第2話 魔力と誕生
死にたい。でも死ぬのは怖い。恐怖が続くと知ってしまったから。
なら生きる? 生きるのも怖い。でもそれが贖罪だから……。
知りたくなかった事実を知ってから、ずっとそんな思考を繰り返している。
もしかしたらそんな事実などなく全て妄想なのかもしれない。
しかしそれが事実なのか妄想なのか、それを確かめる術はない。
それなら私にはお似合いの罰だ。
この罰を背負い、糧にして生きる。そうでもしないと生きる気力も湧いてこない。
そう自分を偽っていると、ある感覚が襲った。
──できあがった、完全に。
身体ではない。いつの間にか臍の緒は繋がっていたが出産まではまだ時間がある。
今回感じたのは魔力の方だ。
今まではずっと母親の魔力のみを感じていた。自分の魔力もあの子の魔力もだ。
しかし今ならわかる。完全に個を確立し、自分の魔力になっていると。
これなら動かせる。そう直感的に理解し試みる。
まずは身体の中心から手の方に……よし動いている。
速度は遅いが、じわじわと手の先の方へ魔力が移動している。気のせいかどこかむず痒くなるような感覚もある。
やった、成功だ。
久しぶりに喜びの感情を抱いた。
それから何日、いや何週間もの間、現実逃避をするように黙々と魔力を動かした。
その甲斐もあって動く速度は上がり、全身に魔力を巡らすこともできるようになっていた。
そろそろ次のステップへ移行しよう。
動かせるようになったなら、いよいよ魔法を発動させる……。
そう思ったがどんな魔法を発動させるというのか。
ここは母の胎内だ。よくある火や水、風といったものを発動させるわけにはいかない。
なら身体強化か? しかし今も身体を形成している最中なのだ。下手に発動させて障害が残ったら大変だ。
……魔法を発動するのはやめておくべきか。
怖気づいた意見に反対する声は出ず、結局はそう結論づけた。
魔法に関しては諦めたが、魔力そのものはどうだろうか。
今も魔力を身体全体に巡らせてはいるが、体外に放出したことはない。
もしかしたらそれが魔法を発動するキーになるかもしれないが、おそらく大丈夫だろう。
なぜなら身体に魔力を巡らせているのに身体強化が発動したような感じがしないからだ。
そもそも魔法はどうやったら発動するのか。
色々なアニメやラノベを見てきたが、ほとんどに共通していることがある。
詠唱の有無と想像力だ。
詠唱は、魔法ごとの決まった定型句を紡ぎ、言葉にすることで魔法を発動させるものだ。有声か無声か、想像力を必要とするか否かといった違いがある。
想像力はそのままイメージ力のことだ。声や言葉にすることなく、魔力と想像力さえあれば魔法が発現するというものだ。
想像力を補うために言葉を発するなど、厳密にいえばこれらが入り乱れているが、簡単に説明するとこうなる。
これをもとにすると、詠唱もなく、想像力も働かせないなら魔法は発動しない。そう考えることができる。
現に魔力を巡らすだけでは何も起きていない。
大丈夫、やれる。
若干及び腰になりながらも魔力を放出してみる。
…………出ない。
手から出そうと魔力を操作したが、壁があるかのごとく体外に出ようとしない。
出す量が少ないのかと体中の魔力を集めたがそれもダメだった。
なぜだ?
原因は何かと考え思いついたのは母親の魔力の存在だ。
周囲を取り巻いているそれにより放出できないのかもしれない。
より厳密に言えば魔力同士は干渉できないが正しいのか。
そう考えてみたが、今も母親から魔力は供給されてきている。
つまり魔力同士は不干渉という結論は間違っているはずだ。
単純に身体ができあがっていないからか、あるいは練度不足か。
理由は不明だが魔力の放出は失敗した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
魔力の放出に失敗してからしばらく、気づいたことがある。
──ステータスって言ってない!
なんてことだ。転生ものでお馴染みのセリフを言い忘れてたなんて。
魔力なんか動かしている場合じゃねぇ!
『ステーータス!!!!』
……何も起こらなかった。
まあ期待してなかったしいいよ。ステータスが出る作品はゲーム世界への転生ものが多いからね。
魔力操作とか関係なくスイッチひとつで魔法連射したりするし。……そう考えると羨ましいな。
ヘイ神様! クーリングオフってないの! こちとらまだ産まれてすらいないよ! 新品未開封だよ!
あ、もし叶うならやっぱり転生じゃなく消滅ルートにしてよね!
そんな茶番を頭の中で繰り広げてはいるが、実はもう一つ気づいたことがある。
臍の緒を通じて魔力を移動させられるのだ。
以前はお腹あたりを中心にしながらも全身に魔力が送られてきていた。しかし今は完全に臍の緒を通じて供給されている。
それなら逆に送り込めないかとやってみたらなんの抵抗もなくスルスルいくのだ。
調子に乗ってマイマザーに送るどころかマイブラシスターの方まで魔力を送ってしまった。
幸いその後もなんの変化もないので、私と母とあの子、全てを私の魔力で繋ぐというのをやってみた。
すると母親の中の魔力はそのままなのに、あの子に繋いだ魔力だけが消えていくことに気づいた。
これは魔力が取り込まれたのだなとすぐに理解した。私が母の魔力を取り込んでいるのと同じだからだ。
それからというもの、私たち三人を常時繋ぎ、取り込む感覚と取り込まれる感覚を意識し続けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
あーそういうことね、完全に理解した。
全然理解してなさそうなセリフを吐いているが、実際は完全に理解できている。
エンジニア的にいうなら「なにもわからない」段階を超え「チョットデキル」状態だ。
あれから結構な時間は経ったが、魔力の機微を捉えより動かしやすくなった。
なんというか供給される側だけじゃなく、する側になることで俯瞰的に見えるというか……。
マザーがマイブラシスターに供給している感覚も掴めてそれが顕著になっている。
そして最大の発見……魔力を吸収できるようになった。
今までは魔力を紐状にして繋いでいたが、試しに中を空洞にしてホース状にしてみた。そして魔力を取り込む感覚をもとに吸ってみたらなんとできてしまったのだ。
ごめんよマイブラシスター、まさかできるなんて思わなかったんだ。だから蹴らないでくれ、ここは狭い。
最初にマイブラシスターから吸った時は物理的抗議を受けて驚いた。
もうそんなに大きくなったんだね、お兄ちゃんお姉ちゃんは嬉しいよ……なんて感慨に浸ったが、どうも魔力を吸われるのは不快みたいだ。
ちょっとだけ、ほんのちょっとと吸うたびに赤ちゃんキックを見舞われた。
それでしばらくは控えていたのだが、吸った分だけ供給すればいいんじゃね? と魔力ホースを二つ繋いでみてるのが現状だ。
たまに蹴られるがただの胎動みたいなので大丈夫そうだ。こっちにも支障はないし。
というか何気にマザーも被害者だよね。臍の緒を勝手に使われているんだもん。
ごめんよマイマザー、というわけで四本に増やしてみるね。
暇を持て余してそんなことをしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
あれからまた時間が経った。身体も多分できあがっているし、近いうちに産まれると思う。
下手に動いて歪に成長したらどうしようと身動きは控えていたが、いつの間にか目も開いて瞬きができるようになっていた。まあ子宮の中なので暗くて何も見えないけど。
他にも手や足の先まで形成されていて完全に人型になっている。体毛がないからオランウータンではないはずだ。そうであってくれ。
あと今世の性別だが多分女だ。股間をまさぐった感じついてないのでそう判断した。断定してないのは感じ取れないほど小さい可能性があるからだ。赤子の男性器事情なんて知らないしな。
あ、マイブラシスターの方はまだわからない。双子の家族とはいえ赤子の股間を触るのはどうかと思い確認していない。産まれてからの楽しみだ。
そして肝心の魔力の方だがそちらも順調だ。今ではスイスイ動かせる。
それどころか臍の緒以外、つまり体を取り巻いている母親の魔力も吸えるようになった。臍の緒よりは吸いづらいが格段な進歩だ。
放出は相変わらずできないが、これ以上は高望みしすぎだろう。今でも十分すごいは──
『ず!?』
子宮を満たしていた水が流れ出した……破水だ。
え、今!? まだ覚悟ができてないんだが!?
まずいまずいまずい! どうしようどうしよう!
えっとあっとご出産おめでとうございます!
じゃなくて! 私が狼狽えている場合ではない! 何ができるか考えろ!
えーとまずは出口の確認だ。
顔も思い出せない前世の母が「あなたは逆子で大変だった」と言っていた記憶がある。だから出口に頭を向けていれば大変な事態は減る!
えっと最後まで頭が水に浸かっていたからこっちが出口のはずで、私はオーケーだからマイブラシスターの位置を確認……ってマイブラシスター逆子やん!
ちょま、今動かすから待ってくれ!
あーよくわからんがここを持って……あ痛! あごめんよ痛かったね、お願いだから暴れないでベイベちゃん、妹を蹴らないで……。
……よし、なんとか回転させられた。あとは射出して……って待ったー! 私たちの臍の緒が絡まってる!
えっとここがこう絡まってるからここがこうで……ってどう絡まってるのこれ! こちとら目が見えないから全部手探りなんだよ!? ちょもう少しだけ待っあ行っちゃダメ! マイブラシスターの首に絡まってる!
『お願い待って!』
そう心の中で叫ぶが、赤子の身体は上手く力が入らず踏ん張りが効かない。なんとか止めようとしたが今は下半身のあたりまで産道に入ってしまっている。……私の臍の緒の根本を巻き込みながら。
今の私の体勢は最悪だ。産道にお腹から入るような位置になってしまっている。
位置や体勢を変えたいが、臍の緒が引っ張られて後ろに下がることもできない。むしろ引き込まれている状況だ。
このままでは母子ともに危ない。体感だがお産が始まってすでに何時間も経過している。あの子もこれ以上進んで行く気配がない。
──腹を括るか……。
私は決断した。……臍の緒を、切る。
……意識を集中し魔力を臍の緒の根本に集める……よし。
母親の魔力を追い出すようにして自分の魔力で満たした。
あとは魔法を発動させるだけ。
……もし成功しても、私は死ぬかもしれない。今も首を絞められているあの子が生きているのは、臍の緒から酸素が供給されているからだ。
生命を綱ぐ線が切れれば、私は呼吸しなければならない。子宮の中、産道の中、死が迫る中で……。
……きっと私はこのために前世を思い出したんだ。この子を生かすために。
それが私の罰、私の贖罪。
ごめんね、この身体の子。あなたに世界を見せてあげられなくて。
そしてどうか許して。あなたが私の生贄になってしまったように、私がこの子の生贄になることを……。
そう願いながら、私は命を賭けて魔法を発動した。
『斬れろおおおお!!!!』
────ブツッ!
私の生命線が、切れた。
体の力が抜ける……母親と繋がっていたことによる安心感、魔力による全能感も無くなった。
ぐっ、余計なことを考えている暇はない。早くあの子を出して体勢を変えて……あぁ、呼吸を……酸素を……。
私は意識を失った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
────オギャア、オギャア
……遠くの方から赤子の泣き声が聞こえる。
……あの子は無事に産まれたの?
ぼーっとする頭で問いかけようとするが、声を出すための空気が肺にない。
ぁあ、息を……!
「……ぉぎゃあ……おぎゃあ」
弱々しい呼吸とともに、弱々しい泣き声が口から出た。
あぁ、生きている……。生きてしまっている……。
この期に及んでそんな考えが出てきてしまう。安堵と安心、失意と絶望、そんな感情に振り回される。
それでも体は生きようと必死に呼吸を繰り返し、生存を伝えようと泣き声を大きくしていく。
「△$×¥●&%#!?」
「●%#|△&$□&◯!」
どこの国の言葉かわからないが、男の声が私の泣き声に負けない大きさで響いている。
誕生を祝う喜びの声かと思ったがどうも違う。怒号のような声だ。
──もしかして母かあの子に何かあったの……!?
事態を確かめるべく意識と体を覚醒させるが上手くいかない。
無理もない、産まれたばかりの赤子で、しかも呼吸困難で意識を失っていたのだ。
「オギャアオギャア!」
泣くのをやめ不安に苛まれていると赤子の泣き声が耳に入ってきた。
あぁ、あの子の声だ。あの子は無事だ。
遠くの方から聞こえていたような泣き声は、単に私の意識が朧げだったからのようだ。口論する声にも負けず響いている。
泣き声に触発されたのか意識がはっきりしていく。あの子が無事ということは母親が危篤なのか。
視覚情報が欲しい。そう思いだるい体に鞭を打ってなんとか目を開けた。しかしぼんやりとしか見えない。
そうだ、産まれたばかりの赤子はほとんど目が見えないのだ。今になって思いだした事実に自分を殴りたい。
どうする……何ができる。考えを巡らせていると、体を巡っている存在に気づく。
そうだよ魔力! 魔法だ!
臍の緒を切ったときは喜んでいる暇などなかったが、確かにあのとき魔法を発動した。
しかもあのときは詠唱も何も、単に臍の緒を切断することを想像し魔力に意思を乗せただけだ。
つまりこの世界は想像力で魔法が発現する……!
そうと決まれば話は早い。目に魔力を、いや視覚情報を処理する脳にも魔力を集中させて……。
大丈夫、できる。こういうのは思い込みが大事だ……やるぞ!
『お願い! 私の目を見せて!』
目と脳を成長させるよう願いを込めた瞬間、体中の魔力が吸い尽くされていった──。
……ぐっ、目の奥が痛い。
魔法は発動したが、魔力は底をつき頭が痛む。だるかった体はさらに力が入らなくなっている。
魔法を発動したことを検知されるかと思ったが、そんなこともなく口論は続いている。
……見える。
痛みを堪え目を開けた。知らない天井が視界一杯に広がるがそんなセリフを吐いているときではない。
最後の力を振り絞り周りを見渡そうと……首が上手く回らない。赤ちゃんって首が座ってないんだった……。
ほとんどの人が知っているであろう知識にも頭が回らず、自身の計画性のなさを嘆く。
どうしよう、身じろぎしようにもできる気がしない。魔力もすっからかんのためどうにしようもない。
万事休すか……。
しばらく体を休ませていると、口論も収まり話し合いのようになってきた。
そして視界一杯におじさんの顔が広がった。
えーと、ハロー? あなたが私のダディですか?
白髪が混じった茶髪に茶色い目、彫りの深い顔立ちでダンディさを感じるおじ様だ。
にこりともしないその顔にサービススマイルをプレゼントしようとしたが、だるくて表情も体も動かない。
あまり見つめないでくれ、私は陰キャなんだと視線を外したらいきなり抱き上げられた。
びっくりしたが首に手を回しているし抱き上げ慣れているのかもしれない。
今のうちに周りを見たいが相変わらず天井とダディ(仮)しか見えない。
「△×¥&%△$□&◯」
何歩か歩いた先で止まり、私の下へ向かって話しかけた。
今までの声に比べたら遥かに優しげではあったが、悲しみと申し訳なさが先立っていた。
その言葉に返事が来ることもなく、私を抱いたまま踵を返し扉をくぐって行った。
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