第57話 四年越しのリトライ
「しかし、昨日は硲の本音を聞かせてもらえて有意義な時間だったよ」
「そりゃどうも」
「今のぼくはキミに報われて欲しい気持ちでいっぱいだ。辛い想いをしてきたんだね」
「まあな。お前にはわからないだろうけど……なっ」
「いたっ」
デコピンしてやった。辛い想いは確かにしたが、同情なんて必要ないから、お返しだ。
恵まれている奴は俺に共感してはいけない。
「何するんだよ」
「すまん、それよりお前も俺の相談に乗ってくれよ。話を聞いてたならわかるだろ? お前ならどうアプローチする?」
今は前に進むしかないのだ。
「アプローチって、優菜さんにってこと?」
「そう」
「いきなり抱くなんてことはしないよ」
「お前がそれをしてたら、流石にビビる」
「仮にぼくが硲だとしたら……でも、恭平が言ったことと同じことをするかな」
「え、嘘だろ」
「セックスの方じゃないよ? かっこつけようとせず、愚直に向かっていけばいいって方。キミは変に気取らなくたって、良い奴だしかっこいいから。直球で勝負するかな」
「何を根拠に」
小寺からの評価が異様に高い。
信頼を置いてくれるのは嬉しいが、顔も性格も頭脳も俺より優れている人間に飛躍した励ましをされてもな。
反応に困る俺に、小寺は微笑んだ。
「ぼくはね、キミのことをよく見てるから。ぼくとことちゃんの仲を取り持ってくれたことだってそうだし、嫌そうにしながらも恭平の出席届をよく出してあげるじゃん。研究室の勉強会もサボらなければ、ぼくがダル絡みした昨日だって、暑苦しいだろうに蹴らずにくっつかせてくれたじゃん。なんていうんだろう、基本的に優しい善人なんだ。それがキミの魅力だよ」
「それは恭平の言う、ただの優しいだけの男じゃないのか? それに善人とは程遠いんだが」
俺の腹の内ではお前らに嫉妬してるのは、昨日の話を聞いていたらわかるはずだ。
ろくでもないわけではないけど、男としては情けない部類の、普通の人間だと思う。
「善人じゃないってキミが思うならそうなんじゃない? キミの中ではね? 周りから見たらどう感じるかって話。ぼくの硲への印象は優菜さんと同じだと思うよ。キミに対して良い印象を持っていなかったら、ペアルックなんてしないし、女の子一人で家に上がったりしないでしょ」
「ペアルックの方は事故だ」
「そうなの? でも、事故だとしても家には上がったんだよね? それに、カフェの前で会った時、彼女がキミを見る瞳は非常に優しかった。信頼してるんだなってのがわかったよ。それが答えだと思う。まあ、話を聞く限りだと優しいだけの男ってのは否定しない」
小寺の俺への査定は甘いから否定されるかと思ったが、そこは
「だから、直球で勝負するんだ。確かに最初は戸惑われるかもしれないけど、成功するかどうかは置いておいて、ちゃんとキミの気持ちを受け止めてくれると思うから。ぼくも最初はかなり戸惑われたしね」
「琴美さんにか?」
「そう、言ったことなかったっけ? ただの友達だった彼女に、一方的に想いを昂らせて告白したんだ。そしたら、OKの返事をもらうのに半年かかったよ。あの時は毎日気が気じゃなかったね。
照れ混じりに後頭部を撫でる小寺。
「でも、参考にはなるよ。ありがとう」
やはり、恭平もそうだけど小寺も成功者だからこそ言える意見だ。
相談にのってもらっておいてなんだが、心には響かない。
小寺が成功したのは、人柄だけでなく顔の良さだって含まれているだろう。俺とは違う。
理系のくせに、理屈は通ってないよなと思った。
それを小寺もわかっているのだろう。成功するかどうかは置いておいてと付け加えていたから。
ただ二人の話を聞いて、結局告白の正解はないということを改めて認識した。
手をこまねいたところで、その時の二人の関係や置かれている環境で全然違うし、他人にアドバイスを求めることすらナンセンスだったなと思う。
俺が全面的に悪い。
ただ心に響かなくても、愚直に向かっていくというのは正しいだろう。
いくら飾っても俺は俺だ。それでフラれてしまったら……場合にもよるが、どうしようもないと諦めがつく。
時計を見る、六時半を回っていた。
「悪い、帰るわ」
「急だね、どうしたの」
「実は、今日の始発で綿岡がこっちに帰ってくるんだよ。運が良ければ彼女と会えるかなって」
「なるほど。積極的でいいね。会えたら告白するの?」
「流石に今はしないかな。でも、過去を清算しようかなと思ってる」
「?」
片付けてから行こうとしたが、小寺が「ぼくがするから、帰っていいよ」と言ってくれた。
「ことちゃんとの仲を取り持ってくれた硲の恋、ぼくにできることは少ないけど応援したいから」
「そうか、ありがとう」
男友達にこうも正面から応援されるとこっぱずかしいが、それは今更か。
「もし付き合えたら、ことちゃん含めてダブルデートしようよ」
「やだね、俺は恋人とは二人で静かに過ごすタイプなんだ」
「えー」
不満そうな彼にじゃあなと別れを告げる。恭平の方を見たが、爆睡していたので、そのまま家を出た。酒、ありがとな。
マンションから出ると、青白い空が広がっていた。
ジョギングをしているおじさんとすれ違う。早朝は暑さが控えめで良い。澄んだ空気が、頭に残っていたアルコールを飛ばしてくれている。
綿岡が最寄り駅に到着する時間は知らないけど、同じ道を歩いていたら会える気がした。
なんの根拠もないどこからか湧き出る自信であり、勘だったのだけど、歩いていたら「おーい、硲くーん!」と大きな声が聞こえた。
振り返ると、キャリーバッグをがらがらと転がす彼女の姿があった。
駆け寄ってくる彼女を待つために足を止める。
「なんでここにいるの?」
「友達の家で飲んでたんだよ、今はその帰り」
「朝まで? 大学生だね」
「いや、夜に飲んでて寝落ちした」
いいなー、楽しそうと呟く綿岡。並んでマンションに向かって歩き出した。
「けど偶然だね。こんなところで会えるとは思ってなかったよ。朝からラッキーだ」
「偶然というほど偶然ではないぞ。俺が友達の家を出たとき、この時間にでたらもしかしたら綿岡と会えるかなと思って出た。会えてよかったよ、言いたいことがあったから」
「言いたいことって?」
不思議そうに視線を寄越し、訊ねてくる綿岡。
俺が彼女に何を言うか、小寺と話しているときには既に決定していた。
「夏祭り、一緒に行かないか?」
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