礼を言っておく。

 飲む気なかったけどここまでされたら飲んでみたくなる。


 コクリ……うん、毒見されたお茶美味しい。

 何気に異世界で初めて飲んだ飲み物か。

 清涼感あるけどなんのお茶だろう。


「美味しいですね。森で採れたハーブですか?」

「はい、天然物なので香りが強く効能も高い逸品です」

「訓練で疲れた時にいただくことがありますがやはり現地では一味違いますね」

「お褒めいただき光栄です」


 ハーブティーってこういう味なんだ。

 まあ前世とは違うかもだけど。


「貴重なお茶をありがとうございます。それで、なにか変化はありましたか?」


 お茶を飲んで一息つくと本題に入りだした。

 アリスさんの一言によっておもてなし空間だった雰囲気が実務的なものに変わる。


「五日ほど前に魔物がまた動き出しました。まるで何かから逃げるように森を横断して……」

「横断ですか? 以前の報告では森の浅層と深層を縦断していると聞きましたが?」

「それまではそうだったのですが急に動きが変わりました。その日は白光が空を貫いたという者もいます」

「白光が空を……。実は村の手前で狼の集団に襲われました。あの大きさはグレーターウルフでしょう」

「グレーターウルフ!? 深層にいる魔物がここまで来ていると!?」


 村長さんがなんと言ってるかわからないが事態はかなり逼迫しているみたいだ。

 アリスさんの言葉だけ聞くと魔物が森を横断しているらしいけどそれって集落で魔力放射したやつだよね。

 身に覚えがありすぎる……。

 しかも白光って爺さん龍のはじめましてのビームなんじゃ……。


 ダラダラと嫌な汗が流れる。

 なんでだろう。水分を摂ったからかな?

 カップを持つ手が震えるなか二人の会話は続いていく。


「村の防衛設備があれば撃退も可能でしょう。行商人などにも事態が把握されるまではあまり近づかないように布告を出しています」

「そうですか……。しかし行商人が来ないとなると食料の心配をする必要があります」

「物資に関しては軍が受け持ちますのでご安心を。ただ狼の出現で危険度が変わりました。わたくしも森に入る予定でしたが急ぎ戻り計画を練り直します」

「ご配慮痛み入ります。では報告書を持って参ります」


 村長さんが部屋を出ていった。

 どうしよう……軍とか言ってたし思った以上に広範囲に影響しているんですけど……。

 アリスさんがお茶を飲んでふぅ、と息を吐いている。

 どう謝ろうか思案しているとそのアリスさんが話しかけてきた。


「そういえばレークシア様は森の異変に心当たりがあるのでしたね?」

「ごめんなさいわたしがやりました」

「え?」


 すまねえ。全部私がいけないんだ。

 私が生まれてきたばっかりに……!

 でも半分、いや三分の一くらいはあのキチガイ龍が悪いんだ!


「お嬢様、おそらくレークシア様の力を恐れて魔物たちが逃げ回っているのではないですか?」


 そうです。それとあなたたちが崇めるキチガイ龍のせいです。


「そうなのですか?」

「……はい。多分そうです」


 縮こまりながら懺悔するように言う。

 アリスさん達がなんと声をかければいいのかと困惑していると扉がノックされて村長さんが入ってきた。


「お待たせいたしました。こちらが報告書です」

「ありがとう。申し訳ないのだけれどしばらく席を外してくださる?」

「かしこまりました。では隊の皆様にご挨拶して参ります」


 エルザさんが紙の束を受け取りアリスさんに回ってくる。

 さあ審判の時だ。いかようにでも料理してください!


「まずは謝罪を。ご無礼のないようにと心がけておりましたが通訳もつけずに申し訳ありませんでした」

「……え? いえそんな、お気になさらずに」


 アリスさんが立ち上がりスッと腰を曲げる。

 綺麗で自然な動きだったのでワンテンポ遅れてしまった。あと最初謝罪を要求されたかと思った。

 私の返事を聞くと頭をあげて微笑みながら言葉を続ける。


「ありがとうございます。魔物の件に関しても原因が判明したと喜びこそすれレークシア様を咎めたりはいたしません。ですのでそう怯えないでくださいませ」

「……ほ、ほんとですか?」

「はい、ご安心ください」


 慈愛に満ちた笑みを向けてくれた。

 若干涙目になっていたけどおかげで落ち着いてきた。


「お嬢様、まだレークシア様が原因と確定したわけではありません。確認も兼ねてはじめからご説明した方がよろしいかと」

「ええ、そのつもりです。レークシア様もよろしいですか?」

「ぜひお願いします!」


 そうして紙をめくりながら今までの経緯が説明された。


 はじまりは一ヶ月ほど前。

 森の浅層の魔物が姿を消し、調べると深層の方へ移動していることがわかった。

 スタンピードとは逆の動きだが現地の人間は疑問に思いすぐに領軍に報告。

 しかし軍が確認のためやって来た日には魔物が戻ってきており以前と変わらない森がそこにあった。


 嘘の報告かと騒然となったが近隣の村に確認すると同様の報告があり本格的に調査することに。

 ただし領軍は陣地防衛を主にしているため調査は現地のエキスパートが行うことになった。


 そして周辺の村から人員を集め調査班を設立する頃にまた浅層の魔物が消え出した。

 すぐに魔物を追うが想定より奥深い場所まで移動していたため途中で断念。

 調査班が帰還ししばらくすると魔物が戻ってくる……。


 一度ならず二度も起こりいよいよフェブルス辺境伯の精鋭である騎士団が動き出す。

 それがアリスさん達で第一陣は現在も森を調査中らしい。



 やったぜ。私関係ない。


 もうね、はじまりは一ヶ月ほど前……の段階で関係ないことが判明したね。

 だってまだ産まれてないし。


 どうせ爺さん龍がなんかやらかしたんじゃないの?

 我の歌を聴けーー!! とかいって魔物を集めてコンサート開いたとか。

 そんなことできるか知らんけど。


「以上がこれまでの経緯です。先ほど聞いた話では五日ほど前に魔物がまた動き出したそうです。その日は白光が空を貫いたという証言もあります」

「ごめんなさいそれわたしです」


 全然関係ありました。ほんとにごめんなさい。

 アリスママの微笑みで記憶から飛んでたわ。


「えっと、それというのは五日前の出来事がですか?」

「……そうです。で、でも白光はキチ……ヤヌスアトラス様の魔法です!」


 そうして軽く森での行動について話す。

 転生云々は言ってないし、変身の魔法を使ったことにしたけど。


「そういうことでしたか……。しかしそれ以外は関わっていないとなると原因がわかりませんね」

「お嬢様、ゼルテス様の報告書に気になる記述が」

「──人為的な蟲毒の可能性?」


 ゼルテスさんって銀髪の走り去った人か。


 報告書によると騎士団が来るまでの間に一人で森の奥深くまで行ってきたらしい。

 そして魔物の痕跡を辿り、強大な力を宿した牛型の巨大な魔物を見つけたそうだ。

 一人で討伐するのは難しいと判断しすぐに帰還したが、牛がいた場所で独特の匂いを嗅いだとのことだ。

 ここからは完全に推理だが、薬品か何かを使い魔物を集め、争いあわせて強い個体をつくりだそうとしたのではないかと書かれている。


「もしこれが事実なのであれば見過ごせません」

「ええ、すぐにお父様に報告しなくては」


 蠱毒とか物騒だねぇ。

 というかあの人すごいな。結局一人で調査しちゃってるし。

 あと牛型の魔物ってどこかで見た気がするんだよなあ……。


 でも魔物なんて狼くらいしかちゃんと見てないはずだ。

 あとは爺さん龍だけど……あ。


「ああ!」

「どうかしましたか!?」

「あ、いえ、その……食べちゃったかもしれません、その牛」

「牛を? 食べた? レークシア様がですか?」

「いえ、ヤヌスアトラス様が」


 うろ覚えだけど湖で私に食べさせようとした獣が牛みたいなやつだった気がするのだ。


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