真尋とほのか、富○急ハイランドへ行く

 日本で一番高い山の名前は?

 そう質問されたら、誰もがすぐに『富士山』と即答できるだろう。

 では、日本で2番目に高い山の名前は?

 正解は山梨県南アルプスに位置する『北岳』。こちらを即答できる人となると、ぐっと数が減るはずだ。

 何が言いたいかというと、一位と二位ではそれだけ差があるということだ。『ニホンイチ』なら語呂もよくて格好いいが、『ニホンニ』とか『ニホンサン』なんてサマにならない。

 そんな誰もが知ってる日本一高い山こと富士山。

 その麓に、これまた『日本一』どころか『世界一』の記録を多く持っているテーマパークが存在する。

 私とほのかの二人は、東京からはるばるレンタカーを運転して、そこまでやってきた。

 私にとって、日本で一番行きたくない場所――富○急ハイランドだ。

 

 ほのかと私が二人揃って運転免許を取得できたお祝いに、どこかへ遊びに行こうという話になった。

 免許取得でお金を使ってしまったばかりだし、都内から日帰りで行けるくらいの場所がちょうどいい。……そんなことを話していたのだが。

「富○急がいい」

 出し抜けに、ほのかがそんなことを言い出した。

 ほのかは絶叫系のアトラクションが大好きで、遊園地にきたときは必ずジェットコースターや空中ブランコ、フリーフォールなどに乗りたがる。

 そんなほのかにとって、富○急は憧れの場所。ほのかにとっての夢の国であるらしい。

 一方の私は、絶叫マシン全般がNGだ。

 繰り返す。私は絶叫マシンNGだ。

 中学時代に一回だけジェットコースターに乗った経験がトラウマになっている。あれ以来、もう二度と絶叫マシンには乗るまいと決めたのだ。

 まして富○急なんて、言語道断である。

 そう思って、当然反対はしたのだが……ほのかの決意は固く、決して譲ろうとしない。

 「そんなに富○急行きたかったら他の誰か誘っていきなよ」と言ったら、怒って3日間無視される始末。

 さすがに無言で二人きりのティータイムを過ごすのは気まずすぎるので、私が乗るアトラクションは、自分で乗れそうと判断したもののみということを約束して、結局富○急へ行くことになったのである。

 

 平日だったことが幸いして、渋滞によって足止めされることはなくすんなり駐車場まで辿り着くことができた。しかし朝早くにもかかわらず、既に入場ゲート前には長い長い行列ができていた。罪人たちが地獄で釜茹でにされる順番待ちをしている日本画を、昔見たことがあるような気がする。個人的にはそんな気持ちだ。早朝は涼しいものだが、だんだん太陽が昇ってくるにつれ、陽光が身を焦がして正に地獄のような暑さになることだろう。

「ねえ真尋、最初は何から乗ろうか?」

 隣で並んでいるほのかは、屈託のない笑顔でそう尋ねてくる。私が富○急に行くことを渋々承諾してからは、ずっと機嫌がいい。

「やっぱ三大コースターは人増えてくると待ち時間どんどん長くなってくるから、早めに乗っておきたいよね。あとは待ち時間短そうなのを消化していって……」

 スマホで園内マップを開いて目を輝かせながらそう語るほのかへ、私は鞄から取り出した一枚のパンフレットを突きつける。

「これ、見て」

「えっ……もしかして真尋、事前に乗りたいアトラクション調べてきてくれたの?真尋がこんなに絶叫系に前向きだなんて、嬉しい!」

「いや」

 私はパンフレットの内容を指でつついて示す。

 多くの絶叫系アトラクションの名前に赤字で下線と、横にバッテンを記入してある。

「これは絶対にNGっていうやつを事前にチェック入れておいたから、これ以外で」

「……なにその後ろ向きすぎる努力?」

 ほのかがあきれた顔で私を見る。

 だって仕方ないだろう。こういうのは最初にダメなものはダメとはっきり示しておいたほうが、お互いにとっていい。後悔したくなければ、自己防衛が大切だ。富○急ここでは、私を守ってくれる者は誰もいないのだから……。

「ええ~~なんか主要アトラクションのほとんどにバツついてるじゃん……こんなんじゃつまんないよ~~」

「バツついてるやつで乗りたいのあったら、一人で乗ってくればいいよ。私は乗ってるほのかを見てるから」

「それじゃせっかく二人で来た意味ないじゃん!待ち時間もぼっちじゃ寂しいし……」

「大丈夫、待ち時間は退屈しないようにずっと通話繋いで話し続けてあげるから。ウミガメのスープの良問いくつか厳選してきてるんだ。モバイルバッテリーも二人分あるから充電切れそうになったら使ってよ」

「どんだけ後ろ向きな方向で準備いいの?」

 すっかりほのかはあきれ顔だ。

 結局、今度は私がほのかを根負けさせる形になって、ほのかは渋々一人で人気アトラクションの行列へと向かっていった。

 今日は長い一日になりそうだ。


「はぁ~~はぁ~~はぁ~~」

 アトラクションを乗り終えて、小走りでこちらへ戻ってきたほのかは汗びっしょりで、ひざに手をついて息を整えている。気分が悪いのかと思ったが、どちらかというとテンションMAXで楽しんでいい汗かいてる……って感じだろうか。

「お疲れ。なんかその……コインランドリーのなかの洗濯物の気分が味わえそうなアトラクションだったね。途中なんかめっちゃ叫んでたけど大丈夫?」

「ワイン!!ワインだ!!」

 私の友人は血走った目で、突然脈絡のないことを叫び出す。

 さっきのアトラクションのせいで脳味噌がシェイクされてしまったのだろうか?

「……大丈夫?」

「大丈夫!!その水瓶みずがめには水じゃなくてワインを入れることになってたんでしょ!?」

「おおおーーーすげぇ大正解!」

「よっしゃーーー!!」

 ほのかはリング上のロッキーさながら両手を挙げてガッツポーズを決める。

 なんの話かと思えば、アトラクションに乗りこむ直前まで話していたウミガメのスープ問題の解答だった。

「よくわかったね?めっちゃ悩んだまま乗り込んだのに」

「降りて……きたのよ……」

「降りてきた……?」

「そう……身体が空中に投げ出されて浮遊する感覚と、それによって分泌された脳内麻薬の作用によって、私のもとへ『答え』が突然降りてきたの」

「ある日突然謎の能力に目覚めた人とかじゃないよね?」

「すごいぞ……このチカラは……クク……今の私ならなんだってできるぞ……」

「だめだ、完全に力に飲み込まれてる……」

「焼肉屋の食べ放題で出てくるペラッペラのカボチャとかニンジンとかを、焦がさず生焼けでもない完璧な焼き加減を見極めたり……」

「それはたしかに難しいけども……」

「サイゼ○アの間違い探しを全問正解したり……」

「それはすごい……」

「片手だけできれいに手羽先を食べたり……」

「すごすぎる……」

 そんな漫才?のような会話をしながらも、陽光は容赦なく私たちの上に降り注いで、肌を焦がしていく。既にほのかは2つのアトラクションに乗り終えていた。これから食堂が混んでくる時間であろうということで、私たちは早めのランチにすることにした。

 

「いただきます」

 私たちは二人そろって食事に向かって手を合わせる。

 私の前にはカルボナーラが、ほのかの前にはカレーライスが置かれている。……ほのかは午後も同じくらい激しいアトラクションに乗る覚悟をしながら、カレーという選択なのだろうか。それとも、特に何も考えていないのだろうか。

 まぁ恐らくは後者だろう。ほのかのことだから、単純に今カレーが食べたい気分だったから、カレーを頼んだのだ。幸せそうにカレーライスをスプーンですくっては、口内へせっせと運ぶほのかを眺めながら、そんなことをぼんやりと考えていた。

「で。午後はさ、どうする?」

「どうする、って?」

「そりゃ、アトラクションよ。NGじゃないやつなんか乗ろうよ。せっかく富○急来たんだから」

「私はほのかと一緒にドライブして、お喋りして、ごはん食べてるだけでも十分楽しいよ。ほのかと一緒にいられるなら……」

「はいはい。そーいう言葉でごまかそうったって無駄だからね」

 ほのかは私の言葉を冷たく受け流して、再びカレーをほおばる。

 ……半分は本気なんだけどな。まぁ確かに残り半分は、アトラクションから逃れる言い訳だけども。

「それに、『あれ』には結局乗らなきゃいけないわけでしょ?それならいきなり『あれ』に乗る前に、何かしら乗っておいて免疫をつけておいたほうがいいと思わない?」

「うっ……」

 ほのかはちょうど食堂の窓の外に遠く見えているジェットコースターを指さす。

 『あれ』とは、まさにこの富○急を代表するにふさわしい、富士山の名を冠するキング・オブ・コースター――FUJIY○MAだ。

 私は迂闊にも、事前にほのかと『あれ』に乗る約束を交わしてしまっていた。宙返りがなくて、子どもでも乗れるコースターだからと説明されて、ごり押しされたのだ。まさか後で調べてみたら、世界一の高さと、そこから一気に急降下する恐怖を味わえるアトラクションだとは思ってもみなかった。

「この近くだと……ほら、これとかどう?」

 ほのかはガイドブックを差し出して、一つのアトラクションを指さす。

 そのアトラクションは、どうやらピザのように円盤型をしたマシンに客が乗りこみ、振り子のようにブンブン振られるというもののようだ。

 たしかにこのアトラクションにはNGがついていない。というか、どういう怖さなのかよくわからなかったので保留にしておいた、というのが正しいか。

「これはどういうアトラクションかよくわからなかったから……」

「じゃ、近くだしとりあえずそこまで行ってみようか。どんくらい行列できてるかも気になるし」

「と、とりあえず見るだけ。見るだけね」

「大丈夫、大丈夫。無理強いはしないから」

 私は、ついに絶叫系に乗るときが来たか、という覚悟をじんわりと固めていきながら、カルボナーラをフォークへ巻き付けていく。

 ほのかの言っていることは説得力があった。たしかにいきなりFUJIY○MAに挑むよりかは、他のアトラクションで少し経験値を積んでおいた方がよさそうな気がする。RPGでいえば、ボス戦の前に雑魚キャラを狩ってレベル上げしておくようなものだ。

 しかし、そう単純なものだろうか。注射の痛みが嫌だからといって、痛みに慣れるためにあらかじめ腕に針を刺す練習をする人がいるだろうか。技術や慣れでどうにかなるものならいいが、やはりこういうのは練習したところでむしろダメージを負うだけでは――。

 私はぐるぐるとフォークに巻きつけられるパスタを眺めながらぐるぐる思考を巡らせるが、やはり経験値ゼロでいきなりボスキャラに喧嘩を売るような度胸は、私にはなさそうであった。

 

 某有名ピザチェーンのロゴマークが掲げられたそのアトラクションに並ぶ行列は、他のいわゆるジェットコースター系のアトラクションと比較したら若干人数が少ないようだった。

 マシンが稼働しているところを実際にこの目で見てみると、写真で見るよりも迫力がある。

「な、なんか振り子の角度が90度以上までいってない?あと座席回転してるよね?

「最大ではそんくらいいくねー。そうそう、振りながら回転するから自分がどっち向いてるのかよくわかんなくなるんだよね。どう?やっぱ無理そう?」

「……よくわかんない。こういうバイキング系って乗ったことないから……ほのかはこれ乗ったことあるの?」

「何年前かに一回だけ乗ったかな。あんまりよくは覚えてないけど、まあハイジの空中ブランコがグルグル回ってるみたいな感じ?爽快で楽しかったよ」

「空中ブランコか……」

 グイングインと振り子に揺られながら、絶叫を上げる人たちを見ながら、私は紐がとてつもなく長く作られたブランコを想像する。

 ブランコと思えばそこまで怖くないような気もするが……自重だけではなくマシンにくくりつけられた状態で、しかもグルグル回されながら振られるというのはブランコと言っていいのだろうか?

 脳内でいろいろとシミュレーションを試みるも、やはり想像は想像の域を出ず、実際に体験してみないと本当のところはよくわからなそうだった。

「とりあえず、現状で絶対無理!って感じじゃなかったら、勢いで乗ってみるのも手じゃない?意外と大丈夫かもしれないし、ダメでも乗っちゃえばもう覚悟決めるしかないわけだしさ。とりあえず並んでみる?」

「う、うん」

 ほのかに促されるまま、目の前の列に並ぶことにする。

 ……なんか新歓パーティーで、サークルの先輩の巧みな手練手管によってあっさりラブホテルにお持ち帰りされてしまう新入生みたいだな、私。

「ほのか」

「ん?」

「その話術で何人の女の子を泣かせてきたの?」

「……なによ、人聞き悪いな。別に私は真尋を騙したいわけじゃないんだけど」

 ほのかはそう言って、少しむくれた様子だ。

 まぁ、ほのかが私に対して最大限の配慮をしてくれているのは伝わってくるし、それをまるで騙そうとしている風に言うのは、少し良くなかったか。

「ごめんごめん、わかってるから。ほのかは私の背中を押そうとしてくれているだけだよね」

「そうそう」

「わかったよ。私……溶鉱炉に飛び降りる覚悟で、挑戦してみるよ!」

 ほのかの目の前に親指を突き出して、高らかに宣言する。

「そこまでの覚悟は必要ないから。あと今からアイルビーバックの手にしておかなくてもいいから」

 こうしてノリと勢いだけで、このアトラクションに乗ることを決めてしまった私。

 このとき、私はまだ知らなかった。自分がこの『トンデ○―ナ』というマシンによって、泣かされるどころか生まれてきたことを後悔するほど恐ろしい目に遭わされることを――。

 

 ブランコ気分でいられたのは、マシンが動き出して15秒くらいまでだっただろうか。

 加速していくスピード。回転する視界。空中へ身体を放り出されるかと思ったら、今度は反対側へ思いっきり引っ張られる感覚。

 振り子の角度が恐らく45度を超えたあたりで、既に私は悟っていた。

 『あ、これあかんやつ』と。

 しかし泣きわめいたところで、動き出したマシンが止まってくれることはない。

 マシンが回転しているおかげで、さっき空を仰いだと思ったら、振り子の反対側の頂点へ達するころには既に身体は横を向いている。真っ逆さまにされたかと思いきや、また空を仰ぐ。

 とてもじゃないが、普段の日常生活において身一つで投げ出されることのない高さ。

 そこから一気に下降するときの、本能的に生命の危機を覚えるほどのスピードと遠心力。

 下降するとき。上昇するとき。頂点で止まっているとき。そのすべてが地獄のように恐ろしい。

 特に下降するときに座席が地面を向いていると、飛び降り自殺の気分を味わうことができる。

 しかも座席の回転と振り子のタイミングがかみ合ってしまうと、何度も同じ角度で下降することになる。

 とてもじゃないが目は開けていられない。しかしそれでも、身体が投げ出されたり引っぱられたり下降したりといった感覚はどうしようもない。

 周囲の目もかまわず、泣き叫びわめき続ける。

 助けてくれ、降ろしてくれ――と。

 マシンの稼働は正味2分間程度だったはず。

 カップラーメンすら出来上がらない時間だが、永遠のように感じられた。

 やがて自分がこの世に生まれたことを後悔してきたころ、ようやくマシンの速度が下がってきて、振り子はゆっくりと停止したのだった。


「真尋、その……大丈夫……ではないよね。ほら、ティッシュ」

 マシンが停止したあと、とても自力では立ち上がれなかった私は、ほのかに肩を貸してもらい、なんとか通路まで下りてきた。……が、それから息もたえだえでベンチに座り、一歩も動けなくなってしまったのだ。

 顔面は涙だか鼻水だか涎だかもはやわからない液体でぐしょぐしょになってしまっている。

「あびばど……」

 感謝の言葉もうまく紡げないまま、手渡されたポケットティッシュを使ってなんとか顔を拭い、鼻水を啜る。

 極度の緊張による影響か、手足は震えて力が入らない。

 経験値稼ぎのつもりでエンカウントした雑魚キャラが思いのほか強くて、見事に返り討ちにされてしまうとは、情けない。

 昼食後にトイレに行っておいたこともあり、失禁まではしなかったのが唯一の救いか……。

 しかしヘタをすれば失禁しかねないほどの恐怖だったことは確かである。かろうじて人間の尊厳を保つことができてよかった……保ててる、よな?

「真尋。その……戦慄○宮のスタッフみたいな顔色になっちゃってるけど……吐きそうだったりする?」

「いや……だいじょぶ。なんとかゾンビ化もしてない」

「そか……」

 ほのかは私のリュックをごそごそ探って、ペットボトルを取り出してフタを開ける。

「お茶、飲む?」

「うん。ありがと」

 手渡されたペットボトルの緑茶に口をつけると、多少は気分が良くなってきたような気がする。ゾンビが浄化されて人間に戻っていく感じだろうか。

 ほのかは私の隣に座る。が、浮かない表情だ。

「その……ごめんね」

「え?」

「私がこれに乗ろうって言ったから……」

「いや、謝らないでよ。最終的には私自身の決断だし。別にほのかが無理強いしたわけじゃないじゃん」

「そうだけど……真尋がこんなに苦しむと思ってなかったから……」

「まぁ、それは私自身の自業自得みたいなところもあるし……ほのかは普通に楽しめたんでしょ?」

「いくら私が平気でも、真尋が苦しんでたら全然楽しくないよ……」

「…………」

 気まずい沈黙が場を支配する。

 私が苦しむのはしょうがないんだけど、それでほのかが楽しめなくなってしまうのはよくないな……。

「ほのか、FUJIY○MA乗ってきなよ」

「え、でも……」

「多分私はFUJIY○MAでもめちゃめちゃ怖がって楽しむどころじゃなくなっちゃうと思うし……それならほのかがまた一人で乗ってきたほうが、互いにとっていいよ。今のうちに行っとかないと時間もなくなってきちゃうし、行ってきなよ」

「真尋を置いてけぼりにするのは……」

「私なら、だいぶ気分良くなってきたから大丈夫。また待ち時間でウミガメとかやろうよ」

「……わかった」

 ほのかはだいぶ申し訳なさそうな顔をしながらも、ベンチを離れて歩き出す。

 これでよかったのだ。私も、ほのかが気を使って思う存分楽しめない姿を見るのは心苦しい。

 しかししばらくすると、ほのかは再びベンチへと戻ってきた。

 その両手に、アイスを持って。

「はい」

 ほのかは私にその片方を差し出す。

 自販機で売ってる、どこにでもあるアイスだ。差し出されたフレーバーはソーダ&バニラ。

 ほのかはもう片方の手にストロベリーチーズケーキ味のアイスを握っているが、迷わずソーダ&バニラを差し出してくるあたり、さすがほのかは私の好みをよくわかっている。

 困惑しながらもアイスを受け取ると、ほのかは私の隣に座ってきた。

「えーと……」

「私のおごり。気にしないで」

「……ありがとう。でも、FUJIY○MAはいいの?」

 ほのかはアイスの包装を?がしながら、にっこりと笑ってこちらを見る。

「アイスの自販機見つけたら、アイスの気分になっちゃった」

 その言葉を聞いて、私もつい頬が緩む。

 まったく、ほのからしい理由だと思った。

 

 しばらく普通に談笑しているうちに、私もだいぶ体調が回復してきた。

 そろそろ動けるかなー、なんて考えていた頃、ほのかがおもむろに口を開いた。

「真尋。あの、本当に無理はしなくていいんだけど……」

 少し言いよどみながらも、言葉の続きを口にする。

「私、やっぱり真尋と一緒にFUJIY○MA乗りたい」

「えっ」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「FUJIY○MAはね……一番高い所から眺める景色が本当に綺麗なの。特に今日みたいな天気のいい日は最高だと思う。あの景色を真尋と一緒に、並んで見てみたいの」

「で、でも……私はほのかみたいに楽しめないと思うし……」

 ほのかは私の手を力強く握る。

「真尋がFUJIY○MA乗ってくれたら、その代わりに……私、戦慄○宮に挑戦する!」

「ええっ!?」

 今度は思わずマスオさんみたいな声が出てしまう。

 戦慄○宮とは、コース全長900m、所要時間50分という世界最大級の大きさと恐怖を誇る、超巨大お化け屋敷である。

 ほのかは絶叫系が得意な代わりに、こういうホラー系にはめっぽう弱かったはずだ。一方私は対照的に、絶叫系は大の苦手だがホラー系は割と平気な口である。

「戦慄○宮って……お化け屋敷だよね?」

「うん。前一回入ったときは開始10秒でリタイヤしたけど……今度はがんばる!真尋ががんばったんだから……私も最後まで耐えきる!!」

 開始10秒でリタイヤって、所要時間50分のうち約0.3%しか耐えられてない計算になるけど、本当に大丈夫か?

 しかし……ホラー映画とかホラーゲームとか、ホラーと名のつくものは作品自体はおろかジャケットを見える位置に置いておくだけでも嫌がるほのかがここまで言うのだから、相当な覚悟なのだろう。

「今度は、私も一緒に苦しむから。私が真尋の手を握って、励ましてあげるから。だから、真尋と一緒に怖さを乗り越えたい。真尋と一緒がいいの」

 ほのかは私の目をまっすぐ見ながら、必死に語りかけてくる。

 参ったな。

 ほのかにここまで言われたんじゃ、カッコ悪い私もカッコつけたくなっちゃうよ。

 ほのかの手をぎゅっと握り返してやる。

「私も、ほのかと一緒がいいよ。苦しいのも、楽しいのもさ」

 ほのかは目を輝かせて、パッと笑顔になる。

 あー、ズルいなぁ。そして、好きだなぁ……。

「直前になってビビって、やっぱやめるって言いだすかも」

「そのときは、私も一緒に列から外れるよ。真尋が恥ずかしくないように、私が真尋以上にビビってるフリするから」

「結局乗ったら乗ったで、怖くて目つぶっちゃって景色見れないかも」

「それなら私も目つぶる。一緒の景色じゃなきゃ意味ないし」

「急降下のとき怖すぎておしっこ漏らしちゃうかも」

「それじゃあ私も一緒におしっこ漏らす!」

「……それはやめてほしい」

 そんな会話を交わしながら、ほのかと手と手を取り合って、目的地へと向かう。

 ほのかと友だちで、本当によかった。

 

 FUJIY○MAは、終わってしまえばあっという間だった。

 キリキリと巻き上げながら上昇していく時間、不安が募り心臓がバクバク言っていたが、ほのかが隣で手を握りながら励ましてくれたので、恐怖を和らげることができた。

 そして、頂点からの急降下。これはもう急降下というより急下といったほうが適切だ。

 ガッチリ身体はシートへと固定されてはいるのだが、上半身はほぼフリーなので心もとなく感じる。夢中でバーにしがみついて、足を踏ん張ることでなんとか耐えきることができた。

 目の前の女性客なんかは両手放しでバンザイをしていたので、心底驚いた。恐らくはほのかも、私の手を握っていなければ両手放しをしていたのだろう。

 そこからまた上昇して、ややスピードがついた状態で横目に見る富士山は、確かにとっても綺麗だった。

 そしてそれ以上に、ほのかと目が合ったときの、ほのかの『ね?綺麗でしょ?』と言わんばかりの悪戯な表情が魅力的で――なんだかそれだけで色々チャラになってしまったような気がした。

 まぁそのあと二度目の急下ポイントがあって、また恐怖のどん底に叩き落されるんだけど。

 しかししょっぱなのポイントを越えれば、それ以降はそこまで大きく落下するポイントはなく、宙返りもない。マシンがどんな動きをするかは先のコースを見れば予測可能で、最初に乗ったトンデ○ーナのように予測不能な動きに翻弄されるわけじゃなく、足の踏ん張りも効くので、自分がこのマシンを操作しているかのような想像をすれば、なんとなく恐怖を和らげることができた。

 とはいえやはりスピードはものすごいし、激しく振動するのでコースアウトしたり吹っ飛ばされたりしないか不安になるし、カーブで猛烈にかかるGがキツいしで十分恐怖はあるのだが、人間の尊厳を保っていられるレベルではあった。

 いや、トンデ○ーナでも尊厳は失ってなかったけどね?

 

 そして見事ボス(FUJIY○MA)を撃破した私たちは――。

 ……なぜか、観覧車に乗っていた。

「……戦慄○宮、もう予約でいっぱいだったね」

「まぁ、しょうがないよ。もうそろそろ閉園時間も迫ってるし……」

 反対側の席に、私と向かい合う形で座っているほのかは、そう答える。

「……ほのかさ、ちょっとほっとしてるよね?」

「えっ!?い、いやそんなことないよ。あー本当は行きたかったのにな~行けなくて残念だな~」

「じゃあ今日はこの辺泊まって明日また戦慄○宮チャレンジする?」

「……まぁほっとしてないといえばそりゃウソになるよ」

 ほのかはそう言って肩をすくめる。

 なんだよ、その『やれやれ困ったやつだ』みたいな態度は。

「この借り、いつか返してもらうからね」

「えー、どういうときに?」

「ゴキブリ出たときとか?」

「……私、真尋と一緒がいい」

「いや、もう騙されないから」

 ほのかはゴキだけは勘弁とばかりにブー垂れている。まったくこの女は……。

 FUJIY○MAに乗り終えた私たちは戦慄○宮にチャレンジするはずだったのだが、予約がいっぱいで入れずに、結局本日最後のアトラクションとして、二人で観覧車に乗っていた。

 窓の外を見ると、いつの間にか日も暮れていて西の空が赤く染まっていた。

「……ま、でも、さっきはありがと」

 ボソッと、ほのかにも聞こえる声でつぶやく。

「さっきって、FUJIY○MAのとき?」

「うん。ほのかが言ったとおり、世界一高いジェットコースターから見る景色は、本当に綺麗だったよ。……ほのかが『一緒に乗ろう』って言ってくれなかったら、見れなかった景色だと思う」

 ほのかは、にっこりと微笑む。

「……だね」

 私もつられて、笑みを浮かべる。

 そして、さっきからずっと気になっていたことを質問してみる。

「ちなみになんだけど……なんで右手をプルプルさせながらそこの手すりを必死に掴んでるの?」

 ほのかは観覧車に乗りこんだときからずっと手すりを握っていたのだが、高度が上がるにつれて握りが強くなり、いつの間にか手もプルプル震えるようになっていた。顔色も若干悪いような気がする。

「ふふふ……なんでって、当たり前じゃん。観覧車が苦手だからよ」

「は?」

「だから苦手なの、観覧車が。乗るのが怖いから手すりをギュッと握ってるだけ」

 一瞬、言っていることの意味が理解できなかった。

 絶叫系アトラクションは得意で、観覧車が苦手……?

「360度グルグル回りながら猛スピードでコースを駆け抜けるようなジェットコースターが平気なのに、なんで観覧車が怖いのさ……?」

「いや、絶叫マシンはちゃんと身体がガッチリ固定されてて安全が保証されてるじゃない。だけど観覧車は身体がフリーでしょ?ゴンドラが落下したときの身の安全は誰も保証してくれないわ」

「ネタじゃなく本気で、ちょっと何言ってるのか全然わかんないんだけど……」

 窓の外を一切見ることなく、こちらを直視し続ける様子を見るに、信じられないことではあるがどうやら本気なようだ。

「まぁそれでも、お化け屋敷よりかは全然マシだけどね……あ、ちなみにもし席から立ち上がってゴンドラを揺らしでもしたら絶交だからね」

「えぇ……FUJIY○MAに乗る前はなんでも一緒がいいとか言ってたのに……」

 本気で怖がっているほのかを見ると、確かにちょっとかわいそうになってくる。

 しかしせっかく観覧車に乗ったのだから、本音を言えば隣同士で座りたかったなぁ……。

 ゴンドラがちょうど観覧車の頂点に達したところで、私は窓の外を指し示す。

「ほら、綺麗な夕焼け。FUJIY○MAじゃないけどさ、こういう景色も、やっぱ一緒に見たくない?」

「……それは、そうだけど……」

「大丈夫。遠くを見るようにして足元を見なければ、そんなに怖くないよ」

 ほのかはそう言われて観念したのか、ゆっくりと視線を窓の外に移す。

「……ほんとだ。きれい」

「でしょ」

 私は、夕焼けを眺めるほのかの横顔を、横目で見る。

 ……やっぱ、隣に行きたいな。

 ゴンドラを揺らしたら絶交って言ってたけど……中腰で、死角からゆっくり行けば問題ないよね。

 私はほのかが窓の外に気を取られている隙に、腰を浮かせてこっそりほのかの隣の席に身体を移動させようとする。

 しかし、いざ身体を反対側へもっていこうというところで、足音を立ててしまう。

「――!?」

 まずい、ほのかに気づかれた。

 しかし、もう身体はほとんど反対側へきている。あとは隣に座って、肩でも組んでしまえば、さすがのほのかも身動きとれまい。そして隣同士並んで写メでも――。

 と思って腰を下ろしたが、そのとき既に私の隣にほのかの姿はなかった。

 ほのかは私が席を移動しようとしていることに気づいた瞬間に、ほのかの対面――さっきまで私が座っていた席へと即座に移動したのである。

 そして、本来であればほのかの側に重心が移動するはずだった観覧車のゴンドラは、そのまま均衡が保たれる形となったのである。

 ……なにこれ?何やってんだ、私たち。

 ほのかの顔を見ると、顔面蒼白なのに口元だけ笑みを浮かべていて、しかし目は一切笑っていない。

 一瞬で察する。あ、これキレてんな。しかも相当キレてるときのやつ。

「……絶交って言ったよね?」

「その……立ち上がりはしなかったから。中腰でゆっくり、ゴンドラを揺らさないように……」

「いや、立ってるよね?腰浮かした時点でもう席立ってるでしょ?違う?」

「違わないです、ごめんなさい。勝手に席を立ちました」

「そうだよね、今勝手に立ち上がってゴンドラを傾かせようとしたんだよね。私、こんな簡単に約束を破る人と一緒に住めない」

「ごめん、マジでごめん。私が悪かった、浅はかだった」

 とにかく謝り倒す私。うーん、これはまずい。思った以上にキレてる……。

 まぁ、今日はあれだけ絶叫マシンを怖がる私に対して色々配慮してもらったのに、結果として裏切るような形になっちゃったんだから当然といえば当然か……。

 気まずすぎる沈黙を破って、ほのかが口を開く。

「……てかなんでこんなことしたの?私をビビらせようとでも思った?」

「それは……その……」

 私はゴクリと唾を飲む。ここはあえて直球だ。

「ゆ、夕焼けに照らされたほのかの横顔がすごい……きれい、だったから、隣に並んで一緒に写メを撮ろうと思った……から、です」

「ふーーーん……」

 ほのかの声色は冷たいままだ。

 私は頭を下げたままなので、ほのかの表情はうかがえない。

 反応は、どうだ……?

「ばーか」

 急に、小学生みたいな悪口を言われる。

「ばーか、ばーか、ばーーーか!」

 そして、死角から頭をグーで殴られた。

「って!ぼ、暴力反対……」

 私は殴られた部分を手で押さえながら、顔を上げる。

 まぁこの暴力は『面を上げい』的なやつなので、いわば勝ちパターン入ったってやつだ。

「うるさい!今夜は焼肉おごりね。もちろん運転も真尋で」

 げっ、焼肉とは高くついたなぁ……。けど夕飯はもともと焼肉っていう気分だったから、それはいいか。あと行きも運転だったのに、帰りもかぁ……。

 まぁでも、ほのかとのルームシェア解消を天秤にかけられたら、安いもんだろう。

 ほのかはその後もずっと機嫌が悪く、食べ放題の焼肉を食べ始めたあたりでやっと機嫌を直してくれたが、後日更にフォローでお詫びのプレゼント(紅茶ギフト)も忘れない私であった。

 

 こうして、私の初めての富○急体験は幕を閉じた。

 『ぜひまたもう一回』とは思えないが、『経験しなければよかった』とも思わない。

 そういう経験こそ、意外と価値があるものではなかろうか。

 ……富○急は当分、こりごりだけどね。

 

 ちなみに『どうして二人とも自然と夕飯は焼肉の気分で一致していたのだろう……?』と焼肉屋に入るまでずっと考えていたのだが、ペラッペラのカボチャを完全に焦がしてしまった時点で、ようやくその理由に気がついた――というのは、完全に余談である。



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