第5話 スマホを讃えよ
「うぅ、私は神なんかじゃない……」
森の中で一人イキっていたが自身の無能さに気づき冷静になった。
この力はヤバい。マジでヤバい。
もしスマホを創造できていたら厨二人生まっしぐらだ。しかも実際に神のごとき力を持っているからタチが悪い。
スマホ、あなたのおかげで私の人生が救われた。ありがとう。
スマホに感謝を捧げ改めて自身の体を確認する。
手足はスラっと長く、肌の色は白っぽい。比較対象がいないからわからないけど白人系の人種なのかもしれない。
髪は……灰色がかった銀髪? こんな髪色実際にある? 地面を引きずるほど長くなっている髪に驚く。
なぜ髪は伸びているのに爪は伸びていないのだ。グッジョブ。
そして視線を胸にやるとおっぱいがついていた。股にはなにもついていない。やはり性別は女性だったようだ。
試しに胸を触ってみる。……うん、指が沈んでいき柔らかい。
15歳ほどでこれということはもう少し歳をとったらさらに大きくなるのだろうか。
実は魔法を発動させるとき時間を進めるようイメージしたのでベースは変わらないのだ。
顔はシンメトリーを実現しようと少しいじったがやはりベースは変わらない。
だからこの体は普通に成長してもほとんどこの通りになっていたはずだ。
「鏡がほしい」
顔を確認したいと思い呟いてみたら綺麗な声が喉から出た。
「あーあー、こんにちは。ボイステスボイステス」
清涼感のある澄んだ声だ。鈴を転がすような声とは私のことだったのか。これなら歌手にだってなれるかもしれない。
まあ自分の声は骨の振動も拾って聞いてるからあまりあてにならないけど。
声の確認をしてから魔法で鏡を出現させる。
ふ、これくらい今なら造作もない。スマホは作れないけど。
目の前に縁も足もない鏡が出現し宙に浮く。
そして鏡に映った自身の姿を見て驚く。
「ほんとに私?」
めっちゃ美人。美人すぎて怖いくらいだ。
鏡に近づきまじまじと観察する。
うん、整いすぎていて作り物感がある。人形を前にしているような感じだ。まあ実際に調整はしたが……。
でも澄んだ顔だが少女らしいあどけなさが残っており可愛らしさもある。
目の色を確認したら澄んだ青色だった。少し灰色がかっているけど。
一通りの確認が終わり鏡に全身を映す。
……素っ裸だ。
森に住む変態かと思うが別に興奮もしなければ羞恥心も感じない。
なんというかこの力があればどうとでもなるという自信があるからあまり気にならないのだ。
そもそもこんなところに人は居ない。
でも裸はまずいよね。色んな意味で。
というわけで服を創ってみよう。
やっぱり森の中だし動きやすい格好の方がいいかな?
でも移動は飛行魔法を使えばいいし、汚れを弾く結界を体に纏っていれば問題ないんだよね。疲労も魔法で回復すればいいし。
それに仮に接敵しても「私のターン、ドーン!」の1ターンで終了するだろうからどんな服装でも関係ないのだ。
というわけでできあがった品がこちらになります。
少し装飾を施したシンプルな白いロングワンピースに茶色いフード付きローブです。
ファンタジー作品でありがちなTHE 旅人という感じにまとめました。
もっとかわいかったり華美なものも考えたけど人に出会ったときのことを考えてシンプルにした。
だってこんな森の中をひらひらした服でいたら明らかに場違いだ。なんなら誘惑系のモンスターとして攻撃されかねない。
まあワンピースの下の部分はそれなりにひらひらしているけど。でも歩きやすいようにスリットは入っている。
靴は茶色いブーツのような感じにした。スリットから素足が見えるのはよくないかもとニーハイを履いている。
あと腰回りは私を包んでいた茶色い布を加工して縛っている。コルセット風のデザインにして女性らしさを演出した。
最後に私の口を塞いでいた布で髪を縛って完成だ。くるぶしあたりで縛っている。
髪は前髪は整えたが後ろはそのままだ。理由は魔力の通りが非常にいいからだ。
そのため足元から魔力パイプで星の力を受け、髪を伝って過剰分を星に還元する形にしている。
髪も含めて全身に結界を纏っているので地面をずっても痛まない。魔法万歳。
最後に姿を確認し鏡を魔法で消し去る。
ファッションはわからないので似合っているのか不明だ。異世界ではこれが大ウケするかもしれないしいいでしょ。
ちなみに下着は秘密だ。乙女には秘密があった方がいい。
そういえば父(仮)が置いていったこの小袋は何なのだろう。
そう思い開けてみたら草が入っていた。
お守りじゃないのか……薬草かな?
匂いを嗅いだが特には感じない。摘んでそう時間が経ってない普通の草だ。
まあ害はなさそうだし唯一繋がりを証明するものだ、首にかけて服の中に入れておこう。
さて、産まれてからまだ1日しか経ってないけど色々あった。
魂を消滅させる方法を探したいけどしばらくはゆっくりしたい気分だ。
この力を得て余裕ができたとはいえ私の目的は変わらない。
肉体年齢は魔法でいくらでも操作できるのですでに不老は実現したようなものだ。
病気も魔法で治せるし、結界を常時纏っていれば怪我をすることもない。
睡眠中に魔法を発動させられるのかという疑問はあるが、そもそも寝る必要もないはずだ。
どうしても睡眠が必要なら脳の一部をローテーションで休ませたりと方法はある。
つまり実質的に不死も実現したようなものだ。
「うん、気長に行こう」
とりあえずマイマザーの安否を確認したい。
この姿なら誰も私だと気づかないし会いに行っても平気だろう。
まあ極力人に会いたくないので透明化の魔法を使うと思うけど。
そうと決まれば早速移動だ。
えーと……私ってどっちから来たんだっけ?
ええい、面倒だし空から確認しよう。
ここに来るまで一時間くらいかかったけど所詮は人間の足だ。高いところから見れば一発でわかる。
飛行魔法……厳密にいえば念動魔法だけど、それを発動し真上に飛ぶ。
「……すごい。世界って広い」
飛行機もパラシュートもなく空に浮かぶ。
視線の先には雄大な森が広がり、その先には山脈が聳え立っている。
奥に行くほど木は大きく緑も濃くなっており、魔力と自然の力を五感で感じる。
……あぁ、世界はなんて美しいんだ。
……だから私は死にたいんだ。
こんなにも美しい世界は私には合わない。
両膝を抱え丸くなりながら涙を堪える。
この力があればきっと自由に生きられる。
お金だって楽に稼げるだろうし、この容姿なら人に好かれるだろう。
でも楽に生きられる手段を手に入れたからとのうのうと生きていくなんてできない。
私は世界を生きて、足掻いて、傷ついて、生き抜いた先で自殺したんだ。
今さらこんな力を手に入れたからといって、あのときの私の想いが変わるわけではない。
いや、変えてはいけないんだ。そんなことをしたら私はなんのために死んだというのだ。
私が生きた記憶も、感情も、想いも、全て私のものだ。
願いが叶う力を得たからと死ぬのをやめて、この世界を生きていくなど私への冒涜に他ならない。
あの苦しみも、あの痛みも、あの恐怖も、それらを忘れるなんてしてはいけない。
私だけがあの哀れな私を救えるんだ。私に報いるためにも私は私を救う。
涙が落ち着くまで景色を眺める。
風と空気、そして魔力を感じることに没頭し気分を落ち着かせる。
そうしているとなにやら騒々しいことに気づいた。
魔力を持った存在がどんどん遠ざかって行くのだ。
周囲をもっとよく感じ取るとどうも私を中心にしているようだった。
……もしかして私から逃げている?
考えてみると今の私の魔力量は異常だ。
もしそれを感じ取れるなら恐れをなして逃げるのもわかる。
というか私だって全力ダッシュで逃げるに決まっている。
つまりこの事態は私が原因……。
そこまで考えたところで最悪の事態に思い至る。
こんなところで死にたがっている場合じゃねぇ! これスタンピードやん! 我が生まれ故郷が危ない!
急いで人が住んでいそうなところを探す。
あった、あれだ。
ぐるりと周囲を見渡し集落のようなものを見つけた。遠いところにもあったがそこは人間の足では何時間もかかりそうだ。
私が産まれたのは一番近いあそこのはず。
場所を見定めて一気に加速する。結界のおかげで風圧もなんのそのだ。
有り余るというか溢れる魔力のおかげですぐに到着した。
とりあえず森に隠れよう。魔物らしき存在もまだ来ていない。というか追い越した。
私の存在が原因ならここにいれば方向転換するはずだ。
魔力感知の感覚を研ぎ澄ませる。
うん? そのままこっちに向かって来ている?
どうしてだろう。私が原因ではないということ?
とはいえ他に原因も思い当たらない。
とりあえず魔力を放射してみよう。それで正気に戻るかもしれないし。
手のひらを魔物たちに向けて濃密な魔力を放つ。
すると効果があったのか動きを止めた。そしてしばし迷ったあと左右に散って移動を開始した。
うーん、思った方向とは違うけどまあいいか。
散っていった方向は森が続いていくだけで集落もなかったし、ひとまずは安心だ。
ふう、と一息つき集落へと振り返る。
……うん、この魔力は間違いない。二人とも生きている。
ずっと一緒だったのだ。間違えるはずがない。
「よかった……」
心から安堵し、なにか温かいものが体を満たしていく。
それを自覚した途端スッと思考が冷めていった。
今さら愛情なんてものはいらない。私は死への道を進んで行くと決めたのだ。その足枷となるものは作るべきではない。
……でも一目ぐらい見ておいた方がいいか。もしかしたら危篤状態ということもあり得る。
そう思っていると集落の方から何人かこちらに向かって来ていることに気づく。
まずい、バレた?
あれだけの魔力を放ったのだ、人間だって気づいてもおかしくはない。
とりあえず上に逃げよう。上なら視線があまり向かないはずだ。
魔法を発動して木に隠れるように張り付く陰キャムーブをかます。
……近づいてきた。
緊張で心音が大きくなる。
警戒しているのか足音を立てないようにしているようだ。
少しでも情報がほしいと隠れたが話す気配もない。
……あれ、そういえば言葉わかんないんだっけ。
ここにきて重要なことを思い出す。
じゃあいる意味ないじゃん! 私は帰るぞ!
どこに!? と内心ツッコミつつ一目散に空へ逃げた。
ふぅ、危なかった。
なにが危ないのかよくわからんがよかったよかった。
いやまあ単純に人に会うのが怖かっただけだが。
本当はなぜこちらに来たのか調べたかったが言葉がわからないのではどうしようもない。
単純に魔力を放出したから気づいたのか、私の内在魔力に気づいたからなのか。
後者だった場合、おちおち母の容体も確認しに行けない。
言葉も通じないから旅の薬師とか偽ることも難しい。
さてどうしたものか。
魔法で作り出した安楽椅子に座って考える。
現在私は魔物の気配がないからと元居た場所に戻ってきている。
しばらくは集落に近づかない方がいいだろう。警戒しているはずだ。
行くなら魔力を隠蔽できるようになってからが望ましい。
でも魔力を隠蔽ってどうやればいいのか……。
うーん、というか難しく考える必要はないな。
星からの魔力供給をやめればいいのだ。そうすれば異常な魔力量ではなくなる。
そう思い魔力ホースは繋いだまま供給口を塞いでみる。
「……ぁあ、もうダメだ。私にはなにもできない、魂を消滅させるなんてムリ……」
神に等しい力を失い鬱になる。
いや、あの力があったって所詮は私なのだ。
スタンピードが起こって家族に危険が迫っても魔物を追い払うだけ。
いざ接敵したらどうとでもできるだろうが、戦うのを内心怖がっているのだ。じゃなきゃ今ごろ魔物を全滅させている。
……こんな調子で魂を消滅させるなんてできるのだろうか。
魔物に会うのも怖い。人に会うのも怖い。
そんな状態ではお話にならない。
魂に関しての情報を集めるなら人間と接触するのは必要なことだ。
研究などを行なっているならその情報が欲しいし、なにもわかっていないとしてもそれ自体が情報だ。
そもそもあの力で実現しようにもできるかどうかの確認方法がない。
その辺の魔物で試しても本当に魂が消滅したかなどわかりっこないのだ。
転生している事実に気づけたのだって運がよかったに過ぎない。
本来は記憶を全て消されたうえで転生しているのだろう。
そうじゃなきゃ今ごろ転生者だらけだ。
……そう考えたら今の私は奇跡的な存在なのか。
前世の記憶を引き継いで、しかも魔法がある世界に転生できたのだ。
魔法なんてものがあるから魂を消し去るという発想が出てきたのであって、地球に転生していたらそれこそ地獄だ。
うん、私は運がいい。
落ち込んだ気分を上げ魔力の確認をする。
……あれ? なんか増えてる?
前より明らかに魔力容量が増えている。いや増えているなんてものではない、激増だ。
「星の魔力によって増えた?」
そうとしか考えられない。
それにこの量は星からの瞬間的な供給量と同じくらいだ。
おそらく魔力の器がそれに合わせて大きくなったのだろう。
星と繋がる前は体が破裂しないか心配したが杞憂だったようだ。
「よかっ……ッ!?」
なんだこの魔力反応は!?
尋常ではない魔力を宿した存在がこちらに向かって来ている。
この方向は山脈の方……。
急いで星からの魔力供給を開始し空に上がる。
そしてすぐにその存在は視界に映った──
「ドラゴン……」
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