魔法がある世界に転生したので魂を消滅させる方法を探します

長崎ヤンデレ彼女

第1章 転生編

第1話 生命の揺り籠

 ──ドクン、ドクン……


『ここはどこだろう?』


 耳心地のよい規則的な音を感じながら、何度目かになるその疑問が浮かんだ。

 疑問の答えを得るために思考しようとするが、温泉に浸かっているかのような心地よい感覚によって意識は毎回雲散していく。


『……まあいいか。もう少しここにいたい』


 いつもと同じ答えに辿りつき、また眠りにつく……。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




 ──『なにかおかしい』


 何度目かに浮かんだ疑問はいつもと違うものだった。


 変わらず安心感のある音を響かせていたが、揺り籠にいるような心地よい感覚は薄れている。

 むしろ身体がどこかへ吸われているような感覚すらある。

 なにが起きているのかと思考を巡らすが思い当たる節がない。

 いや、正確にいえば思い出せない。


『自分は誰? そもそも自分とはなに?』


 疑問は湧いてくるが思考に靄がかかっているのかそれ以上の考えは出てこない。

 そうしているうちにも身体はどんどん吸収されていき、今は痛みすら感じ始めている。


 そして恐怖心も芽生えてきた。


『死』


 その言葉がなにを意味するのかわからない。

 しかし今感じている感情が想起させているのはわかった。

 そこに行きつくと思考が徐々に鮮明になっていき、ある考えが浮かんだ。


『前にも感じたことがある』


 前とはいつなのか。

 喉まで出ているその答えに意識を向けた瞬間──





 自分という存在を吸い尽くす痛みが襲ってきた。


『……ッ!?』


 尋常じゃない痛みに抗おうともがくが、肝心の身体が動かない。

 なぜ動かないんだと今更ながら身体に意識を向けて気づいた。

 ……動かせるほどに身体ができあがっていないのだ。

 その事実に驚愕しながらも、痛みのせいで考えを巡らす余裕はない。


 このままでは……『死ぬ』


 意味が明確になったその言葉が脳裏をよぎった瞬間、記憶の奔流が走馬灯のごとく駆け巡った。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




 ──あぁ、転生したのか。


 そんな言葉が浮かんだ頃には、痛みも吸収されるような感覚も無くなっていた。

 靄がかかっていた思考も明瞭になっている。


 さて、どうしたものか。

 とりあえずというか、他にすることもないので現状を整理しよう。


 俺、僕、あるいは私は転生した。

 一人称が定かでないのは自分の性別を覚えていないからだ。名前や年齢などもわからない。

 色々な知識は覚えているのだが、名前や顔といった人間のパーソナルな部分は抜け落ちている。

 家族や友人も思い出せないが、エピソードとしては覚えているのでそこまで悲しむこともないだろう。


 他に忘れていることはないかと記憶の検索をしていると規則的な音……母親の心臓の音が鳴り響いていることに改めて気づく。


 はあ、転生してしまったのか……。

 前世の最期を思い出しながら、悲観してそんなことを思う。


 ……私は自殺したのだ。


 理由は大したことはない。現代日本を生きていくうえでのレールと呼ばれるものを外れてしまい、そのまま自殺ルートに行ってしまっただけだ。

 家族や人間関係も良好な方だったし、私より不幸な人なんて数多いるだろう。

 それでも自殺したのは、世界と社会が私に合わなかったからだ。


 だから最期の瞬間はこう願ったのだ……『どうか転生などせず魂の一片まで消え去りますように』


 ──だってそうでしょう? あんなにも辛い世界をもう一度生きたくなんてないのだから。


 はあ、転生してしまったのか……。

 二度目の悲嘆に暮れている今も、臍の緒を通じて母親から栄養が供給されてくる。

 こんな子どもが産まれてくるなんて知ったらどんな声を上げるのか……。

 新しい両親のことを想い、申し訳ない気持ちと悲しみが込み上げてきた。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




 ──ドクン、ドクン……


 ああ、なんて心地よいのだろう。このままずっとここにいたい……。


 思いのほか居心地が良く胎内ライフを満喫していた。

 前世を思い出してからどれくらい経ったのだろう。

 胎内にいるため時間の経過は全くわからないが、まだそう日は経っていないはずだ。


 一時は転生した事実に軽く絶望していたが、してしまった以上は仕方がない。いや仕方なくないけど。

 まあとにかく仕方がないということで前向きに考えよう。


 前向きに考えるといったな、あれは嘘だ。


 だって考えてみてよ、そもそも私って人間に生まれ変わったの?

 身体はある程度形になっているけど、これが人間だという確信が持てないし……。見て確認しようにもまだ見えないし、確認のため身体に触れて崩れたりしたら目も当てられない。

 それに転生ものには蜘蛛になったりスライムになったりする作品だってあるのだ。

 転生したらチンパンジーだった件が始まってもおかしくはない。


 はあ、こんな悲観的な性格だから生き辛かったのだ。物事を重く受け止め過ぎて潰れないよう軽口を叩いてはいるがさすがになぁ。


 ダメだダメだ。前向きに考えよう。

 仮にチンパンジーに転生していてもだ、今こうして前世と変わらず思考できていることは大きなアドバンテージになる。

 例えば高速オタクダンスを披露したり、FPS配信をするYouTuberになったり、珍獣として持て囃されれば快適な生活を送れるはずだ。

 もし運良く人間になっていたら、知識チートとまではいかないが同じく大きなアドバンテージを得たことになる。子ども時代を真面目に勉強に費やせば良い人生を送れる。きっとそうに違いない。


 ……ああー死にてー。

 未来への展望に思いを馳せていると思わず死にたくなってしまった。

 ホントなにが楽しくてまた生き直さなきゃならないんだ。

 神は私を地獄に堕としたいのか。というか神はどうした、転生チートを授けてくれないのか。記憶にないだけで実は会ってたりしないのか。


 ああーマジ死にたい。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




 ──あれ、臍の緒なくね?


 そのことに気づいたのは同じくそれほど時間が経っていない頃だ。

 身体を動かせないか四苦八苦していたところ、少しだけ動けて気づいたのだ。

 これ死ねるパターンか? と最初は浮かれたが、冷静になって胎児の成長過程について記憶を呼び起こす。


 結論、なんもわからん。


 いやなにもわからないはさすがに言い過ぎた。

 確か人間の場合、妊娠10ヶ月ほどで出産するという記憶はある。しかし妊娠何週目でどれくらい成長するかといった具体的な知識はない。

 臍の緒は最初から繋がっているというのは間違いなのだろうか。

 その疑問に答えてくれる記憶は残念ながらなかった。


 うーん、じゃあこの繋がっている感覚はなに?

 そう、今も何かが流れ込んできているのだ。栄養がきてると思っていたが、臍の緒でないならなんなのか。


 もしや魔力?

 そんな馬鹿なと思いながらもファンタジーな発想をしてみる。まあ考えるのはタダだし、何より暇だ。

 というわけでこの何かは魔力(仮)と命名しよう。


 さて、魔力と仮定したはいいが何をすればいいのか。

 とりあえずもっと感じ取ってみるか。

 そう思い、意識と感覚を鋭くし集中する。


 ……うーむ、どうやら身体の一部分ではなく、全身から流れ込んできてる感じがする。

 臍の緒が繋がってないなら栄養はどうしているんだと思ったが、羊水から取り込んでいるのだろうか。

 それなら全身を包むこの感覚にも説明はつくが、果たしてそこまで感じ取れるものなのか?


 今一度集中してみよう。もし魔力ならば自分の身体に宿るはずだ。

 その考えのもと流れ込む先を意識し身体を鋭敏にする。

 しばらくそうしていると身体の中心に流れていき集まっていることに気づいた。


 マジ魔力……?

 疑念と高揚感が湧き上がる。

 転生ものではまず魔力を動かしているよな。

 ウキウキしながらも冷静に魔力(仮)を動かせないか試す。


 …………ダメだ、動かない。


 神経が繋がっているならわからないでもないが、そこにあるという感覚だけではどうにしようもない。

 やり方が間違っているのかと思い、「動け〜動け〜」とじっくり念じてみたりしたけどダメだった。

 逆にパッションが足りないのかと叫んでも同様だ。

 はあ、一体どうしたら動くんだ……。


 その後も試行錯誤してみたが進捗はない。いよいよ詰んだか……と諦めかけたその時、ある疑問が浮かんだ。


 魔力はどこからきているんだ?


 おそらく母親からだという勘はあるが、それが正しいのかはわからない。

 疑問の答えを得るべく、再び魔力(仮)に意識を向ける。ただし今回は自分ではなく流れてくる先、源流を辿るよう意識して──





 …………辿り着いた先で、私は圧倒された。


 凄い、なんだこの大きな力は……。

 その力を前にして、これは魔力だと本能的に理解した。

 勘は正しく魔力は母親と繋がっていた。しかもその強大さといったら富士山、いやエベレストのようだった。

 自分はなんて小さい存在なんだ。そう思いもしたが、同時に安心感も得られた。この人と一緒なら大丈夫だと。


 しばらくの間その心地よい安心感に浸っていると、あることに気づいた。

 自分とは別の道があると。

 なんだろうとその道を辿って行くと、自分とは別の、小さな小さな存在へと行き着いた。


 ──双子だ。


 瞬間的にそう理解した。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




 マイブラザー or マイシスターの存在に気づいてからというもの、四六時中その存在を愛でに行った。

 私とあの子は母親を通じて繋がっているため毎回母にも挨拶をしているが返事がきたことはない。当たり前だ。むしろ返事がきたらホラーだわ。


 あーかわいい。これが弟や妹を愛でる長子の気持ちか。

 産まれる順番によっては自分が愛でられる側になるがそんな些細なことはどうでもいい。

 かわいいものはかわいいのだ。目で見てるわけでもなく魔力を感じているだけだが。


 よし、今世はこの子のために頑張ろう。

 母親の胎内でブラコン・シスコンを拗らせた私はそう決意した。


 一通り愛でて満足した後、私は思考に耽る。

 実は双子だと気づいた時に思い出したことがある。


 ──バニシングツイン


 双子を妊娠した時に起こる現象のことだ。これは妊娠初期に双子の片方が亡くなった際、その亡骸が母親の子宮に吸収されるというものだ。


 私たちの場合、妊娠初期の段階は既に去っているはずなのでこの心配はしなくていい。

 では何が言いたいのか。

 実は稀有な事例として、母親ではなく、生き残った方の子に吸収されるというものがあるのだ。


 そう、転生した時に感じた、痛みと吸収されるような感覚。

 最初は転生するにあたって、前世の記憶を消し去るシステム的な何かが働いたのかと思った。しかし消し去るどころか逆に思い出しているのでは欠陥システムもいいところだ。


 それならバニシングツインならぬ、バニシングトリプルが発生したとしてもおかしくはない。

 私たちは元々三つ子で、私が双子のどちらかに吸収された。

 あるいは身体は母親に吸収されたが、魂が残った胎児に宿った。

 そう考えた方がしっくりくる。

 ……もしそれが事実なら、私はこの身体を乗っ取ってしまったのだろうか。


 その結論に至った時、言いようのない感覚にとらわれた。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




 今日も私は愛するあの子を訪ねる。

 私が殺してしまったかもしれないこの身体の子の分まで……。


 お墓参りをするかのごとく会いに行き、心の中で愛と謝罪を叫ぶ。最近はそんな日々を送っていた。


 どうして私は前世の記憶なんて思い出してしまったのだろう。

 こんな希死念慮持ちの死にたがりに身体を奪われるなんて、どう謝罪すればいいのかもわからない。

 この子にはきっと明るい未来があったのだ。初めて見る世界に瞳を輝かせ、愛を感じ、愛を育み、愛を生む。なんて尊くて素晴らしいことだ。

 それがどうだ、濁った瞳で世界を見るような奴に代わってしまった。


 私は消滅を望んで自殺したんだ、転生させてくれと願ったことなんてない。

 それなのに生まれ変わって、生きるはずの人を殺し、奪い、成り代わる。

 お願いだから、私に生きる呪いをかけないでくれ。

 あなたの分まで生きろと責めないでくれ。

 私に生の十字架を背負わせないでくれ。

 それとも自殺したことへの罰だというのか。

 この罪を背負って世界を生きろと、そう言いたいのか。


 どうせこの子たちの分まで愛せとも言うんだろう? ふざけるな。

 この子のために頑張ろうと決意したのだって自分を騙すための方便でしかない。

 両親にも気持ち悪がられないよう、精神を削って良い子を演じようとしていた矢先にこれだ。あんまりじゃないか。


 そうだよ、私は自分勝手な人間なんだ。今だって結局は自分のことしか考えてない。

 私を愛してくれ。私を愛さないでくれ。

 その願いを叶えてほしいがための愛と謝罪だ。この酷く美しい世界に馴染めない、哀れな私の処世術だ。

 生きることに潰されないよう、軽口を叩いて、なんてことのないように振る舞って、くだらないことをいって自分を騙す。

 もう疲れたんだよ。大きなことや小さなことに一喜一憂して感情を動かすのは……。


 ……もう一度自殺しようにもあの恐怖に耐えられる気がしない。首に縄をかけた時の恐怖、橋から飛び降りようとした時の恐怖、刃物を皮膚に這わせた時の恐怖。

 最後の勇気を振り絞って迎えた恐怖の行き着く先が、恐怖の続きだなんて。

 地獄以外のなにものでもない。


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