第7話 龍と名

 木漏れ日が差す地面を踏みしめ歩く。

 湖からそう離れていない森の深層なので、見上げると首が痛くなる木ばかりだ。太さも私が何人いれば手を繋げられるのだろう。

 龍の一撃によるものなのかそこかしこに巨岩が転がっている。

 歩を進めるうちに苔むしていたそれも少なくなってきた。


 休憩も兼ねて森の空気を肺いっぱいに吸い込む。森の息吹とともに魔力を吸いながら。

 現在私は龍脈との接続を切っている。

 そのため匂いや音を消す結界を維持するため自然に満ちた魔力を吸っているのだ。


 龍脈に接続しないで森を歩いているのはなんとなくだ。この行為に意味はない。

 ただせっかくなら歩いて家族のもとを訪ねようと思っただけだ。

 まあ歩いて行ったら何日もかかりそうなので飽きたら飛んでいくつもりだが。

 体を休めながら龍との会話を思い出す。



「神に会えるのですか?」

『うむ、星が滅びれば神への道が開く。龍にしか通れぬが、お主はすでに龍と化しておるゆえ拝謁できる』


 えーと、色々質問したいがとりあえず聞きたいのはこれだ。


「私が龍ですか?」

『龍とは龍脈に接続し力を得られる存在のことじゃ。我らにしかできぬはずだがお主はできておる。話を聞くに胎内での出来事がきっかけであろうな』


 龍が言うには他者の魔力を吸うことは本来できない。

 唯一の例外が胎内での母からの供給だが、それは自然の魔力を吸うのと同義らしい。

 私が龍脈に接続できるのはおそらく双子だったからだそうだ。

 臍の緒という供給線を用い、母以外から魔力を吸う。

 それが星という生命から魔力を得るのと同じプロセスだからできたと。


「そのような存在を生かしておいてよいのですか?」


 口からでた疑問はそんなものだった。

 そもそも前世の記憶を取り戻すことすらバグだ。

 そのバグが原因で本来為し得ないことを為してしまっている。

 守護者などというなら排除にかかってもおかしくはない。


『たとえそれが滅びに繋がろうとも我らは基本的に不干渉じゃ。それが星の運命。それを修正するのが神の役目じゃ』


 ──ただし、その力を用いて星を滅ぼすのなら話は別じゃ。我ら龍が一丸となって其方を殺すじゃろう。

 龍に凄まれながらそう言われた。

 過去に龍が星を滅ぼしたことがあるそうでそれが禁じられているらしい。


「……つまり星が滅びるまで私は生き続けなければならないのですか?」

『残念ながらそうじゃ』


 そんな……そんなことがあるか。

 この地獄を生き続けろと?

 それも星が滅びを迎えるまで……?


「……星の寿命はわかりますか?」


 期待を胸に質問する。

 地球だって何億年も存在している。

 この星の生命が誕生してから何年経っているかわからないが、それでも何万年と生き続けるなど並大抵のことではない。


『さてのう。前兆がある場合もあれば、ある日突然滅ぶこともあるらしいからのう。我でもわからぬ』


 返ってきた言葉はなんとも中途半端なものだった。

 もしかしたら今この瞬間にも滅ぶかもしれないし、いつまで経っても滅びないかもしれない。

 私にできるのは一刻も早く滅ぶよう祈ることだけだ。


「そもそも神は実在するのですか? それに私なんかの願いを叶えてくれるのでしょうか?」

『神は実在する。星と深く繋がれば自ずとわかるであろう。お主の願いを叶えてくれるかはわからぬがな』


 全て龍の妄想という可能性を捨てきれず質問してしまったが、またしても曖昧な答えが返ってきた。

 星と深く繋がるってなんぞ。願いが叶うかも不明ってなにもわからないってことじゃん……。



 木漏れ日を感じながら吸い込んだ森の息吹を吐き出す。ため息を吐くようにして。

 龍との出会いによって道は開けたが、あまりにも遠い道のりだ。

 しかもその道が正しいのかさえわからない。

 でも他に道はない。

 休憩を終え再び歩き出した。


 中層と呼ぶべきところに来たのか苔むしていた景色が変わる。

 まだまだ鬱蒼としているが幾分かカラッとした印象になった。

 深層の魔物は動きが少ないのかうまく避けられたが、ここの魔物は動きが激しい感じがする。

 魔力容量が増えた今、戦闘をしても大丈夫だが無益な殺生は避けるべきだろう。

 もう日が傾きかける頃だしここからは飛んでいこう。


 魔法を発動し飛び上がる。

 空から山脈の方を確認すると湖が見えた。


 あれだけ歩いてこれしか進んでいないのか……。

 足の痛みを感じながら私がこれから進んで行く道のりを想像してしまう。

 きっと大変な道だ。途中で逃げ出したくなってしまうかもしれない。

 それでも私を救える唯一の道だ。進まなくては。

 集落のありそうな方向を見据え、私は飛び始めた。


 山脈から離れるように飛び、ようやく集落を見つけた。

 透明化の魔法を発動し集落を見下ろす。

 光を屈折させるイメージのためこちらも見えなくなってしまうが、透視のような魔法も発動しているため問題はない。

 まあすごい勢いで魔力が消費されていくことに目を瞑ればだが。


 改めて見ると塀や堀があり襲撃に備えていることがわかった。

 こんなところに住んでいるのだから当然といえば当然か。

 夕食の支度をしているのか煙突から煙が立ちのぼっている。

 魔力の反応を探ると母たちは一番大きな家に居ることがわかった。


 魔力を節約するため家の前に降り立つ。

 母とあの子は二階に居るようで、一階にももう一人反応がある。

 透明化の魔法も匂いと音を消す結界にまとめているので戸口を開いても気づかれないはずだ。

 私はおずおずと玄関の扉を開いた。


「た、ただいま……」


 消え入りそうな声で呟く。

 ドアの軋む音の方が大きかったが誰も反応しない。

 気恥ずかしさと一抹の寂しさを覚える。


 周囲に展開している結界をいいことに玄関で足踏みしてしまう。

 一向に進まない足とは対照に魔力はどんどん無くなっていく。


 おそるおそる足を進めて一階に居る人を確認した。

 三十代くらいに見える綺麗な女性がキッチンで料理をしている。

 どこかで見かけたことのある顔だと思ったが私が知っているのは父(仮)だけのはずだ。

 誰だろうと記憶を遡ると思い当たる人物がいた。

 そう、私だ。


 母の魔力を間違えるはずはないのでこの女性は私の叔母だろうか。

 ……いや、現代では晩婚化していたが一昔前は二十歳前後で結婚し出産も行なっていた。

 このキッチンもかまどを使っているし時代的にみるとこの人は祖母の可能性もある。

 もしかしたら父(仮)も祖父なのかな?


 ジーッと見つめているとこちらに視線を止めた。

 体が凍りつき視線が交わる。

 見つめ合う中でも魔力は減っていくので魔法は発動していると信じる。

 叔母(仮)が首を傾げて不思議そうにしていると鍋の中身が吹きこぼれた。

 慌てて鍋を火から離しているうちにその場を後にした。


 しばし一階を探索してから階段を上がっていく。

 一階には応接室があった。家も一番大きいしこの集落の村長なのだろうか。

 他にも作業場のような部屋があり調合器具らしきものもあった。

 壁には弓も立てかけてあり世界の違いを感じた。まあ今さらか。


 ドアの前で立ち止まる。

 一枚の壁を隔てた向こうに母たちが居る。

 ……いきなりドアが開いたらホラーだよね?

 そう思い透視の魔法を強化しドアの向こうを確認する。

 どうやらベッドに横になっているようだ。

 これなら大丈夫そうだと扉に手をかける。


 ゆっくりと、少しだけ開き中を確認する。

 二度手間になっているが仕方ない。ここに来てからずっと心臓がバクバクしているのだ。

 自分が通れる隙間を作り部屋に滑り込んだ。

 扉を閉め息を吐く。


 ベッドに目を向けると寝息が聞こえてきた。

 足音を立てないように近づいていく。

 なんで日本みたいに靴を脱がないんだ、土足文化反対! あ、いま音消してるんだ。じゃあいいや。

 なんてことを繰り広げているうちにベッド脇に着いた。


 最初に目に入ったのは母の顔だ。

 目を瞑っているのでちゃんとはわからないがやはり似ている。

 でもかわいい系の感じがするし私は父の血が濃いのかな?

 それにしても若いな。まだ十代といっても驚かない。

 私より少し焼けた白肌はハリがあるし黒髪も艶やかだ。

 その髪を小さな手で握っている存在がいる。


 まだ産まれたてだからかぶちゃいくな顔をしているが紛れもなくあの子だ。

 安心しな、あんたは将来美人になるよ。私が証拠だ。

 これがこれになるなんて人間は不思議だなぁ、なんて感慨に浸るが早くやることをやらねば。


 とりあえず母の安否は確認できた。

 穏やかな顔で二人とも寝ているので体調は大丈夫そうだ。

 効くかわからないが念のため癒しの魔法をかける。

 あとは魔力線を二人に繋いで完了だ。

 これで離れていてもある程度の状態はわかる。

 森にいる間にわかったのだが、命の灯火が消えていくにつれ魔力も失われていくようだ。争うような動きをした獣がそんな感じだった。


 私の魔力量なら結構な距離まで伸ばせるし、龍脈に接続すればそれこそ世界の反対側まで伸ばせそうだ。

 いざとなったら魔力線を通じて魔力の譲渡や魔法も発動できるはず。

 試しに魔力を流してみる。


 母には流れなかったがあの子には流れた。

 双子だからか、胎内でずっとやってきたからか、理由はわからないが良かった。

 癒しの魔法は二人とも流せたので命の危険が迫ってもなんとかできそうだ。

 うん、これでよし。


「うー」


 一安心しているとあの子が唸りだし目を覚ました。

 泣き出すのかと身構えたがなんかキャッキャッキャッキャ笑い出した。

 赤ん坊の思考はわからんのです。

 おもしれー生物を眺めていると母も「うーん」と言いながら起き出す。

 傍に居るあの子を寝ぼけ眼で見て笑顔になった。


「○△&$□&◯?」


 優しげに話しかけ二人して笑う。思わずこちらも微笑んでしまう。

 しばしみんなで笑っているとドアが開き叔母(仮)が入ってきた。

 部屋の様子を見て叔母も笑顔になり、母となにかやり取りをして出て行った。


 どうやら食事について聞いたらしく、お盆に美味しそうなスープやパンを載せて戻ってきた。

 テーブルを動かしていると母が上体を起こし何やら不可解な顔をする。

 そうしてするりとベッドから足を出し立ち上がった。


「△$□&●%#!?」

「□&◯△□●△&□◯」


 叔母が驚き、母が不思議そうにしている。

 どうやら癒しの魔法は効果があったようだ。

 しめしめと思っていると視線を感じた。この部屋にいるのはあと一人だけだ。

 顔を向けあの子と見つめ合う。


 なんやワレ、わいのことが見えるんか?

 なんかガンを飛ばすように見てしまったが「あーうー」言いながら手を伸ばしてくる。

 仕方なく人差し指を差し出すと握ってきた。


 ……小さい手だ。

 私にとってわかりたくない感情に満たされていると母が笑顔で近づいてきてあの子を抱っこした。

 優しくゆらゆらしながら二人とも幸せそうにしている。

 その光景を見ていると先ほどの感情が黒いものに変わってきた。


 ──それを自覚した途端、私は足早に部屋を後にした。




 全ての魔力を使う勢いで飛び、そのまま湖に飛び込む。


「ーーーーーー!!!!」


 肺の中の空気を全て吐き出し泣き声を無理やり止める。

 それでも感情は堰を切ったように溢れ、泣くのは止まらなかった。


 ようやく落ち着いて目を開けると水面が遠くにあった。

 空気がないのでどんどん沈んでいったようだ。

 ……このまま底までいってしまおうか。

 漠然とそんなことを考える。

 きっと途中で魔力が尽きてしまうだろう。今も酸素や水圧、二人に繋いだ魔力線のために魔力を消耗している。

 水の中でも魔力は吸えるし、龍脈にだって接続できる。

 でもそれをする気力が湧かない。


 本来なら今ごろ転生をし、前世を思い出すこともなく生きたり死んだりしていたのだろう。

 それは私の願いに反することだが、そう願った記憶は消えてしまう。

 それならこのまま死んでもいいんじゃないかと囁いてくる。


 でもそうして死んだ先で生き、また転生をする。

 今度はどんな人生を歩むというのだ。金持ちの子どもに生まれ変わるのか、それとも奴隷のような身分になるのか。そもそも人間に転生するかどうかもわからない。

 きっと何度目かの人生では幸せに生き、何度目かの人生では不幸になる。

 でもそれは別人だ。魂が同じだとしても。

 だから私が幸せになるためには私が救わなくてはならないんだ。


 気力を湧き上がらせ魔力を吸おうとすると何かが水面からダイブしてきた。

 敵かと思ったが大丈夫だ。この魔力量は知っている。

 手を伸ばし龍が来るのを待つ。それを確認したのか龍の勢いが増した。

 そして私は──喰われた。



「もっと優しく運んでよ!?」

『なんじゃ、助けてもらってその言い草は。いつまで経っても上がってこんし、魔力がどんどん減っていくから心配したんじゃぞ?』


 湖畔に上がりクレームをつける。

 龍の言い分はごもっともだがいきなりガブつかれる身にもなってほしい。死ぬかと思ったぞ。


「うー、ありがとうございますう!」

『うむ、どういたしましてじゃ』


 まあ助けてもらったのは事実……って自力で上がれたじゃん!

 得意げになりやがってこのキチガイ龍め!

 ふてくされていると龍が質問してきた。


『それでどうしたのじゃ? 家族に会いにいったのじゃろう?』

「……家族は無事でした。ヤヌスアトラス様のおっしゃる通り気づかれることなく見舞えました」


 普通の人間は魔力感知はあまりできないらしく、よほど濃密な魔力を放たない限り気づかれないそうだ。

 その助言に従い赴いたが正解だった。こればかりは素直に感謝する。


『ではなぜ沈んでおったのじゃ? 意味がわからぬわ』


 このクソ龍め……。人には色々あるんだよ。ドラゴンには一生どころか何度転生してもわかるまい。


「そのおかげで決心がつきました。私は世界の滅びまで生きます。生きて神に私の願いを叶えてもらいます」


 ──それに私は人の可能性を信じます。いつかきっと魂を消滅させる方法を見つけ出すと……。


 あんなにも小さな手がここまで大きくなるのだ。きっとなんだってできる。スマホだって作りだしたんだ。


『そうか。では我ら龍は新たな龍の誕生を祝い、歓迎する。其方を第八の龍として認め、龍の名であるレイラインを授けよう。さあ、星に名乗りを上げよ!』


 なんかいきなり厳かな雰囲気になった。名前を言えといってもまだ決まってないんだが……。

 そう思いつつ龍脈に繋がると胸に降りてくる名前があった。


 ──レークシア


「私の名はレークシア。第八の龍、レークシア・レイライン」


 私の魂に刻む最期の名だ。


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