第2章 ファスティス王国編

第8話 墜落

 ──落ちていく。どこまでもどこまでも。


 背中とに風を感じ、視界には雲がどんどん遠ざかっていく様が映る。

 地面に目を向けるのもいいが上を向くのも楽しい。

 空気が私の体を押し上げようとし、重力が私を押し付けようとする。


 あぁ、このまま落ち続けたらどんなに気持ちいいだろうか。

 でもそろそろ地面に着きそうだ……でももう少しだけ────ドーーン!


「ぐべらっ!」


 ……どうやら地面に激突してしまったようだ。

 結界のおかげで怪我はないが楽しかった気分が一気に冷めてしまった。

 あれだけ青かった空も土煙で何も見えない。


 ひとまず風魔法で煙を晴らそう……ん? なんか背中に生温かいものがある。

 そう思い身じろぎするとベチャッという音がした。


 ……やってしまったか?


 見たくない気持ちが勝り土煙をそのままに起き上がる。

 逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ。

 現実を見ようと奮い立たせ、風で土煙を一気に晴らす。


 oh……御愁傷様です。


 クレーターの中央に大きな黒い毛皮があった。

 不幸な事故だったね。

 いやまじで申し訳ない。

 でも人じゃなくてよかった。


 まさか異世界にきて初めてのキルが事故とは。

 まあ魔物が蔓延る世界なんだ、いつかはやらねばならないと思ってたし丁度よかったのかもしれない。

 毛皮くん、あなたの尊い犠牲は忘れない。


 軽く黙祷をし顔をあげると狼と人の集団が転がっていた。


 oh……やってしまってた……。


「──ドラ、ゴン……」


 消え入りそうな声の出どころを探ると身分の高そうな女性がいた。

 なんて言ったのかわからないが驚愕といった表情をしているし私の姿に驚いているのだろう。


 そう、私は今ドラゴンの姿になっている。


 爺さん龍との対話を終えたあとそこに山があったから頂上まで登ってみたのだ。

 そして山の頂でどうせ龍になったのならそれっぽく変身してみようとドラゴンになってみた。

 蛇のような東洋龍もいいかと思ったがあまりにも人間からかけ離れているので西洋竜にした。

 某狩ゲームで想像しやすいし。


 そして魔力のゴリ押しで某鋼龍と某祖龍をミックスしたようなドラゴンに変身できた。

 髪や肌の色に似てか白系の美しくも威厳のある出で立ちになってしまった。

 これじゃ目立って仕方ない。


 まあとりあえずいいかと翼で風魔法を受けて飛んだりスカイダイビングを楽しんだりしていたらやらかしてしまったという訳だ。

 いやほんと調子に乗ってました。ごめんなさい。


「……ぐ、お嬢様……お下がりください」


 回想と反省をしていたら女騎士さんがお嬢様っぽい人を庇っていた。

 土で汚れて見すぼらしくなっているがその目には確かな力が宿っている。


 というか治療してあげよう。私のせいでこうなったんだし。


『いきなり落ちてきてしまい申し訳ありません。怪我の治療をしましょう』


 そういって広げた魔力で治癒魔法を発動させた。

 いきなりの事態に驚いている様子だが無事に治療を終える。

 ついでに身なりも整えてあげたので綺麗になった人たちが起き上がってきた。

 ……なんか女性が多いな。


 不思議に思っていると最初に声を発した身分が高そうな女性が近づいてくる。

 女騎士さんに危険です! お下がりください! 的な感じで止められているがそれをいなして跪いた。


「□○△□○△□○△」


 すまねえ、異世界語はさっぱりなんだ。


『言葉に魔力を宿していただけますか? あなた方の言語に精通していないもので』


 またもやビクッとしたが気を取り直して何度か声を出している。

 すぐにコツを掴んだのかこちらにも意味が伝わってきた。


「助けていただき感謝します。わたくしはこの地の領主が娘、アリス・レイ・フェブルスと申します」


 領主の娘! ということは貴族かなんかかな?

 情けない登場をしてしまったがテンプレみたいになってきた。


『助けたなど……むしろ怪我を負わせてしまいましたよ?』

「いいえ、あのままでは狼たちの餌食となっていました。ですので皆を代表してお礼を」


 そう言って他の人たちにも跪くよう促している。

 この狼たちは敵であっていたのか。

 使役しているとかだったらどうしようかと思ったがよかった。


『そうでしたか、では怪我も治ったことですしこれで失礼を……』

「──お待ちください! 貴方様はヤヌス山脈に住まわれる龍神様でしょうか?」


 ヤヌス山脈? 龍神?

 ヤヌスアトラスが爺さん龍の本名だしあのキチガイ龍が龍神と呼ばれているのかな。

 あんなのを神格化するなんて大丈夫だろうか……。

 そのうちくしゃみで都を灰燼にしそうだ。

 まあいずれにしても私には関係ない。


『いえ龍違いです。一族に名を連ねていますが龍神ではありません』

「……失礼致しました。ですがアトラス大森林の異変についてご存知ありませんか?』

『異変?』

「はい、最近になって魔物の動きがおかしくなったとの報告がきているのです」


 話によると私が捨てられた森で魔物が波のように引いたり満ちたりする動きをしているらしい。

 今までそんなことは起きたことがないので何かの前兆じゃないかと調査に赴くとのことだ。


 ……うん、私に関係がありそうだ。というか私が原因かもしれない。


 どうしたものかと考えていたら土で汚れた汚い狼たちが起き出してきた。

 それに気づいた人たちが剣や杖を構える。

 さっき狼たちに喰われるとか言ってたし手伝ってあげよう。

 すでに一匹やっちゃってるし。


 周囲の空間を無駄に魔力で満たす。

 それに威圧されたのか狼も人も動きを止めた。


『斬れ』


 ──スパン


 はい、狼たちの首が飛びました。簡単なお仕事です。

 魔物なのかやたらと大きい体が地面にズシャッと倒れ込む。

 首元からは血がドクドクと流れ出ている。


 ちょうどいいしこのまま人の姿に戻ろう。

 魔力を体に戻し変身の魔法を発動させる。


 渦を巻くように視覚化した魔力がドラゴンの体を包み出す。

 空間が揺れるように唸りをあげ私の体が変質していく。

 変身シーンは一瞬か時間経過しているかがよく議論されているが今回は謎のままにしておこう。


 ゆっくりと目を開け地面に降り立つ。


 ……みなさん呆然と立っている。私もそっち側だったらそうなる自信がある。

 何気に女騎士さんがアリスさんの前でお下がりくださいという感じで立っていた。

 あの状況で動けるとは優秀なお下がりください騎士さんだ。


「まだ名乗っていませんでしたね。私の名はレークシア・レイライン。龍の一族に名を連ねる者です」


 軽く微笑んで名乗ってみた。

 せっかくならと旅人の服ではなく和と中華を合わせたような格好になっている。

 黒を基調に上は振り袖のような着物にし、下は中華風のロングスカートという出立ちだ。

 いい感じの帯も締めているのでドラゴンの威厳と気品さを損なってはいないだろう。


 ……お願いだから早くなにか反応してくれ。微笑みが崩れて変な顔になっていく。


「綺麗」


 願いが通じたのか誰かがポツリと言った。

 ありがとう。あなたのおかげで沈黙が破られた。


「はっ! えーと、改めまして助けていただきありがとうございます、レークシア様」


 正気を取り戻したアリスさんがお礼を言いながら再び跪いた。

 その跪くのやめてください。一般市民には居心地が悪いです。

 あ、ほら他の人も跪いちゃったじゃないですかー。


「どうかお立ちになってください。私は傅かれるようなことはしていませんよ」

「そうは参りません。龍神様の一族に敬意を払うのは当然のことです」


 一体あの爺さん龍は何をしたんだ……。

 こんなことならもっと話を聞いておくんだった。というか人と会うことは伝えたんだし言ってくれよ。

 埒が明かなそうなので地面に膝をつき視線を合わせる。


「崇められるようなことを成したのは龍神様であって私ではありません。ですのでそう畏まらないでください」


 にっこり微笑んで親近感アピールをする。

 さあ、私の美貌の前にひれ伏すがよい。


「……かしこまりました」


 かなり悩んだようだったが手を差し伸べたら握ってくれたのでそのまま立ち上がる。

 他の人にも促して立ち上がってもらった。

 うん、空が綺麗だ。私の心は晴れないが。


「話を戻しますが森の異変について心当たりがあります。私も同行していいですか?」

「え? あ、はいっ! ぜひ! ご一緒いただけたら心強いです!」


 そういう訳でついていくことになった。私の罪滅ぼしも兼ねて。


 ◇


 ガタゴトと馬車に揺られる。

 結界がなかったらお尻が悲鳴をあげているところだ。


 あのあと損害の確認をしたところ人員は無事だったが馬や馬車に損傷があるということで軽く会議が始まった。

 なんでもアリスさん達は魔法使いを主にした第二陣で物資を持って行くところだったらしい。

 第一陣は接近戦が得意な人員で構成されておりすでに現地に入って調査を始めているとのことだ。

 私としても早く解決したいのでとっとと馬と馬車を魔法で直してあげてさあ出発だと決め込んだ。


 目の前に座るアリスさんを改めて見る。

 戦闘ドレスというのか要所は鎧で固め、それでいて動きやすく華美な感じの服装だ。

 綺麗でかわいい顔をしているが今は金髪を後ろで縛っているのでカッコいい印象がある。

 髪を下ろした姿も見てみたいな。


 まだ十代だろうにしっかりと隊を率いてすごいなあと見つめていると緊張したような微笑みが返ってきた。

 いかんいかん、不躾だったな。

 でもそれを言うならおたくの隣に座るお下がりください騎士さんにも言ってくれ。視線が痛い。


 チラッと女騎士さんに目をやると変な動きは見逃さないという意志を感じた。

 護衛としては正しいが居心地が悪いです……。


わたくしの護衛が申し訳ありません。エルザ、その姿勢は買いますが今は失礼ですよ」

「しかしお嬢様、このお方は治癒魔法をお使いになりました。それの意味するところは……」


 女騎士さんの言葉は魔力が込もっていないのでなんと言ったのかわからない。

 でも剣呑な雰囲気だ。


「……エルザの言いたいことはわかります。しかしレークシア様は教会とは無関係でしょう」


 教会?

 こちらを見ながら言ったので暗に答えを求めているようだ。

 この世界の宗教なぞ知らんよ?


「教会というのがどの宗教を指すのかわかりませんが、私は無宗教ですよ?」


 二人ともキョトンとした表情になる。

 なにその顔。なにか変なこと言ったか? 言ったね。

 前世の日本人的宗教観で語ってしまったが世界的に見ると無宗教は少数派なのかな。


「レークシア様は龍神様を崇めていないのですか?」

「ごほっごほ!」


 そっちかー。

 思わぬ返答に咳き込んじゃったよ。

 アリスさんが「大丈夫ですか!?」と気遣ってくれるがこの人もあのキチガイ龍を崇めているのか……。

 複雑な気分だ。


「えーと、確認なのですが龍神様とはヤヌスアトラス様のことですよね?」

「はい、ヤヌスアトラス様が龍神様の神名です。我が領が属するファスティス王国では龍神信仰が盛んです」


 ……こんな国滅ぼした方がいいんじゃないかな。

 私二度も殺されるかと思ったんだぞ。あいつに。

 ここはキッパリと言ってやろう。


「私はヤヌスアトラス様を崇めていません」

「そ、そうですか……」


 毅然とした態度で言ったら困ったような返事をされた。

 なんか気まずいし話題を変えよう。


「あの狼たちは普段からここに現れるのですか?」

「……いえ、あれほどの大きさは森の奥に住んでいるはずです。まさかここまで来ているとは思いもしませんでした」


 第二陣は魔法支援を主にした人員で構成されていたため素早い狼たちに対応しきれなかったらしい。

 そのため私の登場(墜落)はまさに天の恵みだったとのことだ。

 でもほんと申し訳ない。あの狼たちがここにいたのは私のせいかもしれないんだ……。


 なんてことを言い出す勇気もなく馬車は進んでいった。


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