第6話 邂逅

 ──その姿は紛れもなく竜だ。

 魔法で視力を上げドラゴンを見やる。

 トカゲのような四本足に一対の大きな翼。全ての足に鋭利な爪が光っている。

 深い黒色をした硬質な鱗はどんな攻撃も寄せ付けないといわんばかりの迫力だ。

 そんなドラゴンが山脈を背にして飛んで来ている。

 私に向かって。


 どうする? って逃げたいに決まっている!

 でも明らかに私に狙いをつけているから逃げ切れるかわからない。

 それに背後の人里の方に逃げればどんな被害が出るか……。

 きっと魔物たちはあの存在に気づいていたのだ。だから逃げ惑っていたのだろう。


 退路はないかと考えるがすぐに否定する。

 左右に逃げてもまたスタンピードが起こってしまう。今度は収拾がつけられない規模で。

 あるのは前方に切り開くことだけだ。

 震える体を抑え覚悟を決める。

 するとその変化に気づいたのかドラゴンが滞空し始めた。まだそれなりの距離があるのにだ。

 疑問に思っているとドラゴンの口内に夥しい魔力が集まりだす。


「まず……ッ!」


 ──白光が空を貫いた。


 目の前で光の奔流が暴れる。

 間一髪で結界魔法を展開できた。

 しかしあまりに一瞬の出来事で結界の強度が足りない。

 今も供給されている魔力を全力投入してようやく耐えている現状だ。


「ぐっ……はやくおさまって……」


 口にした言葉が轟音でかき消される。

 それでも願いが通じたのか光が徐々に収まっていく。

 よかったと安堵している暇はない。態勢を整えなくては。


 視界が開けて周りを見る。だがあまりにも強烈な光によって視界がチカチカしてなにも見えない。

 それどころか耳鳴りもして音も聞こえない。

 まずいと思いつつ魔力感知に切り替える。

 すると白光の魔力残滓が体に纏わりついていることに気づく。


『我が一撃を防ぐとは、やはりお主が龍脈に接続した者か』


 すわ攻撃かと身構えたら頭に声が響いてきた。

 こいつ直接脳内に……! ってそんなこといっている場合ではない。

 この声ってドラゴンのものだよね。

 我が一撃はビーム光線のことだし、龍脈も星の力のことだろう。

 というか言語を理解できる知性があるのか……あれ、日本語?


『小さき者よ、聞こえておるだろう。今しがたの攻撃は詫びよう。手っ取り早く確認するのはアレが一番だったのでな。すまぬ』


 ……は? こいつぶっ殺してやろうか。

 確認したいならまず話しかけてこいや。いきなり攻撃してきやがって。

 こちとら死にかけたんやぞ。もし死んでたらどないしてくれんねん。


「わかりました、謝罪は受け取ります。もう攻撃の意思はないと解釈してよろしいですか?」


 内心憤っているが言葉が通じる相手は貴重だ。ここは穏便にいこう。

 そう思いキチガイ竜に戦意の確認をした。日本語で。


『ふむ、聞いたことのない言語だな。悪いが言葉に魔力を込めてくれぬか?』

「──えっと、もしもし聞こえますか?」

『うむ、伝わっておるぞ』


 言葉に魔力を込めるとはなんぞやと思いつつやってみたらなんか通じた。

 めっちゃ便利だなこれ。グー○ル翻訳とかいらないじゃん。

 これなら人と会ってもやっていけそうだ。

 思わぬ収穫に喜びながら先ほどの言葉に魔力を込めて繰り返した。


『──謝罪の受け入れに感謝する。こちらはもう攻撃するつもりはない、安心せよ』

「わかりました、私も攻撃する気はありません。できれば攻撃の意図を知りたいのですが教えていただけますか?」

『よかろう。我も其方と話がしたい。ついてくるがよい』


 そういってキチガイ竜がこちらの返事を聞くことなく山脈に向かって飛び始めた。

 思わずビームを撃ってやろうかと構えたがなんとか堪えた。我慢だ我慢。

 おっと急いであとを追わなくては。

 魔法で体の異常を治し竜のあとを追った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇



 竜が降り立ったのは森の奥にある美しい湖の湖畔だった。

 ここまで奥地に来ると木の高さもすごいことになっているが湖の広さもすごいので日当たりは意外といい。

 湖の水はとても澄んでおり底が見え……見えないくらい底が深い。

 なんか妙に丸いなこの湖。しかも中心の底だけが深くて見えないって隕石でも降ってきたのかな。

 上空から周囲を観察していると声が響いてきた。


『良い場所であろう? 我が若かったころ力を試そうと先ほどの魔法を全力で放ったのだ。それがいつの間にか湖になっていてのう。今では憩いの場よ」


 おぅ、あんたが作ったんかい。

 昔のやんちゃしてたころの自慢話みたいで風情が一気に消し飛んだわ。

 この手の爺さんに話の主導権を握られると面倒だ。とっとと話を進めよう。

 湖畔に降り立ちドラゴンと向き合う。


「確かにいい場所ですね。是非ともゆっくりしたいですが今はお話の続きをしても?」

『おぉ、そうであったな。今一度確認するがお主、龍脈に接続しておるな?』


 龍脈……前世でも聞いたことがある。

 確か星を流れる大きな力のことで、陰陽道や風水で登場する言葉のはずだ。

 そのカッコよさから色々なファンタジー作品にも登場する。実際私も本家の意味はよく知らない。


「龍脈というのが星の力のことならそうです。今も力を得ています」

『……やはりそうか。先の攻撃はそれを確認するためでな、我が攻撃を耐えるなど他に有り得ぬ。しかし本来その力は我ら龍以外には扱えぬもの。どのようにして力を得た?』


 えーと、その質問に答えるためには転生云々も言わなきゃだよね。

 まだそんなプライベートなことを言える仲じゃないよ?

 でもこのキチガイ爺さん竜、長生きみたいだし色々知ってそうだよな。

 もしかしたら魂を消滅させる方法も知っているかも……。

 ここは正直に話すか。


「長くなってしまいますがよろしいですか?」

『構わぬ。時間はいくらでもあるからの』


 そうして私は転生してからのことを話し始めた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇



「──という訳でして」


 話し終わるころには日が傾き始めていた。

 立っていてもよかったが何となしに地べたに座ったらおじいさん竜もいつの間にか丸くなっていた。

 開けた空間にあるといってもさすがに暗くなってきたので灯りの魔法を発動して湖に浮かべる。

 その灯りを見ながら竜が語りだした。


『なるほどのう、転生か。確かに魂は巡っておるゆえ転生するのはわかる。しかし記憶を取り戻しあまつさえ胎内で自我が目覚めるとは……。だが龍脈に接続していることからもそれが事実なのであろう』


 やはり魂は存在するのか……しかも転生も。でもなぜこのドラゴンはそれを知っているんだ?


「魂について知っているのですか? それになぜ龍脈が関係を?」

『そういえば自己紹介がまだだったのう。我はこの地の龍穴を守る第三の龍、ヤヌスアトラス・レイライン。世界に七柱おる龍の一柱じゃ』


 なんかいきなり自己紹介してきた。ズレた回答が返ってきたのだがボケてるのだろうかこのじじい。


、ですか?」

『うむ、我ら龍は龍穴の守護者として神によって生み出された存在。ゆえに世界の法則についてもある程度知ってある。魂のこともな』


 え? 今なんて……確かに魂について知っているといった。しかも神によるものだと。

 ただの痛いドラゴンなのかもしれないが本当だとしたらこんなに嬉しいことはない。

 生後一日で欲しかった情報が手に入るだなんて!

 私は声を張り上げ龍に問いかける。


「あの! それが事実なら魂を消滅させる方法をご存知ですか!?」

『魂を消滅? なぜそのようなことを聞くのだ?』

「……私は転生したくないのです。世界を生きたいとも思いません。だから魂を消し去って私という存在を消したいのです。どうかご存知ならお教えください」


 地面に生えている芝を掴み前のめりになる。

 ドラゴンの瞳に映る私の姿は必死の形相だった。私の望む答えをよこせといわんばかりに。


『ふむ、なぜそのようなことを望むに至ったか不思議であるが、お主の望みは叶えられぬであろうな』

「──え?」


 そんな……どうして……?

 震える声が漏れる。体は熱を失い力が入らない。

 それでも一縷の望みを託し視線は目の前の龍から逸らさない。


『魂は消滅しないというのが世界の法則なのじゃ。誰にでも、どんな生物にも、死が訪れれば魂は転生する』




 ──望まぬ答えを聴いてしまい視界が暗くなっていく。

 瞬きすることすら忘れ視界が黒色に侵食されていった。

 全てが黒色に塗り潰されてからようやく瞬きをしたが周囲は暗いままだ。

 灯りが消えていることに気づいたのはそれからしばらく経ってからだった。


 私はいつの間にか横になっており、空には星と月が煌めいていた。

 魂が死んでいくような感覚で体の力が抜けていく。

 前世でも同じようなことがあったがあの時は呼吸が浅くなっていた。

 だが今は完全に呼吸を止めている。

 もうどうでもいいと思いそうしているが、無意識で魔法を発動しているのか生命活動に支障はない。


「……双子月」


 声にならない声で呟く。

 この世界では二つの月が夜を支配していた。

 地球よりも明るいその夜は私にとっては疎外感を強めるばかりだ。

 それどころか双子月という存在が嫌なことばかり思い浮かばせる。

 前世では夜が好きだったがそれすら奪われるとは。


 ……いや、奪われるなど被害者みたいにいっているがそう思い込んでいるだけだ。

 月や世界にとってみればたまったものではない。

 魂と体が死んでいく心地よい感覚に囚われていると夜空に影がよぎった。


『おーい、もう目覚めたかのう?』


 視界の横に龍が降り立ってきた。

 口にはなにかの獣を咥えて血を滴らせている。

 そういえば何度も呼びかけられた気がする。とても応答できる状態じゃなかったが。

 申し訳ないことをしたなと思いつつ首を縦に振った。


『無事なら何よりじゃ。ほれ、腹が減っているかと思い狩ってきたぞ。まあ我と同じく食事は不要かもしれぬがな』


 ハッハッハと笑いながら口に咥えた獲物を地面に置いた。

 龍の言う通り食事を摂る必要はないし、そもそも食欲が湧かない。

 しかしわざわざ私のために狩ってきてくれたのだから食べないのは失礼だろう。この獣だって浮かばれない。

 そうして逡巡していると、『無理に食べる必要はない。我も久しぶりに食べたかったのでのう』といって獣を丸呑みにしてしまった。


『うむ、美味い。良い糧になった』


 やはりキチガイなのか、それともこちらを気遣ったのか、真相はわからないがその行動はありがたかった。


『……ありがとう』


 顔を向け龍がしているように言葉を口にすることなく伝えた。

 すると龍もこちらを向き気にするなと首を振った。

 お互い満足したのかどちらともなく視線を外し、沈黙がその場を支配した。

 気まずくない沈黙に浸っていると龍がおもむろに語り出した。


『先ほど魂を消滅させる方法は無いと申したが、それを叶える方法が一つだけある』


 ──肺が動き魂が体に戻ってくる。

 龍の言葉を聴いた途端、そんな感覚とともに体に力が入りだした。

 横たえていた体を起こし問いただす。虚だった瞳に力を宿しながら。


「教えてください。どんな方法ですか」

『……神は世界が滅びを迎える度に新たな世界を創り直す。滅びの原因を突き止め修正しての。そのため我ら龍は星に蓄えられた記憶とともに神に謁見するのだ。その時にお主の望みを伝えれば叶えてくれるやもしれぬ』


 神に直談判する。それが龍の示した唯一の方法だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る