第3話 森で魔法考察

 ドナドナの歌が頭に流れる。

 現在私は夜の森をお散歩中である。抱かれてるから歩いてないけど。


 あの部屋から連れ出されることかれこれ一時間くらい……ずっと森の中を移動している。

 最初は病院か家に連れて行かれるのかと思ったが、武装した男2名と合流し鬱蒼とした森の中に入っていった。まあ全身布で覆われているので音やチラチラ見える景色から想像しているだけだが。

 もう少し情報が欲しいと泣いてみたら口を布で縛られた。児童虐待だー! と叫ぼうにも叫べない。

 父(仮)も男たちも打ち合わせのような会話をしたきり一言も喋っていない。


 ほんとどうなっているんだと思うがおそらく状況は最悪だ。

 そう、私は捨てられる……。


 理由はいくつか思い当たる。

 一つ目、母が亡くなった事による憎しみの犯行。

 我が母が亡くなったかはわからないがこの可能性は低いと思う。私を抱いている父(仮)の顔を見たとき憎しみを感じたりはしなかったからだ。無表情だったけど。

 それに亡き母の忘れ形見なら大切に育てるのではという願望もある。私怨に他の人を巻き込むとも思えないし。


 二つ目、口減らしのため。

 私がいつの時代どこの国に生まれたかはわからない。しかし魔法なんてものがあるということは異世界のはずだ。この手の作品は中世時代に転生することが多いし、食糧事情に悩まされている国なんて現代でもある。


 三つ目、忌み子説。

 古来では双子などの多産は忌み嫌われてたりするし、この世界でも同様の価値観が根ざしている可能性はある。それに私の場合は臍の緒が切れて産まれてきたのだ。さぞ奇怪に映ったことだろう。もしかしたら最初の怒号や口論は悪魔の子だという恐れからきたものか……。


 そんな想像をしていると全員立ち止まり無音がこの場を支配する。ここに来るまでも何度か止まったが、その時はしゃがんだりして警戒するようだった。

 何が起こるのかと体を強張らせていたら、もぞもぞと父(仮)が動きその顔が目に入った。

 私の様子を一瞥すると、体を固定していた結び目を外しそのまま胸に抱いた……優しく、けれど力強く。

 しばらくの間そうしていたが、痺れを切らしたかのような声がかかり私を地面に置いた。


「◯△×&□」


 私の目を見ながら言ったその言葉はどんな意味が込められているのか。

 悲しみ、謝意、諦観、あるいは自身への怒りと不甲斐なさか……。

 表情と声からそんな感情が読み取れた。


 そして首元の紐を引きちぎり、垂らしていた小袋を私が纏う布に置いた。

 そうして父と男たちは踵を返し夜の森に姿を消して行った。未練を残さないためか一度も立ち止まることなく。




 ……マジでどうしよう。


 視界に広がるのは木の葉と幹だ。どうやら木の根元に私を置いていったようだ。

 今日は月夜なのか鬱蒼とした森にしては明るい。天気が悪かったら何も見えないはずだ。

 不幸中の幸いだな……って捨てられてるんだから不幸中の不幸だよ!

 そりゃ妊娠中や出産中に亡くなる子もいるけどこっちは衰弱死か獣に喰われるコースだよ?

 命を賭して母と子を救った結末がこれってそりゃないでしょう!

 というかせめて口を塞いでいる布は外していってよ!


 獣に位置を知らせないために敢えてそうしたのかもしれないが絵面は最悪だ。

 森の中で一人理不尽を嘆いて心を落ち着かせる。


 ……私は死にたい。その想いに嘘はない。

 この辛い世界を、辛い現実を生きていくと想像しただけで吐き気がする。

 だから私は自殺したんだ。

 病気でも事故でも、死という結果が迎えられるのなら過程はなんだっていい。

 前世ではそう思い自殺を試みた。しかしそんな考えとは裏腹に体は酷く震え、生きようと本能を刺激した。

 もし失敗してベッドの上から動けなくなったら? そうなったらもう自殺できなくなる?

 そんな考えが精神と脳を支配し、私は最後の一歩を踏み出せなかった。


 あの時の絶望は凄まじいものだった。

 それまでは何か大きな失敗をしたら自殺すればいい。そう思い辛い世界を生きてきた。

 それなのにいざ自殺しようとしたら死ぬこともできない。……私は生きる道標を失ったのだ。

 その後はより退廃的になり精神と体を酷使して生きてきた。

 そうして自分を追い込み、精神をすり減らし、本能を麻痺させて、ようやく私は自殺することができた。


 これで生から解放される、そう思ったがなんの因果か転生してしまった。

 死んだら終わりじゃないのか。魂は巡っているというのか。

 私はまたあの辛い世界を生きねばならないのか。魂はあの辛い世界を延々と生き続けるというのか。

 そうして世界の真実に絶望しているとさらなる絶望が襲いかかった。


 ……生きるはずの赤子の体を乗っ取っている。

 そんな酷い事があるか。生きたい人が死に、死にたい奴が生きる。世界はなんて残酷なんだ。

 せめてもの償いとして生きようとしたが、結局は自分を騙しているに過ぎない。

 だからあの出産で臍の緒を切ったとき私は内心安堵したんだ。これで罪を償える。もう生きなくていいんだと。


 そうだ、私はあんなに頑張ったんだ、少しくらい報われてもいいじゃないか。

 あの子は無事に産まれた。きっと父と母からたくさんの愛を貰ってすくすくと育ってくれる。……だってあんなにも優しく抱きしめてくれたのだから。

 ……だからもう震えないでくれ、涙を流さないでくれ、泣き声をあげないでくれ、お願いだから生きようとしないでくれ……私はもう生きたくなんかないんだ……。


 生きようと足掻く体に何度も言い聞かせる。けれどその度に涙が溢れ、救いを求めるように声にならない泣き声をあげた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇



 目を覚ますと空が白みだしていた。どうやら朝日が昇っているようだ。

 ……まだ生きている。

 あのあと私は泣き疲れて眠ってしまった。寝ている間に獣に食べられるかと思ったが無事だ。


 寝起きなのになぜかスッキリしている頭で昨夜の続きを考える。

 結局私は死にたいのか、それとも生きたいのか、その答えには辿りつかなかった。

 ……でも今ならわかる。胸に宿るこの力が私を支え導いてくれる。


 私は生きよう。魂を消し去るために。その為なら不死にだってなってやる。

 魂が生と死の牢獄に囚われているのならば、私はその檻を壊す。

 魂の消滅をもってして。


 そう胸に誓い、頭では生存の方法を模索し始める。

 まずは魔力の確認だ。この力がなければ何もできない。

 胸に宿っている力に意識を傾ける。

 昨夜魔法を使ってすっからかんになっていた魔力は回復している。

 良かったと安堵し今の魔力で何ができるか考える。

 切断の魔法を使った時は無我夢中で魔力量など確認している余裕はなかった。そのあとに使った成長の魔法は魔力を全て持っていかれた。

 ……判断材料が少なすぎる。そう思い口で噛んでいる布を切断してみることにした。

 少しだけ開いている口に魔力を集めて──


『斬れろ』


 切断するイメージとともに念じた途端、口元の布が切れた。

 魔力の消費量はそれほどではない。やはり体を成長させた魔法が規格外だっただけのようだ。

 とはいえ魔力は有限だ。何をし、何をしないかを決めなければすぐに尽きてしまう。

 ひとまずはこの森を生き抜かなくてはならない。

 必要なのは水と食料、そして敵から身を守る手段だ。


 ……赤ちゃんって母乳で成長して離乳食に移行していくよね? あれ、詰んだ?


 当たり前の事実に驚いたが諦めるのはまだ早い。

 果実などがあればその果汁でなんとか凌げるかもしれない。

 それに体を成長させる魔法が使えたのだ。魔力を栄養に変換させることだってできるはずだ。

 そこまで考えたところで自身のお腹が空いていることに気づく。


 ……栄養変換の魔法を試してみるか?

 そう思ったがどれ程の魔力を消費するか検討もつかない。もしまた魔力が底を尽きたら今度こそ終わりだ。

 ここは移動手段を確保するのが先か、あとは結界や姿を消す魔法……。

 しかしどれも持続して魔法をかけなくてはならないはずだ。一体魔力がどれくらい持つのか。


 何が正解なんだ……。

 思考に行き詰まり景色を眺めているとある存在に気づく。

 ……魔力が満ちている。

 そうだよ、魔力を吸収すればいいじゃないか。私は今までずっとそうしてきたじゃないか。

 今更ながら気づいたそれに自身を罵倒しながらも称賛する。


 早速周囲に満ちている魔力を吸い始める。

 臍の緒を使ったときよりは吸いづらいが、子宮内の母親の魔力を吸ったときよりかはやりやすい。

 手応えを感じていると先ほど消費した魔力はすぐに回復した。それどころかどんどん体に満ちてくる。

 何時間寝ていたかわからないが魔力は全快になっていなかったようだ。

 これなら色々試せる。


 まずは移動の魔法だ。

 一番動きが速いのは飛行の魔法だろうか。しかしどうイメージしよう?

 風魔法で空を飛ぶ作品はあるが人体を飛ばすとなると風速何十メートルも必要なはずだ。

 そんな魔法を発動させたら木や地面に激突する未来しか見えない。

 なら重力を操る?

 重力魔法は魔力を多大に消費しそうだ。魔力の消費メカニズムがわかっていない現状避けた方がいいだろう。

 ここは単純に念動力やサイコキネシス的なアプローチがいいか……。

 イメージが固まり魔力を体に纏う。


 ……そういえば魔力を体外に放出できているな。そんな考えが浮かんだが魔法発動のためのイメージに思考を注ぐ。

 よし、私はジェ◯イの騎士だ。


『フォ◯スと共に在らんことを!』


 ……浮いた。

 地面から数センチだが確実に浮いている。

 ファンタジーな出来事に心も浮かれる。

 おっと、魔力の消費量を検証しなくては。

 そのまま上昇と下降、前後左右の移動と速度の確認を行なって地面に着地した。


 よし、わかったことを整理しよう。

 まず浮いている間はもちろんのこと、どの方向にも動くたび魔力を消費し、加減速でも増加する。

 つまり激しく動けばそれだけ魔力を消費するということだ。

 浮くだけならば長時間浮けそうだが、移動するとなると制限時間が厳しい。

 そして魔法を使っている間は魔力を吸収できない。

 厳密にいえばできるのだが、魔法を行使しながらだと難しい。頭の処理が追いつかないというか、慣れが必要だ。

 他にも結界の魔法を試したが攻撃を受けないことには効果が如何程なのかわからない。最後の手段としていつでも使えるよう意識しておこう。


 今は地面よりは安全だろうと木の上に横たわっている。

 鳥の囀りが聞こえてくるが木の葉と枝ができるだけ密集しているところを選んだので大丈夫だろう。魔法で撃退もできるし。

 魔力を吸いながら一先ず安全を確保できたと緊張を和らげる。

 そうして安心しているとお腹が空いていることを思い出す。

 今なら大丈夫だろうと栄養変換の魔法を試すことにした。


 うーん、とはいったもののどうイメージするか。

 五大栄養素などが浮かんだがそれを具体的にイメージするにはどうすればいいのか。

 母乳を生成することも考えたがどんな栄養があるかわからないしただの乳白色の液体ができそうだ……。

 あとは点滴とか……?


 具体的なイメージが掴めずうんうんと唸る。

 ここは発想を変えよう。

 栄養素をイメージするのではなく、体が元気になった姿を想像するのだ。

 なんとも漠然としているがそちらの方がまだ想像しやすい。

 そう思い、もう一つ実験をするために体の中の魔力を二つに分ける。

 二つに分けた片方に意識を集中し魔法を発動させた。


『パワーー!』


 魔力がどんどん失われていき、体に力がみなぎってくる。何も食べてないのに空腹感と喉の乾きも無くなった。

 ひとまず成功と判断していいだろう、もう一つの実験も含めて。


 実験というのは発動した魔法に魔力が吸われ続けるかというものだ。

 視力を得る魔法の時はすごい勢いで全ての魔力を吸われ体に倦怠感が襲った。

 身の危険が迫っているときにそうなったら一巻の終わりだ。

 その為あらかじめ魔力を分けておけばその分だけを使い果たし残りは取って置けるのではと考えた。

 実験は成功して一つ分の魔力は残っている。

 これで新しい魔法も試しやすくなった。


 とはいえ浮遊や結界魔法は止められたし、危なくなったら自分の意思で魔法を中止すればいいだけなのだが。

 まあセーフティとして機能すればいいだろう。

 何気に一番怖いのは魔力を魔法に吸われ続けて死なないかという点だ。

 それが防げるのなら安いものだ。


 魔力と魔法への理解を深めているともう一つ気になる点が出てきた。

 イメージが不正確な場合はどうなるかというものだ。

 これは先ほどの栄養変換の話に通ずるものがある。

 自身の想像が不明瞭な魔法は発動するのか、発動しても不完全なイメージのまま再現されるのか。

 いざ戦闘になった際にこれがわかっていないと危険だ。

 魔力が回復しだい試してみよう。


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