暗夜異聞 くりかえす

ピート

 

 これは現実なのか?

 こんな事が起こるというのか?





 姉さんの訪問は突然のものだった。

「久しぶりね。そろそろ結婚を考えてるって話を聞いたから、その辺を詳しく教えてもらおうと思ったんだけど?」

 久しぶりの予定のない休日、早朝のチャイムに寝癖を気にしながら、ドアを開けるとそこには姉さんがにこにこしながら立っていた。

 この笑顔は警戒しないといけないやつだ。

「久しぶりなのに、休みの早朝に突然の来訪なん?」

「早朝で捕まえないとフラフラしてて捕まらないじゃないの。それとも冷たく追い返すつもりなのかしら?」

「毎度の事ながら散らかってるけど、それでも良ければどうぞ」

「片付いてる状況はあるわけ?」

「レアケースだけど、存在しないわけじゃない」軽口を叩きながら飲み物を用意する。

「思ったよりは片付いてるじゃない」

「昔みたいな状況になると彼女に怒られるからね」

「おやおや、もう躾けられてるのかい?」

「人間的に成長したと言ってほしいね、お茶でよかった?」

「お茶くらいしか用意出来ないのは知ってるわよ。で、どんな娘なんだい?」

「別に隠すような相手じゃないし、姉さんだって聞いてるから来たんだろ?」

「聞いてはいるけど、貴方の口から聞きたいじゃない」

「で、話すとノロケだってからかうんだろ?」

「よくわかってるじゃないか」

「で、本当のトコは?」

「何故、その娘を殺すのかを聞きたかったのよ」

「?……殺す?誰が誰を?」

「その娘を、何故殺すのか聞いてるのよ」

「姉さん、冗談でも言っていいことと悪いことがあるよ?俺があの娘を殺すなんて在り得ないよ」

「……本心みたいだね」

「当たり前だろ?彼女との結婚を考えてるってのに、何で殺すなんて物騒な話になるのさ?」

「操眼師からコレをいただいたのさ」

 そう言ってテーブルの上に置かれたのは二つの眼球だ。

「な!?朝からグロいモノを……。操眼師って百眼?」

「そんな二つ名があったのかい?」

「防人に手を出されると、色々と面倒事になりそうなんだけど?で、コレは何が出来る眼なの?」

「未来視が出来るみたいでね。手に入れた時、そういえば綾金には蒼がいたなって思い出したのがダメだったみたいね」

「本意ではなかったけど、未来視してしまったと?」

「そういうことさね」悪びれた様子も反省してる素振りも全くない。

「まやかしって可能性は?」

「操眼師に確認してみたから、私が視たのは、あの時確定していた未来だってさ」

「確定していた?」

「色んな可能性がある中の一つだとさ。今後の選択如何で当然変わってくる。手に入れた時、私はこうやってここに来る予定は無かった。……まぁ、あの未来視をした時点でここに来るのは決まっていたから、こうやって話したのにも関わらず、あの未来が確定してるのかもしれないけどね」

「未来視したかったのかい?」

「欲しかったのは別のモノだったんだけど……これ以上は操眼師と何かをする気にはならないわ。この眼も返そうと思ったんだけど、捨てたかったから有難いって言われたし。私にわざと奪わせたんでしょうね」

「姉さんを手玉に取るとは、当代の百眼もなかなか面倒な感じだね」

「先代を知ってるのかい?」

「話を老師から聞いてるだけだよ」

「あの老いぼれに知らない内に弟子入りしてるとはね」

「弟子にはなってないよ。……世話にはなってるけどね」

「色々説明するのは面倒だから、私が視たモノを視てみるんだね」

 姉さんの眼が金色に輝く。

 ……記憶が流れ込んでくる。





 どれだけ先の未来なのかはわからない。

 でも、俺は手は彼女の胸を貫いていた。

 そのまま俺の腕の中で、彼女が息絶えていくのが視えた。

 どういった経緯があったのかはわからない。

 彼女が息絶えたのを確認すると、俺は自らの命も絶っていた。

 折り重なるように俺と彼女が死んでいるのが視えた。




「これが事実だとしたら、俺は将来無理心中でもするって事かい?」

「だから心当たりがないか聞きに来たんじゃないか」

「あるわけない。俺は彼女を一生守る、幸せにするって誓約をしたんだよ」

「いきなりノロケてくるわけね」

「ノロケじゃなくて事実だよ」

「誓約とはね。で、竜の巫女をずっと守る算段はついてるのかい?」

「!?」

「聞いてると言ったじゃないか。竜の巫女なんだろ?水晶眼とやらも持ってる。どんな力があるんだか知らないが、方々の連中がその力を狙ってるんだろ?」

「彼女の力は眠ったままだよ。何も出来ないし、視たり感じたりすら出来ないんだ」

「それを喧伝したところで狙う連中の手は止まらないだろ?」

「……いつか目覚めるかもしれないからね」

「そんな状況でどう守っていくんだい?」

「彼女の傍にずっと一緒にいる」

「命果てるまでかい?」

「そうだよ。ダメかい?」

「それを後悔しないなら問題ないさね」

「でも、俺はこのままだと彼女を殺してしまうわけだ」

「この眼で未来視をしながら選択をしていけば、そうならない未来があるのかもしれない」

「でもそうすると俺はこの先全てを知った状態で選択していくわけだね?」

「そういうことさね。……どうする?」

「視るさ。彼女を幸せにすると約束したんだからね」

「この眼で視れるのは五年先まで、視てるモノを未来と認識していれば行動し、その先の変化も確認できるみたいだ。ただ視た未来が確定するわけじゃない。蒼以外のイレギュラーの行動如何で変化が起きることだってある。この先この眼とずっと一緒なら未来視して現実でそれをなぞっていけばいい」

「視るというより体験していく感じになるのかい?」

「自分の未来を視るなら、視ながら行動を選択出来るようだからね」

「やってみた?」

「私が干渉した場合の未来を何度かね」

「でも、ここに来たって事は姉さんが干渉しても未来は変わらなかったって事だね?」

「そういうことさね」姉さんの表情は変わらない。

「俺自身の未来なら、俺の行動次第って事なんだろ?これ使っても実際の時間経過はどんな感じなの?」

「胡蝶の夢みたいなもんさ」

「あんまり繰り返すと術者が潰されそうな感じだね」

「それは蒼次第さね」

「なるほどね。じゃあ、ちょっと視てみるよ」



 そうして俺は何度も何度も未来を視た。

 彼女を殺し、自分自身も命を絶つ未来。

 友人や仲間も殺される未来。

 仲間に裏切られ、彼女と共に死を選ぶ未来。

 彼女が力に気付き命を絶つ未来。

 子供が産まれ、子供を人質に取られ、殺され絶望の中彼女も失う未来。

 幸せな時間が無いわけじゃない、でもその先には彼女の死が必ずあった。

 何者かに殺される。悲嘆した彼女と共に命を失う未来。仲間に殺される未来。

 仲間、友人、家族も失いながら逃亡し、死んでいく未来。



 一緒に生きていくことは無理なのか?

 彼女の力を無くす術はないのか?

 守り抜くことはできないのか?



 何度も視た未来の中で、彼女が幸せそうに子供を抱いて笑っている未来に辿りついたのは何度目の未来視だったんだろうか?

 ただ同じ選択をしても、彼女が死んでしまう事もあった。

 これがイレギュラーの介在に寄るものなのか、何かの違いがあったのかを確かめる為に何度も何度も未来視をした。




「蒼、大丈夫かい?」

「この眼はもう返すよ。それと姉さんが介入するとどうやっても悪い方向にしか進まないみたいだね」時計を確認する、五分も経ってない。

「だろうね、私も何度も視たし、何度も蒼を殺してやったもの」

「そう、姉さんに殺される未来もあったね」

「まったくヒドイ話さね」

「その未来は選択したくないから、姉さんは彼女と俺のこれからの行動には未介入で」

「今日ここを出たらしばらくは日本には来ないし、何が起きても、何を知っても来ないさ」

「ごめんね」

「五年後に再会できるさね」

「……会えるかはわからないけどね」

「私だって色々とする事はあるさね。五年後、綾金に来る予定だけは入れておくから、蒼が綾金にいるならきっと会えるさ」そう言うと姉さんは少し寂しそうに笑う。

「姉さんのことだから、この先の事も視てるんでしょ?」

「不安定な未来ならね」

「使う?」眼球を指さす。

「未来視なんてのはするもんじゃない。改めて実感したから、この眼は封印するさ」

「こんなの抱えてた操眼師を尊敬というか、憐れむというか……」

「五年後、蒼は幸せだったかい?」

「……次に会った時、姉さんが判断したらいいさ」

「なら再会を楽しみにしてるよ」そう言うと姉さんは帰っていった。



 姉さんが帰ったのを確認すると、洗面に向かう。

 鏡に映る自分を見る、何回も何十回も、五年の歳月を繰り返してきたというのに、老いたりはしていない、ただ酷い顔色だ。珍しく姉さんが心配するわけだ。

 何度も繰り返し視た未来、体験した彼女を殺した際の感触、逆に殺されてしまう痛み、友や仲間を殺してしまった後悔etcetcこれを抱えながら……違うな、これは戒めだ。

 そうならないように、俺は彼女を幸せにする。

 子供を嬉しそうに抱きかかえる彼女がいる未来への選択はわかっているのだから……。

 わかってる選択をしながら、生きていく五年か……五年後、操眼師に感謝すべきか悩ましいところだ。

 彼女に疑問を持たせないように、俺との関係を……。




 Fin

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